反異界主義者と異世界FTA

「あなたは時間にルーズな所があるわね」


 1課のホープ、秋山は垂れ目を半目にして、こちらを睨んで言った。

 僕としては良く言われるフレーズで、自分でもそう思っているので素直に謝ることにしている。


「申し訳ございません」


「謝らないで、正す気がない謝罪ほど価値の無いものは無いわ」


 秋山は目をどんよりと曇らせ、指を机にトントンと押し当てている。そうしてこっちの顔を見つめながら僕の感情を伺っているようだ。


「本当に謝罪する気がないのね」


 面倒くさい女だ。仕事はできるし見た目もできるOLの様だが、こうも性格が悪いと彼氏ができないのも理解できる。

 なぜ僕の周りにはこういう手前が多いのか。


「申し訳ございません」


「はー…もういいわ。仕事の話に移るわよ」


 そういって秋山はこめかみに手をやりながら話始めた。


「今回の案件は報告にあったように、来訪者ビジターよ。対象は2人。両者とも窃盗、殺人、放火のがかかっているわ。…ええ、何故疑いかと言うと、手口が不明だからよ。ただ、放火現場に犯行声明と考えられるカードが落ちていたことから、これが組織的な行動であることがわかったの。最後に書かれた名前から今回の犯行が2人によるものだということはわかったわ。ただ、裏にはまだ本丸が潜んでいるという訳」


「そのカードに書かれた犯行の目的は」


「この世界と異世界との自由貿易協定、すなわちFree Trade Agreement の締結を白紙にすることよ。彼らは、この世界が手に入れようとしている覇権を良しとしない。個別主義者という訳ね」


「では、最初の窃盗は」


「極秘に異世界と話合っていたFTA関連の草案をやられたわ。次の殺人は、それを取り返そうとした第5級異世界生還者が殺られたわ。放火は、その後ね」


「散々ですね」


「そうね。コテンパンにしてやられたと言っていいわ。政府や官僚は、ウチのサバイバーが取り返せずに殺されたのが原因だと言い始める始末」


 当たり前です。と言いかけたのを喉の奥に留める。

 もし、今回の件で異世界FTAが結べなくなったら。そんな責任誰だって取りたくはない。


「…それで私の仕事は索敵ですか」


「そうね。まずは現場の状況を確認。その上で敵の動向を調査よ。新橋に行って」


「新橋ですか…?」


「ウチのサバイバーが殺られたのが新橋なのよ。窃盗も放火も彼らの計画だとしても、ウチのサバイバーと戦った結果の殺人はそうではないはず。何か証拠があるかも知れない。もちろん警察や他のチームでも洗い出している最中だし、現状では手口すらわかっていないけど」


「承知致しました」


「期待しているわ」


 僕はその言葉に返事をせず、背を向け秋山の部屋から出た。

 要は、警察や他のチームより先に足取りを掴み汚名返上しろという訳だ。



 XXXXXXXXXX


 新橋駅前にあるSL広場から5分ほど霞が関方面に行った先に、くだんの現場であるビルがあった。

 5階程度の雑居ビルの4階の窓ガラスが割れている。


 僕は、周囲を見張っている若い警察官に近づいた。


「おはよう御座います。対策局2課の柊です」


 首から引っ掛けたIDを上着の内側から引っ張り出し見せながら言う。


「…ああ。 対策局の。 あれ? けど、対策局はこの件に関わらないって言ってましたけど」


「……といいますと?」


「情報が錯綜しているのかな? なんでもウチの異界関係の鑑識が調べても魔導マナ念力PKなんかが検知されなかったって。今は化学兵器の線で検査しているけど手口不明って聞きましたけど?」


 口の軽い方で助かるな。


「そこまで調査が進んでいる警察の能力の高さに驚きました」


 事実だ。僕らは味方が一人死んでいるのにまだ何も知らない。


「まあ、ウチらも対策局に負けてられないっすから」


「動き始めは完敗ですよ。規模が違う」


「そうですかね…。あ、失礼。連絡が」


 警察官が耳につけたインカムを指差す。

 僕は、軽く首肯した。

 警察官はそれを見て、インカムを軽く押した。


「はい。こちら正面です。…はい。対策局が来たら通せ。ですね。わかりました。いま、ちょうど来てまして」


 どうやら、1課が話を通せたようだ。



 XXXXXXXXXX



 4階の部屋に入ると、中は凄惨な状態であった。

 もともとは飲食店だったのだろうが、爆発があったのだろう。部屋の中心から放射線状にモノが吹っ飛び、傷ができている。そして爆発の中心地は床が抜けかけている。


「対策局です。おはよう御座います」


 僕は中で作業していた方に挨拶する。


「ああ。聞いているよ」


「現場を検証させていただいても?」


「いいさ。といっても邪魔はするなよ」


「もちろんです。協力させていただきます」


 僕はそこまで言ってから、部屋の中をぐるっと見渡した。

 30平米程度の部屋が見事にふっとんでいる。部屋の壁際に椅子や机の残骸が立てかかっている。

 しかし奇妙だ。なにも焦げていないし、煙くもない。非可燃性の爆発呪文など聞いたことがない。


 僕は部屋の隅に行き、他の人から聞こえないように小声で言った。

「’’知覚強化’’ (対称,範囲)⇒(非生物,当フロア)」


 その瞬間、脳内にこのフロアの情報が入ってくる。

 飛散した家具は木製の机が4つ、椅子が12席。1平方メートル抜けた床。床に深い跡を残すハイヒールのピンとアウトソール。

 そして、ばらばらに壁にはりついている死骸と血跡。


「…なるほどね。そういうことか」


 これはSTRストレングス型の女性の犯行だ。

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