エピローグ


 その後、BigBrotherをアップデートするか廃止するか、改めて議論が行なわれました。かえってセキュリティリスクを増やす側面、その対策として、継続的にアップデートを適用するためのコスト――しかし、皮肉にも、堅下部長の不正を暴いたという実績が決め手となり、アップデートして使用を継続することになりました。システム課は、人事部や経営企画部が口を出さないこと、システム課が主導して運用を行なうこと、その分のシステム課の予算を増やすことを条件に引受けることとなりました。一抹の不安は残りますが、監査役としてはこれ以上口出しすることはありません。


 喜ばしいことに、私の元上司であった山家課長が9月から復帰することとなり、システム課長の空席も埋まるとのことです。山家課長なら、BigBrotherの運用も、もう少し上手くやってくれることでしょう。


 ちなみに、某いかがわしい部長は、配置換えの上、降格人事となったそうです。





 さて、監査役室で最初の朝礼を終えた私は、高級でふかふかな役員専用チェアに身体を埋めました。といっても、社長はじめ取締役の皆様はもっと良い椅子をお使いのようですが、どんな椅子なのか監査で確かめなければなりません。


 アルバイトスタッフの高槻さんと、係員のアカネBが私の前にやってきました。


 高槻さんは、私とアカネBの顔を交互に見てから、ぶっきらぼうに言います。


「アカネA、B。結婚おめでとう。昨日、婚姻届出したんだって?」

「はい。ありがとうございます」


 と少し照れくさそうなアカネB。私もそれに続きます。


「どうも」


 すると、高槻さんは、机にドンと両手を突いて、私に尋ねました。


「で、結婚式はいつ? ご祝儀なら百万円出すけど」

「そんなに要らないですよ。全部自分でやるので、予算は十数万円です。身内と友人だけしか呼びませんし、披露宴もやりませんし」

「ええ、お金なら出すって言ってるのに……」

「お気持ちだけ受け取っておきます」

「いいや、もうあなたたちには任せておけない。私が手配する。私にやらせて。私がやる」

「えぇ……」


 私は高槻さんに身体を揺さぶられます。何ですかね、この人。傍から見れば、アルバイトスタッフが監査役を揺すっているヤバい光景ですが……。


 ま、こうして平和な毎日を過ごせるだけでもありがたいってものです。


――これで、もう何も起こらなければ良いのですが。


 その時でした。


 電話のベルが鳴ります。発信番号はシステム課の番号――何か嫌な予感がします。


「はい、祝園です」


 電話の相手は芽依でした。


『あ、アカネちゃん! 結婚おめでとう!』

「ああ、どうも」

『で、ごめん! 助けて! アカネちゃん!!』

「……えぇ……何があったんですか?」

『人事システムがエラーを起こして、大変なことに!』

「それはシステム課でやってください。監査役の仕事じゃないです」


 監査役は現場のお手伝いはできないのです。なぜなら、監査役は使用人を兼任することはできないと法で定められているからです。


『それが、アカネちゃん二人のの結婚について登録した瞬間に、何かデータが壊れてしまったみたいで……』


 まさか、同一部署で、同一氏名の人同士が結婚したら、何かまずいことでも起きる仕様だったのでしょうか。監査役が原因で、社内システムにトラブルを起こすなんて、かなりマズい事態では……。


『――まさか、これって監査の一環!?』

「そういうわけ――いや、監査です。監査ということにします。監査に行きます!」


 ああ、もう何てこったい。


「二人とも、出番です!」


 私は二人を引き連れて、システム課へと向かいました。


 どうやら私は、監査役になってもシステムトラブルからは逃げられないようでした。




こうしす! 2024 元社内SE祝園アカネのハッキング事件 〈完〉

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小説版 こうしす! こちら京姫鉄道 広報部システム課 井二かける @k_ibuta

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