第20話:ダンジョン

 一階層に降り立ったロンドは、その雰囲気に何度目になるか分からない唾を飲み込んだ。

 地面は荒野のど真ん中にあるダンジョンに即して乾いた砂や砂利が敷き詰められているが、壁は岩肌がむき出しになっており、撫でるとザラザラとして痛みを伴ってしまう。

 通路は広く取られており、パーティで潜ったとしても横並びで四人は悠々と歩ける広さだ。

 等間隔で並んでいた松明は通路には一切ない。それでも不思議なことにぼんやりとした灯りが壁から放たれており、暗闇の中を一人で歩くという恐怖はなかった。


「……よし、行くか」


 ダンジョンの生暖かく、どんよりとした空気を肌で感じながら、ロンドが歩き始める。


『――ロンド君!』

「うわあっ!」


 突如として聞こえてきた声に、ダンジョン内ということを忘れてロンドは大声を上げてしまう。


「えっ、あの、メグル様?」

『――わー、凄い! 本当に聞こえるのね!』

「ど、どうなってるんですか?」


 聞こえてきたのは経営者の部屋マスタールームにいるはずのめぐるの声。それも耳元とも違い、頭の中に直接聞こえてきた。


『――ニャルバンが、私だったらロンド君に話しかけられるって聞いたからさ! 声を掛けてみたの!」

「……そういうのは先に言ってもらえると助かります」

『――……そ、そうだよねー、ごめーん』

「いや、まあ、いいんですけど」


 困惑しながら頭を掻くロンドは、気を取り直して歩き出した。

 それでも先程までの気負いがいい感じに抜け、リラックスすることができたのでよかったのかもしれない。


「ところで、何かあったんですか?」

『――えっ? 何で?』

「だって、声を掛けてきたので」

『――あー、ちゃんと聞こえるかなって思っただけだよ?』

「……そ、そうですか」


 はぁ、と溜息をつき周囲を警戒していると、奥のフロアに何かの気配を感じ取った。


 ――ひた、ひた。


 何かの足音が聞こえ、曲がり角の奥から一匹のモンスターが姿を現した。


「ゴブリンですね」

『――えっと、一階層のゴブリンは、オートだから多分弱いよー』

「モンスターに強いも弱いもないと思うんですけど……よし、やるか」


 廻の言葉を頭から振り払うかのように頭を左右に振り、ショートソードを抜いてゴブリンを見据える。

 剣先を正面に、やや立てて構え、すり足で間合いを詰めていく。

 ロンドに気づいたゴブリンは、間合いなど考えることなく真っ直ぐに突進してきた。その右手には棍棒が握られており、頭の上で振り回している。

 呼吸が乱れないようにゆっくりと息を吸い、吐き出しながらゴブリンの動きを注視する。

 ケラケラと笑いながらお互いの間合いに侵入すると、大きく振りかぶった棍棒を振り下ろす。


「ふっ!」


 大振りの棍棒を、左足を下げて半身を取り回避、ガラ空きになった背中に袈裟斬りを放つ。

 肩口から深々と侵入して肉と骨を斬り裂き、臓腑を巻き込みながら逆の脇腹へ抜けていく。

 絶叫を上げながら二つに切り裂かれたらゴブリンはその場に崩れ落ちると、不思議なことに絶命してから数秒後には白い灰となって消えてしまった。

 その後に残されたのは、ゴブリンから出てきたドロップアイテムだ。


「ゴブリンの爪、ですね」

『――……グ、グロい』

「えっ? 何か言いましたか?」

『――ううん、何でもない、何でもないわよ』

「そ、そうですか」


 首を傾げながら、ドロップアイテムを腰に下げた袋に入れて再び歩き出す。

 道中では何度もオートのゴブリンと遭遇したが、ロンドは危なげなく斬り捨てていった。


 ※※※※


 経営者の部屋では、廻とニャルバンが椅子に腰掛けてモニターのようなものを見ていた。

 そこには上から覗き込むようにして映し出されたロンドの姿があった。


「……ねえ、ニャルバン」

「どうしたのにゃ?」

「モンスターを殺すのって、こんなにもグロいんだね」

「モンスターも生きているからにゃ。そこは仕方ないのにゃ」

「見てるだけでも気持ち悪くなりそうだわ」


 ふぅ、と息を吐き出して上を向く廻。真っ暗な空間で何もないことは分かっているのだが、一度視線をモニターから外したかった。


「それにしても、前に見た地図も凄かったけど、モニターまであるなんてビックリだわ」

「これは経営者の部屋でしか使えないから気をつけるにゃ」

「外でもダンジョンの中を見たいとは思わないわね。でも、これってお試しだから見れてるのかな?」

「違うにゃ。解放して外から冒険者が入ってきた時も見られるにゃ」


 経営者の部屋にいればいつでもダンジョンの状況を見ることができるというが、それが役に立つのかと考えると、廻にはよく分からなかった。


「まあ、冒険者を見るというよりかは、配置したモンスターの状況を見るのが一番かにゃ」

「見てどうするの?」

「経験値を獲得したのか、レベルアップしたのか、その時の状況を見ることができるのにゃ!」

「でもそれって、後からでも確認できるわよね?」

「そうだにゃ」

「……まあいっか。今はロンド君を見れて安心できるしね」


 自分の中で納得させると、廻は視線をモニターに戻した。


「……あっ! あれってランダムのキラービーじゃないの?」

「本当だにゃ!」


 今までオートのゴブリンとばかり戦っていたロンドだが、ついにランダムと相対することになった。


 ※※※※


 耳障りな羽音を耳にして、ロンドは視線を通路の奥、やや上方へ向けた。

 そこには黄と黒の縞模様が特徴的なモンスター、キラービーが複眼でロンドを凝視していた。

 尻部分からは毒針を覗かせて、空を飛ぶモンスターで制空権を取られていることもあり、新人冒険者の天敵である。


『――ロンド君! そのモンスターはランダムだから気をつけてね!』

「分かりました!」


 ショートソードを構えてその場で立ち止まる。すり足で近づかないのは、相手が空を飛んでいるからである。

 空を飛ぶモンスターへの攻撃手段を持っていないロンドにとって、キラービーは天敵中の天敵だ。相手から仕掛けてくるのを待ち、カウンターで仕留める算段を立てていた。

 キラービーは天井ギリギリまで飛び上がり、ホバリングしながらゆっくりと近づいてくる。

 そして――急降下からロンド目掛けて毒針を突き刺しにきた。

 毒針は掠るだけでも状態異常になる為、ゴブリンの時とは違い大きく後方へ飛び回避を選択。

 キラービーは地面スレスレで軌道修正して円を描くようにして上昇、ロンドの攻撃が届かない位置まで移動すると再びホバリングしながら近づいてきた。


『――だ、大丈夫?』

「策は、あります」


 ロンドはすり足で自分からもキラービーへ近づき、迎え撃つ態勢を整える。

 今回も制空権を持っているキラービーから仕掛けた。先ほどと同様に急降下からの毒針だ。

 すり足で近づいていたロンドだが、急降下が始まるやいなや、大股で後方へ移動を開始。彼我の距離が1メートルに迫った時、斜め後方に飛びながらショートソードを上段に構えた。

 すれ違いざまに羽音が耳朶を震わせるが気にも止めずに、渾身の力で上段斬りを放つ。

 黄と黒の縞模様が両断されたキラービーは、急降下の勢いそのままで地面に激突し転がっていくと、壁に激突してようやく止まった。

 胴体を両断されたキラービーは、ゴブリンと同様に白い灰へと変わってしまう。

 ロンドはというと、毒針は回避したもののすれ違いざまに羽が頬を掠めて小さな切傷を負ってしまった。

 左腕で血を拭いながら、ドロップアイテムである毒針を回収して通路の先を見据える。


「確か、この先に安全地帯セーフポイントがあったはずだよね」


 一階層に降りてからここまで休む暇がなかったロンドは、自然と早足になりながら安全地帯を目指した。

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