第9話 宇宙人の襲来です
亀の湯対策本部長の鶴田は疲れ果てて夜十一時過ぎに帰宅した。また亀の湯攻撃が失敗に終わった。たかが銭湯一つ潰せない自分が情けない。しかも相手は女ばかりの組織だ。男尊女卑気味の鶴田にはそれも許せない。
ふらふらと居間に入ったら、高校生の息子がまだ起きていて、録画した映画を見ていた。鶴田も知っている映画だった。超巨大な円盤が地球を襲う『インディペンデンス・デイ』というアメリカ映画だ。
「おい、まだ起きてたのか?」
「まだ十一時じゃん」
「『ディスカバリーチャンネル』は見てないのか?」
息子のために、良質の科学番組を録画してあるのだが。
「見てない。こっちの方がおもしれーよ」
地球のパソコンで組んだコンピュータウイルスが、宇宙人のコンピュータに感染するというバカ映画だ。ただ、宇宙人に手を振っているバカな連中を一気に上空から攻撃するシーンは鶴田も嫌いではない。亀の湯もあんな風に……待てよ……ここ鶴田は閃いた。
「そうだ、宇宙人だ!」
「何が?」
「何でもない。仕事の話だ」
円盤を飛ばすには重力波相殺装置が使える。鶴田は携帯を出し、開発部長のプライベート番号にかける。閃いたら時間など関係ない。
「……そうだ。明日までに作るんだ」
洋館で社交会の準備が進められている。有沢がテキパキと指示を出している。
「はい、お花はいつも通りそこよ。テーブルに置く分も忘れないで。それから……」
有沢はふと視線を感じた。見回すと、壁際の椅子に、いつの間にか来ていた宇賀神が座って自分を見ている。有沢は近づいていった。
「宇賀神指令、何かご用?」
「男湯鑑賞とパイ投げだけが社交会の目的か?」
「目的は社交ですが」
「そんな抽象的は答えは望んでいない。タイムテーブルを見たら毎回四元総帥が話す時間が必ずある。何を話しているんだ?」
「知りません」
「口止めされているのか?」
有沢は微笑した。
「いいえ。その時間は総帥と参加者以外は全て外に出されています」
「気にならないのか?」
「別に……そういうことを気にして、今の仕事を無くしたくありませんから。これは処世術よ宇賀神指令」
宇賀神は鼻で笑う。
「ふん、何が処世術だよ。背後で恐ろしい陰謀が渦巻いているかもしれないんだぞ。この地球を巻き込むような」
「陰謀なんかどうでもいいです。自分がどう生活できるかが重要じゃありませんか?」
「話が合わねえな」
「宇賀神指令こそ、SFアニメの見過ぎかラノベの読み過ぎじゃないんですか?」
その言葉にカチンと来て、有沢をハリセンでブッ飛ばそうとするが、ぐっとこらえる。その時、場内に警報が鳴り響いた。
「何だ?」
「何でしょう?」
スタッフの一人が有沢のところに駆けてくる。
「どうしたの?」
「大型の未確認飛行物体が出現、こちらに向かっているとのことです」
それを聞いて宇賀神が立ち上がる。
「よし、FSで叩き落とす」
「それはできません」
スタッフがやや緊張気味に答えた。
「なぜ?」
「異星人の来訪である可能性があるため、何かあるまでこちらからは決して攻撃するなという政府の公式発表もありました」
「バカな! 戦いはいつも先手必勝だ!」
「戦争しに来たとは限りませんよ」
宇賀神の携帯も鳴った。
「もしもし……分かってる。こっちでも今その話をしている。すぐに戻る」
宇賀神はそう言って、洋館から立ち去った。
「何でこんな狭いんだよっ!」
鶴田が怒鳴る。二畳ぐらいの狭い操縦室に三人がひしめき合っている。計器類と操縦機器以外座席もない。床に直座りな上暑いことこの上ない。鶴田の文句に羽尾が答える。
「重力波相殺装置は実験中ですからね、総重量を極限まで軽くしないといけないんです」
「だからって……この円盤は直径二百メートルもあるんだぞ!」
「ハリボテです。もう犬一匹乗せられません」
この任務は政府の一部にしか伝えられていない。亀の湯対策本部でも関わっているのはいつもの三人だけだ。あくまで異星人の襲来で押し通さないと、情報が漏れたらトータスセキュリティから即時攻撃される。
「なぜ私まで付き合わなきゃいかんのです?」
横瀬が顔を汗だくにしながら言う。
「防衛副大臣たるもの、あらゆる重要計画に立ち会う義務がある」
「別にそんなことありませんが」
「あとムカついた時の八つ当たり要員な」
「ええっ?」
巨大な円盤は低空を飛行し、ゆっくりと亀の湯上空に近づいている。地上の人々は、この円盤を仰天して見上げているだろう。
「一発撃ち込めばいい。その時点まで騙せればいいんだ」
鶴田はつぶやく。重力波相殺装置と操縦室、そして亀の湯攻撃のための爆弾が一発だけ。亀の湯さえ破壊できれば、あとはこの空に散っても構わない。
「それにしても暑い……脱ごう」
鶴田は上半身裸になった。軽量化のため空調もままならない。鶴田はふと視線を感じた。
「鶴田本部長は、なかなかいい体をしておりますな」
そう言う羽尾の声がして、鶴田は低く笑った。
「ふふふそうだろう。兵隊上がりの叩き上げに体格でも負けるわけにはいかんからな。日々鍛えておるよ」
「ちょっと触ってもよろしいですか」
「いいとも、触ってくれ。手触りも自慢なんだ」
羽尾は近づいて鶴田の背中や腕を撫で回した。
「おお素晴らしい……実は私も鍛えておりましてね……」
そう言って羽尾も上半身を脱ぎ始めた。
「ほほう、羽尾君もなかなか鍛えてるね」
「ぜひ触って下さい」
「おお、いいとも」
上半身裸の中年男二人が、互いに相手の体を撫で回し始める。
「おお、これはいい手触りだ」
「ああ、このうっすらと汗ばんだ感じもいいですな」
「うふふふふ」
「おほほほほ」
その様子を見て見ない振りというか、見ないように顔を背けていた横瀬だったが、何か視線を感じる。見ると、二人が自分の方をじっと見ている。
「横瀬君、暑くないか?」
「いえ、暑くありません」
「暑いだろう。顔中汗まみれだぞ」
「暑くありません」
どう見ても歯を食いしばって、必死に暑さと戦っている。鶴田と羽尾は顔を見合わせてニヤニヤと笑い合う。
「目覚めよと叫ぶ」
「神の声が聞こえますな」
そう言って二人は横瀬に襲いかかった。
「わっ、や、やめて下さいっ」
「君も脱ぎたまえ。減るものではない」
「じ、重要計画を忘れたんですか?」
「まだ亀の湯上空ではない」
二人は横瀬のワイシャツとアンダーシャツを脱がして上半身を裸にしてしまった。
「鍛えてませんな」
「醜いですな」
「若者よ、ちょっと気持ちのいいマッサージしてあげよう」
二人は横瀬の体に手を伸ばす。
「や、やめてくだだだだ大臣に言いつけますよっ!」
「今の防衛大臣は誰だよ」
「え? 山本さんに決まってるでしょ」
「今朝不倫がバレて辞めたろバーカ。知らんのはお前だけだ副大臣」
「うそっ、そんなっ」
「いいから揉ませたまえ」
「うあああああ……」
横瀬はそのまま押し倒された。
トータスセキュリティ、地下指令室では宇賀神達が大型スクリーンを見つめている。
「本当にここに向かっているのか?」
宇賀神が誰に向かってともなく言う。
「方向としてはそうなります。あと十数分で亀の湯上空です」
レーダー係が答える。
「ここを攻撃するための政府の作り物じゃないのか?」
「確証がありません。それに、あのような巨大円盤が浮遊する技術は聞いたことがありません」
スクリーンを見ていた開発室長が答えた。
「それにしても見かけがハリボテだ。先に攻撃しないと間に合わないぞ」
「あの円盤は世界中に向けて中継されています。こちらから攻撃して、もし異星人であって星間戦争にでもなったら、世界中がうちのせいにしますよ」
「くそっ……」
ハリセンで誰彼構わず叩きたいと思った時、目の前に一人の隊員が来た。機構制御室の鈴木という女だ。
「どうした鈴木?」
「宇賀神指令、わたくし今日限り、トータスセキュリティを辞めさせていただきます」
そう言って辞表を出しかけたが、直後にパッカーン!と音がして宇賀神のハリセンが鈴木の顔面に炸裂した。
「今そういう話を持ってくるなっ!」
鈴木は全く動じない。
「いえ、今だから持ってくるのです」
どういうことだと訊こうとした時、もう一人来て宇賀神の前に立った。資材部の佐藤という女だ。
「何だ佐藤は?」
「わたくしも今日限り、トータスセキュリティを辞めさせていただきます!」
そう言って辞表を置いた。宇賀神は怒ってハリセンでコンソールを叩きまくった。
「ふざけんなてめーらっ! あんなクソUFOに怖じ気づいたのか!」
「UFOではありません」
「我が母船であります」
「何だと?」
二人は同じような真面目な表情で、同じように並んでまっすぐ立っている。
「知らないのも無理はないですが」
「地球には既に多くの我々の仲間が潜入しています」
「目標はもちろん地球の植民地化」
「その合図は母船である巨大円盤の来訪」
「今がその時であります」
「地球人は我が星に降伏すべきです」
「我々の科学力には勝てない」
「さあ、シリウスの光にかしずくのです」
「ベガの光を崇めなさい」
「ちょっと待て。シリウスとベガじゃ全然違うじゃねーか!」
宇賀神のその言葉で二人は顔を見合わせた。
「シリウスでしょ?」
「ベガです」
すると、鈴木が何か聞き取れない言語で話し始めた。佐藤が顔をしかめる。
「何? 何言ってるか分からない」
そして佐藤も意味不明の言語で話し始めた。二人は言い争いになったが、互いの言語が全然違うということは、傍らで聞いていても分かった。要するに二人の星は違うのだ。佐藤が怒って地球語で怒鳴る。
「ええい分からない! 地球は我々、シリウス第三星人のものだ!」
「何言ってるの! ベガ星人のものよ。紀元前から地球に潜入してるのよ!」
「こっちは恐竜時代から潜入してるぞ!」
激しい言い合いになったので、宇賀神がキレて怒鳴りつける。
「うるせーっ! ケンカなら外でやれバカモノ! 今すぐあっちへ行けっ!」
その剣幕で二人は宇賀神の前から離れたが、離れたところでまた言い争いを始め、取っ組み合いのケンカになった。宇賀神は元のように椅子に座る。
「FS部隊は待機しておけ。すぐにも出撃できるように」
そこに携帯が鳴った。宇賀神は不機嫌そうに取る。
「宇賀神だ……なんだ有沢か……社交会どころじゃないだろ……やるぅ? 正気か? ……支援なんて出せるか! こっちはそれどこじゃない!」
そう言って携帯を切った。この状況で社交会を予定通り開催なんて。だいたいこんな時に亀の湯に客が来てるとも思えない……ということは、それが目的じゃないのか? 最終決定をするのは四元だ。中止の指示がないということは、今回の件と関係があるのではないか? 宇賀神は黙って考えを巡らせるが、どうも何も思いつかない。
地上オフィスも仕事そっちのけでテレビ中継を見ていた。円盤の進行方向が、地図と一緒に出ている。佐倉が神野に訊く。
「宇宙人って、どんな姿なんでしょうね?」
「うーん、少なくとも、昔のイラストみたいなタコ型じゃないだろうなあ」
神野はテレビ中継から目を離さず答えた。
「男女があるんでしょうか?」
「遺伝子の多様性を生み出すなら……やっぱりあるんじゃない?」
「男同士だったら神野さん萌えますか? 宇宙人でも」
当然ながら神野は不機嫌になって佐倉を見る。
「あんたね! 私との会話はどうしてもそういう方向にしたいわけ?」
「いえ……その、そんなことないですぅ。素朴な疑問ですぅ」
「その『ですぅ』ってのやめてくんないかな。聞く度にイラっとするんだけど」
「えー、口癖だからしかたないですぅ」
中継で繰り返されているのは、ひたすら、こちらから危害を加えないことだった。
「ふふふふふ、間もなく予定ポイントだ」
鶴田が汗だくでスマフォを見ている。
「スマフォで……ハァハァ何してるんですか?」
先ほど二人に揉みまくられてまだ上気している横瀬が訊く。
「お前アホか! GPSで位置情報を確認してるに決まってるじゃねーか」
「えっ? そういう機器積んでないの?」
「積んでないんだよ。予算も時間もないからね」
不機嫌そうに答えたのは羽尾だった。鶴田がニヤつく。
「よーし、亀の湯上空に到着。羽尾、爆撃用意!」
「了解!」
その時、鶴田のスマフォがいきなり音を立てた。通話用の着メロ、ユーミンの『中央フリーウェイ』だ。相手は防衛長官。
「くそっ、なんだこんな時に」
鶴田はスマフォに出る。
「もしもし……ええっ? そんなバカなっ!」
鶴田は冷や汗をかく。といっても既に汗だくなので見ていてもよく分からない。
「どうしたんです?」
羽尾が訊く。横瀬も何事かと身を乗り出す。
「円盤がもう一つ、すぐ後ろにいるんだと」
「見えませんが」
「そりゃ、ここには窓がないからな」
「援軍ですか?」
「そんなわけない……つまり……本物だ」
「ええっ!」
二人は同時に驚いた。その直後、激しい衝撃が襲いかかった。すぐ後ろに迫っていた同じぐらいの黒い巨大円盤が衝突したのだった。亀の湯対策本部のハリボテ円盤はそのほとんどが破壊され、衝撃であらぬ方向に漂い始めた。重力波相殺装置に頼っていて推進装置が弱いため、ほとんど制御できないまま飛び去っていく。
佐倉達は外の歩道に出ていて、呆然と上空の事態を見ていた。最初の円盤が亀の湯上空で停止し、しばらく浮遊したままだったが、後から来た円盤に追突されて吹っ飛ばされてしまった。
「操縦ミスでしょうか?」
「それにしても、最初の円盤がすぐ壊れちゃったね」
後から来た円盤は上空に停止しているが、全体が黒い上に、陽も傾いてきたため、円盤であるという以外に形が定かでない。佐倉達は走って亀の湯前まで移動した。見ると、亀の湯からまっすぐ延びる道路のほぼ真上に円盤が浮いていた。
しばらくして、円盤の下中央に、円形の光が点った。そこから小さい光る円盤が降りてきた。その上に十体ばかり、人型の生物が乗っていた。遠目ではよく分からないが、頭まで覆う宇宙服を着ているようだ。中の顔などは見えない。佐倉は驚いて指さす。
「じじじじ神野さん、あれあれあれあれ」
「分かってるよ……何でこんなところに降りてくるんだろ」
「お風呂にでも入りたいのでは?」
佐倉の言葉に神野があきれる。
「あんたはどうしてそういう素朴な発想しかできないの!」
しかし、あながち外れでもなさそうだった。小さい円盤は亀の湯前の道路に降り立ち、十体の人型生物は、そこから降りて亀の湯に向かって歩き出した。宇宙服らしき衣装は、夕方の光を反射している。
「亀の湯に来るの? ……まさか」
その時、佐倉の携帯が鳴った。見ると宇賀神からだ。
「はい佐倉です」
『宇宙人どもを阻止しろ。どうやら亀の湯に向かっている』
「えっ? 阻止ですか? ……お風呂ぐらい入れさせてあげたら?」
『今しがた社交会が始まったんだよ。亀の湯に客がいるか分からんけどな。とにかく宇宙人が風呂場に乱入するのはまずい』
「あの……女湯に入るかもしれませんが」
『ほう、お前にしてはいい指摘だ。でも確率五十パーセントではダメだ。阻止せずとも時間を稼げ。世間話でもしてろ』
「宇宙人語なんて分からないですぅ」
『ジェスチャーでもいいから何とかしろ! 神野に変身芸でもやってもらえ』
「あ、それいいですね」
電話が切れた。佐倉は隣の神野に話しかける。
「神野さん、宇賀神指令から仕事ですって」
「え? 私も?」
佐倉は神野と一緒に、こっちに向かってくる一団の方に向かって歩き出した。
「亀の湯に入らないよう、時間を稼ぐそうです」
「何でこんな状況で社交会をしてんだろ」
歩いてくる二人に気づき、一団が足を止めた。佐倉は何か話しかけようとして、緊張して固まってしまったが、何とか言葉を絞り出す。
「あ……ハ、ハロー……」
「なんで英語なんだよ」
神野がツッコミを入れる。相手は佐倉の言葉に反応しない。今度は神野が話しかける。
「こんにちは」
すると相手の一人からくぐもった声がした。
「こんにちは」
声はちゃんと宇宙服の頭の位置から出ているようだ。フードが黒いので顔は見えない。
「どちらに向かうのですか?」
神野が訊くと、相手の一団が全員、手を上げて、まっすぐ前を指さした。つまり亀の湯だ。ちなみに指は五本ある。人間と同じだ。
「あのう、今はまずいです。貸し切りです」
ここで緊張がやや取れた佐倉が尋ねた。
「男湯ですか? 女湯ですか?」
「男湯」
「それは……やっぱりまずいですね」
「我々は地球文化を研究しています。公衆浴場は我々の文化にはありません。非常に興味深いので、入らせていただきます」
「あのう、他の場所にも銭湯はありますが」
「いや、そこでなければダメです」
困った……こうなったら宇賀神が言ったように、神野の変身芸でも見せるしかない。
「あのう、神野さん、ちょっと」
こういう時のために、定期入れに仕込んでおいた雑誌の切り抜きを取り出す。裸のイケメン男性二人が抱き合っている写真だ。佐倉はそれを神野の目の前に突きつける。神野は特に反応しなかった。
「下半身は?」
「へ?」
佐倉は写真を見直すが、確かに写真は腰から上しか写っていなかった。
「あの……これじゃ、ダメ……ですか?」
「せめてこういうのを持ってきなさいよ」
そう言って、神野が佐倉に見せつけたのは、全裸全身無修正局部丸出しで二人の男性が絡み合っているものだった。佐倉の顔がたちまち赤くなる。
「あ、い、いやっ……フケツ」
その反応に神野は怒り出す。
「何がフケツだよっ! だいたいこんな状況で何しようとしてるんだっ!」
「あの、その、神野さんに変身芸見せてほしいですぅ。地球のサプライズで」
「ゲイが好きでも私の変身は芸じゃないっ!」
その時、一団の一人から声がかかった。
「ちゃんと許可は取ってますから」
二人は慌てて一団の方を見る。
「え? 許可?」
「はい、プレジデント・ヨツモトから」
「それは……四元総帥?」
「はい、こういう姿なら歓迎すると」
そう言って、全員宇宙服のヘルメットを外した。二人を含め、周囲で見ていた人々も仰天する。地球人の顔。しかもブロンドの髪で全員超美形男子が揃っていた。
「うわ……ち、地球人そっくり」
「違います。我々は身体形状を自在に変えられるのです。プレジデント・ヨツモトの要望で、地球人にとっての美形でぜひ亀の湯に入っていただきたいと」
それで社交会は予定通り開催されるのか。神野は納得する。しかし、なぜ四元総帥が宇宙人と交渉できるのだろうか?
「あのう、銭湯の入り方は知ってますか?」
神野の疑問には構わず、佐倉が無邪気に訊く。
「研究はしてるので大丈夫。湯船に入る前はまずかけ湯をする」
「タオルを湯船に入れないで下さいね」
「分かっていますよ。じゃあ」
そう言って、一団は亀の湯に入っていった。
「うーん、分からん」
神野がつぶやく。
「何が分からないんですか?」
「どうして四元総帥が地球代表みたいになってるの?」
「さあ……」
佐倉も気にならないではなかった。そういえば以前、四元総帥に個人的にお茶に誘われた。また誘われるかもしれないので、その時に訊いてみようか。それともそういうことを訊いたら怒られるだろうか。そういえば前に何か引っかかることがあったのだが、思い出せない。
「さあ、本日は特別なショー。異星人の素晴らしい能力による造形美をご堪能いただきましょう!」
有沢が得意そうに紹介すると同時に、大スクリーンに映し出された亀の湯の脱衣所に、美形の男性陣が入ってきた。正しくは異星人が地球の男性に化けているというものだ。それでも普段とは一味違う超イケメン揃いに会場内がどよめいた。
「おおっ!」
「素敵~」
「さすが四元総帥、お目が高いっ!」
そしてイケメン達はそれぞれ銀色の宇宙服を脱ぎ始める。上半身も鍛えられたかのように締まっていて、筋肉の形も美しい。参加者が身悶えして
黄色い声を上げる。
「きゃあ~!」
「いいーっ!」
「カメーっ!」
「早くカメさ~ん」
そして次々と下半身まで露わになったが、それに連れ場内が静まってきた。股間に亀はいなかった。その代わり濃く短い緑の毛に包まれて、かわいい目とやや長めの黒いくちばしのある頭がそこにあった。
「あ……あ、あ、あれ何?」
「えー嘘……カメちゃんじゃないよ~」
「いや~ん」
スクリーンの向こうで携帯の鳴る音がした。超イケメンの一人が取る。その声も会場内に届いた。
「あーもしもし。あ、どうもどうもプレジデント・ヨツモト。私です。便利ですなあ地球のスマートフォンというものはハッハッハ……ええ、今脱いで入るところです。どうです大ウケでしょう……え……違う? 何か違います? …………股間にあるのは鴨じゃない? ……亀だって?」
その声を聞いて、会場内のほぼ全員がひっくり返った。
「なんじゃそりゃあ!」
「ふざけんなあああ!」
「うおおおおおおお!」
一人がパイを手にダッシュしてきて、有沢の顔面に炸裂させた。それを真似て、次々とパイを手に有沢に突進してくる。
「や、や、やめてーっ! い、い、今修正しますからーっ!」
パイまみれになった有沢が必死で叫ぶ。スクリーンの向こうではまだ一人が電話をしている。
「あー分かりました。至急亀に変えますんで。どうもすんません」
そう言って電話を切った。
「おーい、股間を亀にするんだってさ」
「え? 何ですかそれは?」
「そんな生き物うちの星にはいないっす」
「じゃ、待てよ今ググるからさ」
そう言って、スマートフォンを手に何やら探している。他の人も集まってきてのぞき込んでいる。
「地球文明は便利ですな」
「この亀でいいのでは?」
「いや小さいな、やはりデカい方がいいぞ」
「じゃ、これにしよう」
そう言って全員スマートフォンから離れた。同時に股間の鴨が変化して、足の太さと同じくらいのゾウガメの頭になった。
「なかなかよいですな」
「うむ。地球人としてたくましくなった気がするな」
そう言い合って、顔の付いた太いヤツをブラブラさせながら浴場に入っていった。スマートフォンが鳴ったが遅かった。全員何も持たず中に入った後だった。
社交会会場内では、参加者が怒りを通り越して虚脱状態になっていた。誰も何もしゃべらず、床に座り込んだりしている。
そこに四元が来て、壇上に立ち、マイクに向かって話しかけた。
「まことに申し訳ない。しかし大目に見ていただきたい」
その声で、参加者の怒りにまた火がつく。一人が立ち上がって訴えた。
「四元総帥、もう限界です! 私達はいつまでこんなお遊戯を続けていなければいけないんですか? 一刻も早く真実を公表し、トータスの時代を取り戻すべきではないのですか?」
四元はしばらく間を空けてから答える。
「時期尚早です。今公表しても、あらゆる手段を使って潰されるでしょう」
「しかし、こうして宇宙からの訪問者も来るようになったのです。時間がないとは思わないのですか?」
四元は目を閉じた。そしてしばらくして再び目を開く。
「そうですね……確かに時間がないかもしれません。近々臨時総会を開催して決定しましょう」
会場内は納得したようだった。
風呂上がりの宇宙人達が円盤に戻り、それが飛び去ってから、佐倉と神野は今回の件を宇賀神に報告した。報告を聞いて、宇賀神は腕を組んで考えている。
「連中は確かにプレジデント・ヨツモトと言ったのか?」
「はい」
「さっき有沢とも連絡を取った。連中は四元総帥と電話で話し合っていた。仲も良さそうだったと。もう一つ気になることは、参加者が言った『トータスの時代を取り戻す』ことだそうだ。何のことか分からん」
「指令は、トータスグループの成り立ちとか、知らないのですか?」
佐倉が訊く。宇賀神はうなずいた。ちなみにホームページに載っている沿革はあくまで表向きの業務である企業向けセキュリティと女性向け防犯ビジネスについてだ。佐倉もそれしか知らない。
「知らん。女性実業家の秘密結社で、洋館を舞台に亀の湯を使った社交会で結束を図る。それを守るのが至上の任務であるということで、あたしは国防軍から引き抜かれた。あそこにいたって女性は出世しないからな」
「『トータスの時代』とは、女性中心の時代のことでは?」
そういう神野に、宇賀神は鼻で笑う。
「バカな……それならあんなゲスな社交会などやるものか。男の股間に亀だぞ。チンコ時代かっての」
「でも、それを我が物のように愛でているんですよね。つまり亀を支配する時代ということです」
「なるほど、しかし違う……」
違うと思う、程度の自信でしかないが。
「あ、もしかして……」
佐倉が何か閃いた。
「古いものを大切にする時代では?」
「ほう、その根拠は?」
「昔のパン焼き機って、パンを入れる穴が上に二つあってそこに差してたんですよね。でも、今は前に扉があって、パンだけじゃなくてグラタンとかも……」
言い終わらないうちにパァン!と音がして佐倉の顔面にハリセンが飛び、佐倉はひっくり返る。
「トースターじゃねえっ!」
「ひーん……すいません。ウケると思ったんですぅ」
「このアホが!」
ここで神野が口を開く。
「臨時総会があるそうですね」
「そうかい」
「……いえ、それを聞けば何か分かるのでは?」
「あれは会員だけだ。プランニングの連中も参加できん」
「盗聴してしまうというのはどうでしょう?」
それを聞いて、宇賀神がニヤッと笑った。
「なるほどそりゃ面白い……やってみるか」
同時に佐倉をにらむ。
「おい、誰にも言うなよ……何かお前は口が軽そうで危ないな」
「い、いえ、言いません。多分言いません」
「多分かよ!」
「いえ……絶対」
「よし」
そこに、鈴木と佐藤が並んでやってきた。
「あのう……」
「私達は何をしてたんでしょうか?」
「どうもケンカをしていたらしいんですが、二人で転んで頭打っちゃったみたいで」
「直前のことを何も覚えていないのです」
「なんでケンカしてたんですか?」
それを聞いて、宇賀神が鼻で笑う。
「どうせ好みの男の違いとかだろう。お互い気にするな」
当然、二人は潜入した宇宙人だなどと伝える気はなかった。
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