第五章

第34話 防具と武器とエミの紐

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 初めて新パーティでダンジョンに潜って一週間。僕らがトーヤと出会ったのは、偶然ではなかった。

 彼はもしかしたら、これを偶然と思ったかもしれないが。



 ダンジョンに潜った後、ナナノの家に戻り、とりあえず僕は服を着た。

 そして、アイテム袋の中にもう一枚替えの服をそっと忍ばせた。

 これで、また装備が破れたとしても大丈夫だ。

 

 みんなで話をしなければと思い、キッチンに行くと、三人はすでに揃って椅子に座っていた。

 僕もそれに倣って椅子に座るとする。


「喉、かわかへん? お茶でもれるわ」

「あ、私も手伝います」

 

 キッチンにナナノとエミ二人が移動していき、お茶の用意をしていく。


「ティアは手伝わないのか?」

「……私、お茶を淹れたことがないから、分からないのよぉ」

「なるほど」

  

 流石お嬢様、としか思えない発言だった。それが一緒に淹れない理由になるのかどうかは僕には判断しかねるが。でも、それを言ってしまえば僕もか。


 キッチンで楽しそうに喋りながら用意をしているのを見て、きっと、あの二人は冒険者としてダンジョンに潜るよりも、ああしてのんびりと過ごしていくことを選びたかったのだろうな、と思う。

 巻き込んでしまって、申し訳ない気持ちがふつふつと湧いてくる。


「ユウマ、あんたまためんどくさいことを考えてるでしょぉ?」

「っ!」

「すぐ顔に出るんだから」

 

 ぎくりと顔を上げると、ティアはテーブルに肘をつき顎を乗せて、何とも言えない表情で僕をじっと見ていた。呆れているようにも、悲しそうなようにも見える。


「あのねぇ、最初巻き込んだのはあんただったかもしれないけど、決めたのは私達なのよぉ。いちいち私達のことで落ち込むのは止めなさい。それって私たちの決断を侮辱する行為よぉ? あんたが不安そうな顔してると、みんなが不安になる」

「うん、ごめん……」

「分かればいいわぁ。またそんな顔してたら、はっ倒すから。はい、この話は終わり」 

 

 パン、と手を叩いてティアが話を打ち切った後に、エミとナナノが暖かいお茶と、クッキーを出してきた。ナナノのとっておきだという、程よい甘みのそれをさくさくと食べながら、淹れたお茶を飲む。


「さて、次のダンジョンの対策会議を始めるとしようか」

 

 結局僕は潜らないわけにはいかない。

 彼女たちの手を借りないわけにもいかない。

 今更彼女達に、やっぱりダンジョンに潜るのはやめて普通の生活をしてほしいなんて、確かに侮辱に当たる。

 

 ダンジョンをこれから潜り続けるにあたって、最大の壁は何を置いてもグーヴェボス。今度潜った時に普通のボスが出るならいいが、またグーヴェボスだった時に、僕らはどうすればいいか。


「あっ、それに関しては私。ひらめいたことがあるのよぉ」


 ティアがそう目を輝かせながら言う。

 

「今回潜ったことで、色々分かったことがあるでしょお? グーヴェボスのこと、エミの飴ちゃんのこと。『スキルレベル上限突破』のこと」

「そうですね。濃密な初ダンジョンでした……」

「それらを踏まえて、今回グーヴェボスの弱点が判明したってことは、本当にラッキーよねぇ。ユウマ、お手柄よぉ」


 にんまりと笑うティアと、ポカン顔の僕ら。


「アイツは私達を殺したかったけど殺せなかった。覚えてろとか言ってたでしょう? ということは、多分次もアイツが出てくるのよ。次の戦闘の時は、しょっぱなから太腿にスキルを放てばいいじゃない?」

「えっ、あ……? なる……ほど?」

 

 言われるまで気づかなかったが、なるほどなのかこれは? だが確かに着眼点は悪くない。


「あっ、でも次に潜った時は弱点の場所が変わるかも……? だって元々は頭に弱点があったんですよね?」

「そうそう、ナナノよく気づいてくれたわぁ。問題はそれよね! だから私とユウマ二人がかりでいきなりスキルを撃ち込むのはどう? どっちが上半身でも下半身でもいい。分担して同時に攻撃スキルを放つ。威力はお墨付き。ぶっ放したらゴーレムの半分が消し飛ぶって分かったんだもの。ちょっと帰りは二人にまたかついでもらわなきゃいけないけど、教会に戻ってくれば体はまた元に戻るでしょう?」


 にこにこと笑いながら、ティアはそう言うが、そんなに簡単な話なのか?


「でも外したら、終わりなんだぞ?」


 ティアはむっとした表情で僕を見る。

 そんな顔をされても困るんだが。 


「なら、他に方法があるっていうのぉ? エミとのレベル差が問題だと仮定して、エミを置いて三人で潜っても、グーヴェボスに遭う可能性は0じゃない。遭わない保証はないのよぉ? エミを置いて行けば生き残れる可能性はぐんと低くなる。エミがいなかったら、『復活』だってできない」

「それはそうだけど……」

「さっきから、とかとか。私の案が使えそうにないならそう言いなさいよぉ!」


 ティアが少しずつヒートアップする。

 彼女の案を否定したいわけじゃない。ただ、負ける可能性をできるだけ減らさないことには、僕は三人を潜らせるわけにはいかない。

 スキルをいきなりぶっ放すだけで勝てる相手だとは、どうしても思えない。


「正攻法で勝てる相手なら、こんなことしたくないわぁ。でも、この手に頼るしかないって私は思ったから言っただけよぉ」


 ナナノは僕らを見ながらおろおろと言った。


「わたしもそれしかないとは思います。でも、ユウマさんの言うことも分かります」

「ナナノちゃんもなのぉ?」

 

 ティアが少し残念そうにしぼんだ。

 僕の時と態度が違うのはなんでだ。 


「あの、スキルを外さなければ勝てるのは、わたしも間違いないと思います。問題は、グーヴェボスは私たちの誰よりもスピードの数値が高いってことなんですよ。ですから――」

「ああ、なるほど、足止めせんと当たるはずないってことやね?」

 

 エミは的確に一言しゃべって、お茶を一口飲む。エミの一言に対して、ナナノはこっくりとうなずいて見せた。

 ヒートアップしていたティアも、考え込む。


「はい。前回、ユウマさんの一撃目のスキルは、相手がこちらを見縊みくびっていたから当たった。ということは二撃目に関しては、ティアさんの『氷結アイス』がなければ、当たらなかった可能性が高い。でも、ティアさんが足止めできないなら、私かエミさんで足止め、というよりは拘束しないといけないと思うんです。大変なのは、当てられる状況に持っていくまでの過程なんですよ。スキルを発動させるのにも、少し時間がかかりますから、それもありますし」

「足止め、拘束かぁ。なるほどなぁ……。あ、ハザルのおじいちゃんのところに行って、すっごい長いロープ用意してもらうとかは?」

「ただのロープで、グーヴェボスを拘束できるとはとても思えないな」

「「「……」」」


 う~ん、と俯きながら首を捻るが、誰もいい案は出なさそうだった。 


「私が『拘束バインド』を覚えていればなんとかなったのかしらねぇ……? でもバインドの魔法って確か割と上の方のレベルのダンジョンにあったわよねぇ」

「ティアさんはトドメ役なんだから、ティアさんが覚えててもだめなんですよ。私かエミさんが覚えてないと……」

「『拘束バインド』???」

「!! それだ!!」

 

 疑問符を飛ばすエミを見ながら、今度は僕が閃いてしまった。


「今日もう一度だけダンジョンに潜らないか? 最初の敵と戦うだけで戻るから。少し、試してみたいことがあるんだ。」

「えっ、それならええけど? 大変やった割に、あんまり疲れてないし……。むしろすっきりしてるというか。ムルンって神様は一流のマッサージ師みたいな人やねえ」

「ええ……? ムルン神様をマッサージ師扱いはさすがに酷いと思いますよ……?」


 まさかの神様をマッサージ師呼ばわり。

 ナナノがつっこんではいたが、エミの、神をそこらにいる人とかわらないものとして、にする姿勢には恐れ入る。


「これがうまくいけば、ティアの言う方法が完全な形で使えると思う」

「本当に?」

「ああ。うまくいかなかったら、また他の方法を考えるしかないけどね。でもまずは、ハザルのところに行って僕の上半身の防具と弓を新調しに行ってからにしたいけど」

「うん、そうやね」


 僕らは、教会を出る前に降ろしたお金を持って、ハザルの店へと向かった。

 今度はちゃんと、最初からナナノを先頭にして。


 本日三度目の『ルクスド武具店』のドアを開くと、カランカランとベルが鳴り、ハザルが驚いた顔をしながら奥から出てくる。


「勇者様、上半身の防具はどうされたのですか?」

「それなんだけど、スキルを使ったら吹き飛んだんだ……。あと、弓が折れてしまったから、それを新調したい。頼めるか?」

「それは、もちろん。しかしやはり……、あの特殊なスキルに耐えられなかったのですね。もっと強く、新調を勧めておくべきでした。あと、剣も見せて下さい。鋼の剣でしたらすぐに手入れしますよ」

「助かる」 


 そういえば、ティアの服はティアがスキルを使っても破れなかったな……。

 物理攻撃と魔法攻撃では、スキルを使った時の衝撃の伝わりが変わるのだろうか? かと言って、僕は男だからいいが、ティアが魔法を使うたびにビリビリと破れていてはまずいか。 


「こちらの防具は、エンティルホースの革と鋼でできています。エンティルホースの革は厚く丈夫なのに、しなやかで使い勝手はいいですよ。あと、この弓ですが、霊山トコノエに生えるノゲイチイの木で作られたものです」


 テーブルに置かれた装備を、手に取る。

 僕はその場でハザルの出してくれた防具を着けてみるが、確かに驚くほどしなやかに体にフィットする。あとは、スキル打ってみて服が弾け飛ばないか、そして弓は折れないかどうかだけだが。


「……未知のスキルなので、正直なところ私にもこれで絶対に大丈夫とは言い切れません。しかしながら、前に勇者様が着けていた防具と弓よりは格段に性能が上です」

「そうか。ありがとう。……値段は?」


 ハザルは眉根を寄せ、心苦しいといった表情を隠さず、僕を見た。

 僕はフルフルと首を横に振る。

 ハザルが、この装備のお代もりません――と言いそうだったから。

   

「……二つで、60万ルルドといったところですね」

「だよな、その位……するよな。ごめん、この弓はやめて、防具だけ――」


 今の手持ちは、下ろした分も含めて50万。足りない。 


「いえ、私が半分払います」


 僕の後ろから、ナナノがそう宣言する。


「ナナノッ!? でも、そのお金は……」

「ユウマさん、払わせてください。それは必要なものですし、お金はこれから稼げばいいですから!」


 ナナノは笑顔でそう言った。前髪の隙間から大きな瞳が覗いて、これを譲る気はないという意思が見て取れた。

 僕がやっぱり駄目だと言っても、勝手に払って買ってしまいそうな勢いだ。 


「……ありがとう」

「良かったねえ、ユウ君!」


 エミが僕に微笑む。 


「あらあ、足りなかったら私のお金も使っていいわよぉ。ルクスド、私の貯金あるわよねぇ? ダンジョンで手に入れたお金はほとんどルクスドに渡していたものぉ」


 ハザルはティアのその言葉に、額に手を当てて俯く。


「……ティアール様、お嬢様から預かったお金は、もうありません」

「えっ!? なんで!?」


 驚き過ぎたのか、声が裏返っているティア。

 それを僕らは、はらはらと見守る。


「あなたが酒場で酒浸りになっていたからに決まっているでしょう!! お会計の時に、迎えに行ってお金を払っていたのは私ですよ!?」

「」


 そりゃ、ダンジョンに潜らなくなってから毎日のようにあんな量を飲んでいたのだとすれば……、いくら貯金があっても足りないだろう。

 当たり前の結果だな……。


「……ティア、一緒に頑張ってダンジョンで稼ごう」

「……そ、そうするわぁ」

 打ちひしがれた様子のティアを、エミとナナノが慰めている。 


「あ、せやハザルのおじいちゃん。ウチの袋の紐切れてしもたんやけど、代わりになるような紐ないかなあ? おんなじ様な紐があれば嬉しいんやけど」


 そう言って、切れてしまった紐を差し出すと、ハザルはそれを受け取ってしげしげと眺める。 


「はい、ございますよ。同じような結い方をされている、藍色の東彩紐です」


 丁寧に結われたと分かる、美しい紐を奥から出してきたハザル。


「わ~、綺麗な色ですね! エミさんの持っていた紐にそっくりな」

「うん、せやねえ。ハザルのおじいちゃん、これいくらかなあ? ウチあんまりお金持ってなくて、もしあれやったら出世払いってことで一つ……」


 ハザルはエミに、にっこりと笑ってみせた。


「先ほど勇者様とナナノ様に防具を買っていただいたので、そちらはサービス品としてお付けします。それほど高いものではないので」

「えっ、ホンマに?」

「はい」

 

 驚きながらも、嬉しそうにその紐を受け取り、エミはハザルから先端に穴の開いた棒を借りて、するすると巾着に通した。


 エミの笑顔が戻ってほっとした。

 隠してはいても、巾着袋をギュッと握りながら、時々思い出したように悲しそうな顔をするエミが、痛々しくて仕方なかったから。 

 

 思いもよらないところでティアに大ダメージがあったが、店を後にして、僕らはまたダンジョンへと向かった。

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