第112話:二人の会話

 しばらくは花々を眺めたり、花畑を照らす月へ視線を向けていたのだが、ふいに廻から口を開いた。


「そういえば、ラスティンさんから聞きましたか?」

「なんだか色々とやっているみたいだな」

「そうなんですよ! とりあえずはアークスさんの恋がうまくいくように頑張る予定です!」


 えへへ、と笑う廻に二杉は視線を逸しながら会話を続けていく。


「それで、明日にはダンジョンに潜るんだろう?」

「あっ! ……それって大丈夫でしたか? 二杉さんに確認もせずに決めちゃったんですけど……」

「問題ない。むしろ、ロンドとエルーカがダンジョンに潜ることは決まっていたことだからな」


 ほっと胸をなでおろした廻は、次にかんざしについて話を広げていく。


「二杉さんは簪を見たことってありますか?」

「いや、テレビで流れているのを見たことがあるくらいだな。三葉はあるのか?」

「いやー、実はないんですよねー」

「そうなのか? それなのに作ろうとするとか、普通は思いつかないと思うんだがな」

「でもでも、クラスタさんには絶対に似合うと思うんですよ! ロングの黒髪、絶対に似合います!」

「クラスタって、誰だ?」


 二杉は廻がしようとしていることを大まかに聞いているだけで、細かな内容までは聞いていない。

 今回の件もアークスのために廻が動いているようだ、程度にしか聞いていなかったのだ。


「クラスタさんはヴォルグさんの娘さんなんですよ」

「ということは、アークスは師匠の娘に手を出していたのか」

「そ、その言い方だとアークスさんがチャラ男みたいに聞こえるので止めてほしいです」

「チャラ男! なんだか久しぶりに聞く響きだな!」


 食事の時の二杉も普段とは違って見えていた廻だが、目の前にいる二杉もまた普段とも食事の時とも違って見えた。


「二杉さんって、本当の自分を出していった方がいいんじゃないですか?」

「……そう思うか?」

「そっちの方が自然ですし、何より楽しそうですよ」

「楽しそうか……」

「せっかく手に入れた第二の人生ですよ? 楽しまなきゃ!」

「第二の人生、かぁ」


 廻の言葉をそのまま繰り返し、二杉は頭上を照らす月を見つめる。


「……三葉も、死んだのか?」

「……うん。それじゃあ二杉さんも?」

「あぁ。俺はトラックで栽培した花をお店に届けに行く途中で大雨に見舞われてな、タイミングが悪いことに山道を走っていたんだ。そしたら土砂崩れに巻き込まれてしまって崖下に転落したんだ」

「そうだったんですね」

「俺は独身だったから悲しむのは家族くらいなもんだが、残していった花達がかわいそうでな。未練なのかもしれないが、この世界でも少しは花を育てられないかと思って花畑を始めたんだ」

「私も似たようなもんですねー。家族とも上手くいっていなかったから、誰が悲しむのかも分かりませんけど」

「……そうなのか? 意外だな」

「意外、ですか?」

「三葉なら家族や周りの人間と上手くやれそうだと思ったんだ」


 二杉は廻のこの世界のことしか知らない。それはアルバスやニーナもそうである。

 日本にいた頃の廻は、人の目を気にしてばかりの生き方をしており、自分を出せるようになってきたのは死んでしまう数年前からだった。

 相手に気を使うことができる分、初めて会う人が二杉と同じように勘違いしてしまうのは仕方がないのかもしれない。


「私の両親は一度離婚をしているんです。それで、小さい頃は迷惑を掛けないようにって気を使って生きてきて、中学生に上がった時に新しいお父さんができたんですけど、この性格は直らなかったんですよ。この世界では結構自由にさせてもらっていると思っているんですけどね」

「そうだったのか……すまないな」

「二杉さんが謝ることじゃないですよ。これが私の人生なんですから」


 笑顔を浮かべてそう言い切った廻に、二杉もなんとか笑みを浮かべた。


「それで、三葉はどうやって死んでしまったんだ?」

「飛行機事故です」

「……ひ、飛行機事故?」

「はい。乗っていた飛行機が急に墜落して、それで私だけが輪廻転生の枠組みから外されたって神様は言ってましたね」

「そういえば、昼食の時にも神様がどうのって言っていたな。あれはどういうことだったんだ?」


 廻は真っ白な世界のことや神様とのやり取りについて食堂の時よりも詳しく二杉に説明した。

 ほんの数回しか対面していなかったので説明自体は簡単に終わったのだが、二杉の表情はやはり困惑気味だ。


「……何度聞いても信じられないなぁ。俺の時にはなかったんだぞ?」

「二杉さんは気づいたら経営者の部屋にいたんですよね?」

「さっきも言ったがその通りだ。神様には会わずに神の使いがそこにいた、ただそれだけだ」


 廻の時とは大きく異なる転生時の状況に、今度は二人して困惑顔を浮かべてしまう。

 そして、廻の中ではあの神様は本当に神様なのか? という疑問が沸いてきていた。


「二杉さんは他の経営者と友好ダンジョン都市を結んでいないんですか?」

「結んでない。色々な都市に行ったが、俺みたいな下位の経営者を取り合ってはくれなかったよ」


 住民から見れば経営者とは上位者になるのだが、同じ経営者になるとランキングの上位下位では扱いが大きく異なってしまう。

 二杉が訪れていたのは中位から下位のダンジョンだったのだが、それでもランキングが上だからという理由だけで無下にされてしまった。

 その経験が一番最初の廻に対する態度に現れてしまったのだ。


「……今度神様に会う機会があったら聞いてみます」

「危なさそうだが、その方法しかないか」


 二人して溜息をつきながら、話題は明日のダンジョン探索へと変わっていく。


「エルーカからダンジョンについて聞いたらしいな」

「はい。アークスさんが簪作りに必要なモンスターの素材についてですけどね」

「しかし、レア度3のモンスター素材をおしゃれのために使うとか、聞いたことがないぞ」

「何を言っているんですか! 女性ならおしゃれにお金を掛けるのは当たり前ですよ!」


 突然の大声に二杉は驚き自然と何度も頷いていた。


「……まあ、私はおしゃれよりも旅行にお金を掛けてましたけどね」

「旅行? ……あぁ、その旅行の途中で飛行機事故に遭ったのか」

「そうなんですよ! 旅行が私の人生を変えてくれて、この世界でも色々なところに行けたらいいなって思ってたのでオレノオキニイリに来れたことはとても嬉しかったんです」

「他の都市には行ったことがないのか?」

「まだまだ発展途上の都市ですからね。やることが山積みでニャルバンから止められています」

「神の使いはみんなそんなものか」


 苦笑を浮かべながら二杉は話をダンジョンへと戻した。


「明日はエルーカとロンドのダンジョン探索を見るんだろう?」

「もちろん! それで危なくなったらすぐにジーンさんに助けに行ってもらうんです!」

「……だ、大丈夫じゃないか?」

「ダメです! ダンジョンは何が起こるか分かりませんからね!」


 あまりの勢いに少し体を引いてしまった二杉だが、最後の発言には理解できたので納得する。


「一応ジーンも経営者の部屋に控えさせておくが、ジーンはロンドに太鼓判を押していたぞ?」

「そうなんですか?」

「あぁ。動きが洗練されていて、さすがアルバスの弟子だと言っていたな」

「ロンド君を褒められるのは嬉しいんですけど、アルバスさんはがさつだからなぁ」

「……お前、ランキング1位の凄さがあまり分かっていないだろう」

「だってアルバスさんだからなー」

「……アルバスが不憫に思えてきたぞ」


 そこからは日本のこと、この世界のこと、ダンジョンのことを笑い合いながら話していき、気づけば夜も更けてきたので解散となる。

 廻も二杉も、有意義な時間を過ごすことができたと満足気に部屋へと戻っていった。

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