第40話 話し合いの行方 3

 トーヤは、その瞳からふっと……狂気を消したように見えた。


「……エミさんと、話がしたい」

「分かった」

 

 エミと話をさせる前に、彼の鎧、アイテム袋、それから腰につけている短刀など、全ての殺傷に使えるであろうものを取り外させた。

 そして、更に用心の為に、横にテン君も配置させる。 

 彼は敵だ。

 エミに万が一がないようにしなければそれを許可できない。

 

 エミとテン君、トーヤは、僕らから少し離れた場所に腰を落ち着けて、語りだした。

 

「俺は、元々は孤児ではなかった。両親と、ルパーチャから遠く離れた別の国で、暮らしていた」



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 その国は、戦禍の絶えない国だった。


 トーヤの生まれた国アムガは、数十年前に東彩とうさいを取り込んだあと、別の国――コウセラをも自国の領土にしようと企んでいたし、それをコウセラも気付いていた。

 大規模な軍事侵攻はなかったが、互いが牽制けんせいし合う様にその国境付近に戦略拠点を増強し、いつどのタイミングで人死にの出るような戦闘になるか、分からない状況だった。

 しかし、国の中心に住む人々は、人同士の争いに

 戦争とは、国と国との境界で起こり、攻められることがなければ、自分たちの住むような中心地では起こりえないと知っていたから。

 そして彼らはすでに、他国の領土を手に入れることで自国が豊かになるということを、身をもって知っていたから、それを止めるようなこともなかった。

 取り込んだ東彩の技術、人、土地……融合したそれは、アムガの衣食住を飛躍的に向上させた。


 アムガとコウセラとの国境周辺に住むトーヤの両親は、いつこの場所が戦地になってもおかしくない、と考えていた。

 そうなる前に国の中心へと移住しようと思ってはいたが、それは遅々として進まなかった。

 何年もの国同士の睨み合いの中、人が集まればそれだけ商人が潤い、商人に卸す農民やきこり、猟師、漁師たちが潤う。

 街全体が活気付いて、住み慣れた街がどんどん豊かになっていく。その土地を捨てるという決意が、揺らぐほどに。何年も何十年も、その場所で育ってきたのだ。当然の感情だった。

 それに人も、流出より流入の方が多い状況だった。

 堅牢な要塞のような防壁が街を囲み、国境を挟んでお互いを拒んでいて、どちらも手出しをできない雰囲気になっていたし、この先数十年、もしかすればもっと……何百年もの間この状態かもしれないと楽観視する者が少なくなかった。


 アムガの王モエドも、戦争が起こるかもしれないが、それは今すぐではない。この街の隆盛が、コウセラからの最大の防御壁だ。大いに栄えよ、と告げていた。

 その地の指揮官ゴレアスも、街が戦場になることはないと言っていたし、街にいる騎士や兵士たちの空気を見れば、確かにそれは本当のことのように思えた。


 ……それが何年もの歳月を掛けた、アムガがコウセラに仕掛けた罠で、自分たちがその罠の餌なのだと、誰も気付けなかった。 

 日常が崩れるのは、一瞬なのに。

 

 ――それは、トーヤが五歳の頃。本当に突然に起こった。


 ある夜――、要塞の外、四方からコーン! コーン! と槌を打ちつけるような音が響いていた。

 不思議に思った住人達は、家の外へと出るが、要塞の外には見回りの兵士がいるはずで、街の外に見に行くことはなかった。

 街の者たちは街の中で何の音なのかとそこかしこで訝しんで話し合うだけだった。

 そうしている内に、街を守る壁がガラガラと音を立てて崩れ去り。

 コウセラの兵士たちが街になだれ込んだ。


 その壁は、ある一点のレンガの形をした杭を外すと、全てが崩れる仕掛けになっていた。

 当然それを知っていたのは、設計した者と、その指揮をした者以外にはありえない。そんなことを考えている暇もなく、街は蹂躙じゅうりんされた。 


 なぜか兵士は少数しかおらず、次々と人々は虐殺され、その街はコウセラの物になった。

 父は自分たちを守ろうとして死に、母は犯されてから殺された。


「もしも、自分にムルンの加護がなければ、俺も父や母と共に、あの時死ねていただろうにと思うことがある」


 トーヤはその光景を見て、そしてそのあとの出来事で、一生忘れることの出来ない深い心の傷を負う。

 切られてもなかなか死なない自分のことを不審に思った兵士が、トーヤの服をいた。そしてムルンの加護を持っていると気づき、上官と思しき男の前に、差し出した。

 汚らしいひげを生やした上官はトーヤの髪を掴み、ぐいと顔を上げると「他にも子どもを何人か用意しろ。ムルンの加護っていうのがどのぐらいのもんなのか、見てみたいだろう? 勇者様を痛めつけられる機会なんざ、今しかないぞ」と笑った。

 つられて、その場にいた兵士たちも下品に笑った。


「恐らく、神や人を恨んだ発端ほったんは何だったのかと君が問うのなら、それはあの時だろう」


 彼は、神だけではなく人間さえも恨んだ。



 コウセラの支配は、一週間続いた。

 

 その一週間は、トーヤにとっては死んだ方が良かったのではないかと、そう思うほどの毎日だった。

 彼は毎日……、に兵士たちのサンドバッグになった。

 自分のこの『死ににくい』というムルンからの加護を、彼らは加護のない子供たちと比べてたのしんでいた。

 同じ街の子どもと並べられ同じように殴られ、蹴られ、傷つけられ……、隣の子供がその内泣き叫ぶこともできなくなり、虚ろな瞳になって動かなくなると、死んでいるかの確認もないまま、ズタ袋の中に物のように入れられて何日も放置された。

 時折動くことや弱々しい声を発することもあったいくつかのも、食事がなければその内動かなくなる。

 

 酷いにおいだった。

   

「地獄があるとするならば、あの風景を指すのだろう。そしてそれを支配しているのは……神ではなくだ」


 一週間して、トーヤの街を見捨てていなくなっていた指揮官ゴレアスと、アムガの兵が戻って街を取り囲み、街の中にいたコウセラの兵士たちに言ったのだ。


「お前達の国の王は死んだ。伝令を出してもいいが無駄だ。コウセラに住んでいただけの者たちならいざ知らず、この街を蹂躙したお前たちは、我らアムガ国の元に下ることは許されない。この場で全て、処刑する」


 抵抗し、散り散りに逃げようとした兵士たちは、ことごとく捕らえられ、処刑された。


「俺を痛めつけた兵士たちが、一人また一人と斬首されるのを見て……、俺には恐らく普通なら上がってくるであろう感情が上がってこなかった。ただ、やるのなら、自分にやらせてくれればいいのにとは、思ったよ」

 

 あの自分への暴力を命令した上官の番になった時、そいつは叫んだ。

「話が違う! お前ら、騙し――!!」


 首が落ち、喋れなくなったしかばねは真実を語ることもない。 


「俺がその男の叫んだ意味が分かったのは、ずっとずっと後だったし、その街にはもうその言葉の意味が分かるかもしれなかった大人は、誰もいなかった。俺とを比べる為に残されていた数十人の子供たちは、みなぼんやりとそれを見て、聴いていただけだった。あんな凄惨せいさんな一週間、きっともう今となっては……覚えていないだろう」


 コウセラの兵士たちは、アムガの言うとおりに決行したにすぎなかったのだと、トーヤは思っている。

 コウセラが街を襲い、手に入れるまでのスピードは異常だった。街の把握――、それは街の造りはもちろん、当然のように住人が何人、どこにいるかまで情報があるとしか思えないほどで。

 あの町をコウセラが手に入れて、彼らがトーヤを殴っていた時、街を守っていた兵たちは、首都周辺に辿り付き、すでに王の首を手に入れる算段が整っていたのだろう。

 この街を使った罠は、同時多発的に行っていた作戦の一つでしかないだろうが、その場所で地獄を見た勇者が、冒険者を巻き込んで死なせていくことになるなど、彼らにはきっと分からなかっただろう。

 

 その惨劇の後に、まともに話すことができたのは、トーヤだけだった。


「僕たちは、どうなるの?」

と、兵士に聞くと、

「全員、バラバラに孤児院に送られることになる。君は……恐らく国外の場所に」

「なぜ僕だけが、別の国なの……?」

「それは……君が勇者だから」

「そっか」

 

 勇者は特別だと言うことを、五歳にもなればトーヤ自身も分かっていた。


「けれど多分、あの兵士があえて言わなかったことに俺は後から気付いた。本当は、他の子どもが俺に怯えていたからだったんだ。恐らく死ぬ自分たちと、同じように痛めつけられても死なない俺。他の子ども達が俺に怯えるのも仕方のないことだ。それに――」


 トーヤは一呼吸置いて、空を見る。


 アムガでは、王を含めてみな敬虔なムルン信者で、勇者は少年少女の頃に、おりを見て国外に預けられるのが通例だった。本人にすれば、追放のようなものだが。

 どういう線引きなのかはトーヤも知らないが、勇者でなくなった者は戦争に駆り出しても、今現在勇者である者は、国の事情に巻き込むことはしない。本来そういう風になっていた。  

 アムガの国旗も、太陽をモチーフにしたものだ。 


「アムガなりの、太陽神へのみさお立てみたいなものだったのかな」


 その後は、恐らく知っての通りルパーチェの孤児院で育てられた、と続けた。

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