第111話:日本の料理
この日の晩ご飯は、廻をボワンが腕によりをかけた料理がずらりと並んだ。
二杉が希望していた肉じゃがはもちろん、廻はだし巻き卵や煮物といった料理も作っている。
料理の数々を見た二杉の表情は輝いており、ラスティンはその表情を見て少し目を潤ませていた。
というのも、二杉は転生当初食事に注文をつけていたことをラスティンは何度も目にしている。
ボワンが料理長として就任してからは注文をつけることはなくなったものの、これほどの笑顔を見せて食事をしていたことは一度もなかった。
「おぉっ! これは、見た目にも間違いなく日本料理! それにあれは肉じゃがじゃないか!」
「お口に合えばいいんですけど」
「大丈夫だろう! ものすごく、食欲を誘う香りだからな! それじゃあみんなでいただこう!」
待ちきれないと言わんばかりに二杉は目の前に盛られた山盛りの肉じゃがを頬張った。
他の面々も料理に口を付けているのだが、廻だけは二杉の反応が気になってしまい手が進まない。
ボワンも食堂の脇に立ちながらソワソワしている。
「…………んんっ!」
「……んんっ?」
「うんまい! これは完璧な肉じゃがだ!」
「よ、よかった~」
二杉の発言を受けて、廻とボワンは大きく息を吐き出した。
「こ、このこんにゃくの感触はどうしたんだ?」
「これはバレンを使って再現してみました。ボワンさんが教えてくれたんですよ」
「そうか! ボワン、よくやった!」
「いえ、俺は何も。味付けとかは全てミツバさんが考えてくれたんで」
「謙遜しないでください。私一人じゃあこの味は出せなかったし、これだけの料理を作ることもできませんでした。ボワンさん、本当にありがとうございます」
ここでも頭を下げている廻に二杉やラスティンは慣れたものだが、ボワンや他の料理人やメイド達は呆気に取られている。
「三葉が頭を下げる理由がどこにある! 三葉、本当にありがとう!」
「あわわっ! ふ、二杉さんこそみんなの前で頭を下げないでください! し、視線が痛いですから!」
二杉が頭を下げたことで、周囲の視線が一気に廻へと集まった。
あまり頭を下げてこなかったのだろう、その視線の多くは驚きに染まっている。
「三葉の方が頭を下げているだろう。日本だと当たり前じゃないか?」
「そうですけど、ここは日本じゃありませんし、二杉さんと私じゃあ反応が変わるんですよ! ささっ、食べてください!」
「むっ、そうか? ではいただこう!」
二杉の意識が料理に向いたことで廻はホッとし、そして自分でも料理を口にしていく。
廻が食べているのは主にボワンが作ってくれた料理だ。
この世界の料理が気になるのと同時に、ニーナへ土産話として味を伝えたいという思いがあった。
「おぉっ! このだし巻き卵もいい味じゃないか! むふふ、こっちの料理も懐かしいなぁ。これは醤油か……んっ、醤油?」
「あっ、醤油に似た味を出すための調合もボワンさんに伝えているので、これからは色々な味付けが楽しめると思いますよ」
「……み、三葉! マジで、感謝する!」
「フ、フタスギ様、飲み込んでから話すのがよろしいかと」
「むっ! ……そうだな、すまん」
あまりに興奮していた二杉をラスティンが諌めている。
ただ、内心ではとても喜んでいるので強く止めることはしなかったが、二杉も経営者という立場をわきまえて素直に従った。
「……ボワン、これからも頼りにしているぞ。食事が楽しめなかったら、日常が荒んでしまうからな」
「は、はい!」
嬉しそうに返事をするボワンを見て、なぜだか廻も嬉しくなってしまった。
「どうして三葉が笑っているんだ?」
「だって、誰かの笑顔って嬉しくなりませんか?」
「……まあ、たしかにな」
「どうしたんですか? ……顔、赤いですよ?」
「な、なんでもない! さあ、食べるぞ!」
頬を朱に染めたまま二杉は再び食事に没頭していく。
首を傾げていた廻は、考えても分からないと悟り同様に箸を伸ばしていく。
その様子を見たラスティンは微笑みを浮かべていたのだが、そのことには誰も気づかなかった。
食事はにぎやかに終了し、それぞれがそれぞれの部屋に戻っていったのだった。
※※※※
廻もロンドとアークスと一緒に食堂を後にして部屋へ続く廊下を歩いていたのだが、後方から声がかかった。
「――三葉」
「二杉さん? どうしたんですか?」
振り返ると、真面目な表情で廻を見つめている二杉が立っていた。
「……時間があれば、少し話をしないか?」
「話、ですか?」
「あぁ。日本についての話もそうだが、三葉がこの世界についてどう考えているのかも聞いておきたいんだ」
二杉の言葉には日本人としての思いと、経営者としての思いの二つが混在していた。
だが、そのどちらも害意のあるものではなく、単純に興味から来ている思いなのだと廻は二杉の雰囲気から判断した。
「私は大丈夫ですよ」
「あの、俺たちはどうしたらいいでしょうか?」
「二人は部屋で休んでいていいですよ」
「僕もですか?」
ロンドは護衛という名目で今回ついてきている。二杉の屋敷内で何かが起こるとは考えていないが、それでも心配であることに変わりはない。
「ロンド君も。たぶん、色々と話すことがあって長くなると思うからね」
「……分かりました」
「ありがとう。二人とも、おやすみなさい」
笑顔で手を振り、ロンドとアークスは部屋へと戻っていった。
「……助かる、三葉」
「ううん。私も二杉さんとは二人で話をしたいと思っていたんですよ」
同じ異世界転生者、それも日本からということでお互いに気になっていた。
「外に行こうか」
「畑ですか?」
「畑……とは違うな。俺にとっては特別な場所だ」
「特別な場所ですか?」
「あぁ。行けば分かるよ」
そう言って歩き出した二杉の横に並び廻も進んでいく。
すでに外は真っ暗で、屋敷から漏れ出てくる明かりが二人が歩く道を照らしている。
歩き出してから五分ほどが経ち、畑も超えてどんどんと進んで行く。
屋敷の明かりも届かないその場所は、先を見ても真っ暗で何かあるのかが廻からは分からない。
「……二杉さん、ここは何なんですか?」
二杉へ振り返った廻だったが、当の二杉は廻でもなく先の暗闇でもなく、空を見ていた。
「……二杉さん?」
「……もうすぐだ」
何がもうすぐなのか、そう口にしようとしたその時――雲が晴れて月が顔を覗かせると暗闇に隠されていた二杉の特別な物が姿を現した。
「――うわあっ! これ、すごいじゃないですか!」
「だろう? 俺がやっていた仕事は農業は農業でも、花を育てる仕事だったんだ」
月明かりに照らされて現れたのは、赤や青や黄といった様々な色をした花々だった。
「……な、中に入ってもいいんですか?」
「大丈夫だ。一応、人が通る道も作っているから気をつけてな」
「はい!」
花畑に近づいていくと、二杉の言う通り二人までなら並んで歩ける幅の通路が作られている。
廻は通路に駆け出して中程まで行くと、その場でくるくると周りながら花々を眺めていた。
その光景を見た二杉からは自然と笑みがこぼれている。
「二杉さん! ここで話をしましょうよ!」
「そうだな。それが良さそうだ」
二杉も花畑の中へと歩き出し、隣に並ぶとそのまま地べたに腰掛けた。
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