12:騎虎の勢
管制の指示に従い、針路を東に取る。バイアットや、ルシューゴから随時入る報告で分かってはいたが、既に戦闘は始まっていた。
一班と二班が虎共と接触したのは、リィリャ東方のユカル村近隣空域であるという。いきなり七頭もの多勢で現れたので警戒したものの、ユカル村の自警団が用意していた大型の
――だが。
『隊長、まずいです、増援が途切れねえ!』
『村の弩砲も、いつまでもは撃ち続けられない。このままでは、数で押し切られます』
あろうことか、虎共は増えるのだという。落とされれば落とされただけ、それを補うように、どこからともなく新手が飛んでくる。
『じきに合流する、それまで耐えろ! ユガーネ、ウォルドロンに〈疾駆謡〉を歌わせて先行し、一斑と二班の加勢に入れ。その後は深追いせず、リィリャに取って返せる位置取りを保て』
『了解した。が、その采配でいいのか?』
『俺達の中で、一番速く飛べるのがお前だ。他に選択の余地はない』
飛翔速度に強化を施す〈疾駆謡〉は、速度の上昇率に比例して竜の身体に負担がかかる。長年騎士団に所属して戦い続けてきたユガーネならばいざ知らず、まだ幼いラドに歌うには不安が大き過ぎた。
今回に限っては、普段の作戦に比べ、必然的に用いることのできる謡も限られてくる。その点に関しては、不安と言って言えなくもない。
『ろー しんぱい ない』
『何?』
『ゆがーね に まけない。はやく とべる』
出撃に伴い、ラドには思念対話の術式を施してあった。おそらくは、それを介して俺の思考が一部伝わってしまったのだろう。
『……対抗心を持つのは結構だが、意地を張って無理をされるよりは、冷静に自分の限界を見極めてほしいものだな。お前が下手に逸っては、俺まで落ちる羽目にならないとも限らん』
『ろー おちる?』
『お前が無茶をすれば、俺にまで被害が及ぶということだ。分かるか』
『なんとか わかる。わかった。ゆがーね あとで やっつける』
『……。後でな』
間違ってはいないが、そうじゃない。
何とも言えない気分になったものの、この場で言及するのも億劫だった。とりあえず流しておくことにして、やや西に逸れ気味だった針路を修正するよう指示を出す。跳ねっ返りではあるが、存外殊勝なところのある竜は、大人しく指示に従ってみせた。
先行しているユガーネからも、随時戦況の推移は報告されてくる。〈翼虎〉は最低でも三頭の数を保ち、その数を切った時点で増援が派遣されてくるそうだ。これも、過去に例のないことだった。
〈翼虎〉は概ね五頭前後の群れで行動し、一度現れた群れを撃退してしまえば、十日と経たずに新たな群れが出現することはない。その言説は古くから唱えられ、少なくとも俺の知る限りでは、未だかつて破られたことはなかった。ナーウレラの災禍にしても、あくまで例外かつ突発的に前代未聞の大群が出現したことが原因であり、増援が云々されていた覚えはない。もっとも、その例外と突発自体がおかしいのだと言われれば、返す言葉もないのだが。
ともかく、奴らは群れで行動するが、群れ自体は単体で動くものだと思われていたのだ。それは新手が現れる可能性の否定にも等しく、今目の前にいる敵を倒すことだけに集中すれば済むという判断は、多少なりとも最前線に立つ兵の緊張を緩和させるものだった。
だというのに、このとんでもあに異変続きの中、その定説までもが覆されようとしているらしい。頭が痛いのを通り越して、眩暈がしそうだ。
『厄介なことではあるが、戦況の変化に合わせて派兵が行われているのなら、どこかで戦況を観測し、増援派遣の要請を行っている個体があるはずだ』
『近くには見えねェぞ』
『問題ない、探す』
これまでにも離れたところから戦況を見守っていた個体があることは、以前の会議で報告に上がった通りだ。であれば、それは「戦闘中であっても、その存在に気付ける距離」にいたということになる。
「〈オルゼベカの瞳〉起動――第三種広域展開」
騎士団の制式装備として採用されている〈オルゼベカの瞳〉は、広範囲の空域探査を可能とする魔術具だ。透き通った薄青の鉱石が全面に嵌め込まれた円盤で、探査結果は随時鉱石の表面に投影される。
ラドに周囲の警戒を怠らぬよう指示を出しつつ、円盤の表面に目を落とす。求める反応は、一目で見つけることができた。
『喜べ、予想的中だ。観測役と思しき個体を発見した。討伐に向かう』
『了解ィ。そんなら、こっちは適当に流して増援を呼ばれねェようにしてみらァ。観測役が消えるに合わせて、一気に残りを落とす』
『任せた』
ユガーネに応じると同時、思念対話を通してラドに目的の位置を伝える。
『わかった!』
力一杯に答え、白金の双翼が羽ばたく。まだ幼い子竜と思いきや、滑らかに空を駆ける様は、存外に速い。〈疾駆謡〉もなしにこの速さで飛べるのなら、第九竜騎小隊どころか、リィリャの竜の内でさえ三指に入るかも分からん。
内心舌を巻く思いでいると、不意に『ろー』と呼びかけられた。うん?
『何だ』
『とら なんで まち こない?』
『直接リィリャに来ないのは何故か、か?』
『そう それ』
『騎士団が拠点とする街には、〈
『うん? あご…… あご あったら とら こない? なーうれら』
あご……。名前を覚えるのを諦めるんじゃない、と指摘したくはあったが、ここで話の腰を折るのも面倒だ。どこまで脱線するやら予想もつかん。
つまり、虎避けの守りがあって、何故ナーウレラは壊滅したのか、ということだろう。
『簡単な話だ。〈雲切石〉は〈翼虎〉を近付きにくくさせるが、連中にとっては、必ずしも『近付けない』ものではない』
ナーウレラに置かれていた〈雲切石〉は、後に入った調査隊によって、瓦礫の下で粉微塵に砕けていたことが報告されている。〈雲切石〉は虎にのみ作用する何らかの力を持っており、それが破られた影響で本体までも破壊されたのでは、と学者が仮説を立てているが、今のところ真偽を判ずる術はない。
『うーん? どゆ こと?』
『俺が『背中に登るな』と言えば、お前も多少は控えるだろう。だが、実際に登ること自体ができなくなる訳ではない。そういうことだ』
『わかった!』
『分かってもらえて何よりだ』
それにしても、いつもながら子供相手に喋るというのは、普段と違った頭を使うな……。
『――む、標的がこちらに気付いたようだな。右手の方向に逃げようとしている。見えるか?』
『みてる! にがさ ない』
ぐん、とラドの飛翔速度が上がる。逃げを打つ虎を猛追、瞬く間に目視できる距離にまで接近した。
「〈カルゼヒカの鎗〉一式、三射展開――発射!」
鞍に埋め込まれた玉石が宣言に呼応し、次々に魔力の光を帯びる。〈カルゼヒカの鎗〉は使用者の魔力を鋼の鎗へと変換し、射出する対空射撃術具だ。鎗の射出後も、任意に対象を指定し、思念誘導で追尾させることができた。
かくて、眼前に艶のない銀色の鎗が顕現する。短い手槍ほどの長さのそれは、残像の尾を引くほどの速力で逃げる虎を追尾し、翼と左の後ろ脚を射抜いた。飛行不能となり、もがきながら地上に墜落していく獣の背へ、更に白い焔が浴びせかけられる。
『ユガーネ、標的を撃破した!』
『了解! 若造共、最後に一働きしろよ!』
おう、と口々に応じる声が聞こえたかと思うと、〈オルゼベカの瞳〉に投影された光点が俄かに激しく動き始めた。赤い点が〈翼虎〉、白い点が友軍を示すが、文字通り縦横無尽に立ち回り、赤い点を翻弄しているのがユガーネだろう。他の二班はユガーネの補佐に回る向きか、さほど動きは大きくない。
それから間もなくして、再びユガーネからの通信が入った。
『こちらユガーネ、標的を全撃破した。増援の気配はなし』
『こちらの〈瞳〉にも、当該の反応はなし。当空域の制圧は完了したと判断していいだろう』
『この後はどうするよ?』
『管制の指示次第だな』
おそらくは、時機を見計らっていたのだろう。そう答えた瞬間、管制からの通信が入った。
『こちら第四大隊第二管制部隊、第九竜騎小隊のユカル村近隣空域の制圧を確認致しました。ユカル村には二班を残し、残り二班で別空域への加勢を願います』
『どう分けるかは、こちらで決めて構わないのか』
『お任せします』
あっさりとした答えだった。管制でも、そこまで管理する余裕がないのかもしれない。騎士団に所属する竜騎小隊も、ほぼ全てが上がっていると見て間違いなさそうだ。やむを得ないことだろう。
『了解した。一班、二班はユカル村に下りて、可能な限り回復に努めろ。俺とユガーネは別の空域に向かう。以後の方針については適宜管制に確認し、判断するように。指揮はルシューゴに預ける』
『了解』
普段通りの淡々とした調子で、ルシューゴが応じる。どのような状況でも、およそ感情的になることがないルシューゴは、特に場の荒れた中では非常に頼りになった。
『では、後を頼む。――管制、どこが危うい?』
『東部地区では、他にリタロ村、フレシラテ村の付近で出現数が増加傾向にあります。どれだけ落としても、〈翼虎〉の増加が止まらないと報告が』
『それなら、周辺を探して観測役を見つけさせろ。援軍を呼ぶ個体だ、それを最優先に落とせ』
『! かしこまりました!』
『で、どちらに向かえばいい? それとも、街に戻って備えるか?』
これまでの戦況を振り返るに、俺たちが想定していた以上に、虎共には頭の切れる指揮官がいると見える。俺たちは国と民を守る騎士である以上、守るべき村々が襲われれば、それを助けに行かない訳にはゆかない。〈翼虎〉が、そこを頭に入れた上で動いていることは間違いなかった。
奴らの狙いは、兵力を分散させて街の守りを手薄にさせることであり、逆に自分たちは物量に物を言わせて〈雲切石〉の守りを突破することだろう。
『奴らは、散々こちらの兵力を測った後だ。が、こちらは向こうの総数も何も分からん。腹立たしいことに、後手に回りきり、という訳だ。せめて指揮を執っている個体がこちらに出てきていれば、それを叩くなりして攪乱したいところだが』
『……申し訳ございません、そういった情報は』
『言っただけだ、謝罪は要らん。それよりも、指示を出せ』
はい、と管制が応じる。少々お待ちください、と
添えて間を置くと、
『フレシラテ村で第六から第八の竜騎小隊三隊が苦戦しているそうです。第七は飛行の続行も困難になりつつあるとの報告が入っています』
『了解した。第九竜騎小隊、臨時編成十班救援に向かう』
フレシラテ村は、ユカル村から四十キロほど離れた立地にある。竜の翼を持ってすれば、ほんの数分で到着できる距離ではあるが……。
『最速で向かう。それまで堪えろと伝えてくれ』
『了解致しました』
管制との通信が終了し、ユガーネに改めて『フレシラテ村へ急行する』旨を伝える。了解、と短く返事があり、ラドに指示を出そうとすると、
『ガザート、待て!!』
突如として通信に割り込んできたのは、誰あろう我らが第四大隊長ファースだった。
『何だ? 緊急事態でも発生したか』
『フレシラテ村には、ユガーネのみを向かわせろ。リィリャ周辺に〈翼虎〉が現れ始めた。〈雲切石〉が効く領域の外縁に集っているものと思しい。このまま数を増やされ、万が一にも〈雲切石〉が破壊されるようなことがあれば、守りを失ったリィリャは第二のナーウレラとなる。本部が落ちれば、各地に散った兵も各個撃破されるだけだ』
ファースの声音には、珍しく明確な焦りが滲んでいた。あの男をここまで焦らせる事態とは、相当のものであるに違いない。
『……了解した。ユガーネ、フレシラテの救援を任せる。最善を尽くせ』
『承知した』
『ウォルドロン、君は己の身を守ることを第一に考えろ。無理に加勢しようとするな』
『か、かしこまりました!』
各々が答えたかと思うと、すぐ近くを飛んでいたユガーネが方向転換し、フレシラテへ針路を取る。その背を見送った後、俺もラドを促してリィリャへと行先を改めた。
『リィリャに戻るぞ。おそらくは途中で〈翼虎〉と遭遇する。油断はするな』
『みつけた ら どうする?』
『決まっている。――全て、薙ぎ払うのみだ』
白金の竜は、厚雲の下をまっすぐに駆けてゆく。緑の鮮やかな草原の上を、木柵や弩砲で守りを固めた村の上を、矢のように飛び越える。
やがて、前方の空におぼろげな影が見え始めた。まさに雲霞の如く広がる、無数の
『ろー あれ?』
『ああ、〈翼虎〉だ。奴ら、どれだけの数を投入してきたのやら……』
『ぜんぶ もやして いい?』
『その意気込みは結構だが、無茶はするなよ』
『わかった!』
ラドが飛翔速度を上げ、瞬く間に空を埋める飛影との距離が詰まる。軽く上げられた顎の周囲に白い光の粒子が収束したかと思うや、轟然と燃え盛る焔の奔流となって迸った。
白い焔が、行く手を塞ぐ集う群れを引き裂く。〈翼虎〉の白い羽毛の翼が、黒い縞の入った藤黄の毛並みが焼け、次々と墜落していくが、それでもまだ突破口の片鱗さえ作り出せない。数が多すぎるのだ。
『管制! 現在リィリャへの帰還途中だが、〈翼虎〉の群れに遭遇した! この場で敵の数を減らすか、迂回して本部に戻るか、どちらがいい?』
術具に向かって怒鳴りながら、〈鎗〉を展開する。これだけ数が多いと、悠長に一頭一頭を落としてなどいられない。通常の貫通鎗から、任意の時間に爆発させることで破片を撒き散らす、範囲攻撃型の散弾へと切り替える。とにかく、数を減らすことを優先しなければ。
『もっとも、この場で戦い続ける場合、さすがに多少の時間は取られる。急げというのなら、どこか手すきの部隊でも寄越してもらいたいところだな』
『こちら、第二管制部隊。残念ながら、援護に出せる残存部隊はありません。ローレンツ卿の現在位置より五キロほど北上した地点で、第一大隊の竜騎小隊五部隊が、第一次防衛線を展開しています。そちらと合流し、戦線を安定させてください』
あまりの大群が押し寄せていることで通信術式にも影響が出ているのか、伝わってくる音声には、少なからず雑音が混じっていた。
無茶を言ってくれる、と毒づく代わりに「了解した」と応じながら、〈瞳〉を操作して周辺の状況を確かめる。探査範囲を拡大していくと、円盤が一面赤く染まるような反応の中、飛び回る五つの白点が見て取れた。腕の立つ者が揃っているらしく、赤色に囲まれても、するりと抜け出す。それどころか、〈翼虎〉を示す反応は次々と消えていくが、減った先から新たな反応が現れ、どうにもきりがない。
『――と、他人のことを気にしている場合ではなかったか』
『ろー かこまれた!』
『前方右下、三時の方向やや包囲が薄い。風穴を開ける、その隙を逃さず飛び出せ!』
いつの間にやら、今度は俺たちが囲い込まれようとしていた。ラドに逃走方向を指示しながら、散弾の〈鎗〉を多重展開。それらを一斉に放って爆散させ、強引にも虎の群れに穴をこじ開ける。その針の穴じみた間隙に、ラドは見事滑り込んで包囲からの離脱を果たして見せた。
『いいぞ、上手く抜けた!』
『えっへん! ごほうび ある?』
『帰ったら、ケーキでもクッキーでも、好きなものを食わせてやる。……しかし、さすがにこれだけ大量に引き連れたままで合流はできんな』
『ぜんぶ やっつけて いく?』
『援護が期待できん以上、そうしたいところだが』
少なくとも、この近隣では観測役と思しき固体の反応は見られない。向こうも学習して、木を隠すならば森によろしく、群れの中に潜ませたか。
虎共は包囲を抜けた俺たちの背を、束になって追ってくる。俺たちを先頭に凄まじい数の獣が尾を引いて追従して飛ぶ様は、それほど綺麗なものではないが、昼間の空に流れる箒星を連想させた。
『援軍を呼ぶ役の個体が混ざっているとして、それを即座には判別できないのが厄介だな』
『わから ない?』
『分からないとまでは言わないが、今すぐに、という訳にもいかん。ただ、まだ奴らの全てが高等な知能を獲得したとは考えづらい。大群の中に紛れたとして、おそらく挙動自体までを装いきることはできないだろう』
『わかりやすく いって』
『一頭だけ動きの変わったものがいれば、それが援軍を呼んでいる可能性が高い』
『どうやって わかる?』
『観察して、それらしきものを探す他ないな。そのためには、こちらから仕掛ける必要がある』
『こうげき する』
『そうだ。攻め手は俺が用意するが、上手く連中をあしらいながら飛ぶ必要がある。できるか?』
『やる!』
威勢よく応じ、ラドが一際強く翼で空を打つ。
『よし。俺は後方に向かって攻撃を仕掛けるが、特に気にする必要はない。包囲されないよう、回り込まれないよう、注意して飛べ。また逃げ出すのも面倒だからな。無理に距離を取ろうとはせず、余力は常に残すように』
『わかった!』
答えるが早いか、ラドは大きく右に旋回した。一塊となって追ってくる〈翼虎〉に横合いから直面する形となり、まさに攻めるには的確だが。
『こちらは気にしなくていいと言ったろう』
『ふふーん』
……人の話を聞いていないな、このちびすけ。
『まあいい――〈カルゼヒカの鎗〉二式、散弾多重展開。一斉掃射!』
眼前に現れた数多の鎗が、一斉に虎共に襲い掛かる。破裂して無数の棘と化した鎗に貫かれ、引き裂かれ、派手に飛散した羽毛と血肉は、空を塗り変えんばかりだ。そして、その極彩色の中にあって、一層に異質なものが目に留まる。
「やはり、まだその程度か」
地上に落ちていく同胞の血で我が身を赤く染めながらも、虎共はひたすらにまっすぐ俺たちへと向かってくる。その群れの中、ただ一頭だけ背を見せて場を離脱せんとするものがあった。
『標的を発見した。俺は奴への攻撃に集中する為、寄ってくる有象無象に対処できん。こちらの手が空くまで、上手く逃げろ』
『わかった!』
追ってくる虎を振り切るべく、ラドが加速する。飛行服に組み込まれた防護術式、鞍に仕込まれた防衛障壁で軽減されて尚、凄まじいばかりの圧力が身体を軋ませた。腹の中どころか、中身を丸ごと掻き混ぜられているような不快感に襲われる。
――されど、喉の奥に凝る呻きこそひねり潰す。狙うべきものから、決して視線は切らさずに。
『〈カルゼヒカ〉連装展開――』
放つ鎗は、通常の貫通弾に続けて散弾の二射。
一射目で延髄を破壊し、二射目で一対二枚の翼ごと胴体を爆ぜ飛ばす。些か過剰と言われれば否定はできないが、奴だけは確実に仕留めておかねばならない。ただの雑兵であれば、何もここまで念入りに止めを刺したりはしない。あの個体には、それだけの意味と価値があるのだ。
〈翼虎〉が人と竜にとって、最大の脅威であることは明白な事実だが、あくまでもそれは敵が十全であった場合の話だ。翼を折り、走る足を潰してしまえば、その脅威の度合いは劇的に下がる。後は地上部隊で十二分処理することができ、多勢でなければ、各村の自警団でも事足りるだろう。
だが、今し方俺が仕留めたものは、増援の呼び水であり、それ以上に「今ここにいない仲間」と連絡を取る術を持っている特異体だ。それは、ある意味では万軍にも勝る脅威であると言える。
まず、竜は人間に比して個体数が少ない。その上で騎士団に加わり、竜騎小隊を結成するとなると、残されるのはより限られた頭数となる。その状況下にありながら、我々はここ数百年にわたり、ある程度安定的な防衛体制を維持してきた。
それが我々の研鑽と試行錯誤の繰り返し、歴史の積み重ねによる賜物であることに否定の余地はないが、一方で〈翼虎〉に目立った変化が生まれなかったことも、一つの要因として挙げられる。
群れて狩りを行う程度の知性はあれど、戦場へ統一的に群れを配置して行動するほどの戦略は立てられない。凄まじい速さで空を飛び、鋭い牙や爪を持ってはいるが、遠距離からの攻撃にはなす術を持たない。あくまでも、〈翼虎〉は獣だった。
故に、古人は〈カルゼヒカの鎗〉を、〈オルゼベカの瞳〉を作った。敵の動きを先んじて把握し、その牙も爪も届かぬ遠方より射ることで、安全に撃破する。その戦法が確立してからというもの、騎士団の殉職者は激減した。
しかし、戦況を観測し増援を要請する、敵の戦力を測り分散させる――これらは、明らかに獣の所業でない。確固たる策略に基づき、行われたものだ。
今、奴らに何か……とても、恐ろしいことが起こっているとして。最も避けるべきは、こちらの戦い方を学習されることだ。俺たちの戦力を把握し、その情報を利用するほどの知能を持った相手に、これ以上の情報は渡せない。だからこそ、情報のやり取りをしている個体は、絶対に逃がせない。
『管制、ガザートだ。敵の群れの中に援軍を呼ぶ個体が混じっていることを確認した。一見して判別ができないので厄介だが、散弾で弾幕を張ってみせれば、一頭だけ逃げにかかる個体がいるはずだ。それを撃破することができれば、おそらく増援に歯止めはかけられる』
通信術具に向かって喋っている間にも、ラドは白い焔を迸らせ、虎を燃やし落としていく。さすがは〈高位種〉の直系か、今までに組んだどの竜の火よりも、速く広く燃え広がっていった。
大群が呆気ないほどの勢いで減っていくが、その一方で減った数が補填されることもない。やはり、先ほどの個体が鍵だったと判断して良さそうだ。
『ラド、あまり大盤振る舞いするな。焔を吐くのも負担がない訳じゃないんだろう』
以前、人の子の姿で炎を吐いた時、ラドは熱を出して寝込んだ。今ここで、それを再現される訳にはいかない。管制との情報伝達を終え、内心ヒヤリとしながら声を掛けたが、
『りゅう なら らく』
返事は思いの外、あっけらかんとしていた。
『そういうものなのか? 無理はしていないか』
『そーゆー もの。むり する ろー まで おちる。ぜったい しない』
どうやら、珍しく先刻の注意はきちんと聞いていたようだ。ならば、これ以上言うこともあるまい。
『そういうことなら、お前の判断に任せよう。ただし、辛くなったら言え。すぐに、必ずだ』
『わかった』
応じたラドが、大きく上昇する。残りわずかとなった〈翼虎〉に、上空から白い焔が襲いかかった。残党も、それで粗方が焼き尽くされる。
まさか、ラドがここまでやれるとはな……。俺たちだけで全滅させるのも、決して無理ではないと踏んでいたが、こうも鮮やかにいくとは。
『これで おわり!』
『御苦労、見事だった。ご褒美に期待しておけ』
『やったー!』
『管制、こちらガザート。周辺に集っていた虎は、粗方始末した。第一大隊に合流するか?』
ラドの歓声を意識の端に捉えつつ、再び管制に通信を試みる。しかし、これまで即座に返ってきた答えが、一向にない。
『管制?』
速まりそうな鼓動を意図して抑えつつ、もう一度声を掛ける。すると、
『――ローレンツ卿、一刻も早く街に、リィリャに戻って下さい! 別方面ですが、防衛線が突破されました!』
悲鳴のような声が、響いた。
こどもが傍にいることも忘れて、思わず「くそ」と罵る言葉が口を突いて出る。
『ラド、第一大隊との合流は中止だ! リィリャに戻る!』
『なに あった?』
『別の場所で防衛線が突破された。街の上空を戦場にはできん! 可能な限り急げ!』
『わかった!』
ラドが大きく旋回し、まっすぐにリィリャの方向へと頭を向ける。再び、身体の軋む衝撃。
しかし、それすら大して気にはならなかった。ラドに逸るなと言っておいてお笑い草だが、ひどく心が急いていた。
「二度も、同じ目に遭わされてたまるか」
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