第30話:助け合い

 眼前に迫る毒針。

 死を覚悟したカナタは目を閉じてその瞬間を待った。

 ——だが、その瞬間が訪れることはなかった。


「…………?」


 意を決して目を開くと、そこには白い灰が舞っており、初めて見る背中が広がっていた。


「気をしっかり持ってください!」

「お、お前は、宿屋の従業員?」

「まだゴブリンがいますよ!」

「お、おうっ!」


 ショートソードを握り直したカナタだったが、心ここにあらずの状態である。

 その様子を見抜いたロンドは自信が前線に立ち、カナタには討ち漏らしがあった時の対処とアリサを守るように指示を飛ばす。

 素養でいえばカナタの方が高かった。戦闘力も新人の平均を上回る一〇七もあった。

 だが、今のロンドには経験が備わっている。アルバスとともにダンジョンへと潜り力も付けている。

 ランダムのキラービーも駆けつけたロンドの一振りに両断されて白い灰と化したのだから、オートのゴブリンに遅れを取ることはあり得ない。

 結果——数分の後にゴブリンの群れも白い灰になり、討ち漏らしも一匹としてなかった。


「……す、凄い」

「……これで、同じ新人冒険者?」


 アリサ、カナタと呟きを漏らしている。

 振り返ったロンドが二人の安全を確認して安堵の表情を浮かべたが、それも一瞬だった。


「——もう一人は?」


 そう、ロンドと言い争いをしていた人物——トーリの姿が見当たらなかったのだ。


「そうだ……トーリ、トーリ!」

「カ、カナタ君、落ち着いて!」

「落ち着けるかよ! アリサ、急いでトーリを追い掛けるぞ、あいつを死なせる訳にはいかない!」

「そうだけど……どうやって探すの?」


 広大なダンジョン、その中でモンスターを倒しながらたった一人を探すのがどれほど大変なのか、二人は分かっていなかった。

 これも新人だから、という一言では片付けることができないものである。講習会をちゃんと受けていれば、その一言に尽きるのだ。

 だが、仮にトーリが講習会をちゃんと受けていても、今日のようにパニックになってしまっては意味がないのだが。


「でも、探さないと……」

「……ね、ねえ、君!」


 そこでようやくアリサからロンドに声が掛かった。


「その、トーリ君と喧嘩をしていたし、嫌なのは分かっています。だけど、彼は私達の大事な仲間なんです! だから……だから、助けたいんです!」


 アリサの言葉にカナタも振り返って口を開く。


「助けてくれたら、その後は俺達をこき使ってくれて構わない! 今だけ、力を貸してくれないか?」

「「お願いします!」」


 深く頭を下げての懇願。喧嘩をしていても、仲間は仲間なのだ。

 ロンドは二人の懇願を受けて——優しい声音で告げる。


「もちろん。僕はその為にここに来たんだから」


 その声に顔を上げた二人は——いまだに表情は晴れていなかった。


「……あんな酷いことを言われたのに、助けてくれるのか?」

「元を辿れば、僕が図々しく口を出しちゃったからなんだよね」

「そんなことないわ! 君は私達を心配してくれていたんだもの」


 ロンドの気持ちが二人には届いていたことを知って、少しだけホッとした。

 だが、その結果がトーリの孤立につながっているのだから悔しいものである。


「とりあえず、ここより奥に向かったのなら安全地帯セーフポイントも近いよ。そこを拠点にしてトーリさんを探しましょう」


 ロンドの提案に無言で頷いた二人は、トーリを探す為に奥へと進んだ。


 ※※※※


 経営者の部屋マスタールームからダンジョン内を見ているめぐるは、カナタ達の戦いをハラハラしながら見ていた。

 いつ全滅してもおかしくない状況の連続だったので、人死にを嫌う廻としては気が気でなかったのだ。

 そしてアルバスとロンドがモンスターを討伐している姿には安堵し、成長を目の当たりにして嬉しくもあった。

 だが、まだ安心することはできない。


「トーリって子、なんで安全地帯に入らないのよ!」


 廻が大声で怒鳴っているのは、言葉通りトーリが目の前にある安全地帯に入らずに別のルートを進んでしまったからだ。

 安全地帯に入ってしまえばモンスターが襲ってくることはない。今のトーリには絶対に必要な場所なのだが、何故か顔を引きつらせてその場から離れてしまった。


「もしかして、安全地帯のことを知らないのにゃ?」

「まさかー! だって、新人とはいえ冒険者でしょ? 安全地帯を知らないなってことあるのかしら」


 廻はカナタ達が講習会を受けていないことを知っていたが、まさか安全地帯を知らないとは思いもよらなかった。

 カナタやアリサは自身で勉強をしているので知っていたが、唯一トーリだけが知らないままダンジョンに潜っていたのだ。

 そして、知らない人から見れば安全地帯は異様に映るかもしれない。何故なら、安全地帯と通路の境目には虹色に揺れる壁のような靄を見ることができるのだが、トーリは初めて安全地帯を見て、ボスフロアと勘違いした可能性があった。


「ロンド君、間に合うかしら」

「どうだろうにゃ。逃げてる冒険者は祈祷師だから、防御力も低いだろうし、厳しいかもしれないにゃ」

「祈祷師? 冒険者じゃなくて?」


 冒険者を全て一括りに考えていた廻は、首を傾げながらニャルバンを見ている。


「冒険者の中にも得意分野があるのにゃ。そこから剣士や魔法師、祈祷師といった分野があるのにゃ」

「剣士はロンド君や一緒にいるカナタって子だよね。魔法師はアリサちゃんだったかな。祈祷師って何をする人なの?」

「主に仲間の支援を行うにゃ。さっきだと速度か腕力上昇の支援魔法を使ったはずなのにゃ」


 剣士は前衛、魔法師や祈祷師は後衛に配置されることが多い。それは接近戦が苦手ということの他に、防御力が極めて低いからでもある。

 そんな祈祷師のトーリがたった一人でダンジョンをうろついているとなれば、モンスターから見ると餌がうろついているように見えているだろう。


「へぇ。凄いんだね、祈祷師って」

「他にも戦士や僧侶、魔剣士なんて分野もあるのにゃ」

「魔剣士! 何だか強そうな!」

「まあ、とてもレアな能力がないとなれないのにゃ」

「冒険者の能力にもレアとかあるのね」


 そんな場違いな会話をしていると、モニターには安全地帯に到着したロンド達の姿が映し出された。


「あぁー、ロンド君、頼むわよ!」


 祈るような思いで、廻はモニターを見つめていた。


 ※※※※


 安全地帯にトーリの姿がないことを確認した三人は、苦い表情を浮かべている。

 ここにいてくれたら後は戻るだけだったのだが、いないということは今も何処かでモンスターに襲われている可能性が高くなったのだ。

 すでに肩で息をしているカナタやアリサを連れ歩くのも無理があるし、かといってロンド一人で探しに行くのも危険過ぎる。


「……トーリさんを探すならここから移動しなければなりませんが、どうしますか?」


 どうするかの判断をカナタ達に委ねたロンドだったが、その答えは明白だった。


「もちろん行くぞ」

「わ、私も!」


 二人ともボロボロの状態なのだが、即答で行くと答えた。

 ロンドは苦笑を浮かべたまま入ってきた通路に視線を向ける。そして——


「それじゃあ、僕とカナタさんの二人で向かいましょう」

「えっ?」

「あの、私は?」


 ロンドの突然の提案に、カナタはキョトンとして、アリサは困惑顔を浮かべた。

 もちろん、気まぐれで提案したわけではない。


「トーリさんが別のルートからここに来る可能性もあります。その時に誰もいなかったら先に進むかもしれない。それだけは避けないといけないんだ」

「それだけはって……まさか、この先って——」


 先の通路が何処につながっているのか気づいたカナタは、顔を真っ青にしている。

 アリサは自分だけ置いていかれることに頭がいっぱいで気づいてはいないようだ。


「この先はボスフロアにつながっているんだ。仮にトーリさんが戻ってきて先に進んでしまえば、一瞬で殺されると思う」


 ロンドの言葉に二人はゴクリと唾を飲み込んだ。

 アリサもここまで聞けば誰かが残らなければならないと理解し、その誰かが自分になった理由もすぐに理解した。


「私だと、ここからは足手まとい、だよね」


 魔力が底をつきそうなアリサでは、これ以上の探索は危険を伴ってしまう。安全地帯であればモンスターの脅威もなくトーリを待つこともでき、体を休めることで魔力の回復も可能だ。


「地上に戻る時には、魔法での援護を期待しています」

「アリサがいなかったら、俺だってここにはいなかったんだ。必ずトーリを連れて戻ってくるから、待っていてくれ」

「分かってる。早く戻ってきてね」


 アリサの言葉に力強く頷いた二人は、安全地帯を出ると進んできた道とは違う別ルートへと進んでいった。

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