15:未来語り

 本部によって「リィリャ戦役」と名付けられた戦いは昼過ぎに始まり、夕暮れ時に終わったという。振り返ってみれば、ほんの数時間。だが、我らリィリャ竜謡騎士団のこうむった被害は甚大であり、各村々でも少なからず損害が出ているそうだ。

 それらの報告を、俺は街の病院の一室で聞いた。何しろ気が付いた時には、既に戦いの終わりから一昼夜が経過していたのだ。護衛部隊と合流したラドにリィリャまで運ばれ、滑走路に着陸してすぐ病院に護送されたそうだが、完全に意識が飛んでいたので、何一つ記憶にはない。

「兎にも角にも、無茶を押し通したものだな」

 俺が目を覚ましたのは深夜のことだったが、ほとんど即時と言っていいほどの早さで駆けつけたファースは、長い報告の最後をそう締めくくった。幸いにして個室であるので、会話に余計な口を挟まれることもなく、情報伝達は容易に済んだが。

「『無茶』ね。否定はできないが、その甲斐もあったろう?」

 未だ左腕は、じくじくと痛んでいる。右肩だけを軽く上下させてみせると、ファースは重々しく息を吐いてみせた。

 ウォルドロンを乗せたユガーネが東方の戦線維持に多大なる寄与を果たしたことも、他でもないファースの口から聞かされたことだ。もし俺とユガーネだけで出撃していた場合、東方戦線の崩壊か、〈翼虎〉の特異体発見の遅れによるリィリャ壊滅か――そのどちらかが現実のものとなっていた可能性は、決して低くない。

 ……まあ、あの場でラドやウォルドロンの運用を発案したのは、俺ではないのだが。ここで敢えて言う必要もないので、黙っておくこととする。

「結果で過程を正当化しようとするな。お前はそうやって周りを黙らせることに躊躇いがなさ過ぎるから、あちこちから睨まれる羽目になるのだ」

「生憎と、手段を選べるような身分じゃなくてね。お説教は結構。それで? 俺たちの処遇は?」

 とっとと話せ、と暗に急かすと、ファースは一層に厳しい表情を浮かべた。一目で子供が泣き出す、お決まりの強面だ。

「部外者を独断で部隊に組み込み、運用したことについては、緊急事態ゆえ不問に処すと決まった。ユガーネは負傷により北病棟に収容中。イレイン・ウォルドロンも疲労と魔力の枯渇の為、南病棟に入院している。ラドユィカは……」

「そこに巣を作っている、と」

 俺の寝ている寝台のすぐ脇の床は、毛布や敷布が無造作に重ねられ、さながら鳥の巣にも似た様相を呈している。その中に埋もれるようにして、白金のこどもが丸くなっていた。明かりを点けても起きる気配が微塵もないところを見るに、相当深く寝入っているらしい。

 聞けば、俺が運び込まれて以来、ずっとそこにいたのだそうだ。看護師が別室に移そうとしても頑なに拒み、已む無く毛布の類を与えて居場所を作ってやったらしい。眠りの深さは、その無理ゆえのこともあるのだろう。全く、跳ねっ返りで困る。

 頭の痛い話だが、この病院での最初の仕事は、ちびが世話を掛けたと詫びに行くことになりそうだ。

「第九竜騎小隊の他の人員の状況については、これに纏めてある。後で読め」

「お気遣い感謝するよ」

 差し出された書類を、右手で受け取る。起き上がって胡坐をかいた膝の上に乗せ、ぺらぺらと流し読みしてみたが、幸い死者はなく、今後に差し支えるほどの重傷を負った者もいないようだ。

 むしろ、八面六臂の活躍をしてみせたユガーネこそが、最も重傷にあたる――騎乗していたウォルドロンは、かすり傷程度で済んだ――らしい。奴も不慣れな者を背に乗せていた割には、よく働いたということだ。後で差し入れでもしてやろう。

「退院が可能になり次第、お前にはまた詳細な報告をしてもらうことになる。覚悟しておけよ」

「またお歴々のお相手か……」

 面倒だ、という本音は呑み込んでおく。ここでもう一度、余計な説教を食らいたくはない。

「どうせ、入院中は他にすることもない。精々報告内容を纏めておくとするさ」

「ああ。……今回は最悪の事態こそ避けられたが、死者も負傷者も少なからず出ている。ゼセンタデナ一派の動向についても、改めて報告を上げて、調査を検討せねばならん。しばらくは慌ただしくなるだろうな」

「人事不省の欠員を補うべく、誰かと組めという要請なら、お断りだが」

 先んじて言っておくと、ファースは再びため息を吐いた。よくよく陰気な顔ばかりする奴だな。

「今回は、相方を喪った竜や〈竜謡士〉も複数出ている。部隊の再編と再建が急務だが、どこまで思い通りにいくのやら。……奇しくも、お前たち第九竜騎小隊独自の利点は、今回の件で立証された形だ。唯一無二として鍛え上げられた部隊は強力ではあるが、融通の点で言えば問題も残る。どちらかが不在となった時点で意味を失うのでは、それこそ安定性に疑問があるといわれても仕方がない。組織の中にはお前たちのような要素も必要であると、今後は容認する方向に流れるだろう」

 ファースが肩をすくめる。

 先ほどの書類の戦果報告欄の記述によれば、我らが第九竜騎小隊の部隊員は軒並み奮戦し、村落の防衛や戦線の維持などで、大いに貢献したらしい。これで「戦力に数えるには不安定である」などという腹立たしいこと極まりない言いがかりにも、大手を振って反論することができる。

 それに大規模な竜騎小隊の再編ともなれば、お偉方も強硬にたった一人、或いは一頭の相方を定めることの短所にも、目を向けざるを得まい。全てが俺たち第九竜騎小隊のような編成になるべきだとは言わないし、もちろん言うつもりもないが、後ろ指刺されない程度の寛容性は欲しいところだ。

「今更ではあるが、ありがたいことだな」

「だが、決して団の方針としての『推奨』が撤回された訳ではない。あまり大手を振るなよ」

 じろりと睨みつける眼差し。今度は俺が肩をすくめる番だった。

 忘れず釘を刺してくる周到さは、実にこの男らしい。もっとも、第四大隊長の立場とすれば、人となりがどうであるかに関わらず、規則を順守するよう警告せねばならないものなのだろう。

「心配するな、俺は謙虚が服を着て歩いているような人間だ。安心しておけ」

「抜かせ。……まあ、そんな軽口を叩けるのなら、もう心配も要るまい。大人しく休んで、早く傷を治せよ」

「言われずとも」

 短く答えて、仕事に戻るというファースを送り出す。こんな深夜までもとは、ご苦労なことだ。

 ファースが出て行くと、途端に部屋の中は静かになった。病院の職員たちは、まだ大量に出た負傷者の診療に追われているのだろう。遠く慌しげな物音も聞こえるが、この静寂を中和するには至らない。

 俺の身体も、まだお世辞にも余裕のある状態だとは言えないが、如何せん目が冴えてしまっていた。もらった書類でも読んでいようかと考え、ふと、床には熟睡しているこどもがいたことを思い出す。

 沈黙。思考、数秒。

「……二度寝するか」

 よほど良い部屋を割り当てられたらしく、天井の夜光石灯は、ちょうど寝台の頭上の壁に埋め込まれた対の石で遠隔操作することができた。灯りを落とし、書類を傍らの机に乗せ、寝台に横になる。

 目が冴えたと思ったのは気のせいだったのか、睡魔はすぐにやってきた。



 自分以外の気配を感じると、反射的に意識が覚醒する。それは一種の職業病のようなものだった。

 そうして、目覚めた朝。目を開けて真っ先に視界に飛び込んできたのが、あの青く煌く灰の眼だ。横合いから入り込んできたこどもの顔が、視界を一面に圧している。どうやら、勝手に寝台に上がりこんで、横に寝転んでいたらしい。

 うっすらと気配で分かっていただけに驚きはないが、人の睡眠を邪魔するとは頂けない。

「ろー おきた!!」

「ああ、起きた。起きたから退いてくれ。それから寝ている者の顔を覗き込むんじゃない」

 飛び跳ねんばかりに喜ぶこどもを制しつつ、左腕を動かさぬよう注意して起き上がる。

 既にカーテンは開けられ、眩いばかりの陽光が窓から差し込んでいる。この明るさから見るに、朝と思ったが、もう昼近い時刻だろうか。

「今何時だ?」

「じゅーじ」

「十時?」

「そう。きーりー ろー おきたら よんで いった。よんで くる」

「誰だキーリー」

 病院の職員か? 気にはなったが、残念なことに問うよりも早くラドは寝台を降り、部屋から飛び出していってしまった。忙しないことだ。

 程なくして、ラドが連れてきたのは一人の女性職員だった。推測通りに俺の担当であったらしく、既に傷は一通りの処置が済んでいること、治癒魔術も施した後であるので、近日中に回復しきるであろうことなどが説明された。念の為、明日までは入院していなくてはならないらしいが。

「それから、お身体の調子が良ければですが」

 そして、そんな風にやたらともったいぶって切り出してくるので、何事かと思えば。

「部隊の方々に、面会許可をお出ししてもよろしいでしょうか。一時間おきに、面会の可否を問う通信が入るのです」

「大変申し訳ない。用件があれば、俺のところに直接言いに来いと伝えてもらって結構」

 ありがとうございます、と答えた職員の顔は、悲壮なまでに切実だった。そんな姿で言われては、さすがに否とは答えがたい。

 それにしても、何ということだ。詫びに行く用件が増えてしまった。あの粗忽者たちめ、やっていることが幼児と同じ程度とはどういうことなのか。

 思わずため息を吐けば、

「皆様のお気持ちはお察し致しますが、私どもにも少しお気遣いいただければと」

「重々申し伝えておく」

 苦笑混じりの言葉には、情けないことにそう答えるより他にない。深々と頭を下げながら、奴らは全員説教の刑に処すと心に決めた。

 しかし、職員とそんなやりとりをしてから、ほんの十分ばかり後のこと。

「よー隊長、もういいの?」

「緊急っぽい書類持ってきましたけどー」

「うっわ、押すな押すなって!」

「潰れるう!」

 口々に勝手なことを言いながら、見慣れた顔が押し寄せてきたのだ。いくら何でも早過ぎるだろう。

お前たち仕事はどうしたんだとか、ここは病院だ静かにしろだとか、言うべきことは後から後から浮かび出てきたが、あまりのことに呆れてしまって物も言えない。

 その上、馬鹿みたいに押し合い圧し合いして、我先に部屋に入ろうとするので、壁や扉の軋み具合が洒落にならないことになっている。大事になる前にと、さすがに注意の声を上げようとした瞬間、

「あ こわれた」

 バキャ、と嫌な音を立てて、扉が外れた。ラドのぽろりとこぼした呟きが、妙に空しく響く。

 何なんだ、これは。口に出しかけた呟きを、寸前で飲み下した。部下がこんなにも粗忽者揃いであったとは、中々に認めたくない事実だ。だが、それを嘆けばこそ、この状況をどうにかしない訳にはゆかない。面倒なことに俺はまだきちんと生きていて、奴らを束ねる立場から退いてはいないのだから。

「――全員、そこに直れ」

 よって、殊更に低く、低く声を作って命じた。努めて威圧的に、何を考えているか伝わるように。

 やべえ、と誰かが呟いたが、既に遅い。改めて訪ねて来た面子を見てみれば、年長の者は本部で留守番でもしているのか、揃いも揃って若造ばかりだった。歯止め役の不在が、完全に裏目に出た形だ。

 これは、よくよく言って聞かせねばなるまい。

「ただでさえ散々職員に迷惑を掛けた後だというのに、この醜態は何事だ? お前たちは俺の仕事を増やしに来たのか? それとも、怪我人に鞭打つ嫌がらせのつもりか? 違う? ああ、それは結構。そこまで部下の教育ができていなかったとは、知りたくなかったからな。だが――何? 怪我も治りきらないうちから興奮するな? ほう、そういう言葉は覚えていると。お気遣いどうも。……そうだな、確かに俺は怪我人だ。粗忽者たちが雁首揃えて並んでいるのを、延々見上げているのは疲れる。そう、疲れるんだ。いや、粗忽者が気が利かないのは当然のことだ、期待はしていない。うん? 椅子がないだと? お前たちの目は節穴か? 用意してないものが、あるはずないだろうが」

「ひえ……。ろー が こわい」

 ラドがそんなことを呟いていたが、右から左へ聞き流しておく。そんなことよりも、俺は部下の再教育に忙しいのだ。

 それから説教は全員を床に正座させて小一時間ばかり行い、誰も立てなくなってから終了させた。もちろん、扉の修理は下手人たちに手配するよう言い渡し、職員室に謝罪に赴くことまでも確約させてある。全く、手のかかる若造には困ったものだ。

「隊長、意外に元気っすね……」

「馬鹿を言え、お前たちがなけなしの体力を振り絞らせているだけだ」

 バイアットのぼやきは、即答で切り捨てた。誰がそうさせたと思ってるんだ、粗忽者め。


 それから若造たちは、ひとしきり報告や世間話をしていった後、潮が引くように帰っていった。当然ながら、扉は外れたままである。帰りながら職員室にお詫び行脚に行き、ついでに適当な建具屋でも探して、修理の手配をしてくるらしい。

 再び静けさを取り戻した部屋で、やれやれと嘆息する。騒がしくはあったが、逆に長居もしなかったのは、奴らも決して無傷ではないからだろう。立ち姿には包帯や湿布の白色が目立ち、目の下に隈が浮いているやら、どこか憔悴した様子であるやら、肉体面のみならず先の戦いの影響が滲み出ていた。あの賑やかさも、ある種の空元気、虚勢に近いものがあったのだろう。或いは、部隊長の様子を確認することで、多少なりとも安心を得ようとしていた可能性もある。若ければこそ、戦いの後の心理状態に変調をきたしやすいものだ。復帰し次第、酒を飲む催しでもして、個別に様子を窺ってみるか……?

 寝台の上で胡坐をかきながら考えていると、視界の端をちょろちょろするちびすけの姿が目に留まった。若造たちに奮戦を褒められ、菓子や飲み物を与えられて、構われていたこども。

 その間こそ、いたくご満悦の様子だったが、今は一転して寂しげな表情を浮かべていた。

「ラド」

 寝台の上から手招きして呼べば、両手に菓子の山を抱えたまま、小走りに寄ってくる。そのまま器用に寝台によじ登り、俺の前にちょこんと座った。

「なに?」

「ばたばたしていて、起きてからきちんと話ができていなかっただろう」

「はなし」

 きょとんとした目顔で、鸚鵡返し。

 そうだ、と頷いてみせれば、何やら察したのか、菓子の山を脇に置いて正座をしてみせる。……さっきの粗忽者たちから、学習でもしたか?

「まず、厳しい状況でもよく飛び、役目を果たしてくれた。そのことに礼を言う」

 頭を下げてみせると、同じようにラドまで頭を下げてくる。さては、何を言われているか、分かっていないな。顔を上げると、やはりきょとんとした顔のラドが、「えっと」と首を捻っていた。

「ほめられ た?」

「ああ。よくやった」

 右手を伸ばしてこどもの頭に置いてみれば、一転して喜色満面の顔で満足げに胸を張ってみせる。

「ふふん! がんばった もん」

「そうだな。後で好きなだけ褒美をやる。――が、その前に」

 最後の一言を、声を低めて発する。すると、ラドはあからさまなまでに怯んだ。

「俺は、お前にウォルドロンのところで留守番をしていろと言った。だが、それを無視したばかりか、彼女を巻き込んで危険にさらしたな」

「ご ごめん なさい」

「今回に限っては、最終的に助かっただけに強くは言えんが、お前が俺の管理下にある以上、指示には従ってもらわねば困る。それから、仮に賭けるにしても、担保にしていいのは自分の命だけだ。他人を巻き込むな」

「わかった」

「分かればいい。後で、ウォルドロンにも謝ってこい。まだ南病棟に入院しているはずだ」

「いれいん にゅういん!?」

 目を丸くして、ラドが叫ぶ。

「何だ、知らなかったのか? ユガーネも北病棟にいるぞ」

「ゆがーね も!? しらない! えっと みなみ と きた? どこ? いって くる!」

 菓子の山を築いたまま、ラドはばたばたと慌ただしく寝台から飛び降りる。その様子は、今にも走り出してしまいそうだが――

「どこの階や部屋かまでは知らんし、俺はまだ動けない。一人で行けるか?」

 問い掛けると、こどもは唇を曲げて考え込む素振りを見せた後、決意に満ちた目で見返してきた。

「きーりー とか きけば いい? おしえて くれる?」

「そうだな、教えてもらえるはずだ。分からないことがあれば、職員に訊いてみればいい。ただし、走り回らず、静かに、邪魔にならないように行け。まだあちこち忙しないだろうからな」

「わかった!」

 力強く頷き、ラドは外れたままの扉から飛び出そうとする。しかし、何を思い出したのか、走り出しかけた足を止め、再び俺の傍に戻ってくると、

「あの ろー あのね」

「うん? どうした」

「これから もっと ちゃんと ゆがーね おしえて もらう からね。はやく おおきく なって もっと たたかえる ように なる。そしたら ろー けが しない よね?」

 思いもよらない言葉に、図らずも瞬く。

「俺が怪我をするかどうかについては何とも言えんが、身体を鍛えて鍛錬を積めば、より効率的に戦えるようにはなるだろうな」

「ん。がんばる」

「何だ、心がけとしては素晴らしいが、急にどうしたんだ」

「どーも しない。ゆがーね だったら うた いっぱい つかえた。けが しなかった かも」

 ああ、まだ俺が内心でユガーネと比較したことを気にしているのか。……少し、悪いことをしたか。

「そんなこと、気にしたところで意味はないぞ。あの場、あの状況で、俺たちはできることをした。自虐と反省は別物だ」

「もっと わかりやすく」

「……あの時、俺にはお前しかいなかった。その場にいない者を求めたところで、仕方がない。お前はお前でよくやったということだ」

「でも ろー けが した。それ だめ。もう ない ように する。おおきく なって つよく なる。それから ゆがーね たおす」

「何故結論がそうなる」

 途中までいい話だった気がするが、本当にどうしてお前はそこまでユガーネを倒したがるんだ。意味が分からん。

「ゆがーね ろー よく いっしょ とぶ。ゆがーね たおす。かわり なる」

「つまり、ユガーネに取って代わりたいと」

「そう!!」

 力一杯、ラドは頷いて見せる。そこまで力を込めて答えなくてもいいんじゃないか。

「言っておくが、俺はユガーネと組んでいる訳じゃないぞ。今後も誰か一頭と定めて組む気もない。俺の部隊は、そういう連中の集まりだからな」

「んー しょーが ない。がまん する」

「できるのか?」

「ろー しじ したがえ いった。する」

 指示――さっきの話か。きちんと理解していたようで何よりだ。

「そうだな、その通りだ。よく分かっている」

「うん。とりあえず きたえて おおきく なる。まってて」

「待てと言われても難しい話だが、ひとまずお前にそういう野望があることは覚えておこう」

 お前がそこそこの体格まで成長するのと、俺が引退するのとどちらが早いかは分からんが――と、ちらり脳裏を過った考えは封印しておく。折角のやる気に、水を差すのも無粋だ。

「ところで、ユガーネとウォルドロンの見舞いに行くんだろう。もうじき昼になるぞ。その前に行って来い」

「あ! そう だった。いって くる!」

「気を付けてな」

「うん!!」

 元気よく返事をして、今度こそラドは駆け出して行った。その背中を見送り、さて、と息を吐く。

「予想的中、ただし半分といったところか」

 ラドが俺と組みたがるのは想像の範囲内ではあったが、あそこまで聞き分けが良いとは思ってもみなかった。これもまた、一つの怪我の功名だろうか。

 だが、あれで鍛錬にのめり込むようになっては、それはそれで困りものだ。人間と違い、竜には騎士団への入隊規定はないに等しい。咎竜として烙印を押された経歴の有無がほとんど唯一の審査条件であり、年齢について議論されたことは、過去にもほとんどなかったはずだ。

 さりとて、ラドはまだ幼さ過ぎる。規則には抵触しないとは言え、今の時点から戦いに明け暮れるような生涯を遅らせるのは、さすがにどうか。

「……いずれにしろ、前途多難、と」

 意図せずため息がこぼれたが、不思議とそこまで面倒には感じなかった。自然、苦笑が浮かぶ。

 ――何ともはや、人間も変わるものだ。

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