第39話 話し合いの行方 2

「長々と、トーヤさんは話してくれたけれど、僕らは仲間を取られたことに腹を立てて呼びだしたわけでも、ナナノの両親が死んでしまった恨み言を言いに来たわけでもない。それは、貴方の言うとおり、僕の仲間とナナノの両親の選択の結果でしかないから……。僕らはトーヤさんの次の犠牲者を出さないために来たんだ」

「俺の犠牲者って、そんな言い方はないだろう? まるで俺が彼らを意図的に殺したみたいじゃないか。まあ、僕が街でもそういう風に噂されているのは、知っているけれどね。彼らはダンジョンの中で、モンスターに殺されたんだ」 

「という、外へのポーズなんですよね? ムルン神の加護が、剥がれない為の」

 

 ナナノが切り込む。

 図書室の前の時と全く同じように、その言葉への苛立ちを隠す。

 どれほどの犠牲を生んで、どれほどのそしりを受ければ……こんな風になれるんだ?


「違う。彼らは本当に、モンスターやグーヴェボスにやられて死んだんだ」

「やられたのは本当かも知れない。けど、そう仕向けたのはあなたでしょう?」

 

 おっとりと、しかし一部の隙もない様子で、ティアはそうトーヤに言った。

 

「一体、何が言いたいんだ、君たちは?」

「最初から変わっていないよ。トーヤさんは、レベルの自分より低い冒険者たちを、高額の報酬で自分のパーティに引き込んで、一度目は彼らと自分の力があれば確実に勝てるダンジョンへと潜る。そして二度目は、グーヴェボスが絶対に出てくると知っていてそこに引っ張り込む。あなた以外の冒険者に待っているのは、ほぼ確実な死だ」

「はあ? バカバカしい。下らないその言い分を、一体誰が信じると?」


 少しずつ、焦りが出てきているのをトーヤから感じる。

 こいつらは一体どこまで知っているんだ? という空気が伝わってくる。 


「あなたと、同じダンジョンに潜った人は……ほとんどが死んでいる。だが『戦闘不能』になっている人もいる。『戦闘不能』というのは……、話すこともできず、寝たきりの、……それこそ心臓が動いているだけの屍のような状態のことだ。あなたと潜った人の一人に……、その状態になってしまった男性がいる」


 それまでどこを見ているとも知れなかった瞳が、真っ直ぐに僕を一度捉える。

 だがまたそれはすぐに僕から外れる。


「……ああ……。なぜ君たちがケニーのことを知っているのかは、あえて聞かない。大体分かるから。彼には、可哀そうなことをしてしまった。生きて出てこられたのに、教会に行っても、治らなかったんだ。決してムルン神の力を疑うわけではないが、あの時ばかりはどうして……と思わざるを得なかった。彼の家族には、月に多額の仕送りをしている」 

「僕の頼んだ探偵は、とても有能な人でね。そのケニーさんから……あなたのことを訊いたんだ」

「!? どうやって……ッ!?」

 

 眼を見開いて、僕に掴み掛らんばかりに彼は動揺した。

 

「彼には、意識があり意思があった。それを周りの人間が、気付けなかっただけで」

「……意識と、意思……だって? どれだけ俺が話しかけても、あいつは何も答えなかった!! 俺だけじゃない、あいつの家族にもだ!! そんなこと、不可能だ!!」


 勇者らしくない牙を剥くようなその顔に、エミが僕の服のすそをぎゅっと握った。


「いいや、彼はずっと……答えていたそうだ。唯一動く

「ッ……!! バカな!! バカな!! バカな!!!! そんなこと……!!」

「僕らが頼んだ探偵はモータル族でね。僅かな衣擦れの音に気づけたのは彼の耳があったからだ。思ってもみなかった嬉しい誤算だった」

 


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「トーヤは、俺がグーヴェボスに殺されたと、思っていたようだ」

 と、パイルに連れられて行った教会からの帰り道に、ケニーはそう言った。

 

 寝たきりで削げ落ちてしまった体力や力に少し落胆しながらも、「体が思い通り動くってのは、いいもんだなあ」と、笑って。


「トーヤはゴーレムと話をしたかと思うと、おもむろに無抵抗のゴーレムに近付き、その弱点をえぐるように切り裂いた。それでゴーレムは倒され、彼は宝箱を開いてダンジョンの外へと転送された。一度も、俺たちの方を振り返らず。……仲間たちの死を惜しむようでもなく、ダンジョンから出て行ったんだ」

 

 歯を軋ませて、辛そうに彼は言った。


 ケニーは見ていた。

 笑い合う、勇者トーヤとグーヴェボスのゴーレムの姿を。

 

「死んでいなければ、一緒に転送されるんだな。そして、転送された後に、やっと奴は俺が死んでいないことに気付いた。だが、殺せなかったようだ。推測だが、加護が剥がれるのを恐れてだろう。何を言っても反応しない俺に、奴はほっとしたようにも、また邪悪な企みを思いついたようにも見えた。俺はその後両親のいるこの村にそのまま連れてこられたんだ。両親の嘆いている声も、トーヤの俺を教会に連れて行ったが治らなかったという薄っぺらな嘘も、全部聞こえていた。俺の両親は、敬虔なムルン信者だ……。その加護を受けた勇者が、嘘を吐くなんて思いもよらなかったんだろうな」


 教会から帰り、パイルに支えられながらも動き、声を発した息子に、驚きと喜び、そしてそれに混じる疑惑の表情を見せた両親。

 抱きしめられ、それを抱きしめ返せるということに、ケニーは涙したのだった。


「ヴァルードさん、ありがとう。あなたが……、俺がずっと発していたこの訴えに気付いてくれなかったら……。今も俺は寝たきりだっただろうし、こんな風に家族を抱きしめることもできなかった」

 

 パイルは、首を横に振る。


「アンタに辿り付けたのは、俺にトーヤを調べる様に頼んでくれた、ちょっとお人よしのユウマという勇者のおかげだ。礼を言うならそっちにだな」

「……そうか」

 

 ケニーは笑って、「もし冒険者をまたやるなら、その勇者について行きたい。そう、伝えといてくれるか?」

「それは構わないが、あのパーティはもう美女三人で定員いっぱいだからなあ」

 とおどけてパイルも笑った。


「なるほど、そりゃ俺が入る隙はなさそうだ。体力が回復したら、他の信頼できるパーティを探すよ」

 


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 目を見開き、彼は半笑いを貼り付けた顔で、トーヤは殺気を垂れ流し始めた。

 この様子だと僕らを殺して……ケニーも殺しにいくつもりだろう。

 その時点で、これまで必死に守ってきたムルン神の加護がなくなるということも、頭から抜けてしまっているようだ。


「トーヤさん、お願いだ。もう他の冒険者の犠牲を出さないでくれ。僕らは、あなたがやってきたことを、誰にも吹聴ふいちょうしたりしないと約束する。ケニーさんも、それならあのダンジョンであったことは、誰にも言わないと約束してくれた。だから、もうこれ以上は……」

「うるっさいなぁ……、小蠅が……ブンブンとぉ!!」

「テン君……ッ!」

 

 トーヤがゆらりと立ち上がり、剣を取ろうとした手を、テン君の爪が掠める。


「ぐっ!!」


 僕らも、同時に咄嗟に立ち上がって、距離を取る。

 彼の剣が衝撃で鞘から抜け、クルクルと回りながら、離れた地面に突き刺さった。 それを同時にテン君とトーヤが追いかける。

 だがそのスピード勝負は、多少の距離の差をものともせず、当然のようにテン君に軍配が上がる。

 剣の柄を咥えたテン君を、忌々しそうに見つめるトーヤ。

 テン君の咥えたその剣は、鋭く青くトーヤの姿を映す。


「ノルカヒョウがッ……!! モンスターの分際で……!!」

  

 テン君はその剣をエミに差し出し、エミはテン君の顎を撫でてそれを受け取った。

 

「テン君は、アンタより強いで。なあ、もうやめにしよ? こんなん続けてても、誰も幸せになれへん……」 

「幸せ!? 俺の幸せは、この神に支配された世界からの脱却と、『天地開闢の剣 アズドグリース』の力で覇者となり神と同等の力を持つことだ!! そしてそれは、この世界に生きるみなの幸せだ」

「あんたみたいに人を犠牲にして何とも思わん人が世界を治めて、幸せになれるとは微塵みじんも思えへんわ」

 

 呆れたようにエミがたしなめる。 


「それは、ムルンだってグーヴェだって変わらない!! なら、まだ人間の俺の方がこの世界をよくできる!!」

「……」

 

 ぎりぎりと歯ぎしりをしながら、彼は恐ろしい顔で吐き捨てる。


 ――取りかれている。


 自分の思想に。

 神ではなく己の考えた、自分だけの使命に。 


 勇者は、誰よりも自己中心的に、神に定められたその使命を果たすべき存在なのは間違いない。

 そしてその為の犠牲を許される職だ。

 だが、許されるだけであって、使命を盾にして、その為に人としての道理を外れてもよいというわけでは、決してない。

 だから、ムルン神の加護は無条件に勇者の体にある訳ではないのだ。

 

 ましてや、使命の為ではなく己が神になりたいが為に仲間を犠牲にするなんて。


 いや、それを本当は分かっているから彼は……。

 自分の心を軽くするために、そこにつけこんだグーヴェと結びついたのだろうか。

 

「……なんや、アンタ……今までうてきた誰より……哀しいな?」

「哀しい……だと?」


 ひるんだトーヤに、彼女は一歩、近付いた。

 

 エミが優しく語りかける。

 僕を、ナナノを、ティアを救ったように。


「あんたがそんな風になったきっかけって……なんなん? あるんやろ? ウチに話してみいへん……?」

「なっ、なにを……」


 彼女にとっては、トーヤでさえも、救う対象なのだというのか。


 エミは、優しすぎる。

 彼女の与えてくれる安らぎや笑顔が、消えないように頑張りたいと思う。エミを幸せにしたいと思う。

 だがきっと、その優しすぎる彼女につけこむ人間だって、いる。

 

 僕は彼女ほど優しくは生きられないから、それが分かる。


「エミ、君が彼の話を聞いて同情したとしても、エミと話して彼が改心するとしても……僕は彼に勇者を辞めてもらう」

「……うん」

 

 エミは、少し悲しそうな眼で分かっていると頷く。

 

「トーヤさん、あなたがエミになにか話したいと言うのなら、僕は止めない。きっと僕の仲間たちも止めないだろう。僕らは、エミに救われた三人だから。だから、もしかしたら……あなたの心も救われるかも、しれないから」

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