第4話:初めての経営

 耳を押さえているニャルバンの両手を掴み、さらに声を上げて詰め寄る。


「オートのモンスターがガチャから出てくるのっておかしくない? おかしいよね!」

「お、おかしくないにゃ! 名前は同じスライムやゴブリンでも、能力は違うしレベルも上がるにゃ! ランダムなら同じ見た目で一匹だけ強いとかなら意外性につながるにゃ!」

「それは! ……まあ、確かに一理あるわね」


 納得顔の廻を見てホッとしたニャルバンは、ここぞとばかりに説得を試みる。


「このスライム、中々やるじゃないかにゃ! と思わせれば冒険者も警戒を怠らなくなるにゃ! それはさっき説明した緊張感を保つことにもつながるのにゃ!」

「むむむ、なんかそんな気がしてきた……」

「弱いモンスターだからこそ育てるにゃ! 第一階層に面白味がなかったら、そのダンジョンは人気にならないにゃ!」


 掴みが大事なのだとニャルバンは力説する。

 それはその通りで、最初の掴みが面白くなければその後につながる可能性は極端に低くなるだろう。

 一番の盛り上がりを後半に持ってくるのは当然だが、掴みを面白くするのも同じくらいに大事なのだ。


「そ、それじゃあ、ライガーよりもスライムやゴブリンから強くした方がいいの?」

「ライガーはレア度2で元々がある程度強いから、最初の頃はボス候補よりもランダム候補を強くした方が後々おもしろくなるにゃ!」

「そっか! ……でも経営するにもモンスターが少な過ぎるよね。第一階層でも合計5に届いてないし」

「経営は焦らなくても大丈夫にゃ!」

「そうなの?」


 経営というくらいだ、収入になれるくらいには運営できなければいけないのではないかと廻は考えていた。


「何事にも準備期間は必要なのにゃ! 初めてのダンジョンには一ヶ月の準備期間が設けられているから、その間にモンスターを揃えて営業するにゃ!」

「分かったわ! ……あっ、でも一つ質問」

「なんでも答えるにゃ!」

「このダンジョンって何階層まであるの?」


 モンスターを揃えるにもどれだけの階層があるのかで変わってくる。

 五階層や十階層であれば揃えられそうだが、これが何十階層とかになれば一ヶ月では無理だろう。

 仮に数だけを揃えたとしても階下層のモンスターが弱ければ盛り上がらない、人気につながらないのだ。


「それは経営者のさじ加減にゃ!」

「へっ?」

「メグルが決められるのにゃ! 一ヶ月後のモンスターの状況を見て何階層までにするのかを決めるのにゃ!」

「そ、それでいいの?」

「いいのにゃ! 運営を始めてモンスターが増えたり成長したら、途中からでも階下層を開放することも可能だにゃ!」


 経営者のモンスター事情に合わせて階層を設定できるのであれば、それは経営者にとても優しいシステムだ。

 しかし、それにも落とし穴はある。


「ただし、増やせるだけにゃ。減らすことはできないから気をつけるにゃ!」

「なんで減らすことはできないの?」

「ダンジョンは成長するものにゃ! だから退化してはいけないにゃ。これは神様が決めたことだから絶対なのにゃ」

「ふーん、そうなんだ」


 よく分からないがそういうルールなのだと廻は納得することにした。

 そして、ここまでの説明を受けてある程度イメージを固めることができた。


「モンスターの配置は一度配置しても変更はできるの?」

「変更は自由にゃ」

「ふむふむ。それと、配置して開放する前にお試しすることはできる?」

「できるけどメグルが入るのは危険にゃ」

「あっ、やっぱり?」

「メグルは経営者であって冒険者ではないにゃ。攻撃してくるモンスターへの対抗手段がないのにゃ。だけど、冒険者を雇うことができればお試しもできるにゃ!」

「雇うのかぁ。それってお金がかかるってことよね」

「その通りにゃ」


 この世界のお金事情がまだ分からない廻ではあるが、現時点でダンジョンを運営できていないわけだからお金があるとは思えない。


「……ニャルバンがお試ししてくれない?」

「い、嫌だにゃ! 僕は強くないのにゃ! 殺されるにゃ!」

「スライムよりは強いでしょ?」

「よ、弱いのにゃ!」

「ふーん、そっか。それじゃあお金をどうにかして捻出しなきゃいけないのね」

「お、お金は初期資金があるにゃ」

「そうなの?」


 ダンジョン経営に準備期間があるように、経営に伴う人材を雇うために必要な初期資金も準備されていた。

 多くはないが、その中で最低限の人材を確保することも経営者の責任になるのだ。


「ちなみにいくらあるの?」

「10000ゴルにゃ!」

「それって多いの、少ないの?」

「普通くらいにゃ」

「……日本円でいうといくらなの?」

「ニホンエン? ……よく分からないにゃ」


 盛大な溜息をつく廻を見て、ニャルバンは焦り始めた。


「こ、この世界の住人の平均収入は1000ゴルにゃ! 一ヶ月分なら十人は雇えるにゃ!」

「そういうことを聞きたかったのよ!」

「そ、それならそう言って欲しいにゃ〜」


 本日何度目になるか分からないホッとした表情で呟くニャルバン。

 しかし廻は特に気にしたそぶりを見せることなく話を続けていく。


「それで、どうやったら冒険者を雇えるのかしら?」

「ぼ、僕が見繕うにゃ」

「そう、ならお願いするわね」

「それと、必要な施設もいくつかあるからそれも教えとくにゃ」

「えっ、ダンジョン経営だけじゃないの?」


 別の施設まで自分が経営するのは予想外である。そうなれば人材を数人雇わなければならなくなる。


「施設の経営は雇った人に任せればいいにゃ。その人となりを見極めるのはメグルなのにゃ」

「えー、面倒くさい。そこもニャルバンがやってよ、見繕ってくれるんでしょ」

「そ、それは無理にゃ! 僕は基本的にメグル以外には見えないのにゃ! だから交渉とかはできないにゃ!」

「……何それ、聞いてないんですけど。ニャルバンって幽霊?」

「違うにゃ! 神様の使いなのにゃ!」


 神の使いであるニャルバンは幽霊に間違われて憤慨している。しかし両手を上げて怒るその姿は可愛らしく、怒っているようには全く見えなかった。


「はいはい、それじゃあやっぱり私が決めなきゃいけないのね」

「その通りにゃ! それじゃあ必要な施設について説明するにゃ!」

「はーい」

「冒険者が泊まれる宿屋、アイテムを購入できる道具屋、最後にダンジョンから持ち帰ったアイテムを換金できる換金所だにゃ」

「……い、意外と多いのね」

「本当はもっと必要なんだけど、最低限の施設としてこの三つは必要にゃ!」


 当初の冒険者に加えて宿屋、道具屋、換金所を任せられる人となれば最低でも四人は必要だ。

 1000ゴルが一ヶ月の平均収入なので、二ヶ月がギリギリの計算になる。


「……なるべく、安い給料でも働いてくれる人を見繕ってね」

「努力するけど、それだと色々と問題が出てくると思うにゃ」

「問題って?」

「能力がある人は、その分高給取りなるにゃ。安いと能力が低くなるからお店の評判が悪くなるかもしれないにゃ」

「そうよねー。それなら……そうだ!」


 何かを閃いた廻はニャルバンに人材の条件を指定した。


「これから伸びる可能性のある若い人を中心に見繕ってちょうだい!」

「若い人、にゃ?」

「うん! 若い人だったらそこまで高給取りにならないはずだし、最初は安くても能力をつけるごとにお給料を上げていけばなんとかなるんじゃないかな!」

「そうだにゃー……それならなんとかなるかもしれないにゃ」

「本当!」

「だけどにゃ! 宿屋に関してはベテランさんを選んだ方がいいにゃ!」


 語気を強めて主張するニャルバンは言葉を続ける。


「宿屋に人数をかけられれば問題ないけど、一人で全部を見るならベテランさんじゃないとやっていけないにゃ!」

「まあ、確かにそうかもしれないわね」

「だから宿屋だけはベテランさんでお願いしたいにゃ」

「うーん……そこは要検討にしましょう。今すぐに決めなくてもいいのよね?」

「一ヶ月あるからにゃ。だけどあまり時間をかけると他の経営者に良い人材を持っていかれる可能性もあるから気をつけるにゃ。僕が人選だけは見繕っておくにゃ」

「よろしくお願いね」


 モンスターの配置、そして経営についてはある程度分かってきた。

 ここに至り、廻は当初から気になっていたことを聞いてみる。


「ところでニャルバン――ここは何処なの?」

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