第21話:ボスフロア
キラービーを倒してから
ようやく一息つけるとあってか、ロンドはそのまま地べたに腰を下ろしてしまう。
「ふぅ、疲れたー」
『――とりあえずお疲れ様、でいいのかな?』
「あはは、どうでしょう。これからボスとの戦闘が控えてますからね。それに、普通なら僕みたいな新人が一人でダンジョンに潜るなんてあり得ないですから」
『――えっ! ……そうなの?』
驚きの声を上げる
「それはそうですよ。新人はほとんどが先輩とパーティを組んで潜るか、それが無理でも新人同士でパーティを組んで潜るものです」
『――そうだったんだ。何か、ごめんね?』
「そんな! メグル様が謝ることじゃないですよ。僕は雇われたんですから、これくらい当然です」
ロンドから廻の顔は見えていないのだが、自然と笑みを浮かべながら答えていた。
『――ロンド君、本当にいい子だねー』
「えっ、なんですか突然に」
『――だってさー、宿屋の店主はロンド君と同じでいい人だったけど、道具屋は変わった人だったし、換金所に至っては超怖い元冒険者だったんだもん! あー、癒やされるわー』
元冒険者、という言葉に誰を雇ったのか気になったロンドではあるが、自分がいる場所がダンジョンだったと思い出したので聞くのはやめることにした。
『――ロンド君は威張り散らすような冒険者になっちゃダメだからね?』
「は、はぁ」
頭を掻きながら気のない返事をしてしまったロンドだが、一息つけたことで気持ちはリフレッシュされた。
「……よし!」
掛け声とともに立ち上がり、お尻についた汚れを叩いて落とすと、ボスフロアに続く通路を見据えた。
『――休憩はもう大丈夫なの?』
「はい。あまり時間を掛けてたら周囲のフロアにモンスターが溢れますからね」
そう――ロンドが言う通り、モンスターはダンジョン内で際限なく溢れてくる。ある一定量まで増えると頭打ちになるものの、殺されたモンスターがいれば数分のインターバルを持って再び現れる。
ランダムやボスにもインターバルがあるように、オートにも同様のインターバルが設定されていた。
『――私が言うのも変だけど、気をつけてね!』
「分かりました」
ランダムのキラービーはレベル1だったが、ボスのゴブリンはレベル5であり、基本能力も高くなっている。オートとも違うので、気を引き締めなければ足元をすくわれてしまうだろう。
安全地帯を抜けて通路を進むと、その先には体格がオートのゴブリンよりも一回り大きいボスゴブリンが階段前で仁王立ちしている姿があった。
今はまだ通路にいるので近づいては来ないが、ボスフロアに一歩でも足を踏み入れれば猛然と襲いかかってくるだろう。
先にショートソードを抜き、屈伸を繰り返して動きを確かめたロンドは――意を決してボスフロアに飛び込んだ。
「ギヒャアアアアアアアアァァァァッ!」
奇声を上げながらロンドを凝視するボスゴブリンは、オートゴブリンとは全く違う速さで間合いを詰めてきた。
虚を突かれたロンドではあったが、即座に壁際を回り込むように移動を開始して正面からぶつかることを避けることに成功する。
それでも、スピードに乗ったボスゴブリンとの間合いは徐々に狭まっており、ロンドは斬り結ぶ覚悟を決めた。
ボスゴブリンの武器は棍棒ではなく、刃渡り二十センチ程のナイフ。
ただ振り回すだけならオートゴブリンと対応は同じなのだが、ボスゴブリンは知恵があるのか右手にしっかりとナイフを握ったまま追いかけてきた。
フロアを右回りに走る足を止めて、左回りに強く地面を蹴りつける。
彼我の距離が一瞬で詰まると、ショートソードとナイフがぶつかり、甲高い金属音がフロアに響き渡る。
体格はロンドが勝っているが、スピードに乗ったボスゴブリンの一撃が勢いで勝り、ロンドは後方に弾き飛ばされてしまう。
鍔迫り合いに負けるのを想定していたロンドは慌てることなく着地してから勢いを殺す為に数歩後ずさりながら、更に間合いを詰めてきたボスゴブリンと斬り結ぶ。
一度ぶつかり合ったことで勢いが落ちたボスゴブリンとの打ち合いは、拮抗したところから徐々にロンド優勢に変わっていく。
体格で勝ると共に、武器のリーチが違いすぎる。
懐に潜り込まれないように注意を払いながら、ロンドは自分の間合いの中だけでボスゴブリンを追い詰めていく。
耐えきれなくなったボスゴブリンが後方へ大きく飛び退くと、ここぞとばかりにロンドは間合いを詰める。
しかし――ロンドは誘い込まれていた。
必死の形相だったボスゴブリンの表情は口角を上げて、ほくそ笑んでいる。
その表情を見たロンドは背筋に悪寒が走ると、なりふり構わずに広いフロア側へと飛び出して地面を転がった。
直後にはボスゴブリンの口から噛み砕かれた鉄の破片が吐き出された。
オートのモンスターが持ちえないスキルである。
ガチャから出てきたモンスターは基本能力がオートよりも高く、能力もレベルが上がるのと比例して高くなっていくのだが、それ以上に特別な能力がある。それがスキルだ。
ボスゴブリンが吐き出した鉄片はスキル名を《鈍重の鉄片》と言い、鉄片で傷を負った相手の速さを低下させる状態異常を与えることができる。
直撃を避けることができたロンドだが、鉄片が左足に掠り傷を負わせていた。
ただの掠り傷である。ダメージといえるダメージを負ってはいないが、状態異常は掠り傷であっても発動してしまう。
「か、体が、重い!」
状態異常に気づいたロンドの体からは大量の汗が自然と溢れてくる。頭の中で警鐘が鳴り響く。
このままでは殺られると、ロンドは感覚的に気がついていた。
「ケラケラケラケラケラ! ギャハアアアアアアァァァツ!」
ロンドを自分の手のひらで踊らせたと確信したボスゴブリンは甲高い笑い声を上げると、次の瞬間にはロンドめがけて一直線に駆け出した。
一瞬の余裕――それが油断に繋がってしまった。
歯噛みするロンドだが、今はそんなことを考えている暇はない。
動かしづらい体にムチを打ちショートソードでナイフを防いでいるが、反撃に移ることができない。
このままではジリ貧となり、いつかは体力の限界を迎えてボスゴブリンのナイフの餌食になるだろう。
その証拠に、捌ききれなくなった刃がロンドのライトアーマーを傷つけ、覆われていない肌を斬り裂き血が滲んでくる。
呼吸も荒くなり、ショートソードの扱いも雑になっていく。
それでも、ロンドは死に物狂いで受け続けた。致命傷を避けるように、軽い傷を全く気にせずに。
小さな傷が増える一方、致命傷は一つとして受けていない。長期戦と慣ればもちろん分が悪いのはロンドだが、ボスゴブリンに長期戦を考える知恵はなく、また根気もなかった。
「ギュルラララッ!」
苛立ったボスゴブリンは大きく後方へと飛び距離を作ると、両足に力を込める。スピードと全体重を乗せた渾身の一撃を見舞い防御の上から致命傷を与えようと考えた。
全速力で駆け出すボスゴブリン。
状態異常のせいで回避することもままならないロンド。
勝敗は決まった――かに思われたが、ロンドはここにきて新たな構えを見せた。
ショートソードの刀身を左腰に添わせて剣先をやや下へ、腰を落として左足を下げた半身の体勢でボスゴブリンを見据える――居合の構えである。
しかし、居合は相手の攻撃に合わせてカウンターを狙う構えであり、そのタイミングには寸分の狂いも許されない。状態異常を被っている今のロンドが扱えるのか疑問が残るところだった。
一歩、また一歩と、近づくごとに速度を増していくボスゴブリン。最後の一歩でロンドを間合いに捉えようとしたその時――ロンドが叫んだ。
「スキル発動――
ボスゴブリンが最後の一歩を踏み出す前に、ロンドが下げた左足で地面を蹴りつける。
つい先程までロンドの体があった場所にその姿はない。
目を見開いたボスゴブリンは――突如として口内から大量の血を吐き出した。
「ゲボワアッ! ……ギギ、ギィァ?」
ナイフが手の中からこぼれ落ち、右手で腹部に手を当てると左脇腹が大きく抉られており、大量の血が流れ出している。
微かな気配を感じてゆっくりと顔を上げて振り返ると、そこには前に立っていたはずのロンドの姿があった。
「……間、一髪だったね」
満身創痍ながら、最後の最後で切り札を出したロンドに軍配は上がり、ボスゴブリンの上半身が傷口からズルリと滑り落ちると同時に白い灰と化した。
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