第38話 話し合いの行方 1

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「……そこをどいてくれないか?」

  

 金色の髪、優しそうな瞳、溢れるような風格。

 外見だけ見れば、彼は誰よりも勇者然としている。

 この外見に騙されるというのも、トーヤと一緒にダンジョンに潜ってしまう原因の一つなのかもしれない。

 

「トーヤさん、話があるんだ。どこか誰にも邪魔をされない場所で」

「それは、戦闘を行える場所という意味か?」

「……できれば、そうはなりたくないけど、そうなってもいい場所なら助かる」

 

 髪と同じ金色の眉を寄せて、苛立った顔を見せたが、一瞬でそれを消す。

 格下の僕から、こんな言い方をされれば苛立ちもするだろう。

 凛々しい眉毛の下にある瞳。その奥にある仄暗い暗闇が、なぜか今は。たった一度でも自分の友人たちを、彼とダンジョンに潜らせたくないなと、改めて思ってしまった。

 恐らくこれは、これまでの死闘で、手に入った新しい感覚なのだろう。


 彼の持つ力と、僕らの持つ力にある差は、見下されても仕方ないほどのもの。

 トーヤの装備は、一式スキル付であろう『神材装備』。テン君以外の僕らの攻撃が通るか通らないかといったところだろう。

 通ったとしても、致命的なものには、決してなりえない。

 

「四対一は卑怯じゃないか?」

 

 心にもないことを言う。

 もし戦ったとしても、僕らに負けるとは、微塵みじんも思っていないくせに。


「ウチらは、アンタと話がしたいだけや。あんた、話する前から戦闘になるって思てるんか?」


 廊下が狭いので、僕の後ろから、ひょこりと顔を出すエミ。

 トーヤは一瞬驚いた顔をしながら、エミを見つめた。


「君は……?」

「ウチはエミ。見ての通りユウ君のパーティメンバーや」

「そう、か」

 

 ……?

 エミの事を初めて見るのか? あの水場で僕らを見たはずだが……。ああ、でもエミの周りには人がたくさんいて、彼には見えていなかったのかもしれない。


 彼は僕らの顔ばかり見ていてテン君の存在に気付いていなかったのか、不意に降ろした視線の先にノルカヒョウがいて、びっくりしたようだった。


「……まさか、ノルカヒョウ?」

「ウチのテイムモンスターや」

「…………」

 

 なぜか黙り込むトーヤ。

 テン君に対しては、驚くわけでもなく、なにか考え込んでいるようだった。 


「この街から少し離れた場所に、湖がある。そこでいいかな」 

「構わない」


 トーヤの提案にそう返事をする。


 僕らは、僕がエミと最初に出会った湖――テレニ湖へ移動した。

 木々は映え、風に煽られてそよそよと気持ちよさそうに揺れ、湖面もキラキラとムルン神の祝福を受けて輝いている。


「ああ、この湖はいつ来ても清々しいね。緑が豊かで、そして美しい」

 

 湖に着くやいなや、トーヤはそう言った。

 僕もよく来ていたが、この男に会ったことは一度もないが……。

 ほとりに座り、我が物顔で僕らにも座るように促す。

 湖で、魚がピシャリと跳ねて、波紋が広がった。


「君たちが、俺に話したいということは何かな? 思い当たるとすれば、パーティメンバーを取られた恨み言を言いたいか、それともそこのモータル族の少女の両親を、俺が守れなかったせいで死なせてしまった恨み言か。とにかくまあそんなところだろう?」

 

 これまで、パーティメンバーを失った勇者や死んだ者の家族から、何度もそういう話をされてきた、と彼は溜息を吐いて言った。


「俺が、グーヴェの生み出したダンジョンの中で、自分のパーティメンバーを守れなかったことは、本当にいつも……いつだって悔やんでいるさ。でも、それで立ち止まる訳にはいかないんだ。だって俺は……勇者だから」


 が鼻についた。

 エミが、何か言いたげに顔をしかめたが、察したナナノがエミの袖を引っ張る。


「これ以上犠牲者を増やさないために、一刻も早く『天地開闢の剣 アズドグリース』を、グーヴェ神から取り返さなければならない。それが、死んでいった者たちへの、一番の供養になると俺自身が信じているからだ。そしてその為には、ある程度の力を持ったメンバーがすぐにでも必要で、それには……申し訳ないけれど他のパーティからメンバーを引き抜くのが最適なんだ」


 やたら芝居がかったその言い方に、何回も何十回も、同じようにこれまで説明を繰り返してきたのだろうというのが容易に見て取れる。

 それにしても、臭すぎる演技だ。

 むしろ、僕たちの神経を逆なでしたいのではないかと思うほど。


「君たちからの批判は、甘んじて受けよう。そうすることでしか、俺は君たちの心の中にわだかまった気持ちを、取り除くことはできないからね!! だが、それは聞くだけだ。失ったものは戻らないから。モータル族の少女の死んだ家族は、もう戻ることはないし、君の元パーティメンバーだって、納得して俺のパーティに入った。分かっているだろう? 君が、をなぜ自分のパーティから外さないのか理解に苦しむが、もしそれが俺に対する嫌がらせだとしたら、そんなものは無意味だ。早急に教会でパーティメンバーの脱退申請をしてもらいたい」

 

 終わったか?


「……だが、君たちに会って思ったんだが」


 終わってないのか。


「君……、ええと名前は?」

「ユウマ・シンドウだが」

「ユウマ君、君のパーティと俺のパーティを取り換えるというのはどうだい?」

「「「「!!??」」」」


 一体何を……言い出すんだこの男は。


「君からパーティメンバー三人を引き抜いたのは、確か一週間前くらいだっただろう。君たちがパーティを組んだのも、少なくともそれ以降ということだ。その程度なら、まだパーティメンバーをトレードしたところで大した痛手ではないよな? ユウマ君は気心の知れた元仲間を取り戻せて、僕も新しいメンバーを得ることができる。どちらにも損のない、いい話だと思うが――」

「ふっっざけんなああああ!!」

 

 僕が叫ぶよりも先に……やはりエミが叫んだ。

 エミが、こんなことを言われて、黙っていられるわけがなかった。


「兄ちゃん、アンタなあ!! 何をどうやったらそんな考えになるんや!! トレードてなんやねん!! あんた仲間を一体をなんやと思てるんや!! アンタみたいなんがリーダーのパーティに、ウチら三人、死んでも入らんわ!! ウチらはユウ君やから一緒に冒険して、ユウ君やから一緒におるんや!! アホ!! ハゲてまえ!!」

「お、落ち着けエミ」

  

 ハゲてまえって……、それは言い過ぎだろう。とんでもなく頭に血が上っている。

 エミの怒りを意にも介さず、なぜか爽やかに笑うトーヤ。


「エミさんは、気の強い女性なんだね。俺はそういう女性、嫌いじゃない」

「アンタの好みなんか聞いてないわ!!」

 

 トーヤはまた少し考え込んだかと思うと、とんでもない提案をしてくる。

 

「確かに、こんな美しい女性たちを三人全てというのは、俺も欲張りすぎたかもしれない。彼女――、エミさんと三人のトレードならどうだろうか? それなら、君のパーティも充実できて、悪くない条件だろう? エミさんには、十分なお金も払うし。あ、もちろん君たちが全員僕の元に来てくれるなら、それはそれで嬉しいんだけど」

「はあっ!?」

「なんでそうなるん!? 話ちゃんと聞いてんのか!? こんの、ド腐れくそ男がああああ!! いちいち言い方もムカつくんじゃああああ!!」

「エミさんんん!!」

「エミぃぃいいい!」


 エミが口から火を噴きかねない様子でトーヤに襲いかかろうとしている。そしてそれをナナノとティアが必死で抑える。

 ――が、じりじりとトーヤに近付いていく……。

 忘れがちだが、彼女は本気を出したら僕ら全員一ひねりなんだ。彼女を煽るのはやめてくれ。 


「ド腐れなんて言われたのは初めてだけど、俺はなにかおかしいことを言ったかな?」

 

 彼女が何をそんなに怒っているのか分からない、といった表情で彼は僕を見た。

 本当に、分かっていない様子だ。

 ああ、これはもう……勇者じゃない。

 

 ――彼はもう、なのだ。


 彼はきっと、自分のパーティを使い捨てのとして扱いすぎた。自分でも気づいていないうちに、それがすでに彼の中に根付いてしまっているから、僕らの怒りを理解できないんだ。

 仲間は、トレードしたり使い捨てにしたりするものでは、絶対にないということを。

 自分の命よりも優先すべき大切な友人なのに。


「僕ら四人と、トーヤさんとの価値観の相違だよ。多分、決して埋まることはない」

「残念だ」

  

 フッと、気障きざったらしく笑う。

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