第110話:廻の料理

 廻はラスティンの案内で厨房に来ており、そこで料理長と顔を合わせていた。


「三葉廻です。今日はよろしくお願いします」

「……ボ、ボワン・マグレイブだ、です」

「私みたいな子供に敬語は必要ありませんよ。いつも通りに話してください」


 本当にいいのか、と確認する意味も込めてボワンはラスティンへ視線を向ける。

 ラスティンは笑みを浮かべて一つ頷いた。


「……分かった。今日はフタスギ様の故郷の料理を教えてもらえると聞いているが、本当なのか?」

「はい。お口に合うかは分かりませんけど、少しはお力に慣れると思います」


 言うが早いか、廻は早速食材を見せてほしいと伝えて保冷庫へと向かった。


「これも神の遺産アーティファクトなんですよね」

「比較的多く出土している神の遺産だな」

「同じ物が複数出てくるんですか?」

「神様も便利な物はたくさん作るってことだろう」


 ボワンは廻への態度をすぐに切り替えていた。

 というのも、二杉からもあまりかしこまるなと、料理人がかしこまっては良いものが作れなくなると言われていたことが大きかった。


「俺ではフタスギ様の舌に叶う味を出すことができなかった。今日は期待していますよ」

「頑張りましょう!」


 保冷庫には様々な食材が入っており、廻が一番興奮したのはやはりお米だった。


「本当にお米があるんですね!」

「フタスギ様も言っていたが、これはお米というものなのか?」

「えっ、違うんですか?」


 二杉からはあるとしか聞いていなかった廻である。目の前の食材は確かにお米の見た目をしているのだが、実は違う食材なのかと不安を覚えてしまう。


「いや、これはフタスギ様が色んな都市を巡っている時に見つけてきた食材だったから俺には分からないんだ。なんでも、どこかの都市の経営者が育てた食材なんだとか」

「……えっ、それって、一からお米を育てた経営者がいるってことですか?」

「そんなことを言っていた気がするなぁ」

「……お米への執念、恐るべし」


 自分ではそこまでは無理だと思いながらも、廻はこの世界でお米を食べられるのが誰とも分からない経営者のおかげなのだと知ると感謝の念しか浮かんでこなかった。


「それじゃあ、まずは肉じゃがの材料から見繕いますか!」

「肉じゃが?」

「お肉は問題ないとして、じゃが芋と人参も大丈夫……やっぱり問題はこんにゃくかなぁ」

「……こんにゃく」


 廻の言葉を復唱するかのように呟いているボワン。

 これはただ呟いているわけではなく、自分の中で大事な情報として記憶しようとしている。


「……こんにゃくというのは、どういったものなんだ?」

「プニプニの食感で、のどごしも良い食材なんです。何か代わりになりそうな物があれば……」

「プニプニ……のどごし……」


 腕組みをしながら考え込んでいたボワンだったが、おもむろに一つの食材を手に取った。


「……こいつを煮込むとプニプニになって、食感を楽しめるぞ」

「それです! 一度味見をしてみてもいいですか? あぁ、待って下さい、一度煮込むなら味付けをしながらの方が味が染みて美味しいはずですよね!」


 全ての食材を同時に煮込むわけではなくなるので、煮込むならそのまま味付けまでしてしまおうという考えだ。


「濃口が好きだって言ってたので、味付けは……あったあった!」

「調味料が分かるなんて、ミツバ殿はこっちでも料理をしていたのか?」

「自分の都市でたまに手伝いをしているんです」

「経営者が手伝いって、なんていうか、珍しいですな」

「二杉さんも畑をやってるじゃないですか」

「フタスギ様の場合は趣味ですからな!」


 がはは! と笑いながらボワンは廻が指差した調味料と手に取り鍋の方へと移動する。

 その後ろをついて歩くラスティンの表情は今も笑顔だ。


「ラスティンさんも見ていきますか?」

「はい」

「ラスティン殿は何にでも興味を持ちますからな!」

「先程もミツバ様の発想に驚かされたばかりです。この歳になっても驚かされるのですから、興味を持つことは大事だと思っております」


 ラスティンはそう言いながら調理の邪魔にならないよう少し離れた位置で立ち止まった。


「それじゃあ早速始めましょう! まずは割り下を作ります」


 そう言ってボワンから調味料を受け取った廻は鍋に混ぜ合わせながら味見をし、足りない味を少しずつ足していく。分量を決めているわけではないので完全に目分量だ。


「……これくらいかな」

「俺も味見していいか?」

「もちろんです」


 手の甲に完成した割り下を一滴垂らしてボワンが味見する。


「あまり食べたことない味だが旨い! だが……薄くないか?」


 濃口の味付けにすると聞いていたボワンは、割り下の味の濃さに疑問を抱いていた。


「いいんです。割り下が材料に染みていけば、今よりも濃い味付けになりますから。ここであまり濃くしてしまうと、出来上がりがものすごく濃くなっちゃうんですよ」

「……なるほど、そういうことか」


 ボワンは何度も頷きながら脳内メモに記していく。


「それじゃあ先にこんにゃく……じゃなくて、その食材の名前ってなんていうんですか?」

「これはバレンの実だ。俺たちはバレンって呼んでいる」

「それじゃあバレンを細長く切ってもらってもいいですか?」


 廻が割り下を作っている間にボワンはバレンの皮を剥いていたのですぐに切っていく。

 皮は黄色かったバレンだが、実の部分は茶色をしており見た目にもこんにゃくに近いと廻は内心で喜んでいた。

 真ん中から切られたバランを千切りにしていくボワンの手際は見事なもので、廻は『ほわあ~』と声を漏らしながら見つめている。

 鍋の割り下はすでにグツグツと沸いているので、細かくなった部分も余すことなく投入する。


「それじゃあ次は他の材料を切っていきましょう!」


 残りの材料を一口大に切ってもらった廻は、そのまま鍋の中に投入してもらい落し蓋を行う。

 そして、出来上がるまでの間に別の料理を作ることにした。


「私が知っている日本料理か……肉じゃがが好きってことは、日本の家庭料理が好きなのかな?」


 ぶつぶつと呟きながら、廻は再び食材の方へと向かう。

 卵はどの世界でも卵の形をしているので使いやすい。

 ジーエフでは叶わなかった食材がオレノオキニイリにはあったので、メニューの幅はどんどんと広がっていく。

 ただ、調味料に関してはまだ分からないものが多くあるのでボワンに確認を取りながら味見をして、使えそうなものを厳選していく。

 色々と味付けを工夫し、出来上がっていく料理を味見しながらボワンにレシピを教えていき、廻は楽しい時間を過ごしていくのだった。

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