第34話:三人の戦い
ボスモンスターはゴブリン。ロンドが一人で戦った時はレベル5だったが、今はレベル10になっている。
カナタ達は三人パーティなのだが、実力的に見れば良い勝負になるだろう。
「ギャアアアアアアッ!」
冒険者の姿を見つけたボスゴブリンは、雄叫びをあげながら短剣を手にこちらを睨みつけている。
「モンスターが、様子を見てる?」
「ボスモンスターやランダムモンスターは、オートモンスターに比べて知識が高い。有象無象と一緒だと考えていると、すぐに殺されるぞ」
「「「はい!」」」
カナタの疑問にすぐ回答するアルバス。これは無駄な思考を排除して目の前のモンスターに集中してもらう為だった。
「トーリは追加の支援魔法を準備。アリサは合図を出した時にファイアボールを頼む」
「任せろ」
「分かったよ」
すでに速度向上の支援は受けている。アリサのファイアボールも待機状態でいつでも発動できる状態だ。
ただ、今までは突っ込んでくるモンスターを相手取っていたのだが、目の前のボスゴブリンはこちらの様子を伺っている。
あまりにも勝手が違い過ぎる為、カナタは慎重に間合いを詰めていく。
武器のリーチを見ればカナタに分がある。速度支援も受けているので、速さでも負けるつもりはない——そう高を括っていた。
「——ギャハッ!」
「なあっ!」
間合いまであと二歩の距離まで迫った瞬間、ボスゴブリンが地面を蹴り一瞬にして間合いを詰められた。
振り抜かれた短剣を間一髪で防いだものの、不十分な体勢で力が入らない。結果、押し返されてしまう。
たたらを踏みながらも追撃を警戒して視線だけは外さなかったカナタだが、その時点で自身の失態を気づかされることになる。
「トーリ! アリサ!」
ボスゴブリンはカナタを狙うことなく、後衛の二人めがけて駆け出した。
接近戦が苦手な二人ではなすすべなく殺されてしまうだろう。追いかけようにも間に合わない。
だが、この場にいるのは三人だけではなかった。
「はあっ!」
「ギャギャッ!」
ロンドがボスゴブリンの短剣を受け、鍔迫り合いの中で押し戻していく。
力だけでは勝てないと悟ったのか、手をこまねくことなく即座に後退して距離をとった。
そこに響いてきたのはアルバスの怒声。
「相手の力量が分からなければむやみに近づくな! 自分が抜かれれば仲間が狙われることも考えろ! 守りを固めるのも戦略の一つだぞ!」
カナタはハッとした。
自分は何故、間合いを詰めに行ったのか。ゴブリンだからと甘く見ていた? 支援魔法があるから負けないと思っていた? 自分だけで勝てると考えた?
今考えたことが一つでも当てはまればダンジョンに呑み込まれてしまうだろう。
そして、カナタはその全てに当てはまっていたと気づき恥ずかしくなる。
「す、すいません!」
「反省はあとだ! 目の前のボスゴブリンだけじゃない、この戦場に集中しろ! そして、仲間を信じて戦え!」
「はい!」
ロンドも言われたことである。
ソロであれば目の前のモンスターに集中すればいいだろうが、パーティであればそうもいかない。
自陣の立ち位置によっては、後衛が狙われることもある。ここは抜かせてはいけないと戦術を変える場面も増えてくるだろう。
戦場に集中するというのは、そういうことだ。
今のカナタができる最善手を、戦場の状況から常に判断しなければならない。
カナタはロンドに視線を送り、それにロンドが一つ頷く。
ボスゴブリンの実力の片鱗を見たカナタは、三人だけでは敵わないと判断を下した。
そして、ロンドに二人の守りを委ねたのだ。
これは
『——三人だけで勝てないと判断したら、僕が後衛を守るよ』
ロンドはその言葉を体現してくれた。そして、ボスゴブリンはロンドとの攻防の中で引いてくれたのだ。
ただし、ロンドが行うのは守りだけであり、ロンドから攻めることはしない。
あくまでも、ボスゴブリンは三人で倒さなければならない。
「恥ずかしいけど、守りはロンドさんに任せる。俺は、こいつを倒す!」
守りをロンドに任せた時点で、カナタの思考からは後衛を自分が守るという選択肢がまず消えた。
そして、ボスゴブリンを倒す為にはどうするべきかを考え始めた。
「ギャギャギャッ!」
ロンドを殺すことは難しいと判断したのか、ボスゴブリンはターゲットをカナタへと切り替えた。
短剣を構えて再び間合いに飛び込んでいく。
今度はボスゴブリンの動き出しをしっかりと見ながら、振り抜かれた短剣にロングソードをぶつける。
体勢も崩されることなく、その場で鍔迫り合いとなるが、ボスゴブリンは形にこだわるようなことをしない。
逆の手で殴りかかろうとして、カナタは即座に後退。
空振りに終わった攻撃を見て、再び前進して袈裟斬りを放つ。
慌てたボスゴブリンは短剣を振るうが、今度はこちらが体勢を崩してたたらを踏んだ。
「アリサ!」
「はい!」
詰め寄るカナタの背後からファイアボールが放たれる。
射線上から逃げようとするボスゴブリンをその場に縫い付ける為に、カナタは追撃の手を止めることをしない。
「ギギギギッ!」
ボスゴブリンは驚いていた。
ファイアボールの射線上にいる自分は仕方ない。だが、目の前の人間も同様に射線上にいるのだから。
「カナタ!」
「どりゃあっ!」
アリサの合図を受けて渾身の上段斬りを放つカナタ。
短剣を頭上に持っていき受けるボスゴブリン。
甲高い金属音がフロアに響き渡るのと同時に、ボスゴブリンは違和感を覚えた。一撃の力強さが非常に重く感じたからだ。
驚愕に見開かれた眼が捉えたのは、赤い光に包まれたカナタの姿だった。
上段斬りを放つ直前、トーリは準備していた支援魔法を発動させた。その効果は腕力向上。
速度向上で上乗せされた振りに加えて、重力のままに振り下ろされた上段斬り、さらに腕力向上が付与された一撃は、短剣に防がれたもののボスゴブリンを一瞬ではあるがその場に繫ぎ止める一撃へと昇華された。
「ギ、ギギギギッ!」
苦悶の表情を浮かべるボスゴブリンを見て、カナタは右へ大きく飛び退く。
直後には背後から迫っていたファイアボールが視界を紅く染め上げる。
痺れる足に鞭を打って逃げようとするが、間に合わなかった。
——ドゴオオオオン!
着弾。
激しい爆発が周囲にも広がり、衝撃波となってフロアの壁を震わせる。
アリサはありったけの魔力を注いだ渾身の一撃を準備していたのだ。
ただ、一番近くにいたカナタにとっては予想外の威力でもある。
「あっちっ! あっちいっ!」
火の粉がカナタの方まで飛び散っていた。
慌てて後退するカナタを見てアリサは申し訳なさそうな表情をしているが、ボスモンスターを仕留めるならこれくらいは必要なことなので仕方がない。
だが、爆発の余波で土煙がフロア中心に広がっている。いまだボスゴブリンが倒されたという確信を得ていない三人は警戒を怠らなかった。
徐々に晴れていく土煙。
爆発の中心地には——ボスゴブリンがうつ伏せで倒れていた。
遠くからその様子を伺っていたカナタ達は、ピクリとも動かないボスゴブリンを見て、ついに倒したのだと頬を緩ませる。
「——甘い」
アルバスの呟き。
「——ギャハッ!」
ボスゴブリンは、死んでなどいなかった。
そもそも、死んだモンスターは死骸など残さない。白い灰になって消えてしまう。
そのことを失念していた三人の単純なミスにより、確実に倒せる機会を逸しただけでなく、反撃の機会を与えてしまった。
「「カナタ!」」
約束を破ることになる。
あとで怒られることだろう。
それでも、アルバス以外で唯一現状に気づいていた少年は、迷うことなく駆け出して前衛のカナタを守る壁になった。
「ロ、ロンドさん!」
振り抜かれた短剣を斬り上げると、ダメージの大きいボスゴブリンの手から離れて飛んでいく。
直後には口を大きく開けてボスゴブリンのスキル《鈍重の鉄片》が発動、レベルに合わせて大量の鉄片が吐き出された。
「カナタさん! こいつを倒すのは、あなたですよ!」
「——!」
ロンドはあえて鉄片を受けた。
ショートソードで打ち落とせる分は打ち落としたが、それでも全てを防ぐことはできない。
回避する選択もあっただろう。それは何度も戦っているロンドだからできる選択だ。
しかし、ロンドはその選択を排除した。
回避すれば、すぐ後方で動けなくなっていたカナタに当たってしまうからだ。
鈍重の鉄片を受けた今のロンドでは後衛を守ることもままならないだろう。しかし、それは意味のないことである。
何故なら——カナタが次の一撃でボスゴブリンを倒してくれると信じているから。
ロンドを壁にして、右から低い体勢でボスゴブリンの懐に侵入すると、右足を大きく踏み出して左胸めがけて刺突を繰り出す。
目の前の敵に集中していたボスゴブリンは一切の反応を示すことなく刺突の餌食となる。
それでもカナタの攻撃は終わらない。同じミスは犯さない。目の前のモンスターはいまだ白い灰になっていないのだ。
刀身が食い込んだままの状態から相手に背を向けて握る柄を肩に担ぎ上げると、足腰に力を乗せて一気に振り抜いた。
ボスゴブリンは内側から斬り裂かれる感覚に大絶叫を響かせる。
刀身が勢い余って地面に突き刺さるのと同時に、ボスゴブリンは白い灰となりフロアを埋め尽くした。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……お、終わった?」
「……か、勝ったのか?」
「……勝った、勝ったんだよ。カナタ君! トーリ君!」
アリサが歓喜の声を上げると、トーリが無言で拳を握り、カナタはその場に座り込んだ。
ちょうど手をついたところにはドロップアイテムが転がっていた。
ドロップアイテムは、ゴブリンの短剣。
拾い上げた短剣を見つめながら立ち上がったカナタは、ロンドの前まで歩いていく。
「あっ、ドロップアイテムだね。カナタさん、おめでとう」
笑顔を浮かべるロンドを見つめながら、カナタはゴブリンの短剣を差し出した。
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