第41話 話し合いの行方 4
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「俺が神を恨んで、この世界を支配したいと思うのは、その昔の出来事がきっかけだ。俺がやりたいのは、己の都合で周りを巻き込んでめちゃくちゃにする者たちを支配し正して、より良い世界にすること。その為には力がいる。『天地開闢の剣 アズドグリース』があれば、どうやらそれを可能にするようだと……、教会の本で知ったんだ」
「どうやって……?」
エミは、キョトンとした表情で、トーヤを見つめる
「ウチ、その剣の力がどんなんかよう知らんのやけど、剣一本でみんなが『はは~っ』て
「もしも、俺が教会の本を読み解いたことが正しければ、あの剣には、世界中の人の記憶と心を
「改竄? えらいまた、大きい話やんか。ウチは正しい心を持つって、そんな大きい単位の話やなくて、人が人と繋がって、より良い方向に行きたいと願いながら得られるものやと思てるし、大体の人はそうやって自分を持ってる。それに全員が全員おんなじ方向いても、それって誰が正しいと判断するん?」
純粋に、彼女はそう思ってトーヤに問う。
「その判断は、もちろん俺がする。そうなれば、争いもなくなる。それに、みながみな人と繋がったことで正しくなるわけじゃないと、俺は知っている。その『大体』の人たちの良い心や志は、容易く悪い心や大きな力に折られることを、知っている。だから俺はそう決めたんだ」
「それは、アンタの考える幸せやろ? 結局アンタの幸福観を押し付けてるって思わんの?」
「押しつけの何が悪いんだ?」
きっぱりとトーヤはそう答え、エミは一瞬絶句する。
「うーん……強いねえ、トーヤ君。その為に……いっぱいダンジョンの中で人を死なせるのは、ええことなん?」
「まさか。だれもいいとは言っていない。死んだ者の家族に恨まれていることだって承知している。だがそれは、尊い犠牲だ。彼らの犠牲があって、彼らの家族や他の大勢が恒久の幸せを得られるなら、死んだ彼らは甘んじて受け入れるべきだ。なにより、もう死んでいるのだから、関係のないことだ」
エミはそれを聞いて、さっと顔色を変えた。
「関係ないて、どの口がそんなこと言うんや……。同情するとこも多いけど、やっぱり、ウチ……あんたは勇者を辞めた方がええと思うわ」
「……どうして?」
「ウチの見てきた勇者は、仲間が傷つくのが怖すぎて、仲間に捨てられるようなそんな優しすぎる勇者や。使命を果たすとかそういうことの前に、仲間を大切にできることが勇者には必要なことで、大きな目的の為に誰を犠牲にしてもええなんて、ユウ君なら死んでも言わん。きっと誰も死なんように使命を果たすって言う」
「ふっ、それも言ってしまえば君の勇者観、だろう? それは、結果に届かない理想だ。時間は有限なんだよ? 切り捨てなきゃ間に合わない大きな目標の為に、小さなものが犠牲になるのは、仕方ないことじゃないか。」
彼は肩を竦めて、やれやれといった風にそう言った。
「あー、なるほど。そういう風に考えてるわけやね?」
「ああ、そうだよ」
「……その考え方、ウチほんっまに好かんわ。永遠に、アンタとは……噛み合わへんやろうね……」
「そうかな? 人を救いたいという方向は同じ。方法や対象の大小の差があるだけで。まだ歩み寄る余地はあると思う」
その方法、対象に含まれるべきものが犠牲になっていることが問題なのだ、ということをエミは先ほどからずっと言っているつもりなのに、どうやらトーヤには響いていないようだった。
「歩み寄るて……。ウチらは最初から、トーヤ君が自分の為に人を犠牲にするということが問題やって言ってる。人数の大小はあるかもしれへんけど、ずっと同じ仲間と頑張っていくのが、本来のパーティの形やろ? トーヤ君がまっとうにダンジョンを攻略していくんやったら、別に勇者のままでも
「まあ、勇者のままでいられるのなら、やめる気はないよね」
「……」
「でももし、俺に穏便に勇者を辞めさせる方法があると言ったら、君は乗るかい?」
エミは、不快な顔を隠さない。
「そりゃ乗りたいけど……方法によるわ」
「ねえ、エミさん。俺と、結婚して子供を作ろう」
「…………は?」
ぽかん、と口を開けて、エミは見たことのない物を見るような目で、トーヤを見つめる。
「君は、本当に美しい。君を一目見た瞬間から、俺は君が欲しいんだ。結婚し子どもを作れば、俺は勇者じゃなくなって、君たちの目的は達成されるだろう?」
トーヤはエミに手を伸ばし、愛おしむ様にその長い髪に触れる。エミは、最初はされるがままになっていたが、やんわりとその手を払いのける。
「……ウチと子どもを作るのと引き換えに、勇者を辞めてくれるって言うんか?」
「世界の覇者になるという夢は惜しいが、それで君が手に入るなら、諦めても構わない。俺が子を成せば、否が応でも勇者ではなくなる。辞めるという目的はそれで果たせるだろう? そして、誰の邪魔も入らない場所で、僕らと子どもたちと暮らそう」
確かに、それは自分たちの目的を、最も穏便に果たす方法だろう。
誰も傷つくことなく、これからトーヤの野望に巻き込まれて死んでいく人間は、いなくなる。
「俺はこれまで、世界の中から悲しみを失くしたいと思っていた。それが『天地開闢の剣 アズドグリース』を手に入れるという使命の先にある、己だけの使命、望みだと。だが多分、本当は人もこの世界も神も、どうでもいいんだ。ただ、自分が欲しい物を手に入れたいだけで、それが何よりも強い望みだったと言うだけだ」
「……」
「俺が君たちとテリーを殺してこれからも同じように繰り返すのと、俺と結婚して確実に勇者から引きずりおろすのと、どちらを君は選ぶ? だがこの選択肢なら、迷うこともないだろう?」
本当に、嫌な笑顔だ。
「僕は、どちらも選ばない」
「わたしもです、ユウマさん」
「私も、エミがこいつの嫁になるくらいなら、ぶっ殺した方がマシだと思うわよお」
「……! みんな……」
「聞こえていたのかい?」
彼は武器を一つも持っていない。
それなのに余裕の表情で、笑っていた。
「やれやれ、無粋だなあ。このトーヤ・クルスのプロポーズを聞いていただけでなく、乱入だなんて」
「あれをプロポーズだなんて、わたしは認めません、トーヤさん」
「そうよ。あんなのプロポーズじゃなくて、脅迫じゃないの。それにあんた、わざと聞かせてたんでしょう? いい性格してるわねぇ」
僕らが彼からエミを遠ざけると、カリカリと頭を搔くトーヤ。
「折角死なないチャンスをあげたのに、どうやら君たちは死にたいようだね?」
「わたし達を殺したら、ムルンの加護がなくなりますよ」
そうだ、勇者は地上で一人でも殺せば、ムルン神の加護を失う。
流石に、小競り合い程度ではそこまでの判定はされないようだが。
「――さっき君たちの話を聞いて思ったんだ。ケニーをちゃんと、殺しておけばよかったって」
「……? だから、それじゃあ……」
ムルンの加護を失う、と続けようとしたナナノは息を飲み込む。
「あんな死の一歩手前で、律儀に家族のところに送り届けたのが間違いだった。僕としたことが、そんなところから
おかしくて仕方ないといった様子だ。
「君たちは、ここでは殺さない。ここではしゃべれない程度に痛めつけて、一人一人、ダンジョンの中に連れて行って殺してやるよ」
「ちょっと待って……」
エミが、前に出た。
「さっきのプロポーズの返事、考えたから聞いてほしいねん」
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