第106話:仲直りのために
ヴォルグの鍛冶屋に戻ってきた廻とアークスだったが、そこでアークスは大きな溜息を漏らしていた。
「はああぁぁぁぁ、どうしよう」
「アークスも男なら、一度引き受けたものはやり遂げないといかんぞ! そうじゃないと娘はやれんしのう!」
「師匠はいいですよね、気楽で」
「き、気楽じゃと!」
「はああぁぁぁぁ……どうしよう」
同じ言葉を何度も呟き行動しようとしないアークスを見かねて、廻が一つの提案を口にした。
「
「……カンザシって、なんですか?」
「儂も聞いたことがないのう」
「長い髪をまとめる時に使う道具なんですけど、クラスタさんは髪がとても長かったので似合うと思ったんです」
首を捻っているアークスとヴォルグを見かねた廻は周囲を見回して簪の代わりになりそうな物を探す。
そこで一本の細く短い鉄杭を見つけた。
「ヴォルグさん、これを借りていいですか?」
「構わんが、そんなもん何に使うんだ?」
「こう使うんですよっと」
廻は器用に長い髪を後頭部に上げていき、そこに鉄杭を刺してまとめてしまった。
とても手早く行われた工程に二人は何が起きたのか分からずに口を開けたまま固まっている。
「こうすると、何か作業をする時に髪が邪魔にもなりませんし、後ろの部分に装飾をつけるとおしゃれで可愛くなるんですよ」
「……そ、そんな簡単にできるものなんですか?」
「慣れたら簡単です。こっちでは髪が邪魔になったらどうしているんですか?」
「紐で縛る」
「……えっ、それだけですか?」
「そうじゃ」
まさかの方法に今度は廻が固まる番だった。
ゴムなどがあるのかと思ったが、単純に縛るだけだったことに驚いたのだ。
「……もったいないですよ! せっかくですからクラスタさんのために簪を作りましょう!」
「まあ、鉄杭でいいなら」
「鉄杭じゃなくて、簪です! ちゃんとおしゃれに装飾してこその簪ですからね!」
「装飾って言われてもなぁ」
アークスは今日まで生きてきておしゃれに気を遣ったことなど一度もない。それはオレノオキニイリでクラスタと会う時も同じだった。
クラスタもおしゃれを気にしたことがなかったので似た者同士なのだが、せっかくのプレゼントである、たまにはおしゃれに気を遣うのもいいのではと廻は思っていた。
「おしゃれをしたクラスタさん、見たくありませんか?」
「見たい」
「……いやいや、なんでヴォルグさんが答えるんですか!」
「むっ! 綺麗になった娘を見たいと思うのは親の醍醐味だろう!」
「……確かに!」
「なんで納得するんですか!」
「というわけでアークスよ、頑張れよ!」
肩を強く叩かれて前のめりになりながらも、アークスもどうせプレゼントをするならばと考え直して廻に向き直った。
「分かりました。でも、俺はカンザシのことを全く分からないので、色々と教えてくださいね」
「もちろん! というわけで、まずは素材探しからになるかなー」
「素材って……鉄じゃダメなんですか?」
廻の髪をまとめている鉄杭を見ながらアークスが質問をする。
「ダメじゃないんだけど、重いんだよね。女性がおしゃれをするための道具だからなるべく軽くて、手触りの良い素材の方がいいかな」
「うーん、そうなると金属じゃ難しいか」
「重いんですか?」
「軽い素材もあるんだけど、それだと素材自体が高くなっちゃうんだよね」
「せっかくのプレゼントですし、ここはアークスさんが奮発しちゃいましょうよ!」
廻の提案にアークスは苦笑しながら思案している理由を口にした。
「クラスタが高価な物を好まないんだ。仕事に必要な物にはお金のいとめはつけないんだけど、それ以外には安くて丈夫な物がモットーなんだよ」
「堅実家でいいお嫁さんになりますね」
「嫁だと!」
「……師匠は少し黙っていてください。それと発言の一貫を。認めてくれてるのかそうでないのかが分かりません!」
ヴォルグに指摘をしたアークスは腕組みをしながら考えを巡らせているが、なかなか良い考えが思い浮かばない。
廻は素材よりもデザインの部分で考えていく。
「……嫁」
クラスタの父親であるヴォルグだけが全く関係のないことを考えていたところに、観光を終えたロンドとエルーカが鍛冶屋に戻ってきた。
「ただいま戻りました……って、どうしたんですか?」
考え込む廻とアークスを見て首を傾げるロンドとエルーカ。
廻が事情を簡単に説明すると、ロンドから妙案が飛び出した。
「僕とエルーカさんでダンジョンに潜りますから、そこで取れた素材を使いますか?」
「そ、それだ!」
飛び付いたのはアークスで、その視線はロンドからエルーカへと向けられる。
「プライさん、ダンジョンのモンスターを覚えているだけで構いませんので教えていただけませんか?」
「わ、私でお役に立てるなら」
そうしてアークスとエルーカの話し合いが始まった。
一方で廻とロンドは今後の方針について話し合う。
「そうなると、最終日に潜るってことにはできないわね」
「素材を加工する時間も必要になりますし、アークスさんとクラスタさんが会う時間も必要です」
「二杉さんに相談して、潜る日を早めてもらいましょうか」
「……あの、メグル様?」
「どうしたの? 突然改まって」
ロンドは確認事項として、次の質問を口にする。
「今さらなんですが、オレノオキニイリには何日くらい滞在するんですか?」
「何日って、二日か三日くらいだけど?」
「……もしかして、ちゃんと決めてないんですか?」
「うん。あっ、でも今回みたいなことがあったから決めてなくて正解だね! 予定が詰まっちゃうのはあんまり好きじゃないのよー」
「そ、そうですねー……帰り、いつになるんだろう」
何も決まっていなかったことに驚き、そしてどれだけオレノオキニイリに留まるのかが気になって来たロンド。
「心配しないでよ! 用事が終わったらそのまま帰る予定だったから長居はしないわ」
「……その予定が追加になりましたよね?」
「想定内だから問題ないわ! 元々はアークスさんが師匠と挨拶をするためだったけど、挨拶が師匠だけとは思っていなかったからね」
「まあ、そうですけど」
「大丈夫よ! ジーエフにはアルバスさんとニーナさんがいるんだからね!」
「……ポポイさんも最初の住人ですよ?」
「……ポ、ポポイさんの暴走はアルバスさんがなんとかするでしょう!」
珍しい道具や素材に対して猛烈な興味を持つポポイについてはアルバスに任せると廻は言った。
「それよりもダンジョンよダンジョン! 本当は私も潜りたいけど我慢するわ。その代わり、ちゃんの素材を取ってくるんだよ!」
「そのカンザシ、というものに付けるとなると綺麗な素材の方がいいんですよね?」
「女性がおしゃれをするためだからね!」
どんなモンスターがいるのか、アークスが狙う素材はなんなのか。
素材が決まり、二杉の許可が出れば明日にでもダンジョンに潜りたいと廻は考えていた。
「──これだ!」
しばらくして、アークスがお目当ての素材を決定した。
「ヤニッシュさん! バラクーダの甲羅が欲しいです!」
「バ、バラクーダですか!?」
最初の声はアークス、次の声はエルーカだ。
「ロンド君、バラクーダって?」
「硬い甲羅を持つレア度3のモンスターです。倒すなら魔法師がいると楽なんですが……僕もエルーカさんも前衛ですから」
「そ、そうですよ! バラクーダの素材を狙うなら、せめて魔法師も連れていきましょう! それが一番ですね!」
「いえ、その点は問題ありませんよ!」
自信満々に言い切るアークスの視線が捉えたのは──ライズブレイド。
「ライズブレイドの斬れ味なら、バラクーダの甲羅も両断できるはずです!」
「そ、そんなー!」
悲鳴をあげたエルーカをよそに、アークスが求める素材がバラクーダの甲羅に決定されたのだった。
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