第118話:さらに下層へ?

 バラクーダからドロップしたのは、必要としていたバラクーダの甲羅である。

 装飾品として使われる予定のバラクーダの甲羅と、芯として使われる予定の深紅の針。

 必要な素材を二つとも手に入れた二人はこのまま戻っても誰からも文句は言われないのだが……。


「エルーカさん、どうしますか?」

「どうすると言われましても……」

「エルーカさんが戻ると言えば僕も戻ります。ですが、さらに下の階層へ挑戦したい気持ちがあるのなら、僕も一緒に挑戦したいと思っています」

「さらに、下の階層……」


 一五階層ですでに最高記録を更新しているエルーカは、ここからさらに下の階層に挑戦するべきか否かを悩んでいた。

 最初は潜りたくない、さっさと戻りたいと思っていたエルーカも、ロンドと一緒にモンスターを討伐することで自信を付けている。

 その自信があるうちに下の階層へ挑戦したい気持ちもあるのだが、ここでも恐怖はやって来てしまう。

 今までは必要素材を手に入れるという目的があったのでロンドも説得を試みていたのだが、ここから先はあくまで二人の挑戦である。

 ロンドは一切口を挟むことはせずにエルーカの意思で決定を下すことを待っていた。


「……い、行けるところまで、行ってみたいです」

「本当にそれでいいですか? 無理はしていませんか?」

「……正直、怖いです。行ったことのない階層ですし、ジーンさんもいませんから。でも、今はロンドさんがいます。一緒に戦ってくれたロンドさんが。それなら、ジーエフに戻ってしまう前にできる限り一緒に、隣に並び立ってダンジョンへ挑戦したいんです!」


 エルーカの本心を聞くことができたロンドは笑みを浮かべながら大きく頷いた。


「分かりました、行けるところまで行きましょう。ダンジョン攻略だって、夢じゃないかもしれませんよ?」

「が、頑張ります!」


 無理とは言わなかったエルーカに、ロンドもこの短時間で成長しているのだと内心で喜んでいた。

 そして、自分もさらに成長しなければならないと糧にもしていた。


「まずは、一六階層です」

「はい!」


 今はロンドが前でエルーカが後ろではない。

 二人は横に並び立ち、一六階層へと向かう階段を下りていった。


 ※※※※


 二人がさらに下へと向かった姿を見たジーンの目からは涙が零れ落ちていた。


「……エルーカ、成長しましたね! 私は、嬉しいですよ!」

「お前、そんなにエルーカのことを想っていたのか?」

「当然じゃないですか! 私が声を掛けてオレノオキニイリに来てもらったんですから、その成長を見守るのは師匠である私の役目なんですよ!」

「お、おぉ、そうか、すまん」

「ジーンさん、熱いですね!」

「はい! ……ロンドさんには、何かお礼をしなければなりませんね」


 エルーカの成長にはロンドの存在が不可欠だった。

 そのことに気づいているジーンは何かしらお礼をしたいと廻に申し出た。


「お礼ですか? うーん、ロンド君はいらないって言いそうですけどね。ダンジョンに潜らせてもらいましたからー、とか言って」

「ですが! それでは私の気持ちが収まりません!」

「そうですねぇ……武器はライズブレイドをアークスさんが作ってくれましたから、冒険者に必要な装備品をプレゼントするのはどうでしょう」

「それはいいですね!」

「というか、それしか思いつかんだろう」


 呆れ声を漏らしているのは二杉なのだが、ジーンの視線はすでにモニターに映るロンドへ向けられており装備品の確認を始めていた。


「鎧は軽鎧ですか……うーん、中古品ですかね? 他にも……ミ、ミツバ様?」

「どうしました?」


 突然困惑声で声を掛けてきたジーンに、廻は首を傾げながら返事をする。


「ロンドさんの装備って、ジーエフに来られてから新調しましたか?」

「えっ? ……あー、してないかも。アークスさんが来るまでは鍛冶屋もありませんでしたし」

「やっぱり! そんな装備では今後何かあった時が怖いですよ! ぐぐぐっ、これならば武器以外を全て新調する必要がありそうですね!」

「ちょっと待ってください! それはさすがにお金が掛かり過ぎます! ロンド君が逆に受け取ってくれなくなりますよ!」


 立ち上がりかけていたジーンへ廻が慌てて声を掛ける。


「ですが、あの装備のままでは危険過ぎます!」

「だったら何か一つをプレゼントしたらいいんじゃないですか? 他の部分は私からロンド君に新調するよう声を掛けておきますから」

「ですが!」

「ジーン、落ち着け」


 興奮するジーンを宥めようと二杉は溜息混じりに口を開いた。

 さすがのジーンも自分の主に変な態度を取ることはできず、中腰になっていた体勢から腰を下ろすことにした。


「装備は身に着ける本人に合った物でなければ意味がない。それは冒険者の先輩であるお前がよく分かっているだろう」

「それは! ……そうです」

「なら、ロンドの意見を聞きながら装備を買ってやるのが一番だろう。相手が遠慮してしまうような物をあげて、使ってもらえなかったでは全く意味がないからな」


 もっともな正論を口に出されてしまっては、興奮して口走っていたジーンでは反論の余地はない。


「……はい」


 故に、そのまま肩を落として頷くしかなかった。


「……まあ、お前が興奮するのも分かるがな。エルーカの成長は俺も嬉しい限りだ」

「ですよね! ならばやはりロンドさんには――」

「だから落ち着け!」

「……うふふ。二人とも、本当に仲がいいんですね」


 二人のやり取りを見ていた廻は自然と笑みをこぼしていた。

 その姿にジーン顔を赤くして照れており、二杉も恥ずかしかったのか頭を掻きながら視線を逸らしてしまう。


「お礼は二人が戻ってきてから決めても遅くはないですよ」

「……分かりました」

「……全く」


 三人がお礼について話し合っている最中も、モニターの中ではロンドとエルーカが下層へとさらに歩みを進めていく。


「まさか二人でここまで進んでしまうとは、驚きですねぇ」


 モニターをずっと見ていたヨークからそのような呟きが聞こえると、二杉とジーンは口を噤み視線をモニターへと戻してしまう。

 廻も同じように視線を戻したのだが、ヨークが口を開いたこともありそのまま話し掛けていく。


「やっぱり、ヨーク様もダンジョンが攻略されていくのを見るのは嫌ですか?」

「いえ、私は面白いと感じますよ。経営者が必死になって考え抜いたダンジョンを攻略していく冒険者。富を掴む者がいる中で命を落とす者もいる。そんなダンジョンの在り方を見ているのは、とても面白いと思います」

「……命を落とした人がいてもですか?」


 ヨークの答えに廻は再度聞き直してしまう。

 廻が人の死に慣れていないからだろう、命を落とす者がいるダンジョンの在り方を面白いと言ったヨークの考えに理解ができなかったのだ。


「ダンジョンが面白ければ冒険者が集まり、そこから都市が発展します。私たち神の使いは都市の繁栄を願う立場ですからね」

「……そう、ですよね」


 ロンドがダンジョンのお試しで初めてダンジョンに潜った時、無事だったことを喜んでいた廻に対してニャルバンの表情は冴えなかった。

 神の使いはダンジョン都市を発展させて大きくさせるのが目的なのだから、冒険者の無事をわざわざ願うような者はいない。むしろ、冒険者が攻略できないくらいのダンジョンを作れたのだと喜ぶのかもしれない。

 それがこの世界では普通、神の使いとしては普通なのかもしれないが、廻はどうしても納得することができなかった。


「……メグルは優しいのですね」

「……私は、これが普通だと思っています」


 ヨークの言いたいことを理解した廻は、自分の普通を貫くのだとあえて口にした。

 人の命を心配することが優しいと言われる世界において、廻の考え方はやはり普通ではないのだろう。

 それでも、廻は廻のやり方でジーエフを大きくしていくのだと今ここで心に決めることができた。


「……そろそろ、最下層に到着しますね」

「えっ! そんな、話をしている間に、あっという間じゃないですか!」


 話を変えようとヨークが振った話題に、廻は驚きの声を上げてモニターに視線を固定させた。

 その様子を見たヨークは軽く笑みを浮かべると、同じように視線をモニターへと移すのだった。

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