移住に向けて

第51話:一〇階層開放

 話し合いが行われてから数日間は、ロンドが一日一回ダンジョンへと潜りモンスターのレベル上げに励んだ。

 ポポイは新たな道具の開発と改良に勤しみ、アルバスは廻へ換金所の仕事と接客について口うるさく教え込んでいる。

 ニーナだけはいつもと変わらずニコニコと微笑みながら時折訪れる冒険者に自慢の料理を提供してジーエフの名物を広めていった。


 そしてさらに数日が経過したある日──ジーエフの一〇階層開放が全都市にアナウンスされた。


 ※※※※


 カナタ達は故郷であるドラゴンテイルでそのアナウンスを聞いていた。


「俺達も急がなきゃだな!」

「そうだね!」

「準備に手間取ったのはお前だろうに」


 カナタが元気よく気合いを入れ、アリサが同意を口にし、トーリが愚痴を溢す。

 いつも通りの三人なのだが、今回はその横を二人の男女が並んで歩いていた。


「お前達は本当に仲がいいな!」

「うふふ、本当にね」


 二人はカナタ達が連れていくと約束していた大工だった。

 男性の名前はボッヘル・ジレラ。女性の名前はリリーナ・ジレラ。二人は夫婦である。


「仲が良かったらこんな愚痴は溢しませんよ、ボッヘルさん」

「いやいや、トーリは口は悪いが良いやつだからな。それくらいがちょうどいいんだよ」

「口が悪いは言い過ぎですよ!」

「ボッヘルさんの言う通りだぞ、トーリ!」

「カナタは黙っていろ!」


 男性陣が面白おかしく話をしている中、女性陣はその様子を微笑ましく見ていた。


「アリサちゃんも大変ね」

「そうでもないですよ。二人とも本当に仲良しですから」

「「違うからな!」」

「……ほらね?」

「うふふ、違いないわ」


 声が揃ったことでリリーナからの同意を勝ち取ったアリサが自慢気な表情で二人を見つめている。

 その様子を見ていたジレラ夫妻は顔を見合わせて大爆笑だ。


「……もういい! さっさと行くぞ!」

「同感! 早く戻らないとメグルさんに怒られちゃうからな!」

「でも、リリーナさん達は本当に良かったんですか?」

「何がかしら?」

「えっと、その、移住です」

「はっはーっ! 全然構わんさ! どうせ俺達は経営者様に目を付けられていたからな!」

「俺達じゃありませんよ。あなただけですから」

「冷たいなあ、リリーナは!」


 ドラゴンテイルのランキングは213位であり、ジーエフよりも上位の都市である。50位以内とはかけ離れており、一〇倍という数字はクリアしているものの――そもそもそれだけの数のダンジョンがないのだが――その差は歴然としているので本来ならば許可が出ないことも多い。

 だが、ボッヘルが言う通りで経営者が不要と判断した人物であればその限りではなかった。


「腕は確かなのにねぇ」

「そういうなよリリーナ! 俺は俺が作りたいと思うものしか作らない質なんだよ!」

「ジーエフに行くのは僕達とお二人の家を建てるのも仕事の内ですからね?」

「そこはちゃんとやるさ! 安心しろよトーリ! おかしな家になんてしないからな?」

「こ、怖いことを言わないでください!」


 ボッヘルは経営者が望んだ建築物の依頼を断ったことがある。それ以来、大きな仕事は振られないようになってしまった。

 何か自分から動こうとしても待ったがかかり仕事にもならなかった。

 ボッヘルが明るい性格だったのと、リリーナがおっとりした性格だったから今までやれていたのだろう。

 それでも生活が苦しかったことに違いはない。

 そんな中でカナタ達からの提案は願ったり叶ったりだった。

 経営者も移住に難色を示すこともなく、カナタ達に対しても特に言及することなく移住を認めてくれたのだ。


「たぶん、俺がいたからだろうな」


 そう呟いたのはトーリだった。

 貴族の第一子として生まれたトーリだったが、パニック症候群を持っていると分かると跡継ぎから即座に外された。

 貴族の恥さらしを都市に残しておくのは嫌だと親が言ったに違いないとトーリは確信を持って口にしていた。


「それは違うんじゃないかしら?」

「いえ、リリーナさん。僕の父はそういう人なんです」


 庇おうとしたリリーナの言葉を即座に否定して言葉を紡いでいく。


「でも、僕は家を飛び出して正解だったと思っています。冒険者として自由にやれていますし、二人とも出会えたので、まあよかったかなと」

「まあ、ってなんだよ! まあ、って!」

「言葉通りだが?」

「かわいくねえな!」

「僕がかわいいわけないだろう」

「本当に仲良しだね」

「「違うからな!」」


 再び揃った声に、アリサとジレラ夫妻が大爆笑。

 顔を見合わせて睨み合うカナタとトーリ。

 準備に時間が掛かっていたカナタの準備も整った。

 ジーエフが一〇階層を開放したその日、五人はドラゴンテイルを発ったのだった。


 ※※※※


 ――とある都市の酒場。

 一人の冒険者とカウンター席で並んで飲んでいる一人の青年。


「いやー、受けてくれて本当に助かったよ! あの都市の経営者は変わりもんだけどいい奴だったからよ、なんとか頼みを聞いてやりたかったんだ!」

「俺も環境を変えたかったのでありがたいです」


 冒険者は新しく開放されたダンジョンに潜り、そこの経営者を気に入りちょっとした頼みごとを受けていた。

 そこでやって来た都市が今いる都市だった。


「ここは鍛冶屋が乱立してるって聞いてたからな、チャンスはあると思っていたがこうもすぐに見つかるとはよ!」

「まあ、俺はその競争に負けた人間なんで喜ばれるかどうかは分かりませんけど」

「いや! あの経営者ならそんなこと気にしないから安心しろ!」


 青年は鍛冶師として、都市での競争に負けた敗者だった。

 逃げるように見えてしまうかもしれないが、それは違う。

 青年は、自身の若さゆえに淘汰されてしまったのだ。

 実力はある。自信も持っている。だが、それを若いというだけで見下され、打った武器を経営者に見てもらうチャンスすら与えられなかった。

 だから青年は移住を決意したのだ。


「だが、移住の許可は下りてないんだろ?」

「……はい」


 青年の懸念は冒険者が問い掛けたその一点だけ。

 経営者は住民が減るとランキングが下がるかもしれないと、青年の移住希望を突っぱねていた。


「うーん、移住先が上のランクなら問題ないんだが、今のところこっちの都市の方が上だからなぁ」

「五〇位以内ではあるので、最悪は経営者様の許可を待たずに移住もできるんですが、あちらで問題を起こすわけにもいきませんしね」

「……まあ、あの経営者ならなんとかするんじゃねえかなぁ」

「えっ?」


 冒険者の根拠のない言葉に青年はキョトンとしてしまう。


「いや、俺もよく分からんけどよ。あの経営者は今までの奴とは違うんだよな」

「違う、ですか?」

「何て言えばいいかなぁ。雰囲気なのか、親しみやすいんだよな。あっちからも気安く話しかけてくるしよ」

「経営者様から話しかけてくるんですか?」

「そうなんだよ。ダンジョンについてとか、何が足りなかったかとか、都市を良くしようって必死なんだよな」


 今までの経営者像からは想像ができない青年は、頭の中に疑問の一言しか浮かんでこない。

 だが、それと同時にそこならば自分が輝けるのではないかとも考えていた。


「……俺も、もう少し頑張ってみます。もしそれでもダメなら、迷惑を掛けるかもしれませんがそのまま移住したいと思います」

「おう。それまでは俺もここの宿屋に泊まってるから声を掛けてくれよ」

「はい」

「だがまあ、個人的には早い方がいいがな。ここのダンジョンはあまり旨味がないからよ」


 ここのダンジョンは一五階層まで開放されているものの、最下層のボスモンスターだけがレア度3。

 悪くないレア度なのだが、一五階層でと考えると愚策になってしまう。

 セオリーとしては一〇階層でレア度3、それ以上になるならレア度4以上か、最低でもレア度3が複数必要になる。


「分かりました。なるべく早く決断します」


 青年もその事を知っているのですぐに返答した。

 青年の名前はアークス・ロパン。現在住んでいる都市の名前はオレノオキニイリ。

 アークスは、ジーエフへ移住するために行動を起こすのだった。

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