第119話:二〇階層

 二人は最下層――二〇階層の安全地帯セーフポイントで休憩を挟んでいる。

 ランダムモンスターに苦戦を強いられる場面もあったが火炎瓶フレイムボトル氷柱瓶アイスボトル、さらには風刃瓶ウインドボトルなどのアイテムを駆使して突破することに成功した。

 手元にはそれぞれの瓶が残り二つずつあるのだが、二〇階層のボスモンスターに使うべきか帰りのことを考えて温存するべきかをエルーカに相談していた。


「ここまで来たなら完全攻略を目指したいところですけど、帰り道のことを考えると全て使い切るのは不安ですね」

「最大の目的は果たしているわけだし、ボスモンスターには真っ向から戦いを挑んで無理そうなら引き返そうか」

「……そうですね、その方が安全ですよね」


 ロンドが言う通り最大の目的であるかんざしを作るための素材はすでに手に入れている。

 二〇階層攻略はあくまでもついでであり、攻略を優先するのではなく安全に戻ることを優先することにした。


「ちなみに、二〇階層のボスモンスターについて情報はありますか?」

「いえ……ジーンさんは私が潜ることができた階層までしか情報を教えてくれないんです。一五階層に関しては他の冒険者の方からたまたま話を聞いていたんですけど、それ以外の階層については一四階層までしか私は分かりません」

「そうですか。でしたらボスモンスターを確認してから対策を考えましょう」


 ロンドの意見にエルーカは大きく頷いた。

 ありがたいことに安全地帯はボスフロアの隣に設置されているのですぐに向かうことができる。


「まずは僕が様子を見に行くので、エルーカさんは待っていてください」

「いえ、私も行きます! ここまで来たんですから、私もロンドさんの役に立ちたいんです!」

「十分助けてもらっているんだけどな」


 苦笑しながらも、ロンドは一緒に見に行こうと声を掛けて立ち上がる。

 安全地帯とボスフロアの境目になる虹色の壁から顔だけを覗かせた二人が見たモンスターは、背中に大剣を二本背負いボスフロアの中央で仁王立ちしていた。


「あれは、レア度3のグランディアスですね」

「グランディアス? 初めて聞きます」

「僕も本で読んだだけで、実際に目にしたのは初めてです。背負っている大剣を片手で軽々と操るって書いてありました」

「あ、あれを片手で……えっ、それって大剣の双剣使いってことですか?」

「……その通りです」


 ここでも魔法師がいればと思ってしまうエルーカだが、今回はロンドも同じ思いだった。


「最下層に設置しているということはそれなりにレベルも高いはずです。昇華だってしているはずですから、相当厳しい戦いになるかもしれませんね」

「……でも、やるんですよね」

「いけるところまでは。ですが、危なくなったらすぐに逃げるという約束は絶対ですからね」

「もちろんです! 私だってまだ死にたくありませんから!」


 二人は約束事を改めて確認するとロンド、エルーカの順番でボスフロアへ飛び込んだ。


 グランディアスはロンドを視認した直後から大剣の柄を握ろうとゆっくり両腕を上げていく。

 先手必勝と言わんばかりにロンドは加速をし続けて、間合いに入ったかと思えばスキルを発動させた。


加速アクセラ!」

「フッ!」


 ライズブレイドが振り抜かれる間際になりグランディアスの動きが速くなる。

 大剣を握り振り下ろすまで一秒も掛からず、結果として刃と刃がぶつかり合い、お互いに数歩たたらを踏む結果になった。

 ロンドはグランディアスの実力を上方修正、不意打ちは通じないだろうと判断を下す。


「エルーカさん、下がってください!」

「は、はい!」


 グランディアスの背後に迫っていたエルーカはロンドの合図に逆らうことなく即座に後方へと飛び退いた。


 ──ブオン!


 直後、エルーカが飛び込もうとしていた空間を大剣が通り過ぎていった。

 死角から一撃が決まると飛び込んでいれば、体が上下に両断されていただろう。

 エルーカの額からは大量の汗が溢れ出していた。


「……ロ、ロンドさんがいなかったら」

「来ますよ!」

「は、はい!」

「フフフッ!」


 グランディアスは大剣をだらりと下げた構えで駆け出す。その先にいるのは──エルーカだ。


「回避優先! 反撃も防御もしないで!」


 返事をする余裕がエルーカにはなかった。

 それでもロンドの指示はちゃんと耳に入っており、回避最優先で逃げ回る。

 大剣が振り抜かれる度に『ブオン!』という音と共に風圧で髪がなびく。

 かすっただけでも体を持っていかれるかもしれない恐怖と戦いながら逃げ続けたエルーカ。


「はあっ!」

「フフフッ!」


 そこに追いついたロンドが襲い掛かる。

 グランディアスも足を止めてロンドを迎え撃つと、ボスフロアには剣と剣がぶつかり合うことで甲高い金属音が反響して鼓膜を震わる。

 離れた位置にいるエルーカでも顔をしかめているのだから、音の中心いるロンドはどのように感じているのか。


「……すごい」


 エルーカは思った──何も感じていないだろうと。

 視線はグランディアスから逸らせることなく、金属音に顔をしかめることもない、ただ剣を振り続けている。

 今のロンドはグランディアスを倒すことしか考えていない。倒すこと以外の感覚を取り払っている。

 二本の大剣を相手にライズブレイドだけで打ち合っている姿は、同じ新人冒険者だと言えるようなものではない。


「うおおおおおおぉぉっ!」

「フハアアアアアアァァッ!」


 剣速が加速し、金属音がさらに大きくなる。

 ただ、一本と二本では攻撃回数に嫌でも差が出てきてしまう。さらに受けることも考えれば──徐々にロンドが押され始めてしまう。

 軽鎧が削られ、鎧に覆われていない部分から血が滲み出してくる。

 堪らずグランディアスの攻撃の威力を利用して飛び退き距離を作ったロンド。

 すぐに駆け寄ったエルーカが心配そうな表情を浮かべる中、ロンドは大きく息を吐き出して呟いた。


「……逃げましょう」

「……えっ?」

「このままでは押し切られます。倒せる可能性もありますが、半々の確率なら挑戦する必要はありませんよね」

「……はい! 約束ですからね!」


 攻略したい。それも倒せる可能性があるのなら。

 それでもロンドはあっさりと逃げると言ってくれた。

 自分の感情よりもパーティのことを優先してくれるのだから、信頼して従うに決まっている。


ボトルを一本だけ使います。そしたらすぐに安全地帯に向かってください」

「分かりました」


 やることは決まった。

 二人の視線の先ではグランディアスが大剣を胸の前で交差させてこちらを見ている。

 三者の視線が交わった直後、腰を落としたグランディアスが地面を蹴りつけて飛び上がる。

 同じタイミングでロンドが瓶を投げつけた。


「風刃瓶!」

「フハアッ!」


 火炎瓶では勢いを殺せない。氷柱瓶では力任せに氷を砕かれる可能性もある。

 ならば、風刃瓶の強風で吹き飛ばせないかと考えたのだ。

 そして、その思惑は的中した。

 グランディアスが飛び上がっていたのも功を奏し、二人まで大剣が届くこともなく、着地もバランスを崩して数歩後退。

 その間にエルーカが駆け出し、次いでロンドも追い掛ける。

 彼我の距離は五メートル以上離れており、追いつかれることはない。そう思っていたのだが──


 ──ゴウッ!


「えっ?」


 確かに追いついてこなかった。だが、追い掛けてきたのはグランディアスではなく──大剣。

 投げつけられた大剣は真っ直ぐにエルーカへと迫っていく。

 予想外の投擲にエルーカの体は動けなくなってしまう。

 死んだ──そう思った直後である。


「──加速アクセラ!」

「きゃっ!」


 エルーカは突如として浮遊感を覚えたかと思えば、走っていた時よりも倍の速度で視界が通り過ぎていく。

 何が起きたのか? そのことに気がついた時には、エルーカの顔は真っ赤になっていた。


「お、おおお、お姫様抱っこおおおおっ!」

「このまま行きます!」

「は、はひいいいいっ!」


 エルーカをお姫様抱っこしながら、ロンドはさらに加速して安全地帯へ向かう。

 そこに飛んできたのはもう一本の大剣。

 だが、飛んでくると分かっていれば回避することは容易い。

 ロンドは体勢を下げて大剣の下を掻い潜る。

 その瞬間にエルーカの顔とロンドの顔の距離が目と鼻の先まで近づいていたことなど知る由もない。


 結果──安全地帯へ飛び込んだ後もエルーカは真っ赤になった顔を上げることがしばらくできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る