第33話:冒険

 予想外の提案に、声を上げたのはロンドだった。


「ア、アルバス様、それはさすがに……」

「まあ、普通はそうだろうな」


 ロンドの意見も当然だとアルバスは言う。しかし、それは安全を考えるならである。


「だが、それを冒険者と言えるのか?」

「で、ですが、メグル様は全員を助けるようにと——」

「もちろん助けるさ。その上で、ガキ共には冒険をしてもらう。これは、こいつらが今後も冒険者としてやれるかどうかもかかってるんだよ」


 どういうことなのか、ロンドは首を傾げてしまう。トーリとアリサも同様だ。

 そんな中、カナタだけが口を開いた。


「——無駄に逃げ出した冒険者は、冒険ができなくなる」


 カナタの言葉を聞いても、三人は首を傾げるだけだ。


「ほぅ、朱髪の小僧は知っていたか」

「以前に読んだ本に書いていました」

「そいつは冒険者から英雄に成り上がった、ゲイリー・ラーゼンの言葉だ。命の危険があれば逃げてもいいが、何もないところから逃げるのは冒険者の恥だ、って意味だったかな?」


 はっきりしない言葉にアルバス自身が首を傾げていると、不安が拭えないロンドはさらに口を開く。


「三人共、疲労が酷いんです。この状態でボスモンスターとやりあうのは危険過ぎます!」


 ここまで言われて、アルバスは初めてロンドを睨みつけた。

 あまりの迫力にロンドだけではなく、カナタ達までゴクリと唾を飲み込んでしまう。


「小僧、冒険者の心得を教えるのは俺だ。なら、俺のやりたいようにやらせてもらう。つべこべ言うなら俺は降りるが、どうする?」

「そ、それは……」


 そう、ロンドはつい先ほどアルバスに三人へ冒険者の心得を教えて欲しいと頼んでいる。

 ならば、アルバスが言うことに逆らうことはできない。


「ロンドさん、俺達は行きますよ」

「……カナタさん」


 そう口にしたカナタに、ロンドは心配そうに声を掛ける。


「元々、俺達はダンジョンを攻略する為にここまで来たんだ。一階層のボスモンスターを拝みもせずに帰るなんて、冒険者としてはアウトだよな」

「ダンジョン攻略は無理だけど、せめて一階層だけでも攻略したいよね!」


 カナタとアリサはそこまで言うと、最後にトーリへ視線を向ける。

 ここまで一番消耗しているのはトーリである。体力的にもそうだが、一番は心の消耗だ。

 トーリの選択次第では、戻ることも考えていた。


「……ダンジョン攻略とは言わない。だが、アリサが言うように一階層だけでも攻略するべきだな。僕達はまだやれるのだから」


 トーリの言葉に、カナタは小さく拳を握り、アリサは満面の笑みを浮かべる。

 ニヤリと笑うアルバスとは異なり、ロンドだけがやはり心配そうな顔をしていた。


「心配すんじゃねえよ。小僧の言うことも間違っちゃいねえんだ」

「……アルバス様」

「危ないと思えば、小僧が助けに入ればいい。それだけだろ?」


 頭に手が置かれると、乱暴に撫でられてしまう。

 突然の出来事にぽかんとしていたロンドだが、そんな姿をカナタ達が見つめていた。


「俺達だけじゃあ心配なのはよく分かるよ。だから、ロンドさんには見守っていてもらいたいんだ」

「絶対に勝ってみせるわ! だけど……もし、危なくなったら、助けてほしい」

「……その、なんだ。僕からも、頼む」


 三人の決意をその目に収め、ロンドも覚悟を決めた。


「……分かりました。僕で力になれるなら」


 アルバスはカナタ達だけではなく、ロンドにもこの経験から成長してほしいと思っている。

 ロンドは確かに強くなっている。それはアルバスの目から見ても明らかだ。

 だが、それはアルバスと一緒にいるからという大前提が付いてしまう。

 ロンドは本当の意味での冒険をまだ経験していない。目にしていない。

 アルバスはカナタ達の冒険を、ロンドに見てほしいと思っていた。


「それじゃあ、行くか!」


 アルバスの合図とともに、五人は安全地帯セーフポイントから次の部屋——ボスフロアへと向かった。


 ※※※※


 五人のやりとりを見ていためぐるは大声を上げていた。


「ちょっとちょっとちょっとー! なんで戻ってこないのよー!」

「アルバスも凄いことをするのにゃー」


 トーリは助かった。あとは戻ってくるだけ。そう考えていた廻にとって、アルバスの行動は完全に予想外だった。


「ロンド君も、なんで納得しちゃうかなあ!」

「冒険者だから仕方ないと思うにゃ」

「でもでも、危ないじゃないのよ! せっかく助けたのに、これじゃあまた危なくなっちゃうじゃない!」


 頭を抱える廻を見て、ニャルバンは溜息をつく。


「あっ! なんで溜息をついてるのよ!」

「メグルは心配性なのにゃ」

「だって、死んでほしくないんだもの!」

「きっとあの三人は死なないのにゃ」

「……な、なんでよ?」


 自信満々に言い切るニャルバンを見て、一人騒いでいる自分が恥ずかしくなった廻は睨みつけながら問い掛けた。


「だって、ロンドとアルバスがいるのにゃ」

「えっ?」

「二人はジーエフのダンジョンに何度も潜っているんだから、安心なのにゃ」


 ニャルバンの話を聞いて、廻は自分が恥ずかしくなった。

 三人の安全は確かに大事である。だが、それは三人だけならば戻るべきなのだろう。

 しかし、今回はロンドとアルバスがついている。

 二人だけでダンジョンに何度も潜り、今回は個人行動があったものの、問題なく三人を助けてくれた。


「……そうだね。二人を信じて助けに行かせたんだから、最後まで信じなきゃダメだよね」


 ニーナも二人がカナタ達を助けて戻ることを信じてご飯の準備をしてくれている。

 ポポイも道具を売るのだと張り切っている。

 みんなが戻ってくることを疑っていないのだ。

 ならば、自分も信じなければいけないと廻は思った。


「大丈夫なのにゃ! 二人は強いのにゃ!」

「うん、そうだね。二人は強いもんね!」


 モニターを通して、廻とニャルバンはボスフロアに入ろうとしている五人を見つめていた。


 ※※※※


「だー! 違う違う! なんでここでちゃんと準備しないんだ!」


 意気揚々とボスフロアへ入ろうとしたのだが、その手前でアルバスがカナタ達に怒鳴り声を上げていた。


「で、ですが、これは卑怯ではないですか!」

「卑怯も何も、モンスターにそんなもん関係ねえよ! 関係ねえから集団で襲われるんだろうが!」

「それじゃあ、支援魔法を使ったらすぐに突っ込むんですか?」

「戦略を考えろよ! 正面突破が通じるのは雑魚だけだぞ!」

「ま、魔法で、一撃?」

「魔法師の小娘が一番考えないといけないんだぞ! 仲間を巻き込む気か!」


 注意に次ぐ注意の嵐で、安全地帯との境目まで来ているが、いまだボスフロアへ侵入していなかった。

 それどころか、パーティの荷物を確認した段階からアルバスの説教は始まっていたのだが。


「か、回復なら僕ができると思って……」

「他の魔法も使うのに計算できるかアホ!」

「キ、キラービーがいるとは思わなくて……」

「全てに対処できるように準備するのが基本だボケ!」

「わ、私、ファイアボールしか魔法を使えない……」

「だったらもっと考えろよバカ! あー、マジで素人かよこいつらは!」


 といった感じでアルバスが一から一〇まで冒険者の心得を教えている。

 先程の勢いは見る影もなく、三人はしゅんとしたまま準備に取り組んでいた。


「ア、アルバス様? ちょっと言い過ぎじゃないですか? あれでは士気に問題が……」

「いや、あれでいいんだよ」

「どういうことですか?」


 首を傾げるロンドにだけ、アルバスは注意の意図を説明した。


「ガキ共は肩肘張りすぎなんだよ。つまり、緊張しているってことだ。こんな調子じゃ、本来の実力を出すことはできんだろう。だから、一度落ち着かせる為にこれくらい言っておいた方がいいんだ」


 実際、アルバスの指摘通り三人は緊張していた。

 無駄な力が入り、視野も狭くなっている。その兆候が大きく見えたのはカナタである。

 前衛を一人で担っているという責任感からか、自分がなんとかしなければと他の二人よりも力が入っていた。


「……まあ、注意したことも本当のことだがな」

「……まあ、そうでしたね」


 苦笑を浮かべる二人に顔を見合わせながら、準備が終わったことをカナタが告げる。


「よし、これでリラックスもできただろう。気を取り直して、行くぞ!」

「「「はい!」」」


 元気よく返事を返したカナタ達は、ついにボスフロアへと足を踏み入れた。

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