第32話:師事
生き残った。
そう分かった途端、トーリは腰を抜かしてその場に座り込んでしまった。
カナタはトーリへと駆け寄り、ロンドは周囲を警戒している。
「トーリ、無事なのか? 無事なんだな?」
「カナタ……あぁ、僕は大丈夫だ。それよりも、アリサは?」
「アリサも無事だよ。今は
「……安全地帯?」
「やっぱり、知らなかったのか」
安全地帯について説明を始めようとしたカナタだったが、そこに警戒から戻ってきたロンドが声を掛ける。
「奥の部屋にまだゴブリンが数匹残っています。まずはここから離れて僕達も安全地帯に移動した方がいいと思います」
「……そうだ、どうして貴様がここに、いるんだ?」
ロンドを睨みつけながらトーリが口を開くが、そこにカナタから声が掛かる。
「ロンドさんは俺達を助けに来てくれたんだ」
「助けに、だと? ……貴様、何様のつもりだ」
「……」
「僕はそんなことを頼んだ覚えはない! 何のつもりで助けにだなんて――」
「いい加減にしろよ!」
トーリが言い終わる前に、カナタが声を荒げた。
ロンドを睨んでいた視線がカナタへ向けられると、その瞳には困惑が滲んでいる。
「……カ、カナタ?」
「ロンドさんは俺達を心配してくれてわざわざ来てくれたんじゃないか! それなのに、その言い草はなんだよ!」
「だ、だが、僕は――」
「ロンドさんがいなかったら、俺とアリサはトーリとはぐれた時点でモンスターに殺されていた! トーリを助けに来ることもできなかった! 俺達は、誰も助からなかったんだ」
最後は尻すぼみになってしまったが、カナタの想いはトーリの心に確かに届いていた。
視線を地面へ落とし、少しして顔を上げたトーリはロンドへ視線を向ける。その瞳に怒りはなく、感謝と後悔の念が伺えた。
「……その、ありがとう、ございます」
「まだ、お礼は早いですよ。先ほども言いましたが、奥にはまだゴブリンが潜んでいます」
「そ、そうだったな! よし、早く安全地帯まで引き返そう。トーリ、立てるか?」
「あぁ、大丈夫だ」
立ち上がったトーリは少しふらついている。一人で限界まで逃げてきたのだから仕方がない。
三人はロンドを先頭に、トーリ、カナタの順番で隊列を組み、来た道を引き返していく。
そして――無事に安全地帯まで引き返すことができた。
「トーリ君! カナタ君!」
トーリの姿を見つけたアリサが駆け寄ると、二人を抱きしめる。
顔を見合わせたカナタとトーリはお互いに苦笑し、アリサの背中に手を回した。
絶望的な状況から、全員で生き残ることができた。その事が三人の心の中を占めていた。
「ロンドさん! 本当に、本当にありがとうございます!」
泣きながら頭を下げるアリサを見て、カナタとトーリも頭を下げた。
ロンドは苦笑しながら、助けるのは当然だと口にする。
「僕も冒険者ですから。困っている同業者がいれば助けるのは当然ですよ」
そこで、トーリに安全地帯についての説明が行われた。
安全地帯を知らなかったこと自体おかしな話なのだが、講習会を受けていないのであれば仕方ないのかもしれない。
「そ、それじゃあ、僕があの時にちゃんと講習会を受けていたら、こんなことにはなっていなかったのか?」
「そうです」
「……そうか」
そこを否定してはいけないと、ロンドはあえてはっきりと肯定した。
冒険者を続けるなら一番必要な講習会である。もし受けないのであれば、先輩冒険者に師事するべきだ。
「でも、まだ遅くはありません」
「えっ?」
「皆さんは生きています。生き残ったんです。なら、まだ遅くはありません」
俯くトーリ。その肩にカナタが腕を回し、正面からアリサが手を握る。
顔を上げたトーリが見たものは、満面の笑みを浮かべる二人。
「俺達ならやり直せるさ!」
「そうだよ! 三人でなら、またやれるよ!」
「カナタ……アリサ……」
表情を引き締めたトーリは、再びロンドに向き直り口を開いた。
「ロンド、さん! 僕に冒険者の心得を教えてくれませんか!」
「えっ? ぼ、僕?」
「はい! 僕は、カナタとアリサ以外に冒険者を知りません。二人も僕のわがままのせいで講習会を受けることができませんでした。……頼れるのが、ロンドさんしかいないんです!」
トーリの変わりように驚いているロンドだが、自分が教えられることがあるかどうかを考えると、答えはおのずと決まってしまう。
「……すいません。僕も皆さんと同じ新人冒険者です。僕に教えられることなんて、あまりに少な過ぎて」
「お、俺達からもお願いします!」
「どんなことでも構いません! 私達に教えてください!」
ついには三人から頭を下げられてしまったロンドは困惑していた。
ここで受けてしまうのは簡単だが、それは三人に対して責任が発生してしまう。ロンドの言葉が三人の全てになり、その教えが三人を殺してしまうこともあるかもしれないのだ。
誰かに教えるということは、そういうことだ。その時の感情に任せて受けていいものではない。
「……やはり、僕にはお受けできません」
「……わ、分かり、ました」
「ただ――」
そこで、ロンドは自分なりに考えた答えを三人に伝えた。
「僕が師事している人にお伺いを立てることはできます」
「「「……えっ?」」」
予想外の提案に、三人はぽかんとした表情を浮かべている。
それもそうだろう。ジーエフを見ている三人からすれば、この都市のどこに師事するべき冒険者がいるのかと思うのも当然だ。
「僕が師事しているのは元冒険者で換金所の管理人です」
「「「換金所の管理人?」」」
「おういっ!」
そこへ響いた突然の大声に三人は声のした方へ慌てて視線を向ける。
そこには強面で隻腕の大男――アルバスがクレイモアを片手に立っていた。
強面、隻腕、クレイモア。この三点が揃ってしまえば知らない相手が怯えるのは当然かもしれない。
「だ、誰だ!」
「あわわわわ!」
「べ、別の冒険者!」
トーリ、アリサ、カナタの順番に口にしている感想に苦笑しながら、ロンドはアルバスに声を掛けた。
「聞いていたならこっちに入ってきてくださいよ、アルバス様」
「俺はガキ共を助けないと言っただろう。それよりもだ、俺は小僧を教えるとは言ったが、ガキ共まで受け入れるとは言ってないぞ!」
突然現れたアルバスがロンドの知り合い、さらに師事している元冒険者だと知った三人はほっと胸をなでおろす。
そして、カナタだけがアルバスの名前を聞いて記憶を遡り、驚愕していた。
「隻腕……元冒険者……アルバス? も、もしかして、元冒険者ランキング一位のアルバス様ですか!」
カナタの声を聞いて、トーリとアリサも驚愕する。
そして、頭を掻きながら何も答えないアルバスはロンドの腕を掴んで離れたところに移動した。
「……小僧、面倒臭いことをしてくれたな!」
「……だって、僕一人を教えるのも、四人を教えるのも同じじゃないですか?」
「……意識を割くのが面倒臭いんだよ!」
「……僕にできることは協力します。だから、お願いできませんか?」
強面で言葉も荒々しいアルバスだが、心根は優しい元冒険者なのだ。そのことを知っているロンドだからこそ、アルバスにお願いをしている。彼なら絶対に断らないだろうと。
「……勝手にしろ!」
「あ、ありがとうございます!」
アルバスの言葉を受けて、ロンドは声を大にしてお礼を口にする。
その声はカナタ達にも届き、三人は顔を見合わせて喜びを露わにしていた。
「おい! 小僧共!」
そして、受けるとなったからには真剣に取り組んでくれるのがアルバスという男である。これからの行動方針を、すでに頭の中で考えていた。
「これから――ボスフロアに行くぞ」
「「「「……えっ?」」」」
全員の素っ頓狂な声に、アルバスは一人だけニヤリと笑っていた。
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