第35話:帰還
ロンドは困ったように短剣を見つめたあと、首を横に振った。
「これはロンドさんが受け取るべきです。俺達は受け取れない」
それでも引こうとしないカナタに、ロンドが優しい口調で語り掛けた。
「ドロップアイテムは、基本的に止めを指した人のものなんだよ。これは、複数の冒険者やパーティが合同でモンスターを倒したときの為に作られたルールなんだ」
「それなら、俺がこれをロンドさんに譲ると言えば関係ないだろう?」
「それこそ違うんだ」
「えっ?」
何が違うと言うのか、カナタには分からない。
「僕はそもそも、今回の討伐に参加すらしていないんだからね」
「な、何を言ってるんですか? ロンドさんは現にここにいて、俺達を助けてくれたじゃないですか!」
頬を掻きながら、ロンドは理由を口にする。
「最初に言ったけど、僕はそもそも助けに行くつもりはなかった。それは三人の気持ちを優先してのことだったけど、僕に助けに行って欲しいと言ったのは経営者様なんだよ」
カナタはその事を聞いていたが、初耳だったトーリとアリサは驚いていた。
「僕は本当なら、三人をすぐにでも地上に帰還させるべきなんだけど、アルバス様の提案を三人が受けて、三人がボスモンスターを倒したんだ。それって、僕は全く関わってないよね?」
「……そ、そんなの、屁理屈じゃないですか」
なかなか話がまとまらない二人。トーリとアリサが困惑顔をしていると——アルバスが二人の頭に無言でげんこつを落とした。
「「——!?」」
「てめえら、何をやってんだ!」
大声で怒鳴られ、二人は頭を押さえながらアルバスに向き直る。
「な、何をするんですか、アルバス様!」
「てめえらがうだうだ言ってるからだろうが! まず、ドロップアイテムは小僧が言った通りに倒した奴の手柄だから受け取れ!」
「で、でも——」
「なんだ、まだ何かあるのか?」
ぎろりと睨みを効かせると、カナタは首を激しく左右に振って短剣を袋に入れた。
「……何で僕までげんこつされたんですか?」
「ちゃんと説得できなかったからだろうが!」
明らかに巻き込まれた感はあったものの、ロンドは渋々だが納得することにした。
「とりあえず、ボスは倒したんだ。全員で地上に戻るぞ」
アルバスの号令を受けて、五人は一階層を引き返した。
その途中、アルバスからのダメ出しが始まってしまい、カナタ達は落ち込んでしまった。
「まずは朱髪の小僧だが、三〇点だな」
「さ、三〇点……」
「最初の出だしがまず悪い。そこは自分でも分かってるんじゃないのか?」
「はい、支援魔法を受けた状態で、甘く見ていました」
「それに、最後のあれはなんだ? 死んでもいないモンスターを目の前にして余裕をぶっこきやがって。あれじゃあ殺してくださいと言っているようなもんだぞ」
「……すいませんでした」
カナタにも自覚があるのか、素直に謝罪を口にする。
その事を確認したアルバスは、次いで褒め言葉を送った。
「だがまあ、最後の一撃は良かったんじゃないか?」
「えっ?」
「突きだけでは倒せなかった。なら次はどうするか、確実に倒す方法を瞬時に判断して倒しきったことは褒めてやるよ」
まさか褒められるとは思っていなかったカナタである。紅く染まった顔を見られないようにと下を向いた。
「次に貴族小僧だが」
「ぼ、僕か!」
「お前以外に誰がいるんだよ。お前は四五点だな」
「低すぎないか!」
「アホか! あの程度に時間を掛けてたんじゃあこんなもんだ!」
「あ、あの程度……」
自分達が苦戦したボスゴブリンに対してあの程度呼ばわりされたことで、トーリは何も言い返せなくなってしまう。
「考えてもみろ。ボスとはいえゴブリンだぞ? 最弱と言われるモンスターだ。そんな相手に苦戦している奴に高得点が与えられると思ったのか?」
「それは……あり得ない、です」
「それとな、支援魔法の幅が少なすぎる。そこはお前が一番わかっているんじゃないのか?」
ボスフロアに入る前の話し合い。その中でアルバスはトーリの魔法について確認をしていた。
使える魔法は速度向上と腕力向上の二つ。
支援があるだけでも冒険者としては助かるのだが、冒険をする為に一番必要な魔法が欠けていたのだ。
「耐久向上は必ず覚えろよ。速度も腕力も、基本前衛向きの支援魔法だ。前衛にも後衛にも使える耐久向上は祈祷師には必須だと覚えていろ。これは、自分の身を守る術にもなるからな」
「はい!」
自分の向かうべき先を示されたトーリはやる気に満ちた声で返事をした。
「最後に魔法師の女だが、四〇点だ」
「は、はい」
「理由は分かってるんだろ?」
言葉を投げると、アリサは一つ頷いた。
「魔法の数、ですよね」
「その通りだ。ファイアボールだけでは戦略も立てられないぞ。せめて三つは覚えるんだな」
「み、三つも、ですか」
そこで苦い表情を浮かべたアリサを見て、アルバスは言葉を連ねていく。
「三つも、じゃない。たった三つ、だな」
「でも、魔法師にとって一つの魔法を習得するにも膨大な時間が——」
「そうやって言い訳をして、時間を無駄にするのか?」
「そ、そんなことは……」
言葉に詰まるアリサを、カナタとトーリが心配そうに見つめている。ロンドも同様だった。
アルバスの言葉は厳しいものがある。だが、間違ったことは言っていない。
言い訳をするなら、まずは習得する為に行動しろとアルバスは言いたいのだ。
「いいか? 魔法師は後衛とはいえ強力な攻撃力を持っている。魔法師の実力が、パーティの生存にも大きく影響を及ぼすわけだ。自分の為にと考えるからあーだこーだと言い訳が出る。自分の為じゃなく、パーティの為だと考えて必死になって覚えろ、いいな?」
「……はい」
しゅんとしてしまったアリサのことをカナタとトーリに任せて、アルバスはロンドに声を掛けた。
「全く、小僧は面倒ごとを持って来やがるな」
「すいません」
「まあ、今は換金所も暇だからいいけどな。だが、やるのは今だけだぞ」
頭を掻きながら嫌々だと告げるアルバスだが、その表情は本気で嫌がっているようには見えず、ロンドは苦笑を浮かべてしまう。
ただ、一つ気になっていたことがあったのでそのことを聞いてみることにした。
「あの、アルバス様」
「何だ?」
「その、すいませんでした」
「さっきの話か?」
「違います。ボスフロアでのことです。約束を破ってカナタさんを助けに入ってしまいました」
そこまで言われて、ロンドが何を言いたいのかをようやく理解した。そして——
「アホか」
その一言だけだった。
「えっ?」
「だから、アホかと言ったんだ」
「で、でも、アルバス様は後衛を……」
アルバスは盛大に溜息をつく。
「はあぁぁ。言っておくけどな、約束なんてもんは破る為にあるんだ。特に命に関わる約束はな」
「命に関わる、約束?」
「今回、小僧が約束を守って朱髪の小僧を助けなかったら、あいつは確実に死んでいただろう。だったら、そんな約束なんて破っちまえばいいんだよ」
「……は、はぁ」
「命より価値のある約束なんてないんだよ。もし小僧が動かなかったら、俺が動いていただろうしな」
あの時、誰も気づいてはいなかったがアルバスはクレイモアの柄に手を掛けていた。ロンドが動かなければ一瞬にしてボスゴブリンを屠っていただろう。
「だが、俺が動けば結局のところそのままボスを倒していただろうからな。小僧が動いたのは良かったと思うぞ」
「アルバス、様」
「今回のお前は、六五点くらいだな」
「……それでも低くないですか?」
「俺様から高得点を貰うなら、こんなダンジョンくらいは一人で制覇できるようにならないとな!」
カラカラと笑い声をあげながら、目の前に現れたゴブリンの首を刎ねていく。
後方にいるカナタ達は、ただアルバスの圧倒的な実力を目の当たりにするだけだ。
ロンドもアルバスの姿を見て、自分の糧にできることはないかと見つめている。
そして——五人は地上へと帰還した。
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