第42話 話し合いの行方 5
「エミ!?」
「エミさん……、そんなの決まってるでしょう!?」
「エミ……? な、ないわよねまさか」
にっこりと、上品に笑ってゆっくりとトーヤに近付くエミ。
彼女は握った右手を前に差し出す。
「……受けてくれるのかい? 賢明な
それを迎える様に、トーヤは手を差し出した。
その手に、エミの右手が近付く。
「――んなわけないやろ、このドアホぉおおおお!!」
するりとトーヤの差し出した手を抜けて、エミは掌底のような形をした手を、力の限り彼の口にぶつけた。
殴ったと言うよりは、押し込んだように見えた。
「もう一回死んでも! 生まれ変わっても!! お断りやあああああ!!」
あの勢いは何本か、前歯が
まあ、『
「ぐあかあああああ!! ぅ!? んぐっうう!!?? かっ、からっ……からいいいいいいい!!!!!」
彼はもんどりうって、割れた前歯がちょっと間抜けな口から、歯と真っ赤な飴を吐きだした。
「エミ、あの飴ちゃんは……?」
「あ~あ、飴ちゃん吐き出すなんてもったいない……。ちゃんと最後まで食べてや、トーヤ君」
エミは僕の問いに答えず、トーヤの吐き出した飴ちゃんを拾う。ゴロゴロと転げまわっている彼の上に馬乗りになり、口に押し込もうとする。
「最後まで食べるか、それともっ、飲み込むか!! どっちでもっ、ウチはええで!! とにかく、最後まで食べきってや!!!! もったいないやろ!! これが、ウチの気持ちや!! 受け取り!!」
「ぐぉおお!! なんっ!? なんだこの力はぁっ……!? やめろぉおっ! んぐっっ!!」
抵抗虚しく再度彼の口にその飴ちゃんが投入され、今度は吐きだせないように手で塞ぐ。彼はエミの手をどけようとするが、びくともしない。
彼女は、この場にいる誰よりも、……そうテン君よりも強いのだから、そんな抵抗は無駄だ。
だが、己の力をセーブすることなく、こんな風に力づくでことを成す恐ろしいエミを見たのは、初めてだった。僕らは怯えながらそれを見守る。
「んっ、んむうう!! んむういいいううううぐうううう!!」
「うっとうしいなあ、暴れんといて? みんな、手伝って~」
エミに促されるままに、じたばたと暴れる彼を抑えつける為、僕らも加勢する。僕は両腕、ナナノとティアは両足をそれぞれ。
彼の顔はみるみる真っ赤になり、見開いた眼もかわいそうなくらい赤くなる。
どんなまずい飴を食べれば、そうなるのか。
――泣いている。そして鼻水も出ている。
ポロポロと、その涙は豊かな草原に零れ落ちていく。
「どう~? 泣いて感動するほど美味しい? 『いちごみるく』と双璧を成すウチおすすめの飴ちゃん。『ハバネロ』やで~。美味しいやろ? 美味しいよなあ?」
「」
彼は言葉を発することを諦め、泣きながらそれを飲み込んだようだった。
ごくり、と喉が鳴る音が聞こえた。
その音を確かに聞いてから、エミはトーヤの口から手を離して、おもむろに彼の体の上からどいた。
「アンタの言うこと、
話し合いでなんとかなるんやったら、それにこしたことはないんやけどと、心なしか悲しそうに続けた。
「ハバネロって、なんだ? 初めて聞くが……」
今度こそ、トーヤを泣かせた飴ちゃんの正体を訊ねる。
エミはこちらを振り返り、教えてくれた。
「この世界にも普通の唐辛子はあるけど、ハバネロはそれの八倍辛い唐辛子の名前や。辛さでいうと、ウチの世界にはもっと辛い唐辛子があるんやけど、飴ちゃんになってるとなると、一番辛いのはこれかなあ?」
エミの世界には、唐辛子の飴ちゃんなんてあるのか!!
基本的には甘みをその味が増幅させるか、その味や匂いに砂糖が混じっても邪魔をされない味の飴ちゃんを作ると思っていた。
要は、砂糖と組み合わせても噛み合う物だけで、作るものだと。
だがハッカの飴も、予想外と言えば予想外ではあったか。でもあれは、すっきりとした飴ちゃんになるのだろうと、まだ予想できる。
辛い物と甘いものが組み合わさってできていると考えられるハバネロの飴ちゃんは、一体どんな味になるのか……。
想像しようとしても、ちょっと頭が混乱する。
エミの元いた世界では、辛いものでも飴ちゃんを作るんだな。
中々味の開拓精神に富んでいる。
「……八倍って聞くと、大したことないように聞こえるけど、そういえば唐辛子をそのまま食べたことなかったな」
「あっ私、あるわよぉ。あれの八倍なら、口の中が腫れるかもねぇ。泣いちゃうのも納得だわぁ」
腕を組んでうんうんと頷く、ティア。
トーヤは、暴力を振るわれたわけでもないのに(とはいえ、前歯が折れたのは立派な暴力か)、
時折、うっ……と
普通に戦って倒すより、酷いことをしたような気分にさせられる。
「ま、言うても飴ちゃんやからね。八倍の辛さに砂糖足したら……。それでもまあ2倍くらいかな? ちなみに舐め終わっても割とずっと辛いで。辛いもん少ないこの世界やと、ウチが考えてるよりきっついかもなあ」
「わたしは、辛いの苦手なので無理そうですねえ」
ナナノが舌を出して、聞いているだけで辛そうな顔をしている。
「ちなみに、まずいというよりは、とにかくまあ……口の粘膜に
「」
「トーヤ君。ウチらと一緒に勇者の引退届出しにいくか、ハバネロの飴ちゃんを強制的に舐めさせられるか、選んで?」
救いのない悪魔のような選択肢を出すエミ。
殺されるか結婚するかと、どちらがより酷いだろうか。
「こん……な、ことで……、俺の心は……折れない……」
「ウチもこんなことするの心苦しいんやけど……、人が死ぬよりはマシやと、信じるわ」
「んっぐぅううううう!!」
はい、二つ目入りました~。
というか、その選択肢おかしいよな。彼が引退を決意するまで、どうあがいても飴ちゃんは口の中に放り込まれ続けるしかない。
「あっ、知ってるのか分からんけど、うち飴ちゃんなんぼでも出せるんよ。せやから、なくなるまで我慢したろって思ってるんやったら、それは大きな間違いやからね?」
「んっむうぅぅう……っ!」
エミとは思えないほどの冷たい声で、彼にそう囁く。
「何個まで耐えられるかなぁ? 辛いもんって食べ過ぎると味覚障害になるらしいで。そうするとどうしても味の濃いもんを食べてしまうから、塩分とか糖分も過剰に摂取するようになってしまうんやって。それに辛いもんってな、粘膜を刺激しすぎるから、食べ過ぎると胃がんや大腸がんのリスクが上がるんやで。テレビで見たわ」
テレビ?
テレビとはなんなのだろうか。見る物のようだが……。
また後で、エミに聞いてみよう。
それとは別に、今割と恐ろしいことをエミは言った。
がんは、不治の病だ。
体のありとあらゆる場所にでき、一度発症してしまうと、切り取って治ることもあるが、また別の場所から発症したりもする恐ろしい病気だ。
ムルン神の回復は、病には効かない。
僕らがもしその病を発症してしまった場合、痛みに苦しみながら死ぬか、痛みをごまかしながら死ぬか、痛みに耐えられず自害するか、殺してもらうか……。
その病気になりやすくなる、と聞いてしまうと僕らは震えあがってしまう。
普段からそんなに辛い物を食べているわけではないが、少し自重しよう。
「んんん……ぐ……むぐうう……」
「うんうん、飴ちゃん美味しいねえ」
「んぐうぅ……ぐうん……」
「えっ、もう一つ? お兄さん行けるクチやね?」
絶対成立していないであろう会話に、トーヤはぶんぶんと首を横に振る。
「違うの? あ、もしかして、一つやと足りへんかな? 二つ追加する?」
泣きながら更に激しく首を振るトーヤ。
気付けば空に重い雲が垂れさがり、少しずつ暗くなってきていた。
その拷問はなんと、日がてっぺんにあった時間から、ゆっくりと天気が下り坂になった夕方まで続いた。トーヤは徐々にムグムグ言わなくなり……。
――とうとう。
「もう、やめひぇ……くりぇ……。勇者を……やめりゅ、かりゃ……」
「そう。決意してくれて、ウチも嬉しいわ」
エミはにっこりとほほ笑んだ。
彼が食べたハバネロの飴ちゃんは、途中から数えるのをやめてしまった。しかし恐らく30個以上食べさせられていたと思う。途中で吐いてもいたが、それでも彼女はやめなかった。
エミを恐ろしいと思ったのは、ずっとハバネロの飴ちゃんを舐めさせていたのではなく、途中に甘い飴も舐めさせて、舌をある程度リセットさせていたことだ。
そういえば、一つだけ僕も試しに舐めさせてもらったが、あまりの辛さにすぐに吐き出してしまった。
そこまで耐えた彼の精神力の強さには、敬意を払いたい。
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『なんだこの力は……!?』は、ボスに言わせたい言葉ベスト10に入りますね。通常では考えられない力を解放した主人公に対して言ってほしい言葉です。
※ユウ君の吐いた飴ちゃんはスタッフがおいしく……ぐうぅ!!!! おいしく、いただきました。
辛い物の食べ過ぎには、注意しましょう。
現在一番辛いとされているのは「ドラゴンズ・ブレス・チリ」という唐辛子で、前のギネス記録「キャロライナ・リーパー」の約1.1倍の辛さだとか。
ちなみにハバネロの、約82倍の辛さです。
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