第104話:ヴォルグとアークスともう一人
アークスが鍛冶屋に戻ってくると、満足気な廻と疲れ切った表情のヴォルグを見て首を傾げていた。
「師匠、どうしたんですか?」
「……アークス、お主、よくこちらの経営者と上手くやれているのう」
「へっ?」
驚きとともにアークスは廻へ視線を向ける。
キラキラが飛び交いそうなほどの笑みを浮かべながら店内に展示されている作品を見て回っている。
あまりにも対照的な表情に、アークスは苦笑するしかなかった。
「まあ、メグルさんですからね」
「……それでいいのか?」
「二杉様や他の経営者様ならダメですけど、メグルさんなら大丈夫なんです」
「……そうか。なんというか、不思議な経営者様なんじゃなあ」
「僕も最初はそう言ったと思います」
「そりゃそうじゃのうな」
アークスだけでなくヴォルグも苦笑を浮かべたタイミングで、廻がアークスに声をかけてきた。
「アークスさん戻ってたんですね!」
「……気づいていなかったんですか?」
「……本当に不思議な経営者様じゃわい」
「ラスティンさんから聞いてはいましたけど、魔法なら剣だけじゃなくて複雑な形の武器も作れるから便利ですね! あれなんてどうなっているのか全く分かりませんよ!」
廻が指差しているのは肉弾戦を得意とする拳闘士用の手甲である。
関節周りが細かなパーツで組み合わされているので素人の廻が見ても何が何やら分からない。
「確かに、これは剣や槍と比べて形状が複雑ですからね。頭の中で完成品をイメージしながら形を作っていくんですよ」
「アークスさんも作れるんですか!」
「まだ師匠みたいにはできないけどね」
「ふん! まだまだ弟子に負けられんからな!」
おぉぉっ! と尊敬の眼差しを向けているのが廻だというのだから面白い光景である。
「アークス、他の職人との挨拶は済んだのか?」
「はい。数日したらまた戻りますから、ほとんどの知り合いには声をかけてきました」
「ほとんどか……クラスタはどうした?」
「あー……えっと、会ってもらえませんでした」
「そうか……」
「あの、クラスタさんとは?」
話の流れが分からない廻がアークスとヴォルグを交互に見ながら口にする。
答えたアークスの表情は苦笑気味だ。
「俺の幼馴染なんです」
「お・さ・な・な・じ・み! ですか!」
「……そ、そうですけど、どうしたんですか?」
急にテンションが上った廻を見てアークスは若干引き気味に問いかける。
「幼馴染さんは女性ですか? 女性ですよね!」
「女性ですけど?」
「ひゃっほー! 幼馴染ということはあれがあれであれですよね!」
「……全然分からないんですけど! あれってなんですか!」
「だ~か~ら~! 好き同士ってことじゃないんですか!」
「……えっ?」
乾いた呟きが鍛冶屋の中に響いていく。
「えっ? って……ち、違うんですか!」
「違いますよ! というか、もしそうだったとしたら言いませんよ!」
「言いませんってことは、可能性はあるってことですよね!」
「だから言いませんから! そんなこと――クラスタの親父の前で言えるわけないじゃないですか!」
「クラスタさんのお父さんって…………へっ? お、お父さん?」
そこまで話をして、廻の首はギギギと音を立てているかのようにギクシャクと動き振り返る。
「……クラスタの父親だが、アークス? この子が言っていたことは本当なのか?」
「だ、だから違いますから! これはメグルさんの妄想で――」
「貴様! 俺の娘がダメだと言いたいのか!」
「「そこですか!」」
まさかの展開にアークスだけではなく廻まで驚きの声を揃えてしまった。
「いや、えっと、師匠? 今はそういうことを言っている場合では――」
「儂が手塩にかけて育てたクラスタを、お主はああああぁぁっ!」
「す、好きですから! 俺はクラスタのことが好きです!」
「そうだろう!」
「はい!」
「……ほ、本当に、好きなのか?」
「ヴォルグさん情緒不安定過ぎませんかね!」
みんなを驚かせる立場だった廻も、ヴォルグが見せる反応には驚かざるを得なかった。
「……いや、すまん。アークスなら問題はないのじゃ。ただ、今の状況だとクラスタもそちらの都市に移住することになるじゃろう?」
「あっ! ……そうか、そうですよね。娘さんと離れ離れだなんて、寂しいですよね」
「……あのー、お二方? なんだか勝手に俺とクラスタが結婚みたいな流れになってますけど――」
「「違うのか!?」」
「だから会ってもらえなかったんですってば!」
息も絶え絶えに大声を上げるアークス。
廻とヴォルグは顔を見合わせると大きく溜息をついた。
「……溜息をつきたいのは俺ですって」
「あははー。ま、まあ、戻るまでに仲直りしたらいいじゃないですか」
「儂からも言って聞かせよう!」
「師匠、それだけは止めてください」
「むっ、なぜじゃ!」
「クラスタの性格を考えてください。師匠が……自分の父親が色恋に口出ししてきたら、絶対にブチギレますよ?」
「……むぅ、そうじゃのう」
「えっ? クラスタさんって怖いんですか?」
見た目にも厳ついヴォルグが太い腕を組んで唸っている。その様子を見た廻はクラスタがどういった人物なのかを考えて怖くなってしまった。
「あっ、全然怖くないですよ。気さくで人当たりも良くて、とても活発な女性ですよ」
「そうなんですか?」
「ただ、俺に対してだけは厳しいっていうか、毎回怒られている印象しかないんだよね」
「……なにそれ、惚気?」
「今の話でどうしてそうなるんですか?」
好きな人にだけ違う一面を見せる、それが惚気でなくてなんだというのか。
廻の思考に気づくわけもなく、アークスは困惑顔である。
ただ、そういうことなら話は早いと廻は大きく頷いて口を開いた。
「アークスさん、今からクラスタさんに会いに行きましょう」
「……メグルさん、何回も言ってますが会えなかったんです、断られたんですよ!」
「大丈夫だって――私も行くから」
「……はい?」
「だから、私も行くの」
「…………絶対に止めてください!」
「なんでよ! ヴォ、ヴォルグさんまで!」
断固拒否といった感じでアークスが首をものすごい勢いで左右に振っている。
さらに知り合って間もないヴォルグまでもが大きく何度も頷いていた。
「メグルさんが行ったら何かとごちゃごちゃしそうで怖いんですよ!」
「ちゃんと説得するわよ! 私はこれでも大人のレディなんですからね!」
「……どうみても子供じゃろう」
「中身は大人なんです!」
首を傾げるヴォルグはさておき、廻はアークスを見つめながらはっきりと口にする。
「絶対に助けになりますから、一緒に行きましょうよ! ほら、お世話になっている都市の経営者を紹介するって言ったら絶対に会ってくれますって!」
「それ、ものすごく脅しに近い行為になりますよ?」
「脅すじゃと!」
「私が脅せるわけないじゃないですか」
「経営者って言葉が脅しになるんですよ!」
「……あぅぅ、そうでした」
頭を抱えたくなったアークスは天を仰いだ。
廻が何を考えているのか分からないアークスとしてはクラスタに怖い思いはさせたくない。
経営者という言葉は、相手がどのような人物であれ恐怖を与えることになってしまうからだ。
「それじゃあ、新しい都市でお世話になっている人ってことで紹介してよ」
「……子供にお世話になっているんですか、俺は」
「……そうでした」
この後、ヴォルグも交えてどうやったらアークスとクラスタが顔を合わせられるか話し合いが行われたのだった
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