第19話:安全対策

 ニャルバンに声を掛けてどのように試してもらうのか教えてもらう。


経営者の部屋マスタールームにはダンジョンの裏口があるのにゃ!」

「そんなの、どこにあるのよ?」

「メグルが願えば出てくるにゃ!」

「いつも通りにってことね。えーっと、ダンジョンの裏口出てこーい」

「そ、そんな感じで出て――うわあっ!」


 ロンドが言い終わる前に一つの扉が目の前に現れた。

 寝室やお風呂につながっている扉とは異なり、重厚感あふれる佇まいに独特の雰囲気を放つ両開き扉、触れてみると冷んやりとして体の芯まで冷たくなってしまいそうな不思議な感覚になる。


「……これが、ダンジョンへの裏口なの?」

「その通りにゃ! ここから入ってダンジョンを試すことができるのにゃ!」

「ほ、本当に、死なないんですか?」


 ロンドも扉の雰囲気に飲まれたのか、今からダンジョンに入るとなれば生死につながる部分が気になったようだ。


「死なないし怪我もしないのにゃ! ただ、ダンジョン内で受けた怪我の痛みとかはあるから注意するにゃ!」

「痛みはあるのね」

「それと、致命傷を受けたら自動的に経営者の部屋に転移されて傷も治るから安心するにゃ!」

「……それって、安心していいのかな。痛みはあるから、致命傷の痛みもあるってことだよね?」

「その通りにゃー。だからお試しとはいえ気をつけるんだにゃ!」

「あっ! そういえば」


 ニャルバンの言葉にめぐるはあることを思い出した。


「ニャルバン、安全なダンジョンの作り方を聞いてなかったわよ?」


 人死を嫌う廻の発言を聞いて、ニャルバンがポロリと呟いた言葉。そのことを思い出しての発言だった。


「あー、忘れてたにゃ」

「忘れないでよ! 大事なことなんだからね!」

「メグルだって忘れてたにゃ!」

「う、煩いな! 私はいいのよ、私は!」

「ずるいにゃ!」

「とりあえず! 安全なダンジョンの作り方を教えてよ!」


 頬を膨らませているニャルバンだったが、話が進まないと悟って溜息交じりに語り出した。


「ダンジョンの中に安全地帯セーフポイントを作るのにゃ!」

「安全地帯?」


 初めての言葉に首を傾げる廻。


「ダンジョンの中は基本的にモンスターが其処彼処そこかしこにいるのにゃ! だけど、そんな中でモンスターが現れない場所のことを安全地帯って言うにゃ!」

「そんな場所を作れるの?」

「作れるのにゃ! メニューのダンジョン項目を開くにゃ」


 言われた通りにメニューからダンジョンを開くと、各階層の状況を見ることができた。

 まだ五階層までしかないので少し寂しい画面になってしまったが、一階層から四階層まではほぼ同じ広さをしており、五階層だけがやや広くなっている。


「この中から、安全地帯にしたいフロアを選択するにゃ!」


 言われるがまま、廻は一階層の階段手前のフロアを選択する。

 すると、フロア全体が灰色になっていたのだが選択した場所だけ白く光り出した。


「ここが安全地帯になったってこと?」

「その通りにゃ! それにしても、ボスの手前に安全地帯を持ってくるなんて、メグルもなかなかやるのにゃ」

「そうなんですか?」

「そうだにゃ! 強いボスの手前で準備を整えたいと思うのは当然なのにゃ! だから、ボス手前に安全地帯を作る人は多いのにゃ」

「安全地帯を作る人って多いの」

「ほとんどの人が作ると思うにゃ。それと、だいたい区切りのいい階層で作る人がより多いかにゃ。五階層、十階層、十五階層とかだにゃ」


 廻もそうだが、やはり区切りに合わせて強いボスを配置するのはセオリーのようで、その手前に安全地帯を作るのもセオリーだと言う。


「ダンジョンの中に数は多くないけど、ところどころに作る人は多いにゃ」

「へぇ、そうなんだ」


 そう言って少し思案する廻だったが、数秒後には顔を上げて他の階層にも目を通し始めた。そして――。


「それじゃあ、こことここと、あそことこっちに安全地帯を作りましょう」

「にゃにゃ! ちょっとメグル!」


 慌てて声をかけたニャルバンに対して、廻はきょとんとした顔を上げた。


「どうしたの?」

「安全地帯が多くないかにゃ? それだと各階層に安全地帯があることになるのにゃ」

「うん、その通りだけど」

「……にゃ?」

「……えっ?」


 お互いに見合いながら固まってしまう。


「あ、安全地帯は区切りのいいところに作るのがセオリーにゃ。各階層に作る経営者はほとんどないのにゃ」

「そうなの? でも、安全なダンジョンなら必要だよね?」

「必要だけど……にゃ〜」


 セオリーとは異なることをする廻を思ってか、あまり強く言えなくなってしまったニャルバン。

 首を傾げる廻に変わってロンドが口を開いた。


「まあ、いいんじゃないでしょうか」

「そうかにゃー」

「僕みたいな初心者にはとても助かります。冒険者として死ぬ覚悟みたいなのはしてるつもりですけど、やっぱり死ぬのは怖いですからね。安全地帯が多いのは嬉しいです」

「でもでも、あまりに手応えがなさ過ぎても人気ダンジョンにはなれないのにゃ」

「そこはモンスターの配置でカバーできるんじゃないですかね」


 そう呟くロンドの表情はやけに自信満々だ。


「ロンド君、何か妙案でもあるの?」

「妙案とまではいきませんけど、考えようによっては面白くなりそうだと思ったんです」

「そうなのにゃ?」

「はい。安全地帯がなかったり、少なかったりするとどうしても危険を最小限にして行動することが多いです」

「まあ、死んだら終わりだもんね」

「その通りです。だけど、安全地帯があれば態勢を整えて再度挑むことができます。それって、安全でもあるし、大胆に行動することもできると思うんです」

「なるほどね。今日はここまで、明日はこの下まで、みたいに制限をかけることなく進めるってことか」

「もちろん、より万全を期すならすぐに進むことはしないと思いますけど、少なからず大胆になれる冒険者は増えると思います。そして、大胆になれる分そのダンジョンにまた行きたいって思えるんじゃないでしょうか」


 ロンドの意見を聞いて、廻は何度も頷いている。最初は心配顔だったニャルバンも、最終的には笑顔を浮かべてロンドを見つめていた。


「それ、面白そうなのにゃ!」

「そうね、ただビクビクしながら進むダンジョンよりも、安全に、それでいて大胆に楽しく潜れるダンジョンの方がいいに決まっているもの!」

「あっ! でも僕の意見はあくまでも新人冒険者の意見です。上級者ではまた違った意見があると思うので、そこは検討してもらえると助かります」

「そうね。だけど何となく方向性は決まってきたかも。ありがとう、ロンド君」

「あっ、その、いえ」


 廻にお礼を言われて恥ずかしそうに頭を掻くロンド。以前の都市の経営者イメージが強いからか、未だに経営者からの褒め言葉に違和感があるようだ。


「うふふ、何だか楽しみになってきたわね」

「よかったにゃ!」

「やっぱり、一人で考えるよりも誰かと相談しながらの方が楽しいわね。ロンド君だけじゃなくて、みんなが到着したらまた色々な意見を聞いてみようかな」


 そうして各階層に安全地帯が作られると、廻のダンジョンが完成した。

 五階層までではあるが、この先についても廻の中である程度の方向性が決まったこともあり、ガチャや昇華や進化を早く行いたいと気持ちが急いてしまう。

 しかし、まずはダンジョンの試しである。

 ロンドもすでに準備万端のようで、胸部を覆うライトアーマーを身に纏い、左の腰にショートソードを差す。足もとはピッタリとした革のロングブーツを履いている。

 動きやすさを重視した装備は速さの高いロンド向けなのだろう。

 ゴクリと唾を飲み込み、両手で扉を押し開ける。


 ――ギギギギギィッ。


 耳障りな甲高い音を立てながら開け放たれた扉の奥からは、生暖かい空気と共に禍々しい気配が漂ってくる。一階層に降りる階段、壁には等間隔で松明が並びダンジョンの奥を照らしているが、最奥には光が届かずに暗闇が広がっていた。


「……行ってきます」

「う、うん。気をつけてね!」

「頑張ってくるにゃ!」


 ロンドはショートソードの柄を触りながら、ゆっくりと階段を降りていった。

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