異世界帰還者は奴隷探偵くん

@Hajikas

プロローグ 出勤前

 7月22日、5時15分。僕はのっそりと毛布から上体を出す。

 朝は苦手だ。昔、一度起きても、すぐに二度寝をしてしまっていて、よく仲間に起こされていた。


「んー…もう朝…?」


 隣で寝ている女がダルそうに呻く。少し酒臭い、こいつはいつもそうだ。


「いや、まだ寝てて大丈夫だよ」


「なんで起きるのお…」


「今日は向こうの仕事もあるから、朝早いって昨日も言ったろ?」


 大分酔っていたから覚えていないとは思っていたけど、案の定か。


「…あー、そうだった…かな。 私もう一回寝るから」


「おやすみ」


「おやすみ、愛してるよカナタ」


「……」


 隣で寝ている女…冬美はそう言いながら僕のタオルケットを奪い、眠りに落ちた。


 それを見届け、ベットからゆっくりと下りた。部屋の壁際にある洋服棚から下着、そして壁にかけてある制服を持ち、シャワー室に向かった。


「さて、今日も一日頑張りますか」



XXXXXXXXXX



 僕の一日の仕事は食事作りから始まる。朝食と昼食をまとめて作る。今日の朝食は洋風、簡単にスクランブルエッグとトースト、あとはベーコンスープだ。昼食は、カルボナーラとアボカドサラダ。

 作り終えたらコーヒーを淹れる、豆の種類はよくわからないスタバでアラスカ?とか名前がついていたものを、ペーパーフィルター用に挽いてもらったものを使う。

 僕が、このお屋敷に来たときは、料理人が2人いたが諸事情があり辞めてしまった。それから2人の仕事は僕がやることになった。


 作業が一通り終わり、ふと時計を眺めたら7時少し過ぎを示していた。


「まずいな…」


 急いで手を洗い、エプロンを脱ぎ廊下に出る。そして、お嬢様の部屋に向かいノックした。


「美鈴お嬢様、朝でございます…」


 柊 美鈴。マイクロチップを製造しているヒイラギエレクトロニクス通称HEの創業一家である柊家の次女であり、僕の主だ。


「…カナタ、あなた私を何時に起こすか覚えてる?」


 部屋の中から、不機嫌そうな声が聞こえる。


「申し訳ございません」


「謝罪を求めている訳ではないの」


「…7時です」


「では、今は何時?」


「…7時5分です」


 僕は腕時計をしない。廊下に時計はないため、感覚で答えた。どうせ正確なものが知りたい訳ではない。 

 お嬢様の部屋の扉が開き、どこか薄く青い髪と、冷たさすら感じる青い瞳を持つお嬢様が出てくる。お嬢様は扉を開いたその腕を振り上げ、そして僕の頬に振り落とした。

 頬から高い音が鳴り、そして痛みが来た。


「申し訳ございません」


「……朝食を準備して」


「…はい」


 僕はキッチンを戻り、朝食とコーヒーを取り、美鈴の部屋に運んだ。


 美鈴は部屋の中で、肌着姿になり着替えていた。思わず、持っていた朝食とコーヒーをこぼしそうになったが、すんでのところで耐え机の上に置く。

 この方はいつもそうだ。僕の存在を自分が気持ちよく生きるための道具として考えている。僕が彼女の半裸を見てどう思うかなんて考えてもいないのだ。


「机に置かせていただきました」


「わかったわ」


 それだけだ。起こす時間が5分遅れたことで叩いたとしても、自分の半裸が見られたところで見向きもしない。

 結局のところ、僕は彼女にとってモノに過ぎないのだ。

 僕はまだ痛む頬を指先で撫でながら、ゆっくりと冬美が寝る部屋に戻っていった。



XXXXXXXXXX



 自動運転技術の発展に伴い、自動車免許の取得可能年齢は14歳になった。

 僕は戸籍上、16歳だ。今年で運転を初めて3年目になる。

 バカでも運転できる自動運転車をHE社に向けて動かしながら、後部座席に座るお嬢様を目の端で見た。小説を読んでいた「1984」、欲を抱いた男女が社会にあらがい、そして全てを奪われる話だ。


「お嬢様、恐縮ながら本日私は2課の方に向かわなければなりません。帰りは冬美に手配させて頂いておりますので、彼女にご連絡をしていただきたく存じ上げます」


「……あらそう。新たな生還者サバイバー?」


「昨晩の報告書では、来訪者ビジターでした。少なくとも2人とのことです」


「……そう」


 サバイバー。異世界からこの世界に戻って来た存在。

 そして、ビジター。異世界からこの世界に飛ばされた存在。

 僕はお嬢様の奴隷をやる傍ら、悪性生還者サバイバー来訪者ビジターの対応を行う政府機関に属していた。

 

 僕の名前は、柊 カナタ。柊家の養子、第4級異界生還者、異界対策2課所属、高校2年生、そしてお嬢様の奴隷だ。

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