第105話:幼馴染に会いに行こう

 話し合いの結果、なんの小細工もせずにもう一度会いに行くことにした。

 クラスタはアークスにだけ厳しく接しているということで、一度ダメでも二度三度とアタックするべきだ! と廻からの強いプッシュがあったことも理由の一つだ。

 単に幼馴染に会いに来たで終わらないのかと廻は内心不思議に思っていたのだが、クラスタと対面した時にその謎は解消されることになる。


 ――クラスタの家の前に到着した廻とアークス。

 ヴォルグもついていくと言っていたのだが、鍛冶屋を閉めてまでついてくる必要はないと廻がはっきりと断ってしまった。

 男と女のやり取りに父親が介入すると面倒くさくなることは明白なので致し方無いと言えるだろう。


「ここがクラスタさんのお家ですね」

「そうだよ。さっきは玄関から顔も出さずに怒鳴り返されたよ」


 あはは、と笑いながら頭を掻くアークス。


「いったいどんな声の掛け方をしたんですか?」

「普通にチャイムを鳴らして名前を呼んだんだけどね」


 廻はクラスタの人となりを知らないので、とりあえず声を掛けてみることにした。


 ――カランカラン。


 ドアの上に取り付けられたチャイムを鳴らす。

 今回は声を出さずにクラスタが出てくるのを待ってみたのだが――


「アークス! また何をしに来たのよ!」


 ドアの右側から怒声が響いてきたので慌てて顔を向けると、そこには窓越しにこちらを見ているクラスタと思われるシルエットが映し出されていた。

 クラスタは外から声がしないのを不審に思い窓から覗き込んでいたのだ。


「クラスタ! 話を聞いて欲しいんだ!」

「勝手にいなくなっておいていきなり何よ! 私はあなたの話を聞く気なんてないわ!」

「俺は話があるんだ! お願いだから聞いてくれよ!」

「さっさと帰ってよ!」


 怒り心頭のクラスタは全く話を聞こうとはせず、『帰って』と言ってからは無言になってしまう。


「……あのー」

「へっ? きゃあっ!」

「ちょっと、メグルさん!?」


 二人が怒鳴り合っている間、廻はこっそりと窓の下まで移動していた。

 そして静かになったのを見計らい声を掛けたのだ。


「あの、私はアークスさんと同じ都市で暮らしている廻と言います。よければアークスさんの話を聞いてくれませんか?」


 普段よりもワントーン高い声でクラスタに話し掛ける廻を見て、女性の変わりようは恐ろしいと内心で思っていた。

 そして、窓際ではドタバタと音が聞こえてきたかと思えば、数秒後にはドアが勢いよく開けられて一人の女声が姿を現した。


「お客さんがいるなら最初に言いなさいよね!」


 家の中から現れた女性――クラスタは腰まで伸びた金髪を揺らしながら、切れ長の目でアークスを睨みつけた。


「ご、ごめん」

「全く。それで、お客さんはどこにいるの?」

「……あっ! わ、私です!」


 豊満な胸を腕で押し上げながら腕組みをするクラスタを見た廻は一瞬視線を釘付けにしたものの、すぐに気を取り直して声を掛けた。


「……アークス?」

「な、何かな?」

「あんた、こんな子供を連れ回しているっていうの!」

「ち、違います! 私がアークスさんを連れ回しているんです!」

「……もっと意味が分からないわよ! アークス、あんたどんな都市に移住したのよ!」


 ごもっともな意見にアークスも廻も顔を見合わせて困惑顔を浮かべる。


「……一応、とても良い都市だよ?」

「信じられないんですけどー!」

「と、とにかく! 今日はクラスタに黙って出ていったお詫びをしに来たんだよ!」


 これでは話が先に進まないと悟ったアークスは、無理やりにでも話を進めるために訪問の理由を口にした。


「お詫び~? ……そんなものいらないわよ」

「で、でも……」

「いらないって言ったらいらないの。もしお詫びをするって言うなら、こっちに戻ってきてよ」

「そ、それはダメです!」


 クラスタの発言に廻の口から咄嗟の言葉が飛び出した。

 驚きを見せるクラスタとは異なり、アークスは顔を引きつらせながら笑っている。


「えっと……こ、この子は僕に懐いているんだ! だから、僕がオレノオキニイリに戻るのが嫌なんだと思うよ!」

「そ、そうなんですよ! あは、あははー!」

「……ふーん」


 明らかに怪しんでいるクラスタだったが、子供姿の廻をいつまでも立たせておくのも悪いと思い家に上がるよう促してきた。


「……どうぞ」

「あ、ありがとう」

「あんたの為じゃないからね!」

「……はい」

「あは、あははー」


 家に上がった廻とアークスはクラスタの案内でリビングにある椅子に腰掛けた。


「それで、お詫びって言うけど何をしてくれるのよ?」

「そ、それは、謝ることしか……」

「それがお詫びになるなら苦労はしないわよ! 私は、私は! ……アークスが戻ってくるのをずっと待っていたんだからね?」

「……本当に、ごめん」


 うつむくクラスタを見て、アークスは謝罪の言葉しか絞り出せなかった。


「……何か頂戴」

「……えっ?」

「な、何か頂戴よ! そ、そしたら今回のことはチャラにしてあげるから!」


 実のところ、クラスタはアークスが顔を見せてくれたことを喜んでいる。そして許してあげたいとも思っている。

 しかし、一度突っぱねてしまった手前すぐに許してあげる、と言いづらくなってしまっていた。

 その結果として口に出したのが――何か頂戴、である。


「な、何かって言われても……何か欲しい物でもあるの?」

「えっと、それはその……こ、こういうのはアークスの気持ちが大事なんでしょうが! 自分で決めなさいよ!」

「ええぇっ! いきなりそんなことを言われても!」


 故に、クラスタからはアークスおまかせの依頼が発注されることになった。


「た、たまには女性の気持ちになって考えなさい! そしたら私が欲しい物が分かるはずよ!」

「そんな無茶苦茶なあ!」


 慌てふためくアークスと、こちらもなぜか慌ててしまっているクラスタ。

 そんな二人を尻目に廻だけは冷静に会話を聞いていた。


「……アークスさん。せっかくですし何か手作りの物をプレゼントしたらどうですか?」

「て、手作りと言われましても」

「プレゼントですから、手作りの方が気持ちもこもっていいと思いますよ」

「そうよね! やっぱり女の子には分かるのよねー。そういうことだからアークス、よろしく頼むわね!」

「ちょっとクラスタもメグルさんも、無茶ぶりが過ぎますって!」


 廻の提案に乗っかる形となったクラスタの表情にはわずかながら余裕が生まれている。

 一方のアークスの表情はさらに慌てふためいていた。


「そうと決まればさっさと素材を探しに行ってきなさい! 今度こっちに来る時にはプレゼントを持ってくるようにね!」

「いや、ちょっと、クラスタ!」


 無理やりアークスを立ち上がらせたクラスタがその背中を押してドアの前まで移動する。

 振り返ったアークスは笑みを絶やすことなく、ただ仁王立ちして動こうとしないクラスタを見ると何かを作ってプレゼントする以外に仲直りすることができないと悟ってしまった。


「……が、頑張ります」

「よろしい」

「頑張りましょうね、アークスさん!」

「……メグルさんのせいなんですからね」


 外に出て歩きながら愚痴を溢していたアークス。

 一方のクラスタは廻とアークスの会話の中で一つの疑問を抱いていた。


「……なんでアークスがあの子にさん付けをしてたのかしら?」


 廻の正体を知らないクラスタは、しばらくの間その疑問に頭を悩ませるのだった。

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