第57話:ニーナの助言

 ダンジョンの話に戻ったところでニーナが厨房から姿を現した。


「ニーナさん聞いてくださいよ! アルバスさんが――」

「時間を無駄にするなよ!」

「あうっ! ……ふぁい」

「あらあらまあまあ。せっかくですからこれでも食べながら話し合いなさいな」


 笑顔を浮かべたニーナが机の真ん中にお皿を置くと、その中には一口サイズのクッキーがたんまり入っていた。


「お茶もあるからゆっくりしていってね」

「ニーナさんだけが私の心の癒やしです!」


 感極まっている廻の頭を鷲掴みにして正面を向かせたアルバス。

 その表情を見た廻は無言のまま何度も頷きを見せて静かに座った。


「全く。ありがとうございますポチェッティノさん。仕事は大丈夫なんですか?」

「えぇ、先ほど洗い物まで終わりましたから」

「そうですか。では、もし時間があるなら話し合いに加わってくれませんか?」


 丁寧な言葉を使うアルバスに驚き廻は目をぱちくりしていたが、話し合いに加わってほしいという提案にはさらに驚いていた。

 ニーナは都市については詳しいが、ダンジョンに関しては全く知識を持っていない。ニャルバンとは逆の知識を有している状態だ。

 今はダンジョンについての話し合いをしている最中なのでニーナが加わったところで貴重な意見が出るとは思えなかった。


「私がですか?」

「はい。ポチェッティノさんには都市を良くする為の助言をいただきたい」


 都市を良くする為と言われて廻もようやく納得した。

 ランキングを上げる為に必要なものは何もダンジョンだけではない。そのことを完全に失念していたのだ。


「そういうことでしたか」

「……お前なぁ」

「お、怒らないでくださいよ! 私だって考えすぎて頭がパンクしそうなんですから!」


 最近はずっとダンジョンのことを考えていたので、そっちに意識が偏っていた。

 そのことをアルバスも知っていたので呆れはしたものの怒ることはしなかった。


「それを知っていて鍛冶師を移住させるって言ってると思ったんだよ」

「……住民が増えるということですね。それなら早くカナタ君達も戻ってこないかなぁ」

「違う違う! いや、違ってはいないがそれ以上のことがあるだろう!」


 今度こそ本当に分からなくなった廻は恐る恐る首を傾げている。


「……フェロー様とメグル様のやり取りって、毎回こんな感じなのか?」

「そうですね。とても仲が良いでしょう?」

「「良くない!」」


 苦笑するロンドの横ではアークスはやはり困惑顔である。


「メグルさん。アークスさんを住民にするということは、ジーエフに鍛冶師が在籍するということです。新しい職種の方が在籍するというのは、ランキングに大きく影響を及ぼすのですよ」

「そういうことなんですね。アルバスさんもニーナさんみたいに優しく丁寧に教えてくれたらいいのにー!」

「……て、てめえ」

「あらあらまあまあ。アルバスさんも怒らないで。メグルさんもそのような言い方はダメですよ?」


 一番の年長者であるニーナに言われてしまえばアルバスも従うしかなく、渋々こぶしを下ろしていた。

 廻はホッとしていたのだが、そこにはニーナから冷静なダメ出しが与えられる。


「メグルさん? 経営者として何もかもを吸収しなければなりませんよ。大事なことを知らなかった、では住民はついてきませんからね?」

「……す、すいませんでした」


 優しい声音の中に、交渉した時と同じ値踏みするような視線を感じた廻は素直に謝罪を口にする。

 アルバスは気づいていたが、ロンドとアークスは顔を見合わせるだけだった。


「都市に関してはアークスさんを住民として、しばらくは空いている場所で研ぎ師をしてもらうのはどうでしょうか」

「研ぎ師、ですか?」


 疑問を口にしたのはアークスだった。


「ジーエフには大工がいません。しばらくはロンド君の自宅に泊まるということですが、鍛冶屋を建てるにも時間が掛かるでしょう。その間、気休め程度になるかもしれませんが研ぎ師として顔を売っておけば、鍛冶屋が建った時に冒険者との顔つなぎも楽ではないですか?」

「そりゃいいな。それなら換金所にスペースがあるからそこを使えばいい。研ぎ師がいるだけでも、都市に長く留まる冒険者からしたら嬉しいポイントだ」

「フェロー様がそれでよければお願いします」

「小娘もそれでいいな?」

「大丈夫です。というか、私の決定を省くことってできないんですか?」


 ダンジョンに関してもそうだったが、都市に関しても最終的な決定は経営者の許可が必要となる。

 これはアークスが二杉ふたすぎに移住の許可を求めていたのと同じ内容だ。


「無理だな。小娘の許可という形式がなければランキングには一切反映されない。オレノオキニイリを抜くなら絶対に必要なことだ」

「そうなんですね。分かりました、それでいきましょう」

「鍛冶師、必要な道具は持っているんだよな?」

「あっ、はい。荷物はヤニッシュさんの家に置いてありますが、必要なものは一通り揃っています」

「そうか。それじゃあ一度腕を見せてもらおう。ここで……はダメだな。換金所に道具を持って来てくれ」

「は、はい!」


 立ち上がったアークスはロンドと一緒に家へと戻っていった。

 アルバスも立ち上がり換金所に向かおうとしたので、慌てて廻も立ち上がる。


「私も行きます!」

「当然だ」

「私の役目は以上ですかね」

「ありがとうございます。また何かあれば相談しますね!」


 宿屋を後にした二人は換金所に向かい、ロンドとアークスの到着を待っている。

 その間、廻は一つの質問を口にした。


「アークスさんの腕を信用してないんですか?」

「初対面の人間をどうやって信用するんだよ。……まあ、あいつの右腕を見れば相当槌を振っているのは分かるがな」


 人を見る目を冒険者時代に培ったアルバスは、アークスの右腕に注目していた。


「左腕に比べて一回りも太かった。あれは一朝一夕で身につくような体じゃない。毎日、相当の数を打ってきた証拠だろう」

「だったらどうして……」


 廻の疑問に答える為、アルバスは背中に背負っている大剣クレイモアを右手で抜いた。


「こいつに使われている素材はレア度5のモンスター、ボルキュラの牙だ」

「……ボルキュラ?」

「簡単に言えば超でかい蛇だな」

「へ、へへへへ、蛇!」

「なんだ、苦手なのか?」

「……あまり得意ではありません」


 体を引きながら答える廻に苦笑しつつ、アルバスは言葉を続けた。


「こいつを打つには一流の腕がいる。そして、研ぐのも同様に腕がいる」

「なんですか、自慢ですか?」

「違うわ! 鍛冶師の腕がこいつを研げる程の腕前だったなら、鍛冶屋も名物の一つとして押し出せるんだよ」


 にやりと笑うアルバスを見て、廻もにやりと笑ってしまった。

 ダンジョンが名物になる日はいつなのかと思いながら、都市が発展することにも楽しみを覚えている廻はわくわくが止まらなかった。


 数分後、換金所に到着したロンドとアークスはすぐに準備を開始した。

 場所は換金所に入った右手奥の壁際。そこに研ぐのに必要な道具を並べていく。


「研ぐのはヤニッシュさんの武器でいいんですか?」

「いや、こいつを研いでもらう」


 大人が両手で持つのも億劫するだろう大剣を右手一本で差し出してきたアルバスにゴクリと唾を飲み込んだアークスだったが、その刀身を見た途端に表情を一変させた。


「……これは、ボルキュラじゃないですか?」

「ほう、ひと目見ただけで見抜いたか」

「これだけのサイズでボルキュラの素材を加工するだなんて……すごい一品ですね」

「感動しているところ悪いが、鍛冶師にはこいつを研いでもらう。それ相応の腕がなければできないが……できるか?」


 アルバスの問い掛けに対して、アークスは真っ直ぐに刀身を見つめながら口を開いた。


「――やれます」


 そのはっきりとした言葉を聞いて、アルバスは再びにやりと笑った。

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