檸檬作戦🍋


「……レモンですか?」


 すると、高槻さんは声を潜めます。


「いいえ、これは黄金色に輝く恐ろしい爆弾。京都の某書店から回収してきた」

「あぁ、梶井基次郎の『檸檬』ですか……」

「そう、それ! よく知ってるじゃない」

「……いや、中学の教科書に載ってましたし」


 まあ、忘れるはずもありません。私の中学時代、檸檬に感化された同級生達の間で、近所の書店にレモンを置いていくという迷惑行為が流行ったのでした。高槻さんは私より十歳ぐらい年下ですが、彼女の世代でも流行ったのかも知れませんね。


「アレを読んで私は閃いた」

「……閃いちゃいましたか」


 何だろう、超ろくでもなさそう。



 さて、レストランで話をするのもアレだということで、大ホールに場所を移すことになりました。


 大ホールは、ぱっと見、高級な体育館という印象でした。ミニバスケットのコートを一回り小さくしたような広さの空間で、ステージもあります。体育館との決定的な違いは、キラキラと輝くシャンデリアがあることでしょうか。そして、柱と梁の接合部を面取りして作られたアーチが、手前から奥に向かって等間隔に並んでいるのも印象的です。この点は、まるで古いSFに出てくる、宇宙船のシャトル格納庫といった趣ですね。所々に円形や半円形の窓があるのも実にそれっぽさがあります。


 窓から差し込む光。その光芒の中で埃がきらめいてます。その中を私たちは歩いて行きます。ああ、鼻がくすぐったい。かつては、結婚式場、映画館、ダンスホールなどに使われていたようですが、今はほとんど使われることもないようです。さもありなん。


 さて、モーターが唸り声を上げて、スクリーンと暗幕が展開されて行きます。そして、薄暗いステージに、一筋の光が差しました。プロジェクターで投影されたパワポの画面です。


 ステージ袖から高槻さんが出てきました。神々しいその姿は、まるでリンゴの会社の基調講演のよう。こうしてみると、うっかり社長と呼んでしまいそうです。あれで、私より約十歳年下なんですから、驚きです。


「これより、オペレーション・リモーネの概要を説明するッ」

 

 前言撤回。


 そのドヤ顔に、無性に冷や水を浴びせたくなるのは私だけでしょうか。いやまあ、ここには私しかいませんが。


「あのー、素人質問で恐縮ですが、なんで、リモーネだけイタリア語なんですか」

「いいの! オペレーション・レモンじゃ、何だか響きがダサいでしょ」

「……さいで」


 この人、何となく中二病が完治してないような気がするんですよね。ツィトローノとか言い出さないだけまだマシですが。


「こほん。では、改めて。本作戦の目的は、京姫鉄道のセキュリティ対策の不備を発見することである。我々は京姫鉄道に対してサイバー攻撃を行い、内部に侵入する。まずは、システムに侵入してレモンの画像を置くこと、さらにエクストラミッションとして、データセンターに物理的に侵入し、本物のレモンを置くことを目指す」


 ふむ。わざわざレモンを持ち出してきたのはこういう作戦だからですか。まあ、やることは悪戯レベルですが、業務や列車運行を止めるレベルのことをすると、色々と大問題ですからね……。


 高槻さんは、次のスライドに切り替えます。


「作戦の基本的な手順を説明する。まず、祝園アカネ、あなたには――」


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