第11話:交渉・冒険者

 経営者の部屋マスタールームに意識だけを連れて来られたロンドは、当然ながら戸惑いを見せていた。


「……えっ? ここ、何処?」


 意識だけとニャルバンは言っていたが、経営者の部屋に入ったロンドの意識は彼の姿形を明確に形作っている。

 金髪金眼、耳が隠れるくらいに長いサラサラの髪がわずかに揺れている。胸部を覆うのは傷だらけの中古のライトアーマーと、腰に下げた中古のショートソードが、新人であることを物語っていた。


「――ロンド君だね?」

「うわあっ!」


 突然背後から声を掛けられて驚くロンド。同じような経験がめぐるにもあったので、次からは気をつけようと心に決めた。


「あぁ、ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったの」

「……お、女の子?」

「私の名前は三葉みつば廻と言います。廻って呼んでください」

「メ、メグルさん、ですか?」

「はい、その通りです」


 廻は過度な警戒をされないようなるべく笑顔でロンドに話し掛ける。


「あの、どうして僕の名前を? 何処かで会いましたか?」

「ううん、私とあなたは初対面です。私は、アセッド大陸でいうところの経営者です」

「け、経営者様!」


 経営者という言葉がどれだけの効果を持っているのか、ロンドの反応を見て廻は内心で驚いていた。

 見た目でいえば今の廻は小学生である。それにもかかわらずロンドは経営者という言葉を聞いただけで目の色を変えてしまった。

 見た目が子供の経営者が他にもいるのかと思ったが、今はどうでもいいことだ。


「私は、ロンド君を雇いたいと思っています」

「ぼ、僕をですか! いや、でも、僕なんか雇っても役に立てるかどうか……」


 新人冒険者であるロンドが疑心暗鬼になるのも仕方がない。ニャルバンが言うには三日前に冒険者登録をしたばかりなのだから冒険といえる冒険もしているわけもない。


「ロンド君は役に立てます。冒険者としてもそうだけど、それ以外の部分でもね」

「それ、以外?」

「はっきり言いますね。私は経営者としては新人で、ロンド君といわば同じ立場の人間です。お金もなければ知識もない、経験なんて一切ないの」


 廻が考えた交渉内容、それはだった。

 嘘偽りを並べて雇い入れることもできただろう。もしくは良い条件だけを並べて、後からあれもこれもやってほしいと言うことだってできたはずだ。

 それを廻はしなかった。働いてもらうなら、全てを承知の上で働いてほしいから。


「私は自分のダンジョンを運営するにあたり、ロンド君を最初に雇いたいと思いました」

「……ど、どうして僕なんですか?」


 廻の想いが届いたのか、ロンドは自然と話を聞く態勢になっている。


「私は、ロンド君に冒険者としてもそうですけど、宿屋の従業員としても働いてもらいたいんです」

「……へっ?」

「ロンド君の接客能力を私は高く評価しています。もちろん冒険者としても期待しているけど、貧乏経営者としては色んな仕事を――」

「ちょっと待ってください!」


 ここにいたり、初めてロンドが大声をあげた。


「あの、僕は冒険者を目指して冒険者登録をしたんです。その前は仕事で酒場でも働いていましたけど、それと同じことはやりたくないんです」

「もちろんメインは冒険者として働いてもらうわ。だけど、解放して最初の頃は仕事も少ないだろうし、宿屋で人を雇えるようになるまでの辛抱なの」

「そ、そう言われましても……」


 冒険者に憧れて冒険者になった少年の心を振り向かせるにはこれだけでは足りないと悟った廻。そして取った行動は――。


「お願いロンド君! 私に雇われてくれませんか!」

「えっ! ちょっと、メグル様! か、顔を上げてください!」


 両手を地面に付けて、額すらも地面に擦り付ける姿勢――土下座である。

 言葉を連ねて説得できないのなら、あとは勢いしかないと考えての行動だ。


「私のダンジョン経営にはロンド君が必要なの! お願いします、私の土下座に免じて!」

「ド、ドゲザって言うんですかそれ! と、とにかく顔を上げてください! 経営者様がそんなことしてはいけません!」

「だ、だけど、私には他にお願いする方法が思いつかないの。どうか、どうかー!」


 ドラマや映画のワンシーンかのように額を擦り付ける廻。

 困り果てたロンドは一つの質問を口にする。


「その、僕なんかよりも宿屋の方が優先順位は高いと思うんですけど、どうして僕を一番最初に選んだんですか?」


 冒険者を雇う人は多い。それは廻のようにダンジョンの出来を確認する為もあるが、荒くれ者が多い冒険者が集まるダンジョンにおいて、用心棒の役割も果たしてくれるからだ。

 ただ、それは絶対に必要なものではない。絶対に必要なもの、それは冒険者が寝泊まりする宿屋である。

 宿屋はダンジョン経営においてなくてはならない施設なのだ。


「それは接客能力が高い冒険者だからです!」

「……えっ、それだけですか?」


 意外な理由に質問をしたロンドがぽかんとしてしまった。


「宿屋は確かに重要な施設です。だけど、何よりもダンジョンの人気が出なければそのダンジョンは廃れていきます。私はダンジョンの方が優先順位的に高いんです」

「それなら、僕みたいな新人じゃなくて、能力の高い人を選ぶべきでは?」

「ダンジョンが一番重要ですが、ロンド君が言うように宿屋はその次に重要な施設です。ですから、冒険者としても、宿屋の従業員としても働ける人が一番必要な人材なんです!」


 廻は地面を見つめながら声を大にして訴える。

 ロンドを雇えるかどうかがので必死の訴えだ。


「……接客ができる冒険者のどこがいいんですか?」

「最高じゃないですか! 外に行っても仕事ができるし、中にいても仕事ができる、これは素晴らしいことですよね! ロンド君を雇うことができれば、次の宿屋の店主を雇うのにも大きな武器になるの、だから私にはあなたが絶対に必要なのよ!」

「僕が、大きな武器ですか?」


 冒険者としては戦闘力が低く、接客の能力も本業よりは劣る自分が武器になると言われて、ロンドは首を傾げてしまう。

 それでも廻は捲し立てるように言葉を続けていく。


「最初に言ったように今の私は経営者としては新人で、お金もなければ知識もない、経験なんて一切ない。その中でやりくりする為には色々な工夫も必要だし、節約も必要になる。ロンド君はその工夫にも節約にも多大な影響を及ぼす役目を私のダンジョンでは担うことになるの。あなたがいなければ私のダンジョン経営は始まらないの!」


 力強く言葉を紡いだ廻は顔を上げて真っ直ぐにロンドを見つめた。

 ロンドもその瞳を見つめ返し、口を開く。


「……良い、経営者様になってくれますか?」

「えっ?」

「メグル様は、良い経営者様になってくれますか?」


 ロンドの言葉に、廻はアセッド大陸に巣くう悪い経営者がどのような独裁を行っているのか気になってしまった。

 ランキング415位のスプリング出身のロンドだが、もしかしたらスプリングの経営者は独裁を行っているのかもしれない。だからこそ経営者の敬称にを使っているのかもしれない。


「……なるわ」

「その言葉に嘘偽りはありませんか?」

「ないわ。私は悪い経営者になるつもりなんてこれっぽっちもないもの」


 視線を逸らすことなく、それでいてはっきりと言葉にする。

 廻とロンド、視線をぶつけ合うこと数十秒――ついにロンドが口を開いた。


「……分かりました」

「…………えっ?」

「僕は、メグル様に雇われようと思います」

「ほ、ほほほほ、本当ですか! やったー!」


 飛び上がって喜びを表現する廻に、ロンドはポカンとしながら固まってしまった。

 そんなロンドに構うことなく両手で手を握り感謝の言葉を口にする。


「本当に、本当にありがとうございます! 断られたらどうしようかって思ってたのよー。よーし、これで目標の半分は完了できたと言っていいわね!」

「そ、そうなんですか?」

「そりゃそうよ! ロンド君が従業員の要、交渉の要、そしてダンジョン経営の要になるんだからね!」


 ウキウキで語り出した廻の言動に慣れてきたのか、ロンドは苦笑を浮かべている。


「そうだ! ニャルバンも出てきてよ、契約成立だよ!」

「ニャ、ニャルバンですか?」

「よかったにゃー!」

「うわあっ!」


 ニャルバンが廻の隣に突然現れたことでロンドが驚きの声を上げる。モンスターとも違う存在に困惑しているようだ。


「経営者の部屋ではニャルバンが見えるって本当だったのね」

「僕はここでしか他の人と会うことができないから貴重だにゃー!」

「……えっ、えっ? 何がどうなってるの?」

「始めましてなのにゃ! 僕はニャルバン、メグルをサポートする為の神の使いなのにゃ! ロンドがメグルと契約する為に現れたのにゃ!」

「は、はぁ」

「それじゃあ早速契約するにゃ! ロンドはこっちに来て手続きを済ませるにゃ! その他にも色々説明するからよろしくなのにゃ!」


 ニャルバンに手を引かれて困惑するロンドが離れていく。その背中に廻が声を掛けた。


「ロンド君! 私は絶対に良い経営者になるから、よろしくね!」

「……はい、よろしくお願いします」


 困惑はしているものの、廻の言葉を聞いて笑顔を浮かべてくれたロンドはそのままニャルバンについて行ってしまった。


「よし、よし! 私としてはよくやった方じゃないの? 次は宿屋の店主との交渉ね!」


 ロンドという大きな武器を手に入れた廻は、次の交渉に向けてやる気を漲らせていた。

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