第12話:交渉・宿屋
ロンドはニャルバンの説明を受けて契約を成立させた。
「メグル様が良い経営者様になってくれると言ってくれたからですよ」
そう言ったロンドの姿はスーッと薄くなり、最後には消えてしまった。意識が肉体に戻って行ったのだろう。
次に会う時がロンドとの本当の対面になると廻は考え、期待を膨らませた。
冒険者が決まったことで経営の要であるダンジョンの手ごたえを確認することは可能となった。
次に交渉するべきは宿屋の主人である。
ロンドと契約してから三日後、待望の知らせがニャルバンからもたらされた。
「宿屋の主人候補が見つかったにゃー!」
「待ってました! さすがニャルバンねー!」
「えへへなのにゃー」
「それでそれで、どんな人なの?」
ワクワクしながら早く情報が見たいと催促する。
ニャルバンも自分の成果を見てもらいたかったので焦らすことなくすぐに情報を伝えた。
「名前はニーナ・ポチェッティノだにゃ!」
「ニーナさんね」
「宿屋の主人としてもベテランなんだけど、腰を痛めてからは子供に後を継がせて引退しているのにゃ!」
「ふむふむ……さすがニャルバン! 私のお願いした通りじゃないの!」
廻は満足そうに頷いた。
ロンドの時のように、廻は宿屋に関しても条件をつけていた。その条件というのが引退した主人である。
「宿屋内で動き回るのはロンド君がいるからね。主人さんには体に負担が出ないよう配慮すれば上手く回るんじゃないかしら」
「メグルは賢いのにゃー」
「全部を一人でやろうとしたら負担が大きいからね。分担できるところは分担しなきゃだよ。ロンド君の負担を減らす為にも、早く別の従業員が雇えるようにならなきゃいけないけどね」
分担することは重要だが、この場合ロンドの負担が大きくなる。本業は冒険者なので怪我をする可能性だってあるのだ。
ダンジョン経営を軌道に乗せて、早い段階で別の従業員を雇うこと、そしてロンドには冒険者として集中してもらうことが当面の目標になるだろう。
「まあ、まずはニーナさんを雇えなきゃ話にならないけどね」
「そうだにゃ。今日の夜にでも早速交渉するにゃ?」
「そうだね。引退した人だから取られることはないと思うけど、可能性は0じゃないからね」
「分かったにゃ!」
廻とニャルバンは交渉にあたり様々な話し合いを行う。条件面に関しては好待遇なのに間違いはない。重要なポイントは、ニーナの体でも満足に仕事ができると証明することだった。
若いロンドが働けるというのが、その際に重要となってくる。大きな武器を交渉材料に、廻は夜を迎えた。
※※※※
「――おやおや、ここはまあ」
ニーナは驚きはしたものの、至って冷静に状況の把握に努めている。
「こんばんは」
「あらまあ、可愛いお嬢さんだこと」
「驚かないんですか?」
「これでも驚いているのよ。でもまあ、そうねぇ」
膨よかな体格のニーナは真っ暗な経営者の部屋を一通り眺めた後に口を開く。
「昔、ここと同じ場所を見たことがあるからね」
「えっ! それって、経営者と?」
「その通り。やっぱりあなたも経営者なのね」
笑顔を浮かべながらそう口にしたニーナに対して一つ頷く。
「はい。私の名前は
話が早いと思った廻は細かな説明をすっ飛ばして雇いたいのだと伝える。
ニーナは驚いた表情を浮かべてから、困った表情に変わった。
「嬉しい申し出ですけど、私は腰を悪くしてからは仕事を引退しているのよ。もう五年になるわ」
「知っています。なので、ニーナさんの代わりに動き回ってくれる従業員を確保済みです」
「あらまあ」
今度こそ本当に驚いたのか、目を何度も瞬かせている。
それもそうだろう、主人の前に従業員から確保しているなんて聞いたことがないからだ。
「お給料に関しては全てを一人でやるよりもお安くなっちゃいますけど、それでもできる分でニーナさんに働いてもらいたいんです」
「どうして私なのかしら? 健康で若くて、できる人はたくさんいると思いますよ?」
廻はここでも正直な思いを口にした。
お金がないこと、新人で何も分からないこと、その中で節約しながらやりくりしなければならないこと。なるべく給料を抑えて、なおかつできる人選を考えなければならないこと。
その一人目がロンドであり、何故ロンドを最初に選んだのかも説明した。
「なるほど。節約、良い響きね」
「これをしないと、ロンド君の期待に応えられませんから」
「ロンド君というのは、従業員の子かしら?」
「はい。本職は冒険者なんですけど接客もしたことがあるみたいで、私にとっては経営の要なんです。彼は私との契約を交わす時にこう言いました。良い経営者になってくれますか、と」
「それで、メグルさんはどう答えたの?」
「なる、と答えました」
「そう簡単になれるとは思わないのだけど?」
「ならなければいけないと思ったから、なると答えました」
言葉の応酬、廻とニーナが問答を繰り返す。
ニーナの質問は時折廻の覚悟を試すようなものもあったが、廻は迷うことなく答えていく。
笑顔のニーナだが、微笑みの中には明らかに品定めするような鋭い視線を廻は感じ取っていた。
「――最後の質問、いいかしら?」
「はい」
緊張の面持ちでニーナの質問を待つ廻。
口を開こうとしたその瞬間、先ほどまでの笑顔が消えて真剣なまなざしが表に出てくる。
ゴクリ、と唾を飲み込んだ廻の額にはいつの間にか汗が浮かんでいた。
「メグルさんは、良い経営者になると思います。今日の話を聞いて、将来が楽しみになりました。そして、私が聞きたいのはその将来についてです」
「将来、ですか?」
「えぇ。私はもう高齢で、十分長生きしたと言える年齢です。メグルさんのダンジョンで宿屋の主人として働いたとしても、契約者の中では一番早く寿命を迎えるでしょう。良い経営者になるには、今だけを見ていてはダメ、先のことも考えなければいけないわ」
無言でニーナの言葉に耳を傾ける。
「数年はいいでしょう。でも、その先はどうお考えなのかしら?」
宿屋の主人が亡くなった時、その後のことを考えているのかをニーナは問うてきた。
「……私は、数カ月で集落を村にします。そこから自分ができる範囲で発展させます。人も集めます。宿屋にだって人を雇います。ロンド君にずっと接客をさせるわけにはいきませんから」
「彼は冒険者ですものね」
笑みを浮かべながら廻は続ける。
「数年、と言いましたけど、数年もあれば問題ありません。それまでには後継者が育ってくれていますよ」
「その後継者を育てるのは私なのだけど?」
「それこそ問題ないじゃないですか! 私は素人ですから教えられませんけど、ニーナさんになら安心して任せられますもの!」
それこそ満面の笑みで手を叩きながら答えた。
さすがのニーナも苦笑を浮かべながら、それでも廻の答えに満足したのか何度も頷いている。
「うふふ、メグルさんは面白いお方なのですね」
「そ、そうですか?」
「そうですよ。……分かりました、最後に一花咲かせてみせましょうか」
「本当ですか!」
「えぇ、メグルさんと契約いたしましょう。神の使いの方はいますか?」
廻が呼び込む前にニーナがニャルバンの存在を口にする。ニャルバンは廻の隣に現れると、ニーナの手を握って口を開く。
「……ニーナはどうして前の経営者に解雇されたのにゃ?」
突然の言葉に廻を首を傾げてしまう。
ニーナはニャルバンが聞こうとしていることを察して苦笑する。
「あの頃は色々ありましたからね。あなたが気にすることではないのよ」
「でも……」
「優しい子なのね、ありがとう。その気持ちだけで十分だわ」
「……分かったにゃ。メグルはとっても優しい経営者だから安心だにゃ! 僕もみんなをしっかりとサポートするにゃ!」
ニャルバンとニーナの中で話が進んでいく中、廻だけが取り残されていく。
その様子に気づいたニーナが苦笑しながら廻に声を掛けた。
「昔の話です。気にしないでください」
「は、はぁ」
「それでは契約に行きましょうか」
「分かったにゃ!」
結局、ニーナは過去について話すことなくニャルバンについて行ってしまった。
それでも機会があれば話を聞いてみたいと思う廻なのだった。
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