第3話:初めてのダンジョン

 ニャルバンはホッとした表情を見せながらダンジョンについて説明を始めた。


「ダンジョンを経営するにあたって大事なことを説明するにゃ! まずはモンスターについてにゃ!」


 そう言ったニャルバンが肉球のついた手の平を上に向けると、真っ暗な空間に小さな画面が現れた。


「な、何これ?」

「これはメニューにゃ! ここからモンスターを配置するけど、配置にも三種類あるにゃ!」

「……なんか、本当にゲームみたいね」


 メニューを覗き込んだ廻の目の前でニャルバンがモンスターと書かれた項目をタッチすると、新しい画面に切り替わった。


「オート、ランダム、ボス?」

「その通りにゃ! オートはガチャではなくてこちらが用意したモンスターを配置できるにゃ! 選択したモンスターが無限に現れるので倒されても心配はいらないにゃ!」

「む、無限に現れるんだったら私がいる意味なんてないんじゃないの?」

「オートは無限に現れる分、とても弱いにゃ。成長することもないので雑魚モンスターと考えてくれにゃ!」

「それじゃあ、ランダムはなんなの?」

「ランダムはメグルがガチャで召喚したモンスターを配置できるにゃ! オートが現れる中でランダムに配置したモンスターがひょっこり現れるので冒険者もビックリなのにゃ!」


 これはいわゆるエンカウントみたいなものだろうと廻は解釈した。

 オート、つまり雑魚モンスターはエンカウント率が高く、ランダムは強い分エンカウント率が低い。


「ランダムは冒険者と戦うことでレベルが上がるからどんどん強くなるにゃ!」

「でも倒されたらいなくなっちゃうんじゃないの?」

「大丈夫にゃ! 倒されると一時間は使えなくなるけど、一時間経てばまた使えるようになるにゃ!」

「えっ、倒されたのに使えるの?」

「そうにゃ! それがダンジョンの良いところにゃ!」


 手塩にかけて育てたモンスターが倒されていなくなるわけじゃないので嬉しくはあるが、それで良いのだろうか。


「それだとモンスターが倒されても、まあいっかで終わらせる人が増えちゃうんじゃないの?」

「まあ、モンスターだから仕方ないにゃ」

「そんなものなの?」

「そんなものにゃ」


 命の概念が壊れてしまいそうだとメグルは思った。

 自分が死んでこの世界に連れてこられたからだろうか、死ということに異常なまでの恐怖を覚えてしまう。

 それがモンスターであっても、自分が関わることであればなるべく殺されて欲しくないものだ。


「倒されずにレベルを上げる方法もあるの?」

「モンスターを素材にしてレベルを上げることもできるにゃ。だけどランダムやボスは倒すと冒険者にも良いことがあるから狙われるにゃ。倒されないなんてことは難しいにゃ」

「良いことって?」

「強いモンスターを倒せば、良いアイテムが手に入るにゃ! 冒険者はそのアイテムを求めてダンジョンに挑むのにゃ!」


 冒険者は危険を顧みずダンジョンに挑み、強いモンスターを倒すことでアイテムを手に入れる。

 モンスターは冒険者と戦うことでレベルを上げてより強くなる。

 お互いにメリットがあるからこそ、ダンジョンというものが成り立つのだ。


「最後にボスにゃ! ボスは地下に降りる階段手前に陣取るモンスターを配置することができるのにゃ! 冒険者と戦うことでレベルが上がるのと、ランダムよりも多くの経験値を得られるからレベルも上がりやすいにゃ!」

「それじゃあ、早く強くしたいモンスターがいたらボスに配置したほうがいいのね」

「うーん、そう簡単ではないのにゃ」

「どうしてよ。レベルが早く上がるならボスに配置した方がいいじゃない」


 早くレベルを上げて昇華と進化をさせたい廻の考えは正しいのだが、それはできないとニャルバンは話す。


「階層ごとに配置できるモンスターのレア度の合計が決められているにゃ」

「そうなの?」

「一階層だと合計レア度が5までにゃ。だからレア度5をボスに配置できるけどランダムに配置できなくなるにゃ。オートが弱いのに、ボスが急に強くなると人気が出ないのにゃ」

「ボスだから強いのは当たり前じゃないの?」

「バランスが大事なのにゃ!」

「バランス?」

「ある程度の手応えを保ちつつ、ボスと戦うにゃ。そうすることで、このダンジョンは手強いにゃ、と思わせるのが大事なのにゃ!」


 キメ顔で答えるニャルバンに呆れながら、それもそうかと納得していた。

 ガンガン進んだ後に数段強い敵が現れてはやる気がなくなるのも頷けるし、ニャルバンが言うバランスも悪い気がする。


「これはあくまでダンジョンなのにゃ。難しいダンジョンじゃなくて、人気が出るダンジョンを目指すのが大事なのにゃ!」

「そっか、そこが一番大事なんだね」


 廻は経営のことを失念していた。

 ダンジョンとは難しいもの、と捉えていたがあくまでも経営なのだ。

 難し過ぎれば人が寄り付かなくなるし、簡単過ぎれば徐々に人は来なくなる。難し過ぎず、簡単過ぎず、そのバランスが大事なのだ。


「それじゃあ、レア度の合計が低い階層ではランダムとボスもそれなりで配置することが大事で、進むごとにモンスターを強くすることが大事なのね」

「その通りにゃ! その中でもやっぱりバランスを見ながら、そして時には本当に強いモンスターを配置したりすると、意外性もあってさらに人気が出るのにゃ!」

「よし! それじゃあ配置してみようかしら!」

「あっ、それはちょっと待つにゃー」


 気合を入れた直後のストップにガクッとなってしまった廻は、渋面でニャルバンを睨みつける。


「そ、そんなに怒らないでほしいにゃ! 僕は残りのノーマルガチャを引いてからにしようと言いたかっただけにゃ!」

「……あっ、そう。それもそうね」


 廻は二枚のノーマルガチャを握りしめて前に突き出し唱えた。


「オープン!」


 一枚目のノーマルチケットが粒子へと変わり、魔法陣を形成、先程と同じように弾けるとモンスターのシルエットを形成した。

 二枚目が同様に粒子へと変わっていく――が、先程とは異なる現象が目の前に広がっていく。


「あ、あれ? 白くない?」

「おぉーっ! これはレア度アップ確定だにゃ!」

「えっ、えっ? レア度1じゃないのね! やったー!」


 両手を上げて喜ぶ廻とニャルバンの目の前では白ではなく青い粒子が飛び交いながら魔法陣を形成していく。

 白の魔法陣よりも大きく弾けた青の光がモンスターのシルエットを映し出す。


「うわあっ! 白の光よりもなんか大きいかも!」

「何が出るかにゃ、何が出るかにゃー!」


 最初に姿を現したのは白い光のモンスターだ。

 人型の姿に若干の猫背、右手には廻の細腕と同じくらいの太さの棍棒を持つモンスター。


「レア度1、ゴブリンだにゃ!」

「あー、うん、スライムと並ぶ雑魚モンスターの筆頭よね」

「その通りにゃー。でも、ゴブリンだってレア度5まで進化できるからちゃんと育てるにゃ!」

「はーい」


 返事はしたものの、廻の意識はすでに青い光のモンスターに向かっていた。

 現れた姿は四足歩行の獣型モンスター。白い体毛に切れ長の青眼、唸り声が漏れる口からは鋭い牙が覗いている。


「うわー! ねえニャルバン、あのモンスターはなんなの?」

「ライガーにゃ! レア度2だにゃー!」

「初めてのレア度2!」

「……ちゃんとゴブリンも育てるにゃー」

「明日のガチャで被ったら、昇華の為に育てるわよ」


 本日のガチャでスライム、ゴブリン、ライガーを手に入れた廻は、早速ダンジョンの第一階層に配置することにした。


「オートに配置できるモンスターはどこで確認できるの?」

「オートを選択すると出てくるにゃ!」


 廻がオートをタッチすると、第一階層でオートに選択できるモンスターが五匹出てきた。


「えーっと、何々? スライム、キラービー、アント、ゴブリン、マジシャン……ん? スライムに、ゴブリン」


 無言になる廻。

 首を傾げるニャルバン。


「……オートの雑魚に入ってるじゃん!」

「にゃー、怒らないでほしいにゃ。オートのスライムと召喚したスライムは能力が違うにゃ」

「それでもスライムはスライムだし、ゴブリンはゴブリンでしょ!」

「ちゃんと違いもあるにゃ!」

「何が違うのよ!」

「能力もそうだけど、見た目も一回り大きいにゃ!」

「……見た目? 一回り?」

「その通りにゃ!」


 拳を握りしめてフルフルと震えだした廻。

 その姿を見たニャルバンは後退りするが、逃げ場のない空間だと悟り顔が青ざめていく。


「レ、レベルも上がるし強くなるにゃ! 本当にゃ! だ、だから怒鳴らないで――」

「ふざけんじゃないわよおおおおおおぉぉっ!」

「にゃにゃああああぁぁっ!」


 廻の怒声が真っ暗な空間に響き渡った。

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