第43話:窓口指導

 遅れてやってきたロンドは廻からお叱りを受けると覚悟していたのだが、アルバスに怒鳴られた結果ロンドを怒る気力も無くしていたので優しい言葉に終始した。


「……本当に無事で良かったね。うん、本当に良かった」

「その、すいませんでした、メグル様」

「んっ? あぁ、いいのよ。うふふ、はぁ。まさかあそこまで怒られるとは……」

「えっと、元気を出してくださいね?」


 ロンドが勝手に潜らなければこうはならなかったのだが、そのことにも今の廻は気づいていない。

 そして、怒鳴っていたアルバスはというと説明書を片手に意気消沈している廻に換金所の説明を行っていた。

 というのも——


「小娘が受付に立てるなら、俺がダンジョンに潜れるからな!」


 ということだった。

 廻としても自身が受付に立つことに異論はなく、アルバスがダンジョンに潜ってモンスターのレベルアップに一役買ってくれるのなら嬉しい限りなのだが、今の廻には不満があった。


「い、今じゃなくてもいいじゃないですか!」

「テコ入れは早いほうが良いに決まってるだろうが! いいからさっさと覚えろ! 小僧も邪魔をするなよ!」

「は、はい! あっ、僕はニーナさんを手伝ってきますね!」

「逃げるなああああぁぁっ!」


 話し掛けていたロンドにまで飛び火してしまい即座に逃亡。廻の悲鳴だけが再びこだました。


「………………あっ! 私も手伝いに——ぎゃんっ!」

「逃がすかボケ!」


 アルバスのげんこつが廻の頭頂部に振り下ろされた。


「あううぅぅ、酷いよ酷いよ! まさか大人になってまでげんこつされるとは思わなかったわよ!」

「子供だろうが!」

「精神は大人なんですー!」

「大人だったらもっとしっかりしろよ!」

「ぐふあっ!」


 正論を振りかざされた廻は、言い訳をすることを諦めてアルバスのスパルタ授業を受けることにした。


「しかし小娘よ。お前、これにアイテムを入れるだけなのになんで冒険者をあんだけ怒らせたんだ?」

「いやー、どこにどう入れればいいか分からなくって時間かかっちゃったんですよ」

「……ここを引いて入れるだけだが?」


 アルバスは換金機材の下部に着いている取っ手を引っ張ってアイテム投入口を指差す。


「いや、初めて見ると分からないですよ!」

「だったら俺の名前を出せばよかったんじゃないのか?」

「……だって、力になりたいじゃないですか」


 結局のところ、廻も善意から換金をやろうと思ったのだ。

 だが、操作方法が分からずに説明書とにらめっこ。やりますと言った手前、後には引けずに冒険者を待たせてしまった。

 イライラした冒険者は手元に届いた金額を見てキレてしまった、ということだ。


「……はぁ。てめえが善意で動いたとしても、相手からしたら悪意と捉えられることだってあるんだからな」

「……はい」


 今日何度目になるか分からない落ち込みに、アルバスは廻の頭を乱暴に撫で回した。


「あぅ、あぅ、アルバスさん、痛いっす」

「そう思うなら落ち込むんじゃねえよ。失敗は誰にでもあるんだからな」


 手を離したアルバスを見つめる廻。


「アルバスさんでもですか?」

「当然だろう。そうじゃなかったら、こんな体になっていないっての」


 軽く言いながら、アルバスは右手で自身の左半身を指差す。左肩からごっそり失ってしまった左腕。隻腕になったことが原因でパーティから外されてしまい、冒険者を引退することになってしまった。

 冒険者としてトップを走っていたアルバスでも、失敗はあるのだとその体が証明していた。


「……アルバスさん、ずるい」

「いい見本になるだろ?」

「なりませんよ! もう、分かりました、頑張りますよ!」


 廻は言い訳をすることなくアルバスの教えを受けることにした。

 説明書を見ながら換金機材の使い方や接客方法、トラブル時の対応方法——そのほとんどがアルバスの名前を出すだけなのだが——を教えてくれた。


「……い、意外と簡単!」

「なのにあれだけ怒らせたんだぞ? いったい何が悪かったんだ?」

「うーん…………あぁ!」


 腕組みをしながら考えていた廻は、ひらめいたかのように手をぽんと叩いた。


「金額が安かったんですね!」

「てめえの接客態度が悪かったんだろうが!」

「ひいいいいぃぃっ! で、でも私はちゃんと説明しましたよ! 換金機材は平等だって!」


 説明書の説明書きを指差しながら廻が反論する。

 おおよそマニュアル通りなのだが、イライラしている冒険者にそれを見せてしまったら逆効果だろう。


「そういう時こそ俺の名前を出せ! なんでわざわざ相手を煽ってるんだよ!」

「ご、ごめんなさい」

「……本当に俺、ダンジョンに潜れるのか?」

「そこはお願いします! ロンド君一人じゃあ不安なんですよ!」

「だがあいつは一人で五階層のボスも倒してたぞ?」

「それでも心配です! せめて誰かと一緒じゃないとダメです!」


 右手で顔を覆いながら盛大に溜息を落とすアルバスを見て、廻は頬を膨らましながら訴える。


「ア、アルバスさんの体がいい見本ですからね!」

「なんだ、意趣返しのつもりか?」

「違いますよ! ダンジョンでは心配し過ぎるくらいがちょうどいいってことです!」

「……まあ、間違えちゃいないんだがなぁ」


『レア度2と1だけだしなぁ』という言葉は飲み込みつつも、アルバスは自身がダンジョンに潜るだけでは問題解決にはならないと考えた。


「それで、レベルを上げたとしてもすぐに進化はできないんだろう? それに、レア度1を進化させたとしてもレア度2だ。それって今までとほとんど変わらないんじゃないのか?」

「……そうなんですよねぇ」


 結局のところ、今の廻達にできることは少なかった。

 アルバスやロンドがダンジョンに潜ってレベル上げをする以外にやれることはなく、後は訪れた冒険者へのおもてなしくらいだ。

 住民になる予定のカナタ達がいつ戻ってくるかも分からず、鍛冶師になってくれそうな人物の勧誘も訪れた冒険者任せになっており、完全に待ちの状況だった。


「今やれることをやるしかないだろう。小娘の場合は換金所の受付を覚えることだな」

「もう覚えましたよ! ちゃんと教えてもらえればできるんだからね!」

「ほほう、言ったな。だったらこれから客を連れてくるからしっかりやってくれよ?」

「お任せあれ!」


 右手で左胸をドンッと叩いた廻を見ながら、アルバスは換金所を後にする。

 そして数分後——連れてこられたのはロンドだった。


「いらっしゃいませー! どうぞどうぞ、こちらが空いてますよー!」

「あの、えっと、アルバス様、これは?」

「ドロップアイテムを取ってきてるんだろ? 小娘の練習相手になってやってくれ」

「そういうことですか。分かりました」


 ロンドは急いでダンジョン攻略をしていたのでオートやランダムからのドロップアイテムは拾っていなかったのだが、ボスモンスターのドロップアイテムだけはしっかりと拾っていた。

 腰の袋からドロップアイテムを五つ取り出すと、窓口にあるトレイの中に乗せる。


「それじゃあ、換金機材に投入しますねー」


 先程アルバスが引いた取っ手を同様に引き、ドロップアイテムを入れて数秒後——


 ——チンッ!


 電子レンジのような音が鳴ってから再び取っ手を引く。すると、そこには山積みになったゴルが現れた。


「…………えっ?」


 先程の冒険者が換金した量に比べて明らかに多いことに驚いた廻だったのだが、五階層まで潜ったと言っていたので何かしらレアなアイテムでもあったのだろうと考えてそのまま窓口に持っていく。


「お待たせしましたー! これが今回の金額になりまーす!」

「ありがとう……えっ?」

「どうしたんだ? ……な、なんだこの量は?」


 ロンドの声に金額を覗き込んだアルバスまで驚きを見せている。

 何が起こっているのか分からない廻だけが首を傾げたまま二人を交互に見ていた。

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