第5話:経営者の部屋

 真っ暗な空間、その中で会話を続けていためぐるだがここが何処なのかがずっと気になっていた。


「神様と会った次元の狭間ってわけじゃないよね?」

「次元の狭間ではないにゃ。ここは経営者の部屋マスタールームにゃ!」

「経営者の部屋?」


 初めて聞く単語に首を傾げる廻に対して、ニャルバンは説明を続ける。


「ここにはメグルと、メグルが許可した人しか入ることができないにゃ」

「ニャルバンは何で入れてるの?」

「僕は神の使いでメグルをサポートする役目だからだにゃ!」

「……へぇー」

「その反応は酷いにゃ」


 本当に気になっていたわけではないのでそこは流すことにした廻だったが、この部屋が何のために存在しているのか、そこに気持ちが向いていた。


「この部屋では何をするの?」

「僕が出していたメニュー画面はここでしか開くことができないにゃ! だからモンスターの配置とかもここでしかできないにゃ!」

「そうなのね。それと、ここは何処に繋がっていてどうやって外に出るの?」


 周囲を見回してみても扉のようなものは見当たらず、本当にただ真っ暗な空間が広がっているだけである。外に出るにも何かしらの方法があると考えるべきだろう。


「メニュー画面にある退出を選択すると経営者の部屋から出られるにゃ! どこに繋がっているかと言うと、ダンジョンの入口に繋がっているにゃ!」

「えっ、それじゃあ退出するとダンジョンの入口に突然現れちゃうってこと?」

「そういうことになるにゃ」

「突然現れるとか、どこのホラーよ」

「ほらあって、何にゃ?」

「あー、こっちの話だから気にしないで」


 外に出れると分かっただけでも廻としてはよかった。この真っ暗な空間にずっといなさいと言われでもしたらダンジョン経営をほっぽり出して何とか外に出ようとあらゆることを試すだろう。

 人生を達観していた廻とはいえど真っ暗な空間で生まれ変わった一生をダンジョン経営に捧げろと言われて従える広い心を持ち合わせていないのだ。


「よかったら一度外に出てみるにゃ?」

「いいの?」

「いいのにゃ! まあ、何もないけどにゃ!」

「提案しといてその言い草は何よ!」

「メグルは怒り過ぎだにゃ」

「怒らせてるのはどこの誰よ! 何もなくても出るわよ! ずっとこの部屋の中じゃあ心が病むからね!」


 怒りながらも外に出ることを望む廻はニャルバンがやったように手の平を上に向けると、メニュー画面が現れた。


「外からここに戻ってくるにはダンジョンの入口前でと唱えれば戻って来れるにゃ」

「分かったわ。それじゃあ少し外の空気を吸ってくるわね」

「気をつけるにゃー」


 メニュー画面の退出を押した廻は視界がぐにゃりと歪み渦を巻いていく感覚を覚えた。酔いそうになる感覚に耐えながら視界の歪みが戻るのを待っていると、徐々に光が現れ始め――気づけばどこまでも続く荒野に一人で立っていた。


「……何処よ、ここ」


 こう何度も続いてしまうと、見知らぬ場所への移動にも廻はだんだんと慣れ始めていた。

 変に混乱することなく周囲に視線を巡らせると、すぐ後ろに洞窟の入口と思われる岩窟が口を広げている。


「これが私のダンジョンの入口ってことかな」


 移動先はダンジョンの入口だとニャルバンは言っていた。ならばそれらしきものが岩窟しかないのだからこれが入口なのだろう。

 しかしその中に手を伸ばしてみると、見えない壁があるのか先に押せなくなってしまった。


「へぇ、なんか変なの」


 先に進めない岩窟から視線を外してさらに視線を巡らせる。


「……本当に何もないわね」


 見渡す限りの荒野、こんなところに宿屋や道具屋を作ることができるのか、そもそも冒険者が集まるのかすら不安に感じてしまうくらいに何もない荒野だった。


「……戻ろうっと、ハウス」


 外に出て数分、廻はすぐに経営者の部屋へと戻っていった。


「ただいまー」

「おかえりにゃー! 早かったにゃ!」

「本当に何もないところなのね。こんなところに人が集まるのかしら」


 外に出て感じた疑問をニャルバンに聞いてみた。


「今はダンジョンの入口しかないから仕方ないにゃ。これから宿屋や道具屋を建てて、村にして町にして、最後は都市にまで発展させるにゃ!」

「えっ、そんなこと聞いてませんけど。ダンジョンを経営するだけじゃないの?」


 廻が言われたのはであって、ではない。それが村や町であれ、ダンジョン以外の経営は約束と異なってしまう。


「これも宿屋とかと同じにゃ。最初は集落程度だからちゃんとした長を決める必要はにゃいけど、大きくなればまとめる人が必要にゃ。そうなった時に長になれる人を雇うか、雇ってる人の中から長を選べばいいにゃ!」

「でも、それで受けてくれるかは分からないわよね?」

「そこはメグルの交渉次第にゃ」

「人任せにも程があるわよ!」


 廻任せや雇う人任せの発言に憤慨する廻だが、ニャルバンは仕方ないという。


「僕は基本的にメグルにしか見えないにゃ。それと、経営者の部屋から出られないからどっちにしろ他の人と交流を持てないのにゃ」

「でも、それならどうやって人選を見繕うのよ」

「これは神の使いである僕達だけの特権なのにゃ! この世界に住むほぼ全ての人の基本情報は把握しているにゃ!」

「……個人情報もあったもんじゃないわね」

「それは何なのにゃ?」


 言い返す気力ももったいないと判断した廻は何も言わなかった。その代わりに別のことを口にする。


「それじゃあ、交渉するには私が出向かなきゃいけないの?」

「そうじゃないのにゃ! 交渉の時は特別な方法があるのにゃ!」

「特別な方法?」


 怪訝な表情でニャルバンを見つめる廻だったが、先程外に出たことと、ハウスの言葉一つで戻ってきたことで、ここが本当に異世界なのだと改めて実感した。ならば特別な方法というのも本当にあるのだろうと頭の片隅では考えていた。


「交渉を希望する相手の意識だけをこちらに持ってくるにゃ!」

「い、意識だけを? それって大丈夫なの?」

「大丈夫にゃ! 基本的には相手が眠っている時に意識を持ってくるから、夢だと思うのにゃ」

「夢って、それで夢オチだーってならない?」

「よく分からにゃいけど、交渉ごとの夢は神のお告げと言われているにゃ! だからみんなが信じてくれるのにゃ!」

「そんな都合のいい話があるのかしら」

「これはこの世界の人達の思想だから仕方ないのにゃ」


 思想と言われて、海外にもあらゆる思想を持つ人が数多くいたことを思い出した。

 これはこうなのだと言われて育てばそうなるのは必然である。洗脳ということではないが、そんなものかと思えば納得もできるというものだ。


「交渉の時は相手の意識を経営者の部屋に持ってくるから、入ることをメグルが許可して初めて交渉の開始にゃ」

「わざわざ連れてくるんだから、そりゃ許可しますよ」

「たまーに忘れる人もいて困るのにゃ」

「忘れてたらどうなるの?」

「意識がこっちに来られずに彷徨い続けるにゃ。僕が見つけられないと、その人は目を覚まさなくなるにゃ」

「そんな怖いことを簡単に言わないでよ!」


 交渉をする時は入ることへの許可を忘れないようにしようと心に決めた廻だった。


「これからどうするにゃ? また外に行くかにゃ?」

「他に聞いておいた方がいいことってないのかしら?」

「一通りの案内は終わったにゃ! 後は一ヶ月の間にどれだけモンスターを集められるかにかかってくるにゃ!」


 毎日三回のノーマルガチャでどれだけのことができるのか不安な廻は、ふと気になったことを口にした。


「ノーマルガチャ以外にもガチャってあるの?」


 ノーマルと書かれたチケットがあるということは、それ以外のチケットあるはずだと考えた。


「レアガチャのことにゃ?」

「それを引かせなさい!」


 ニャルバンの口から出てきたレアガチャという言葉に、廻は飛びつく勢いでニャルバンに詰め寄った。

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