第108話:幸福のかんざし
それぞれが部屋へ戻った後も、廻はアークスとクラスタの件で頭を悩ませていた。
二杉の直談判するのもありだろう。だが、それを行うことでアークスがいらぬ引け目を感じてしまう可能性もある。
そして何より気になるのがクラスタの気持ちだった。
クラスタがアークスと一緒にいたいと思ってくれるなら、廻は土下座でもなんでもして二杉にお願いするつもりでいるが、そうでなければ意味がない。
「……やっぱり、まずは
プレゼントを受け取ったクラスタがどのような反応を示すのか、それによってどうするかを決めることにした。
となれば取り急ぎ簪のデザインを固めなければならない。
廻は休憩もそこそこにベッドから起き上がるとアークスの部屋へ行こうと廊下に出た。
「――あれ、アークスさん?」
「――メグルさん、どうしたんですか?」
「えっと、簪のデザインの件でアークスさんに声を掛けようと思ってたんです」
「……考えることは同じですね。俺もそのことをメグルさんに相談しようと思っていました」
お互いに顔を見合わせながら苦笑する。
結局のところ、簪の完成が全てを上手く回すための最良の策になるのだ。
「どこで話しましょうか?」
「二杉さんかラスティンさんがいたらどこか場所を借りられないか聞きたいんだけどなぁ」
「さ、さすがにフタスギ様へ直接聞くのはダメだと思いますよ?」
「でも、その方が早くない? この屋敷の主なんだし」
「……メグルさんにとって、経営者って何なんだろう」
溜息混じりにそう呟くアークス。
「そろそろ私に慣れないと疲れちゃいますよ」
「……変だっていう自覚はあるんですね」
「この世界の常識に私も早く慣れないとねー」
「言ってることとやってることがめちゃくちゃなんですが!」
「あっ! ラスティンさーん!」
話を切り上げるために廻は目的の人物であるラスティンを見つけたので声を掛ける。
「おや、いかがなさいましたか?」
「……慣れよう、メグルさんに慣れよう」
後ろの方でアークスが遠い目をしていることなど知らない廻はラスティンに事情を伝えてどこか部屋を借りられないか聞いてみた。
「カンザシ、ですか?」
「はい! 女性のおしゃれに必要な道具なんですよ!」
「……お部屋はこちらで準備いたします。それと、面白そうなので私にも見せていただいていいですか?」
「もちろんです! アークスさんもいいですよね?」
「……えっ? あ、大丈夫です!」
「私には緊張しなくていいのですよ。それでは参りましょうか」
ラスティンは近くにいたメイドと何やら言葉を交わすと、二人に合図をしてそのまま歩き出した。
連れて行かれた場所は小さな鍛冶部屋のような場所で、小さくて使い物にならない素材――いわゆるクズ素材が壁際の木箱にまとめられている。
簪を作りたいということで作業部屋に通されたのかもしれないが、廻としては話し合いができる場所を探していたのでラスティンに問い掛けた。
「あの、私達は話し合いをしたいんですけど?」
「誠に勝手ながら、作りながらの方が考えもまとまると思いましたのでこちらへご案内いたしました」
「で、ですがラスティン様、俺はまだ素材を持っていません」
ふふふ、と笑いながらラスティンは壁際にあるクズ素材へ視線を向ける。
「あちらの素材で作ってみてはいかがですか? 話を伺ったところ武具のように大量の素材が必要ではなさそうだったので、使い道のないこれらの素材が役に立てばと」
「ほ、本当ですか! ラスティンさん!」
「いやいや! そんなお金もありませんよ!」
「これらは元々捨てる予定だった素材です。お金などいりませんよ」
顔を見合わせる廻とアークス。
ラスティンは笑顔のまま、クズ素材が入った木箱を見つめている。
「……分かりました、使わせていただきます!」
「これらの素材も浮かばれます」
「ありがとうございます。もし、俺にできることがあれば言ってください」
「気になされないでください」
笑顔を絶やすことなくそう言ってくれたラスティンに甘える形で、廻とアークスはクズ素材を部屋の真ん中に置かれていた机に五個並べた。
「とりあえず、アークスさんが思っている簪を作ってみてください!」
「……いやいやいやいや! 実際の簪がどんなものか分からないんだから作れるわけないじゃないですか!」
「何か書けるものをお持ちしましょうか?」
「……何から何まですみません」
自らの準備不足を恥ずかしく思いながら、廻はラスティンに頭を下げる。
ここでも笑顔を絶やすこと部屋の中にある棚から数枚の紙の束と、筆とインク壺を持ってきてくれた。
「……あ、ありがとうございます」
「いえいえ、構いませんよ」
ここまで丁寧にされると何か裏があるのではないかとアークスは思ってしまったのだが、廻はそんなこと全く考えていなかった。
「よーし! アークスさん、イメージを描き込んでいきましょう!」
「……分かりました」
結局、アークスも廻の勢いとクラスタへのプレゼントを作りたいという気持ちが勝り、自身の考えを胸のうちにしまうことにした。
「それじゃあ、まずは私が考えているデザインなんですけど……」
廻は細長い芯の先端から描いていくと、逆側には玉を三つ、段差をつけて取り付ける。動くたびに玉が揺れ、光を浴びると美しい輝きを振りまいてくれるデザインだ。
「バラクーダの甲羅を使うと、何色になりそうですか?」
「黄色に近い色になると思います」
「うーん、
さらに玉を飾り付ける細かな装飾品を描き始めた。
「この部分はアークスさんのセンスに任せます。黄色い玉に合った装飾をお願いしますね」
「お、俺にできますかね」
「できますよ! だって、クラスタさんのことを一番知っているのはアークスさんじゃないですか!」
「ロパン様、頑張ってくださいませ」
「ラスティン様まで……分かりました、やってみます!」
二人からの激励を受けて、アークスは一度クズ素材を使って簪を作ってみることにした。
見た目をイメージできないのは難点だが、まずはどのような物を作るのか、それを覚えさせる必要がある。
「すごい、色々な素材が入ってますね。これ、どれを使ってもいいんですか?」
「構いませんよ。本当に捨てる予定の素材ですから」
「あっ! これなんて青色で綺麗になりそうですよ?」
「それじゃあ玉はこっちの緑色の素材で作ってみましょう」
簪を作るためのクズ素材が決まったところで、再び中央の机に集まった。
クズ素材を並べて大きく深呼吸をするアークス。そして、鍛冶魔法を発動した。
「おや? 魔法陣なしでできるのですか?」
疑問を口にしたのはラスティンだった。
「これくらいの鍛冶魔法ならいけます。さすがに素材の融合だったり、質量の多い鍛冶魔法は魔法陣がないとできませんけど」
「……そうでしたか」
なんとも惜しい、といった表情を浮かべているラスティン。
実のところ、魔法陣なしで鍛冶魔法を扱える鍛冶師というのはそう多くない。
特に若い鍛冶師の中でいえばアークスくらいのものである。
そのことに気がついたラスティンは、アークスが移住してしまって惜しいことをした、と内心で思っていた。
「まずは青色の素材で芯を……メグルさん、これは細い方がいいんですか?」
「鉄杭よりも細くしてください」
「分かりました。それじゃあ……こんな感じですか?」
「……うん、大丈夫だと思うよ」
出来上がった芯の部分を廻に手渡したアークスは、そのまま玉の作業へと移っていく。
ただ、こちらは小さな玉を作るだけの作業だったのですぐに終わってしまった。
「……緑色の玉、綺麗にできましたね!」
「クズ素材とはいえ、素材が良かったんでしょうね」
「それじゃあ、最後は逆側に段差をつけて玉を取り付けましょう。紐というか、鎖みたいなものってありますか?」
「固くない方がいいのかな? それだと金属では難しいかも……」
「この部屋に紐はありませんね。別の部屋に行けばありますが……」
「大丈夫ですよ。チェーンというものがありまして、金属をですねぇ……」
こうして、廻とアークスとラスティンの簪作りは進んでいくのだった。
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