第58話:研ぎ師の腕前

 アークスが取り出した砥石はモンスター──ドレイクシャークの素材から取り出されたものだった。

 レア度3のドレイクシャークは肌がザラザラしており、触れるだけで装備品が磨耗させられてしまうモンスターなので重装備の冒険者からは敬遠されている。

 だが砥石としての価値は一級品であり、多くの鍛冶師が愛用していた。


「大きな砥石だね」

「サイズは色々あるんですが、この大剣クレイモアを研ぐなら僕が持っている一番大きな砥石を使う必要があるんです」

「武器によって使い分けるんですね」

「はい。ヤニッシュさんの短剣ショートソードを研ぐなら普通サイズの砥石を使います。細かな作業が必要になる時は小さな砥石を使うときもあるんです」

「砥石を使い分けるのは鍛冶師にとって普通のことだ。特に小僧は覚えておけよ」


 ここでもアルバスの指導が入ってきたのでロンドは食い入るようにしてアークスの作業を見つめている。

 大剣はあまりにも大きすぎる為に専用の器具を使って柄を固定。アークスは両手を刀身の腹に当てて刃を砥石の軽く添わせた。


「では、参ります」


 大きく深呼吸をしたアークスはゆっくりと大剣を動かして研ぎを開始した。

 シャッ、シャッ、と大剣が研がれていく音が換金所に響いては消えていく。

 水で刀身と砥石を洗い、湿らせながら再び研ぐ。この繰り返しなのだが、これが意外と難しい。

 砥石に刃を当て過ぎても研ぎ過ぎてしまい強度が無くなり、当てが弱ければ研ぐことができない。その強弱を武器に使われている素材に合わせて変えなければならないのだ。

 武器に対する知識はもちろんだが、素材に対する知識もなければ鍛冶師はもちろんのこと研ぎ師としても成功は望めない。

 アークスはその全てに対して貪欲に知識を深めており、毎日毎日コツコツと技術を高めていった。

 だからこそ周囲から若いと言われながらも十分な実力を有しているのだ。


「……よし、次は反対だな」


 大剣をクルリと回して逆の刃へ取り掛かるが、そこでアークスは気づいた。


「……フェロー様、こちらの刃だけが異様に刃こぼれが多いように思いますが?」

「気づいたか。俺は隻腕だからな、どうしても右側の刃だけがボロボロになるのが早いんだよ」

「隻腕だとどうしてそうなるんですか?」


 疑問の声を上げたのはロンド。冒険者として武器に対する知識を深めたいと考えての質問だ。


「両手が使えたとしても利き手の問題でどちらかの刃がボロボロにはなりやすくなるが、それでも両方の刃を使う割合は六対四、悪くても七対三とかだろう。だが、俺の場合は握り直したりすることができないからどうしても一方の刃に負担が掛かっちまうんだ。割合で言えば……九対一くらいだろう」

「それって、ほとんど片方しか使ってないじゃないですか」

「まあな。本当は武器も片手用に変更するべきなんだろうが、こいつにも愛着があるからな」


 研がれて復活していく大剣を眺めながらアルバスは感傷に浸りながらそう呟いた。

 そのあとは無言となった。

 誰も言葉を発することができず、ただアークスの作業を眺めているだけ。

 アルバスが隻腕に似合わない大剣を使っている理由が愛着があると聞いただけでも、冒険者への未練があるのではないかと廻は感じてしまった。

 ジギルがジーエフを訪れた時にアルバスをパーティに誘っていた。その時に廻が答えた内容は本音である。

 アルバスが冒険者を続けたいのであればジーエフを出ていくのも廻は許可するだろう。

 その気持ちは、大剣の話を聞いてより強くなっていた。


「アルバスさん、その……」

「安心しろ。俺はここを出ていくなんてしないからよ」

「えっ?」

「どうせ、俺が冒険者時代から使っている大剣に愛着があるって言ったから変なことを考えてたんだろう?」

「へ、変なことって酷いですよ! 私はただ……」


 そこで下を向いてしまった廻。自分が経営者として無理やりアルバスをジーエフに連れてきたのではないかと後悔の念が浮かんできていた。

 廻の様子を見たアルバスは大きな溜息の後に、廻の頭を乱暴に撫で回した。


「あぅ、あぅ。い、痛いです、アルバスさん」

「小娘が落ち込むところじゃねえよ。俺は俺の意思でここにいるんだ」

「……はい」


 アルバスからは見えない角度で廻は笑みを浮かべている。

 二人のやりとりを見ていたアークスだけが、そんな廻の笑みを見ていたのだった。


 大剣の研ぎは三〇分程の時間を掛けて行われ、最終的には大成功に終わった。

 アルバスもアークスの腕に大満足のようで、時間を見つけてダンジョンに潜りたいと自分の口から飛び出したことに廻とロンドは驚いていた。

 これで明日からアークスが研ぎ師として換金所で働くこととなり、あとは移住手続きを終わらせるだけになったのだが――夜も遅い時間にもかかわらずニャルバンから驚きの連絡が入った。


『――メグル! ちょっと戻ってきて欲しいのにゃ!』

「ニャルバン? どうしたの?」

『――別の経営者が近づいてきてるのにゃ!』

「……えっ?」


 まさかの経営者来訪に驚きを隠せない廻。

 その様子を見た三人は顔を見合わせていた。


「わ、分かった、すぐに戻るね!」

『――お願いするにゃー。たぶん、オレノオキニイリの経営者だと思うにゃー』

「了解よ!」


 ニャルバンとのやりとりを終えた廻は三人に向き直って報告する。

 アークスな顔は青ざめており、ロンドはその肩に手を置いている。アルバスはと言うと――。


「俺も経営者の部屋マスタールームに連れていけ。それとできればポチェッティノさんも連れていきたい」

「すぐに宿屋に向かいましょう」

「小僧、換金所の戸締りは任せたぞ。そのあとは宿屋の手伝いだ」

「は、はい!」

「俺も手伝います!」


 そう言って換金所の鍵をロンドに投げ渡したアルバスは、廻と二人で宿屋へと向かう。

 窓口の奥の部屋で休んでいたニーナに事情を説明して了承をもらうと、ロンドとアークスが姿を見せたところで経営者の部屋へと三人で移動した。


「……俺のせいで、迷惑を」

「大丈夫ですよ。絶対に上手くいきますから」


 落ち込むアークスに励ましの言葉を掛けたロンドは、今は誰もいない食堂の掃除を始める。その後ろを遅れて歩き出したアークスも同じように掃除を始めた。


 ※※※※


 経営者の部屋ではすでにニャルバンが机に水を並べ終えており、その数は追加されたニーナの分も含めて四つある。

 腰掛けた直後からニャルバンが状況の説明を始めた。


「おそらくあと一〇分くらいでは入口に到着するにゃ」

「思ったよりも早かったね」

「アークスの腕を知ってたってことか」


 舌打ち混じりにアルバスが口を開くと、疑問の声を出したのはニーナだった。


「あちらの経営者様はやり手ということかしら?」

「やり手だったら長い間1000位前後をうろついているとは思えないんですよね。住居も少なくて鍛冶屋ばっかりだし」

「……そうですか。でしたら、交渉次第ではこちらの思惑通りに運べるかもしれませんね」

「そうなのかにゃ?」


 ニーナの言葉に首を傾げるニャルバン。廻は驚きの表情を浮かべており、アルバスも目を見開いている。


「おそらくメグルさんが言っていたみたいに、いちゃもんを付けに来ただけかもしれません。ですが、その押しに負けてしまえばそこで色々な条件を付けられることでしょう。そうならない為にも、こちらも強気の姿勢を見せて相手の思い通りにさせないことが大事です」

「相手はプライドの高い奴らしいからな。小娘とポチェッティノさん、それに俺が出向けば多少は出ばなをくじけるだろう」

「お願いするのにゃ」


 三人の言葉を聞いた廻は立ち上がり一度大きくお辞儀をする。


「私一人ではきっと上手くいきません、皆さんの力が必要です。どうかよろしくお願いします!」


 この場にいる全員が頭を下げる経営者には慣れている。

 廻が顔をあげた時にも全員が笑みを浮かべたまま見つめていた。

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