第109話:二杉という人物
廻達が
「エルーカとロンドが潜るとなれば、少し難易度を変えた方がいいか?」
「それは上げるということですか?」
「逆だ、下げるんだよ」
「……理由を伺っても?」
今のジーンは廻達と出会ったばかりの頃とは大きく変わっていた。
二杉に必要とされているのだと自信を持って言えるようになり、ダンジョン運営に関しても積極的に口を開くようになっていた。
「一番の問題はエルーカだな。エルーカに今のダンジョンは荷が重すぎる」
「ロンドさんはどうですか?」
「正直なところ、俺にはロンドの実力は分からん。だが、エルーカと同じ新人冒険者ということなら、同じくらいがエルーカよりも少し上くらいだと思っている」
二杉の意見を聞いた上で、ジーンは一つの提案を口にした。
「……そのままでもいいと思います」
「その根拠は?」
「エルーカの成長のためです」
「だが、それで死んでしまったら意味がないぞ? それに、ロンドは客人だ。もしそっちに何かあれば、友好ダンジョン都市の解消もあり得る」
「おそらく、そうはならないかと」
「……ずいぶん自信があるんだな」
鋭い視線でジーンを見る二杉。
その視線を受けても、ジーンは真っ向から見つめ返し口を開く。
「ロンドさんは、おそらく相当な実力をつけていますよ」
「どうして分かる?」
「動き方、といえばいいでしょうか。一挙手一投足が洗練された動きをしています。もちろん、私やアルバス様よりも強いということはあり得ませんが、それでもオレノオキニイリのダンジョンを攻略する分には問題はないかと」
「そこまでなのか?」
「はい。それに、腰に差していた剣も気になりますね」
ジーンはロンドのライズブレイドにも目をつけていた。
「あれはアークスが打った剣ではないかと思います」
「そうか。それなら、等級も高く仕上がっていそうだな」
「おそらく、第三等級か第二等級にはなっているかと思います」
二杉は顎に手を当てて考え込む。
変にダンジョンに手を加えてしまうと、二人以外に潜っている冒険者から不満が上る可能性もある。
安全策を取るか、ジーンの意見を採用するか。
「……このまま行くか」
「その方が良いかと」
「助かった」
「いえ、とんでもございません」
笑顔のジーンに二杉も笑みを返し、そのまま自室を後にした。
※※※※
――時間は夕刻である。
簪制作にある程度の目処がついた廻は二杉を探してラスティンと行動をともにしていた。
「しかし、本当によろしいのですか?」
「はい。時間がないかもしれませんし、ご迷惑でなければですけど」
「とんでもございません。こちらとしては嬉しい限りでございます」
「よかったです。……それで、今はどこに向かっているんですか?」
二人は屋敷を出て、敷地内ではあるが外を歩いている。
同じ敷地内ではあるのだが、まさか外に出るとは思っていなかった。
「離れにある畑でございます」
「畑って、何かを栽培しているんですか?」
「はい。フタスギ様の趣味でございます」
「へぇ、趣味で畑をねぇ」
鍛冶師ばかりを集めている都市だったので、二杉の頭には武器のことしか入っていないと勝手に思っていた反動でとても驚いていた。
「何でも、元の世界では農業をしていたそうでございます」
「そういうことですか。それなら納得です」
元農家であれば、食事に関しても日本料理を食べたいと思う気持ちは人一倍あっただろう。
そこから自分で色々と調理してみたものの、二杉自身は料理が苦手で思ったような味付けに仕上がらなかった。
素材の味は分かるので、都市を経営しながら色々な食材を食し、自分好みの食材があれば種を貰って自ら育ていたのだ。
「畑を初めてまだ日も浅いので成長するのはまだ先でしょうが、畑仕事をしている時のフタスギ様はとても充実した表情をしておられます」
ラスティンの言葉を聞いて、廻は二杉がどうしてこちらの世界に転生してしまったのか、その経緯を知りたくなってしまった。
廻の場合は飛行機事故により死んでしまったことから転生してしまったが、二杉にも同様のことが起こっていたのだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると、畑にはすぐに到着した。
「フタスギ様」
「んっ? ラスティンに、三葉? どうしたんだ?」
「ミツバ様から嬉しい提案がございましたので、その確認に参りました」
「嬉しい提案? 三葉、なんのことだ?」
日本でよく見た作業着に長靴を履いた二杉は、腕まくりをしたたくましい腕で額の汗を拭う。
「屋敷で話をしていたことを実践しようと思いまして」
「……色々と話をしていたからどれのことだか分からないんだが」
「日本の料理です! 今日の晩ご飯で作ろうと思ったんですけど、どうでしょうか?」
廻の提案を受けて、二杉の表情は今まで見せたことのないくらいに満面の笑みを浮かべていた。
「本当か! もちろん問題ない! 三葉、よろしく頼むな!」
「でも、二杉さんのお口に合うかは保証できませんよ?」
「全然構わない! おぉっ、久しぶりに日本の料理が食べられるのか!」
二杉の予想外のリアクションに廻は目をパチクリさせてしまったが、ここまで期待されてしまったら気合を入れないわけにはいかない。
廻は二杉の好みを把握するために色々な質問をする。
「好きな料理はなんですか?」
「肉じゃがだな!」
「味付けは薄口ですか? 濃口ですか?」
「ガッツリ濃口で!」
「お米は……ないですよ――」
「あるぞ!」
「マジですかーっ!」
お米の有無に関する質問にだけは廻も興奮を隠すことができずに飛び跳ねてしまった。
その後もいくつかの問答を繰り返し、廻は大きく頷いた。
「了解です! 私にできる限りの料理を二杉さんにお出ししてみせます!」
「ありがとう! ラスティン、料理長に材料は何でも提供して良いと伝えておけ!」
「かしこまりました」
「それだったら、私からは二杉さんが気に入った料理があればレシピをお渡ししますね」
「本当か! ……三葉、マジで感謝する!」
あまりの嬉しさに三葉の手を取り喜びを露わにする二杉。
そんな二杉の口調が変わっていることに気づいた廻は自然を頬を緩ませた。
「あっ! ……す、すまない」
「いえ、いいんですよ。それに、本当の二杉さんが見えた気がして嬉しかったです」
「本当の、俺?」
「口調、変わってましたよ?」
実のところ、二杉は経営者を演じなければならないというプレッシャーを感じており、いつしか経営者の仮面をかぶり口調も変えて日々を過ごしていた。
二杉が農業をしていたのは事実であり、武器の類いでとりわけ剣に関して格好いいと思っているのも事実だ。
しかし、実年齢は25歳と若く口調も本来ならもっと砕けた話し方をする人物だった。
「……す、すまん」
「構いませんよ。それじゃあ私は二杉さんがもっと自分を出せるように、腕によりをかけて料理してきますね!」
「……楽しみにしてるよ」
「はい!」
廻はルンルン気分で、ラスティンは深く頭を下げてから畑を後にした。
「……本当の俺か」
夕焼けに染まる空を見上げながら呟くと、二杉は農具を片付けて屋敷へと戻っていった。
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