第56話:追及

 食堂でのどんちゃん騒ぎが落ち着きを見せ始めると、働かされていたアークスが空いている机に突っ伏していた。


「……つ、疲れた」

「すいません、アークスさん。お客様にまでお手伝いをさせてしまって」


 優しい声を掛けてくれたのはニーナさんだ。


「いえ、ヤニッシュさんが働いているのに俺だけ楽してるのも悪い気がして」

「本当に助かっちゃったよー、ありがとう!」

「……は、はあ」


 ニーナには普通に話せるアークスだが、やはり経営者である廻には少し緊張してしまうようだ。

 ロンドは慣れますよ、とアドバイスしているのだが短期間では難しそうだとアークスは思っていた。


「後は僕がやりますから、アークスさんは食事にしてください」

「お手伝いいただきましたから、お代は結構ですよ」

「あ、ありがとうございます」


 そう言って机を離れていったロンドとニーナ。

 残されたのはアークスと廻の二人である。


「――よう、小娘」


 そこに現れたのはアルバスだった。


「そっちが鍛冶師か?」

「は、はじめまして、アークス・ロパンです」

「おう。俺はアルバス・フェローだ。換金所の管理人をやってる」

「アルバス・フェローって……あのアルバス・フェロー様ですか!」


 冒険者として有名であるアルバスは、冒険者の武具を制作している鍛冶師の間でも有名であり、その人物に武具を使ってもらえるとなれば鍛冶師冥利に尽きるとも言われている。

 憧れの存在を前に、アークスはカチコチに固まってしまった。


「アルバスさんは酔ってないんですか? あっちの人みたいに」


 廻が示した先には大いびきをかきながらユカで大の字に寝ているヤダンだ。

 廻に絡みそうになったヤダンをアルバスが引き取ったのだが、一人でガブガブ飲んでしまい今の状態ができあがっている。

 苦笑するアークスとは違い、アルバスは一瞥しただけで口を開いた。


「俺は飲んでないからな」

「えっ! そうなんですか?」

「ちょっと気になることがあってな」

「気になることですか?」


 首を傾げる廻のことをじーっと見つめるアルバス。

 最初はなんだろうと考えていた廻だったが、キョトンとした表情が徐々に真顔となり、最終的にはヒクヒクと頬を震わせ始めた。


「わ、私は何もしてませんよ!」

「何もしてなかったらそんな表情にはならねえだろ!」

「えっ? ……えっ?」


 経営者と言い合いをしているアルバスに困惑顔のアークス。

 廻はといえば怒るでもなくただ言い合いを繰り返している状況なので、徐々にこれが普通の光景なのかなと思い始めていた。


「……あっ! もしかして俺のことですか?」


 そしてアルバスが感じ取った廻の何かが、アークスの移住に関することかもしれないと悟り声を上げた。

 視線をアークスに向けたアルバスは思案顔を浮かべている。


「鍛冶師のことって言うと……なるほど、移住か」

「ア、アークスさん! なななな、何故に!」

「いえ、それ以外に思い浮かばなかったので」


 顎髭を撫でるアルバスだったが、その視線をゆっくりと廻に向ける。

 廻はカクカクとした動きで視線を逸らし厨房を向く。


「……あっ! 私、ニーナさんの手伝いをしなきゃ! それじゃあ行ってきま――ギャンッ!」


 毎度おなじみであるアルバスのげんこつが廻の頭に振り下ろされた。

 ゴチンッ! という大きな音にアークスは震えだし、その光景を見たロンドは苦笑を浮かべている。

 ポツポツと残っていた冒険者も何事だと遠目から見ていたものの、二人のやり取りだと知るとすぐに自分達の会話へと戻っていった。


「い、痛いじゃないですか!」

「お前はアホか! 移住に関して何か問題があるんだったらすぐに相談しろ! 大事になってからじゃ遅いんだぞ!」

「その相談をしようと思ってたんですよ!」

「……ほほーう。ならなんで俺に隠そうとしてたんだ?」

「ぐぬっ! ……そ、それはですねぇ」

「俺が厳しいことを言うもんだから、ポチェッティノさんにでも相談しようと思ってたんじゃねえだろうな?」


 図星を突かれた廻は『ぐぬぬっ!』と唸るばかりで反論することができなかった。

 アルバスはジト目を向けていたが、移住に関する案件が重要だと理解しているのですぐに気持ちを切り替えてアークスに向き直る。


「それで、移住の許可が下りなかったんだな?」

「えっと、その……」

「あー、小娘のことは気にするな。後でどうとでもなるからな」

「アルバスさん酷すぎる!」


 悲鳴を上げる廻を無視して話を進めようとするアルバスを見てアークスは唖然としていた。

 チラリとロンドに視線を向けると一つ頷いてくれたので、ロンドも酷いなと思いながら内容を説明する。

 その間もいじけていた廻だったが、ロンドが手伝いを終えて机にやってくると慰めていた。


 アークスからの説明を聞き終わったアルバスは、ロンドの励ましで気持ちが浮上していた廻へと向き直る。


「オレノオキニイリよりも上のランキングにするか……まあ、悪くはないんじゃないか?」

「……えっ! ほ、本当ですか!」


 まさかの好感触に驚きの声を上げる廻。ロンドも声には出さなかったが表情までは隠せなかった。


「そんなに驚かなくてもいいだろう。ランキングの上に行くってことは優位を握れるってことなんだからな」

「で、ですが、そう簡単ではありませんよね?」

「その通りだが目標にしてた都市でもあるんだろ? だったらこの機会にさらなる強いテコ入れをするのもありだろう」


 これならば最初からアルバスに相談していればよかったと内心で思った廻だったが、それでもこのまま終わるはずはないと思い気を引き締め直す。


「それで、何か考えがあってそう言ったんだよな?」

「も、もちろんですとも!」


 ほらきた! とばかりに大声を出して考えていた内容を口にする。


「とりあえずストナの進化を最優先にします。アークスさんからの情報では、オレノオキニイリのダンジョンにはレア度3が一五階層にいるそうですが、それ以外はレア度2ということなので」

「妥当だな。それで?」

「アークスさんをそのまま移住させます」

「えっ! その、いいんですか?」


 ここで初めてアークスが口を開いた。


「当然じゃないですか。むしろ、手放しませんから覚悟してくださいね?」

「貴重な鍛冶師だ、放すなよ?」


 二人の言葉に寒気を感じたアークス。

 その様子を見て苦笑するロンドが口を開いた。


「アークスさんはもうジーエフの仲間です。その証拠に、都市の重要案件であるダンジョンのことまでここで話しているんですから」

「……そ、そう言われると、そうだな」


 ダンジョン内部の構造やモンスターについての情報は秘匿するべき内容だ。

 それはダンジョンを攻略するべきは冒険者だから、という大前提によって成り立っている。

 ダンジョンに潜った冒険者が情報をまとめて開示することは問題ないが、経営者側から冒険者に開示することは良しとされていなかった。


「メグル様は、アークスさんを住民として見てるということです」

「いや、小娘はそこまで深く考えてないぞ」

「断定しないでくださいよ!」


 両手を上げて抗議する廻。


「じゃあ聞くが、ダンジョンの情報を外部の者に伝えてはならないって不文律を知ってるか?」

「えっ、そんなのがあるんですか?」

「……な?」

「「……はい」」

「二人も酷い!」

「話をもとに戻すぞー」


 手を叩いて注目を集めるアルバスを廻が睨んでいるが、アルバスは全く気にすることなく話を進めてしまう。


「なんだか最近、こんなんばっかりだよー」


 廻の嘆き節は誰の耳にも届くことはなかった。

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