第14話:交渉・道具屋
ロンド、ニーナとここまで順調に決まった交渉だったが、道具屋の店主に関しては難航していた。
ニャルバンが数人を選んでくれたものの、交渉の段階で決裂になってしまう。ニーナの契約が決まってから五日が経とうとしていた。
「あぁー、疲れたよー」
「昨日もダメだったにゃー」
「まさか三連敗するとは思わなかった」
「ごめんなのにゃ」
「ニャルバンが悪いわけじゃないよ。私があれこれ条件をつけてるからこうなってるんだもの」
「やっぱり、研究者気質の人って研究に没頭したいのかな」
「研究しながらお店もやるのは大変なのにゃ」
道具屋につけた条件、それは店主をしながら新しい道具の研究・開発ができる人。
既存の道具を販売するだけではなく、その人にしか作れない道具などが売り出されれば、道具を目当てに人が集まると考えたのだ。
しかし現実問題として研究をしながら店を見る、ということを好ましく思わない人の方が多かった。
「今日の人が候補の最後よね?」
「そうなのにゃ。名前はポポイ・レウースなのにゃ」
「ポポイさんかぁ。……この人も男性?」
「ポポイは女性なのにゃ!」
「そっか。今までの三人が男性だったし、気分は少し変わるかな」
候補だった三人は全員男性だった。話は聞いてくれたものの、研究に没頭したいという人もいれば、家庭を持っており投げ出すわけにはいかないと言う人もいた。
人それぞれ事情は異なるものの、三連敗はさすがにこたえる。
候補も最後の一人ということで、廻は何とか気合いを入れ直すことにした。
「ポポイさんも開発の能力が高いんだよね?」
「そうにゃ! だけど、お店を見るには少し接客の能力が低いのにゃ。だから四人の中でも最後にしたのにゃ」
「そっか。でも、ニャルバンが選んでくれたんだから間違いはないだろうし、頑張るよ」
「……メグルー! なんか嬉しいにゃ!」
両手を上げて飛び跳ねるニャルバンの姿を見て、廻の表情は自然と笑みを浮かべていた。
最近は失敗ばかりだったのでニャルバンの存在はとても助けになる。
「さて、どんな人なのか楽しみだなー」
「今日で道具屋の店主も決めるのにゃー!」
「おー!」
やる気を取り戻した廻は右拳を突き上げる。
モンスターは日を重ねるごとに数を増やしており、ダンジョン解放までには経験値の実も手に入る予定だ。あとはどれだけ必要な人材を集められるか、廻のダンジョンの命運はそちらにかかっていた。
※※※※
「――あれ? 研究室じゃないよね?」
肩まで伸びた青髪の癖っ毛、丸眼鏡を掛けたポポイは見たこともない真っ暗な空間に首を傾げていた。それでも周囲を見渡すだけで驚いたり焦ったりするということはない。
「うわー! 何だここ、どこなんだろう! ちょっと探検してみようかな!」
それどころか研究者としての血が騒ぐのか、いきなり移動を始めようとしている。
「ちょっと待って、ポポイさん!」
「えっ? あなた誰ですか?」
「わ、私は
「家主ですか! では、この空間を研究する許可をいただけますか!」
「いや、えっと、えぇー!」
ポポイの予想外な性格に驚きつつ、接客の能力が低いと言っていたニャルバンの言葉を思い出していた。
「……これ、本当に大丈夫なの?」
「えっ! 何ですか何ですかー?」
「何でもないです!」
ニャルバンを信じてのことなので仕方ないのだが、不安になるのも致し方ないだろう。ポポイは今にでも駆け出しそうになりながら廻を見つめているからだ。
「と、とりあえず私がポポイさんを呼んだのは、あなたに道具屋を運営してもらいたかったからです」
「道具屋を引き受ければこの空間の研究をしてもいいんですか!」
「それは私の一存では決めかねます!」
「えー、家主ですよねー」
「家主の前に経営者なんです! 私はポポイさんに道具屋の運営と新しい道具の開発、そして販売をお願いしたいんです!」
雇いたい目的を早口で伝えた廻は、恐る恐るポポイの反応を確認する。
すると、思っていたのとは違い身体をプルプルと震わせているポポイの姿が目に飛び込んできた。
「えっ、あの、ポポイさん?」
「……ん……か?」
「な、なんですって?」
「いいんですか!」
「きゃあ!」
突然の大声に廻は声を上げてしまうが、ポポイはそれに構わず言葉を羅列していく。
「私が開発した道具を売っていいんですか! それも私の道具屋で! これは私の夢を叶えるまたとないチャンスではないですか!」
「そ、そうなの?」
「そうですよ! あぁ、何を販売しましょうか! 大爆発する火薬玉でしょうか? いやいや、それよりもリスク覚悟の超回復薬でしょうか! もしくはギャンブル性が高いパンドラボックスはいかが――」
「ちょっと待ったー!」
あまりにも恐ろしい道具の効果が口にされてさすがに廻からストップの声がかかる。
「どうしました? あっ、契約の話でしたよね。もちろん受けますとも! 私の自由にしていい道具屋を持てるなんて奇跡にも等しい出来事ですからね!」
「……ごめん、ちょっと考えさせて! ――ニャルバン!」
やる気に満ち溢れているポポイを置き去りにして廻はニャルバンを呼び出した。
突然現れたニャルバンに釘付けになるポポイだが、廻は気にすることなく問題を耳打ちする。
「……ちょっと、ポポイさんってすごく変な人なんですけど!」
「……僕もここまでとは思っていなかったにゃー」
「……そこはちゃんと調べておくべきでしょう!」
「……僕が見れるのは数字だけだから性格までは分からないのにゃー」
こそこそ喋る二人を遠目から興味深そうに眺めているポポイだったが、我慢ができなくなったのかじりじりとすり足で近づいてきた。
「そこで待ってて!」
「えぇー! 仲間外れは酷いですよー!」
「今大事な話の途中なのよ!」
「だから契約はしますよ?」
「そのことで再検討中なの!」
左手でポポイを制しながら再びニャルバンに向き直る。
「……ほ、本当に大丈夫なのよね!」
「……大丈夫なはずにゃ」
「……はずじゃ不安なのよ、はずじゃ!」
「……大丈夫だと思うにゃ」
「言い方を変えればいいってものじゃないの!」
ついには大声を出してしまう廻に対してニャルバンが後退ってしまう。
「どうしたんですか、メグルちゃん!」
「ちゃん付するな!」
「どう見ても年下なんだからいいじゃないですか! それよりも契約ですよ! 経営のことを心配しているなら安心してください!」
「えっ?」
思いもよらないポポイからの言葉に廻は何度も瞬きを繰り返してしまう。それはニャルバンも同じで廻とポポイを交互に見ていた。
「これでも実家が道具屋を営んでたから勝手は知ってるんだよね。私が少しだけ個性的な道具を作るだけであって、手伝いとかもしてたし任せてよ!」
「えっと、でもさっきまでは、言いにくいんだけど、ダメっぽい感じが前面に出てたんですけど?」
「あれも私の性格なのよ。研究対象を見つけたら先走っちゃうんです、私の悪い癖だって両親にも言われてるんですよね!」
「いや、そこははっきり言うところじゃないと思うわよ?」
ポポイと言う人間の性格が何となく分かってきた廻は、ここで決断を下すことにした。
「……不安がないって言ったら嘘になるけど、私の都合で話をさせてもらってるんだから信じるわ。ポポイさん、私のダンジョンの道具屋さんになってくれますか?」
「喜んで! はあー、これで色々な発明品を心置きなく売れるわー!」
「普通の道具も売ってくださいね! 発明品は私がチェックしてからでお願いします!」
「えぇー! ……まあ、そこは仕方ないですね」
納得してくれたのか分からない返事だったが廻は納得してくれたんだと自分に言い聞かせることにした。
「それよりもですよ、メグルちゃん!」
「ちゃん付はやめい!」
「いいじゃないですかー! 契約はしますから、この空間についても研究させてくれるんですよね!」
「あー、それかー」
廻も
「ニャルバン?」
「どうしたにゃ?」
「ポポイさんと契約をするから、その時に経営者の部屋の研究をしていいかどうかを判断してちょうだい」
「えっ! ぼ、僕にそんな権限はないのにゃ! そもそも廻が許可を出さないとこの部屋にポポイは入れないのにゃ!」
「まあまあ、説明に関しては任せたから契約をして来てちょうだい、今すぐに!」
「ニャルバンちゃん行きましょう! それで詳しい話を聞かせてください――じっくりと!」
「メ、メグルー!」
いつもならニャルバンの後を契約者がついて行くのだが、今回に限ってはポポイがニャルバンの背中を押して進み始めた。
「……尊い犠牲は仕方ないのよ」
廻は静かになった空間で一人そう呟いた。
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