14:竜虎の争
雲の中を飛んだ経験は、未だかつてない。視界は白く塗り込められて悪く、頼りとなるのは探査術式の反応のみ。冷えた空気にも巻かれ、二重の意味で鳥肌が立つのを感じる。
『ラド、調子はどうだ』
『ちょと さむい。けど だいじょぶ』
『そうか。……おそらく、奴はまだ己の五感以外で周囲の様子を捉える術を持っていない。〈
『りょーかい! でも なんで わかる? わからない こと』
『俺たちのように魔術で外界の様子を知ることができるのなら、観測役がわざわざ目で見える範囲をうろうろする意味はないからな』
『お なるほど』
『〈隠形謡〉は、外界から感知されにくくする遮断幕を発生させるが、攻撃行動に出れば、その効果も消える。俺が〈鎗〉を放ったら、戦闘開始だ』
告げると、ラドは神妙な様子で『わかった』と答えた。意外と緊張は強くなさそうだ。内心でひそりと安堵の息を吐き、標的の位置を伝達しつつ、〈隠形謡〉の詠唱に入る。
「『
竜語を基盤として編まれた謡は、頭の中だけで正確に歌唱しようとしても、容易にできるものではない。声に出して歌いながら、同時並行で思念対話の術式を通じ、ラドにも伝える。
我が身の内でのみ二重に響く謡は、初め地を這うような低音で始まり、徐々に音階を上げてゆく。息継ぎに吸い込んだ空気は、地上に近い空のそれよりも冷たい。舌の冷える感覚にどこか落ち着かないものを覚えながら、強く二節目を発した。
「『
最後の一音を吐き出すと同時、周囲に淡い光が差し込んだ。漂う光は謡に歌われた紗の如く、ぐるりと一周巡り、外界からの探知を阻む幕となる。
ラドは一瞬、物珍しげに左右へ視線を向けるような素振りを見せたものの、それ以上の反応はなかった。既に標的まで遠くない距離にまで迫りつつあることが分かっているからだろう。むしろ、ぐるぐると獰猛に喉を鳴らしてさえいた。
『ろー いる。とら におい する』
『……そうか。〈カルゼヒカの鎗〉連装展開』
先刻構築しかけた〈鎗〉の術式は、もちろん未だ消えていない。再利用することで構築の手順を簡略化、一気に成形まで持っていく。
やがて、雲の向こうに白ならぬ色彩が透かし見えた。雲下の空に押し寄せる藤黄とは、また一風異なる毛並み。それは、まさしく黄金に似ていた。
女王蜂に擬えられるに相応しい風貌は、立場と状況が違いさえすれば、素直に優美であると称賛し得たやもしれない。だが、今は面倒なことだと、忌々しく思うだけだ。
『管制、こちらガザート。雲の中に潜んでいた〈翼虎〉を発見した。交戦する』
『ルヴェカヴァの言葉は真だったのか……。了解した、武運を祈る』
『こちらの位置は把握しているな? 万が一しくじった場合、新手が必要になる。頼むぞ』
承知している、と応じたケネス卿の声は、渋いほどに低い。されど、それ以上に伝えることもなく、通信は終わった。
代わりに呼びかけるのは、今や運命共同体となった幼竜。いよいよ敵は目と鼻の先だ。怯えたりなどするとも思ってはいないが、腹は括ってもらわねばならない。
『射程に捉えた。可能であれば捕獲したいところだが、贅沢は言っていられん。――仕掛けるぞ!』
『まかせ とけ!』
頼もしいお返事だことだ。自然と口角が持ち上がるのを感じつつ、構築した〈鎗〉のうち、第一陣を一斉に放った。隠行の幕を突き破り、十数の鋼が爆発的な速度でもって、雲を裂き疾走する。
しかし、標的は思いの外に早い段階で、攻撃の接近を察した。雲上から差し込む陽光で煌く黄金の毛並みが霞み、急速旋回からの上昇に転じる。
動きは鋭いが、まだ追える。最初に放った〈鎗〉に追尾させつつ、第二波の射出を用意。
『ラド、奴だけは逃がすな! 最上は捕獲だが、最低でも討伐は果たす必要がある。奴らの根城がどこのどんなものであるかは知らんが、間を置かず二度目を企まれてはまずい』
『りょーかい! おいかける!』
ばさ、と翼を打ち鳴らし、ラドが追跡にかかる。
ラドも巧みに飛ぶが、相手もまた凄まじい。右に左にと弧を描くような蛇行、時には直角に等しい角度での急制動さえ見せ、縦横無尽に飛び回る。第二波を放って囲い込むどころか、追尾する〈鎗〉が振り切られ、不覚にも〈鎗〉同士で接触して誘爆を生じる有様だ。〈鎗〉よりも格段に射程の短いラドの焔に至っては、吐く隙すら与えてもらえない。
速度は、ほぼ互角。だが、こと小回りの良さ――機動性の点においては、向こうが一枚上手であることを認めざるを得なかった。
悔しくはあったが、こちらとて、ただでは転んでなどやるものか。奴の動きを注視しているうちに、一つの仮説が立った。そして、それは管制に連絡を取ってみると、確信へと変わる。
『もう! あいつ ふらふら じゃま!』
『そう短気を起こすな。仕留めるに手間は掛かりそうだが、逆に分かったこともある』
『わかった こと?』
『奴は今、逃げに徹している。援軍を呼ぶこともできるだろうに関わらず、だ。加えて、下でも増援が止まっている。――つまり、奴は追われている間は増援を呼ぶことができない』
『ろー いうこと むずかしい』
『追い駆けっこにも価値はある、ということだ。攻め手は俺が用意する。お前は、決して奴に余裕を作らせるな。追い立て続けろ』
『よく わかんない けど わかった! ……あ! くも ぬける!』
言うが早いか、視界を一面に漂白していた雲が晴れる。太陽が頭上に照り、限りなく青の淡い空が広がっていた。足元には一面の、海にも見紛う平らかな雲が、果てなく広がっている。
その空と雲の間に、黄金の虎が舞っていた。
『にがさ ない!』
白金の竜が、それを猛追する。身体が関節からばらけそうな圧力に耐えつつ、ここぞとばかりに第二波の〈鎗〉を射出。射たる十数のうち、八割が散弾だ。通常の貫通鎗を命中させるのは、あの機動性相手では難しい。散弾の欠片が、わずかなりとも当たって動きを鈍らせてくれればいいのだが。
だが、願いは空しく、〈鎗〉は全てが再び不発に終わった。飛び散る破片でさえ、あの虎は悠々と交わしてみせる。とんでもない機動力だ。
それに、〈鎗〉はいくら魔力がある限り生成できるとはいえ、無限ではない。いい加減、勘弁してもらいたいところだ。その上……
『厄介だな、ついに反撃に出る腹か』
彼の獣の意図は、いよいよ明け透けになりつつあった。その動きは攻撃から逃れ、かわす為のみならず、追跡者の背後を取ろうとする狙いが明白に窺える。もっとも、その為にこそ、隠れ蓑であった雲から出たのだろうが。
『ラド、奴はこちらの背後を取ろうとしている。気をつけろ』
『わかって る!』
答えながら、ラドが勢いよく頭を左へと傾けた。ぐん、と身体が振られる。上体が丸ごと持っていかれそうな急旋回。辛うじて背後に回り込まれるのを避け、二時の方角に標的を捉え直す。
奴は、既にこちらを向いていた。最高速度の〈鎗〉もかくやという速度で突進してくる。焔を吐くにも距離が近付きすぎていた。ラドは咄嗟に回避行動に出るが、間に合いそうにない。
かくなる上はやむなし、召喚術式を展開。竜上第一装備、長大な|槍(ランス)を右手の中に呼び出す。手綱を引き、ラドの進行方向を半ば強引に変更。突き出した槍と、竜の首筋に向かって振り下ろされた、爪を剥き出しにした虎の前脚とが激突する。
その瞬間、怖気の走るような衝撃が、掌から全身を駆け巡った。それでも圧し負けまいと力を込めるものの、竜の爪の一撃にさえ耐える槍身が、あろうことか、音を立てて削り取られてゆく。……どんな化け物だ、こいつは!
素直に、ぞっとした。馬鹿正直に打ち合っては、消耗するだけだ。身体強化術式、急速構築。渾身の力でもって虎の爪を跳ね上げ、その瞬間にラドに離脱を命じる。嵩にかかった追撃は、一射分だけ生成した〈鎗〉を鼻先に飛ばすことで封じた。避けられはしたが、あくまでも追撃を遅らせることを意図した布石だ。惜しいとは思わない。
ラドが急加速で距離を取る。その間に、〈鎗〉を新規構築。展開するは三式。貫通力は一式に劣り、二式のような特殊性もない。更に言えば、一射あたりの消費魔力量も二式の三倍近くと多い。だが、費やす魔力に見合うだけの性能を有していた。
任意指定した対象に対し、極めて高い自動追尾能力を持つ。三式とは、破壊されるまで対象を追い続ける魔弾であった。
「〈カルゼヒカの鎗〉三式、多重展開――斉射!」
槍衾ならぬ〈鎗〉の弾幕の前に、さしもの虎も逃げを打つ。だが、此度の〈鎗〉は、それほど甘くはない。どれほど急な旋回にも上昇にも、その〈鎗〉はついてゆく。
『こんど こそ やっつける!』
気炎を上げたラドが、再び速度を上げる。虎が逃げ、その飛跡を過たず〈鎗〉が追跡し、更にその後にラドが食いつく。三者が一筋の線条のように連なり、雲海の上を踊った。
右に振られ、左に振られ、時に振り切られそうになりながら、尚も追い縋る。一瞬たりとも気の抜けない縦列飛翔は、永劫をも錯覚させた。
「何だ……?」
しかし、先頭を行く虎が、何の前触れもなくおかしな挙動に出た。顎を上げて上体を反らしたかと思えば、その白い両翼を、ぴんと羽根の先まで伸ばすように広げたのだ。
風を切って高速で飛翔する中では、まず考えられない動き。そんなことをしてしまえば、翼はおろか身体一杯に風を受け、速度が損なわれる。極端な急減速の中では、平衡を保つことさえ困難だろう。
にもかかわらず、その獣は翼を、風を、見事なまでに操ってみせた。顎を上げ、天を向いた巨躯は刹那に静止したかと思われるまでの減速を演じる。
そこまでの劇的な速度変化には、さしもの魔弾とて対応しきることはできなかった。虎の足元を通過し、転回しようとするも回りきれず、〈鎗〉同士で接触し、爆発を起こす。ラドでさえ、減速しきれず〈鎗〉同様に直下の空間をすり抜けてしまった。
そして、誘爆の煙の上を悠々と舞い、虎は――|俺たちの(・・・・)|背後へと回った(・・・・・・・)。しまった、と思った時には遅きに失している。
『|やられた(ゴルクイセ)! 逃げろ、背中を取られた!』
彼我の距離は、おぞましいほどに近かった。振りかぶられた爪の、その輝きさえ見て取れるほど。しかし、その悪魔的な鋭さは、つい今し方に思い知らされたばかりだ。無抵抗に受けることはできない。
そればかりか、どうやら奴は明確に俺とラドを区別しているらしかった。先刻攻撃を阻んだことで恨みでも買ったか、その眼はひたりと俺にだけ据えられている。手始めに邪魔な背上の小物から始末しようという腹か、面倒な。
咄嗟に槍を左の逆手に持ち替え、身体を捻る。されど、元より削られた武装では、ひとたまりもなかった。爪と噛み合った槍は呆気なく砕け散り、槍を砕いた爪は、そのまま防護障壁までも薄紙のように切り裂いた。
奴にすれば、爪の先で引っかけた程度であったのやもしれない。だが、虎や竜に比べれば、人の身は脆弱だ。最早、それは剣の一閃にも等しかった。
肘から手首までに、ぱっくりと走る一線。大きく切り裂かれた傷は、しとどに血を垂れ流す。これまで防護障壁によって緩和されていた高速飛行に伴う圧力と高高度の冷気に晒され、全身が凍えかけているというのに、左腕だけは焼けるような熱を発して思えた。
ずきん、ずきんと傷口が脈打つ錯覚。猛烈な痛みが、隙あらば思考の邪魔をする。……だが、むしろ腕ごと持っていかれなかったことをこそ、幸運に思うべきなのだろう。
『ろー!?』
「『かすり傷だ、余計なことを考えるな! 俺が死んでも、奴だけは必ず仕留めろ!』」
思念だけを送り返す余裕もなかった。怒鳴った声ごと術式に乗せて返事に代えつつ、手綱を握ったままの右手で左の二の腕を締め上げる。治癒術式は後回し、防護障壁の再生を優先。
さもなくば、ラドの飛行挙動で先に死ねる。
『わ かっ た!!』
泣き叫ぶようにラドが吼え、加速する。
しかし、速さをいや増したラドの飛跡にも、虎は過たずついてきた。危うく隣に並ばれ、爪を振りかぶられるところだったが、寸前でどうにか間合いから抜け出る。その後も右に左にと飛跡を湾曲させ、ラドは紙一重で虎の爪をかわしていった。
片腕では、その挙動に耐えるのも一苦労だ。防護障壁も鞍に織り込まれた装備の一つであり、仮に破壊されても再生は可能だが、さすがに即時にとはゆかない。鞍にかじりつくようにして、猶予時間を堪えねばならなかった。残り五秒、四、三……
障壁が再生し、ようやっと潰れそうな圧迫と、凍りつきそうな冷気から解放される。そうして安堵しかけたのも束の間、ラドが叫んだ。
『ろー! うた! はやく とばせて!』
うた? 〈疾駆謡〉か? だが、あれは幼竜の肉体には負担が大きすぎる。
思わず返答に窮したが、『はやく!』と畳み掛けられれば、悠長に迷ってもいられなかった。事ここに至り、頼みの綱はラドだけだ。
リィリャを――ダヤリーズを守る騎士たらんとするのならば、選ぶべき道は他にない。それがどんなに酷く、或いは非道に思えるとしても。
「『|迅く翔けるもの(ファーノ・デシウ)、|其は天地の(アデーヨ・)|狭間に満ちて(カーレニナーカ)――』」
かすれそうな声を、意地だけで強く張る。一音一音を発する度、視界に光が帯を成した。舞うようにひらめく帯は、緩やかに白金の竜を包み込む。
「『|見据えよ(ダィカ・)、|流る果てを(フィザム)。|追い求めよ(ニッヤ・)、|奔る途を(ペルァク)。|不見を(ビトユイ・)|掌に握らば(ダゴヴェゼ・)、|汝は天巡る(メチ・コァムノ・)|ものを僕となす(ルナウ・レグオノヌ)!』」
からからに乾いた喉に鞭を打って、最後の一節を叫んだ。白い光が弾け、
「……!」
ぐう、とこぼしかけた呻きを、辛うじて呑み込んだ。胃の中身が逆流しかける域の加速。少しでも気を抜けば、鞍からさえも引き剥がされそうだ。
左腕の傷へ、治癒術式を展開。とにかく止血を急ぎ、右手を空けさせる。力を込めて左腕を握り過ぎていたせいで、指は強張りかけていたが、無理矢理にも開いて鞍の端を掴み、上体を伏せた。
ラドの加速に虚を突かれたか、虎は一瞬置き去りにされた。だが、一呼吸の間の後には、刹那に開いた距離さえも、再び詰められようとしていた。奴らにも――いや、奴にも加速の手段があるのか!?
『ラド、追ってきてるぞ! 速い!』
『わかってる!』
警告には、即座の応答。口調こそ些か激しくはあるが、驚くほど焦りのない返事だった。想像もしていなかった反応に、こちらが驚く。
もしや、何か狙いがあるのか? 全て承知の上の策であると?
『あいつ ろー けが させた。もう おこった。やり かえす!』
ラドの戦意は高いが、今この時にも虎は背後に迫ろうとしている。振り返れば、もうその眼と真っ向から視線がぶつかりそうなほど。
ラド、と声を掛けたい衝動を堪える。何か考えがあるのなら、ここで俺が集中を割かせる訳にはいかない。俺にできることといえば、次善の策を立てるくらいのものだが、一秒ごとに縮まる距離には意識を囚われずにはいられなかった。気付けば、意図せず数えはじめていた。後三秒、二秒――
そして、零を数えようとした……その時。
初め、俺は何が起こったのか分からなかった。当然ラドが首を反らし、天へと頭を向けたのだ。翼を大きく広げ、白金の身体が立ち上がる。それは正しく、先刻俺たちが目の当たりにさせられた挙動だった。一瞬、時が止まったかに錯覚する。
びょうびょうと風が鳴っていた。耳さえおかしくなりそうな急激な減速の中、ラドは巧みに姿勢を立て直す。ひたすらに加速を続けていた虎は、その挙動に対応しきることができなかった。まさしく、俺たちが直前にしてやられたように。
黄金色の獣の巨躯が、ラドの真下の空を突き抜けていく。その一瞬で、前後の位置関係は完全に逆転していた。
再び背後を取ったラドの顎には、白く眩い光。
『これで おわり だ!!』
迸る白い焔が、虎の後ろ姿に猛然と殺到する。黄金の毛並みに、白い翼に引火し、瞬く間に燃え広がる。それは紛れもなく、致命であるはずだった。
にもかかわらず、虎はそこから尚も強引に反転してみせた。燃え散る羽根をまき散らし、焔に巻かれた顔で顎を開き、食いかかってくる。
『最期の悪あがき、それも結構。……だが、それを許すほど、俺も甘くはない』
――一射。これぞ、仕込んでおいた「次善」。
放った〈鎗〉は顎の最奥を貫き、確かに獣の息の根を止めた。〈鎗〉の直撃を受けた巨躯は、わずかに前進の勢いを緩めたものの、それまでの速度全てを殺すには至らない。危うく衝突しかかったが、ラドがぎりぎりで回避し、事なきを得た。
焼け焦げ、未だ焔の燻る黄金の獣が落ちていく。雲の中へ、やがては地上へと墜落することだろう。
『……放置するのも、それはそれで問題か。ラド、奴の死体を回収するぞ』
『えー!? おもそう』
『必要なことだ、頼む』
『しかた ないなあ……』
露骨に渋々とした様子ではあったが、ラドは落下していく虎を追って下降を始める。程なくして、その前脚の爪で虎を掴み、
『おもい!』
『少し辛抱してくれ』
『わかった けど』
『それより、身体は大丈夫か。〈疾駆謡〉はまだ子供には厳しいだろう』
『つかれた けど だいじょぶ』
『そうか。どうしてもきつくなったら、死体は捨てていって構わん。無理はするなよ』
『……がんばる』
そうしてくれ、とラドに返しつつ、管制に呼び掛ける。それほど長くやり合っていた訳でもないと思うが、随分と久しぶりのような気がした。
『ガザートだ。標的を撃破した。その死体を回収も完了した為、本部に帰還したいが可能か?』
雲の中を突っ切っている最中であるからか、どうも通信に雑音が混じる。短い間の後、『ロースソーンだ』と返事があった。
『まずは礼を言わせてくれ、貴君らの働きには大いに助けられた。増援が止んで、戦況は大幅に改善した。じきに全ての空域で制圧が果たされるだろう。貴君らには迎えを出す。〈翼虎〉のいない経路を指示するので、その通りに飛んでくれ』
『了解した。さすがに俺もラドも無事ではない。早いところ合流してもらいたいところだ』
『何、負傷があるのか?』
『俺は左腕に裂傷、ラドは些か無理をして飛んだ分の消耗が激しい。荷物もあるしな』
『了解した、最速で向かわせる』
それからいくつかのやり取りを交わして、管制との通信は終了した。
――ようやっと、仕事は終わった。
そう思うと、今更にどっと痛みと疲れが押し寄せてきた。頭がくらくらして、ひどく痛む。
『ラド、悪いが俺は少し休む。雲の下にまで下りれば、迎えが見つけてくれるだろう。合流したら、彼らの指示通りに飛べ』
そこまで言って、限界がきた。
ぐらりと身体が揺れ、顔面から鞍に激突したのは分かったが、どうすることもできない。急速に意識が遠ざかっていく。
俺の名前を叫ぶこどもの声が、最後に聞こえた。
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