第107話:必要な素材

 ヴォルグさんに挨拶をして鍛冶屋を後にした廻たちは、そのまま屋敷へと戻っていく。

 アークスとロンドの中では、ダンジョンに明日潜りその日の夜で加工を行い、明後日にはプレゼントを渡す段取りになっていた。

 その間に廻はアークスとかんざしのデザインについて考えなければならないので、クラスタが好きな物についてを根掘り葉掘り聞き出していた。


「可愛い物が好きというわけではないと思います。普段から作業着ですし、家の中もそういった物はありませんでしたし」

「だけど、女の子は可愛い物が好きなはずですよ! 何かありませんか?」

「そうですねぇ……」


 考え事をしながら歩いているのでロンドとエルーカは心配そうにアークスを後ろから見ているのだが、慣れているのか正面から来る人とぶつかることなく器用に避けながら思いついたことを口にしていく。


「可愛い物ではないんですが、師匠の影響か普段から気に入った剣を眺めていることが多かったですね」

「剣を眺める女子って、どうなんですか?」

「俺は好きですよ。まあ、鍛冶師だからっているのもあるんでしょうけどね」


 苦笑しながらもクラスタのことを話していく。


「眺めている剣は刀身が美しく滑らかで、実用的な物ではなく観賞用に作られた剣が多かったです」

「それって、可愛いが基準ではなくて美しいが基準になっているってことかしら」

「おそらくですけど」


 顎に手を当てながらデザインを考える廻。

 そこからしばらくは会話もなく、アークスは隣で、ロンドとエルーカは後ろから廻が口を開くのを待っていた。


「……アークスさん」

「なんですか?」

「飾りだけではなくて、芯の部分からこだわりませんか?」

「芯というと、鉄杭の部分ですか?」

「そうです。観賞用に作られた剣を眺めていたなら、全体を通して美しい作りにするべきだと思います」

「そうなると、バラクーダの甲羅だけでは足りないかもしれませんね」

「……ほ、他にも素材が必要なんですか?」


 廻とアークスの話を聞いたエルーカが困惑気味に聞いてきた。

 実際にダンジョンに潜りモンスターと対峙する身としては、必要素材は少ない方がいいと考えている。


「す、すみません」

「あっ、その……こちらこそ……」

「……アークスさん、実際のところ配置されているモンスターを聞いて、二人に攻略は難しそうですか?」

「プライさんの実力が分からないので何とも言えませんが、ヤニッシュさんなら一五階層くらいまでだったら攻略できると思います」

「じゅ、一五階層ですか!?」


 アークスの見解を聞いたエルーカが驚きの声をあげた。

 オレノオキニイリのダンジョンは二〇階層まで開放されている。半分を過ぎると徐々に強いモンスターが配置されるのがセオリーの中で、一五階層までなら問題ないと言い切ったのだ。


「さ、さすがにそれは言い過ぎではないですか?」

「いや、たぶん大丈夫だよ。ヤニッシュさんなら、ソロで一五階層までなら攻略できる」

「し、しかもソロ……」


 ここまで言われるとエルーカはなにも言えなくなってしまった。


「アークスさん、それは本当に言い過ぎだと思います」


 そこに声を掛けたのは話題の中心であるロンドだ。


「いや、本当だって。配置されているモンスターはジーエフとそこまで変わらないんだ。変わるとしたらレア度3くらいだから、そこに躓かなければいけるよ」

「そうなんですか? ……まあ、よく考えるとランキングではジーエフの方が上なんですよね」

「プライさんの実力にもよるけど、もしかしたら二人で二〇階層まで攻略することもできるんじゃないですか?」

「そ、それは絶対に無理です! わ、私はまだ一五階層にすら行ったことがないんですから!」


 アークスの希望的観測にエルーカが慌てて否定を口にする。

 エルーカの言う一五階層も、ソロではなくパーティを組んでなお到達できていないのだから二〇階層攻略など夢のまた夢なのだ。


「ちなみに、芯に合いそうなモンスターの素材は浮かんでますか?」

「うーん……それが、なかなか思い浮かばないんだ」

「クラスタさんの好きな色とかないんですか?」

「色ですかぁ……赤?」

「だったら赤いモンスターの素材で芯を作りましょう!」

「赤いモンスター……だったらレッドホーネットかな?」


 レッドホーネットはレア度3で、キラービーが派生進化したモンスターである。

 狙う素材がどちらもレア度3ということもあり、エルーカの表情はさらに青ざめていく。


「針まで真っ赤だから芯として使うなら申し分ないと思います」

「で、ですが、レッドホーネットは猛毒持ちの危険なモンスターですよ。バラクーダと両方の討伐だなんて、他にも冒険者と一緒じゃないと無理ですよ!」

「ロンド君はどう思う?」

「……対処法さえ間違えなければいけると思います」

「ロ、ロンドさんまで!」


 味方がいないと悟ったエルーカは涙目になりながらロンドの腕を掴んでぶんぶんと振り始めた。


「お、落ち着いてください、エルーカさん。基本は僕が前衛として戦うので、エルーカさんは中衛として援護してくれればいいですから」

「援護と言われましても……」

「僕が討ち漏らしたモンスターを倒してくれればそれで大丈夫です。数が多いモンスターはほとんどがオートなのでエルーカさんでも問題ないですよね?」

「……オートなら、まだなんとか」

「それならきっと大丈夫です。出会って数日ですし信じろとは簡単に言えませんが、絶対に守ってみせます」


 力強いロンドの言葉に、エルーカも表情は嫌そうだったが何とか頷くことができた。

 その様子を見たアークスは満面の笑みを浮かべてお礼を口にした。


「ありがとうございます!」

「狙う素材はバラクーダとレッドホーネットですね!」

「……ロンドさん、よろしくお願いします」

「こちらのダンジョンのこと、色々と教えてくださいね。その方が対策も立てられますから」


 本来ならエルーカがロンドを案内したりダンジョン対策を講じる必要があるのだが、今のエルーカにそのような余裕はない。

 実のところジーンの思惑として、ロンドとダンジョンに潜ることで少しでもダンジョンについて調べてくれるだろうと、冒険者としての自覚を持ってくれるだろうと思っていたのだが、その想いは外れてロンドの成長に繋がっていた。

 そんな思惑があったことなど知る由もない二人は、オレノオキニイリのダンジョンについて話し合っていく。


「……ねえねえ、アークスさん。ロンド君とエルーカちゃんって、お似合いだと思わない?」

「……そうですか? まあ、そうだとしても他の都市で暮らす者同士ですから、実るかどうかは難しいと思いますよ」

「……現実主義者め!」

「……それは俺にも言えることなんですけどね」

「……えっ?」


 突然の言葉に廻はぽかんとしながら呟きを落とす。


「だってそうじゃないですか。俺は今ジーエフで暮らしているんです。クラスタと仲直りできたとしても俺が戻るわけにはいかないし、クラスタが移住できるかなんて分かりませんからね」


 仲直りをした先に何があるのか、それをアークスは理解している。結局のところ、別れしかないのだ。

 アークスが移住して、すぐにクラスタまでジーエフに移住となれば友好ダンジョン都市の解消を求められる可能性もある。

 二杉から求めてきた友好ダンジョン都市なので多少寛容になってくれるかもしれないが、関係を良好に保つことは難しくなるだろう。


「わ、私が二杉さんにお願いします!」

「いや、それは止めてください」

「……ど、どうしてですか?」

「俺一人の為に、他のみんなに迷惑を掛けるわけにはいきません。移住の時にも迷惑を掛けてしまっているんですからね」


 苦笑を浮かべたアークスは、その後クラスタの移住について口にすることはなく、気づけば屋敷に到着していた。

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