第35話 ダンジョンを安全に攻略する飴ちゃん

 見知った道を歩いてダンジョンに来ると、やはりぞっとしないというか、死の恐怖が蘇ってくる。少し震えが来たが、すぐにその震えを抑える。


「ユウ君、大丈夫?」


 そんな僕の様子を見て、心配そうにエミが顔を覗き込んできた。気づかれないようにと思っていたのに、本当にエミには隠し事はできないな、と僕は苦笑した。


「大丈夫だよ、ありがとう」


 手を触れて石の扉を開く。

 下から上がってくる冷気を感じながら階段を降りて行く途中、あと数段で地下一階に到着するというところで、ナナノは僕に尋ねてきた。 


「最初の一戦だけって、一体何をするんですか?」

「うまくいくか分からないけど、エミ……あのゴーレムを拘束できる何かを想像しながら飴ちゃんを出してくれないか?」

「なるほど、そっか! 分かった!!」

   

 そう言って、エミは巾着袋の中にいつものように手を突っ込んだが――。


「ん!?」

 

 と素っ頓狂な声をあげて、固まる。


「あっ、これはもしかして……。誰でもええから、巾着袋できるだけ広げてくれへん?」

「? うん、分かった」

 

 そう言われて、僕はエミの巾着袋を両手で持って口をできるだけ開いた。紐で縛っていないときは、巾着袋の口って、思っているよりも大きく開くよなあ。

 でも、口を開いてほしいなんて、一体どんな飴ちゃんが出て……んん!? 


 ――でかい!!


 なんだこれ。

 ラムネもすごかったけど……、これは全く違う何かだ。まず、サイズが、飴のそれではない。

 ふわふわとした……雲? 綿? 繊維の塊的なもこっとした何か。


「え、エミ……それって」

「雲……? ですか? 雲ってお砂糖でできてるんですか?」

「ちゃうよ~。これ綿あめっていうお菓子。はい、ナナノちゃんあーん」

 

 そう言いながら、ナナノにそのふわふわとした塊をちぎって食べさせるエミ。

 棒にささっているふわふわとした白い何か。綿あめ? 確かに綿のようだけど……。


「んん! 甘~い! 口の中でふわって溶けちゃいます! すぐなくなっちゃう」

「ウチも一口」


 パクリとそれを食べるエミ。


「綿あめ食べるの久しぶりやわ。ちょっと香ばしい味するねぇ」 

「え~、私も食べたい! こんなの初めて見たわよぉ!」

「僕も欲しい」

 

 ここがダンジョンの中であることを忘れて、四人でそのふわふわしたものを我先にとむしって食べきってしまう。

 口の中に入れた瞬間溶けて、甘い甘い余韻を残す。ラムネよりもはかない。


「綿あめは、味はお砂糖やね。でも見た目にも可愛いし、ウチがこっちに来る前にはいろんな色のついた綿あめが流行っててねぇ。イン……インスタバエ? とかいうので、若い子ぉがこぞって食べてたわ。あの綿あめは確か味がついてるって聞いたことあるなあ」

「いんすたばえ?」

 

 綿あめの名前がいんすたばえという名前なのだろうか? それとも店の名前だろうか?

 よく分からなかったが、綿あめ自体は凄く面白くておいしい飴ちゃんだった。


「ナナノちゃん、やってみよか」

「はい」


「「『拘束バインド』!!」」


 そして、スキルも僕らが求めていたそれに違いなかった。


 その言葉と同時に、地面から、壁から、天井から……、ジャラララと広がり出た光る拘束具。ちらちらと光を纏いながら、鎖のような形のそれは、スライムを四方八方から締め上げていた。

 なんだか可哀そうになるくらいにで、『拘束バインド』だけで体が千切れて飛び散ってしまいそうである。


「縛り上げる力って調節できないのかな?」

「う、うーん……? 調節をこっちでできそうな感じはなかったけどねぇ」

「まあ、スライムは不定型な部分があるので、そのせいもあるのでは?」


 でもまあ、これで僕らのスキルをグーヴェボスに当てる準備は整ったと言える。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ――次の日、僕らは同じダンジョンへ。再決戦にのぞむ。

 

 地下一階、二階は飴ちゃんを使うこともなく、難なくクリアした。エミ、ナナノ、テン君が僕とティアの力を温存させてくれた。

 ここまでは、分かっていた通り。


 ダンジョン、地下三階。問題はボスのいるここだ。 


 昨日ハザルに手入れしてもらった鋼の剣を一度鞘から出すと、剣はピカピカと光り輝いていた。

 鞘へと剣を戻すと、キンッと小気味良い音が鳴る。

 弓を手に取り、弦を試しに打って呼吸を整えた。

 エミは、巾着袋から綿あめを出して、ナナノと分け合って食べている。ティアは僕と同じように、武器をじっと見つめていた。

 エミとナナノが真剣に綿あめを食べている姿は、なんだか夢と現実の狭間のような非現実感がある。

 童話の世界に迷い込んでしまった、冒険者。

 だが笑う余裕は、僕にはなかった。 

 

 ヒリヒリとした空気が、ボス部屋から流れてくるような気さえする。

 恐らく、今回もまたグーヴェボスは出てくるだろうと、肌で感じる。


「さあ、行こう」

 

 号令を掛けると、三人が僕の方を見る。

 僕の緊張にエミが気づいて、僕の少し震えていた手を持ち上げて、両手でぎゅっと握った。

 じっと、僕の目をまっすぐに見つめてくる。

 心の中まで見透かす様な、その瞳で。


「大丈夫、ユウ君。きっと上手くいくよ」

 

 優しくエミが微笑んで、そう言った。なんだか、いつもエミに励まされている気がする。気がする、じゃなくて実際そうか。

 それに追従するように、ナナノが上から握り、そしてティアも。


「そうですよ。きっと大丈夫です」

「そうよぉ!」


「ああ!!」


 扉に触れて開く。


 ――僕らには、作戦があった。昨日の夜、立てた作戦が。


 柱の間を縫い、ゆっくりと、踏み締める様に進む僕ら。

 大体中央に辿り付いて、床が青白く円形に光り、いつものようにボスが出てくる。


 昨日の戦いでは油断して横になっていたグーヴェボスは、今日は寝てはいなかった。いつでも戦闘を始められるという気迫さえ感じた。 


「今回は、別の体で来てやったぞ。今度は、油断しな――ん!?」

「「『拘束バインド』!!」」

 

 ゴーレムの傍の床、柱、天井から伸びる光る鎖――。

 それらがゴーレムの頭、腕、胴、足……体全てにギャリギャリと巻き付いた。

 ゴーレムは、真っ直ぐな棒のように硬直した態勢で固まってしまう。


 すでに力を溜めていた僕とティアは、上半身と下半身に分けて狙いを定める。

 弓は引き絞られ、やじりは火の魔力纏い、あかく揺らめいている。

 ティアの杖の先も、同じように紅く燃えるような魔力が炎の形をしながらゆらゆらと震えて、待ち望んでいる。


 ――いつでも、撃てる。


「ちょっ!! ちょっと待て、お前ら! 少しは喋らせ――」


 もがくゴーレム、解けない拘束。 


「『火炎弓』!!」 

「『火炎ファイア』!!」



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 この戦いの前日、夜。

 夕食を終えて、一息ついていた時に、僕はみんなに明日の作戦についての話をしていた。 


「ボスは、どうして僕らがあの部屋の真ん中まで進んでからじゃないと出てこないんだろうか」


 実は、ずっと気になっていた。

 ボスの部屋の扉をくぐっても、すぐにボスは出てこない。ボスは待機しているわけではないのだ。

 僕らが部屋の真ん中あたりに進むと、青白く光った地面からボスは現れる。


「えっ? 考えたこともなかったわねぇ」

「……多分逃げにくいようにじゃないでしょうか? あらかじめ、逃げるまで時間のかかる場所に来たところで出現するようになっているのでは? 私は、今日が初めてのダンジョンだったので、違うかもしれませんけど、もっと扉に近い場所でボスが出てきていたら、みんな逃げられていたのにと、思っていたんです」

「いや、そうかも……。僕らを逃がさない為、か。そうか……。――あのさ、考え付いたことがあるんだけど」

「うん、なに? 教えて教えて」

 

 エミがわくわくと僕に耳を傾けてくる。

 

「それを逆手にとって、僕とティアのスキルを準備できるんじゃないか? ボスが出てくる場所に辿り付くまでに、あらかじめ力を溜めておけば、『拘束バインド』発動から遅延なしで、スキルが撃てる」 


 三人は、それにぽかんと口を開ける。 


「んふっ! なるほど!!」

「ボスに対峙たいじしてから、攻撃の態勢を整えるものだと思ってたので、確かにそれは盲点でしたね」

「よくそんな卑怯な事、思いつくわねえ」


 呆れた、という顔でティアが言う。 


「ええ? 卑怯……かな、やっぱり」 

「んふふふ!! うん、せこいね!!」

 

 堪えられないと言った様子でエミはふふふと口の端で笑っている。だが、ひとしきり笑い終えた後、エミは賛同してくれた。

 

「けどそれ、絶対に誰も死なへんええ作戦やと思うわ」

「だろ?」 

「卑怯でも、せこくても、人の命には変えられへんもんね。ユウ君、ウチらに絶対死んでほしくないんやろ?」

「……うん、そうだよ」


 もう嫌なんだ。あんな光景を見るのは。

 みんなが倒れて、僕は動けなくて。思い出すと、頭の中が痺れるような不快感が駆け巡る。頭蓋骨を割って頭の中に油を入れて、思いっきり振られたら、きっと同じようなじっとりとした嫌な不快感になるだろう。


 ――誰かが死ぬのは、自分が死ぬのよりも恐ろしい。 


 一緒にダンジョンに潜ってもらうことに関しては、僕はもう三人に別の道があるんじゃないか、などとは言わない。ただ、感謝するだけだ。

 でも、『復活』や『回復』があるからといって誰かが死ぬのも傷つくのも、本当は僕は見たくない。

 僕一人で潜れるのなら、本当はそれが一番いいと思ってしまう。

 この気持ちは、これからどれだけ冒険を続けようと、変わることはないだろう。


「そんなユウ君やから、ウチ一緒に冒険したいんや」

 

 ふんわりと、花の匂いを纏うような美しい微笑みだった。

 ドキリと心臓が跳ね上がるのを感じた。


「そうですね。エミさんがユウマさんとなら、一緒に冒険したいって思うの、今なら分かる気がします」

「ユウマ、あんた今まで会ってきた、どの勇者よりも優しすぎるのよ。勇者はね、優しいだけじゃだめ。目的の為なら他を蹴散らしてやるくらいの強い気持ちもないと。――でも、あんたならそれでいいかもって思えるわ。おかしいわね」

 

 ナナノが「そうですね」と相槌を打ちながら、笑って。

 ティアもふふっと、堪えきれず笑った。

 僕も、つられて笑う。

 

 それでいいのだと、貴方がそうだから一緒に冒険したいと言ってくれる仲間がいるから――、僕はまだ戦える。


―――――――――――――――――――――

ほぼお祭りなどでしか食べることがない綿あめ。

私が子供の頃、子供向けの綿あめを作るマシーンが初めて出たような気がします。

ザラメを入れてスイッチをONで、ブイーンと割と大きな音をさせながら、糸の様に綿あめが出てくるのは見ていても楽しかったですね。

なんか最終回みたいな感じになっちゃったなと思ったんですけど、まだ続きます。

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