第33話 知らない三人と知っている勇者

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 男は、新しく入れた仲間を自分の借りている部屋に住まわせていた。

 パーティを組み、すぐにでもダンジョンへと潜ろうとしたが、前パーティからの脱退届が出ていないと教会に言われて、仕方なく彼らは自動的にそれが切れる二週間ほどの待機を余儀よぎなくされた。


「は~、まさかユウマがまだ脱退書類を出してないとはね」

 

 気の強そうな武闘家サナはベッドに座ってそう呟く。


「先週新しいパーティメンバーらしい女の子たちを連れてたから、てっきりもう私たちの脱退届は、出したんだと思ってたのにね~。でもまさかメンバー全員女の子とは。ユウちゃんって思ってるよりたらしなのかな?」

 

 おっとりと、椅子に座った魔法使いミフユがそう返す。


「まあ、書類に関してはユウマ殿にも何か理由があるのでござろう。特に、急ぐ理由もない。ただダンジョンに潜るのが少しばかり遅れるだけのこと」


 侍のオウギは、そう言いながら自分の武器の手入れをしている。


「まあ、でも……少しだけ淋しいね~」

「そうね、私達が言えた義理ではないけれど」

「あんなに早く拙者たちの穴を埋めてしまうとは」


 元のパーティのリーダーユウマと同郷であった彼らの胸中にも当然、パーティからの脱退に後ろ髪を引かれるような思いはあった。自分たちが抜けておいて身勝手な話ではあるが、特に喧嘩別れをした訳でもないし、ずっと共にやってきたのだから。


 けれど、それを上回る未知への挑戦を望む心。

 自らの力がどこまで通用するのかということへの、期待と恐怖。

 それらを綯交ないまぜにして飲み込んで、その上で次の段階へ進みたいという心を、三人は止められなかった。

 冒険者のさがと言えよう。


「まあでも、ダンジョンに潜れないって暇ね」

「そうだね~」

「鍛錬だけはおこたらぬようにしなければな」

 

 三人は、思い思いに男の住まう部屋で過ごしていたが、その場にこの部屋の主である男はいなかった。



 ――男は一人、街から少し離れたダンジョン近くにいた。


 深い深い森の中にひっそりと建つ、どうやら未だ誰も踏み入れたことのない様子の、高レベルダンジョン。びっしりと模様が入り、複雑な構造物のようだが、それらには苔や木々が絡みつき、ダンジョンそのものを覆い隠している。

 その前には、ガーディアンもまた木々に紛れる様に座っており、森の木々に紛れた迷彩色のモノアイがぎょろぎょろと動き周りを監視している。


 男はそれを確認した後、その場を後にした。



 男には望みがあった。


 一つは、『天地開闢の剣 アズドグリース』の取得。

 もう一つは、その神の力を持つ剣を使い、この世界の覇者になること。

 神にも等しい力を神殿に返すなど、愚の骨頂だ。


 冒険者は邪魔だった。

 その剣を誰よりも早く手にする為に。

 駆け上がらなければならないと同時に、潰していかなければならない。

 だが、表だって冒険者を消すことは不可能だ。加護がなくなってしまう。

 ムルン神の加護は思っているよりも強く死を抑え込む。その加護がなくなってしまっては、恐らく高レベルのダンジョンではやっていけない。

 それをクリアし、かつ安全に他の冒険者を消せないものかと、男は考えていた。


 そしてある日ダンジョンに潜り、偶然にも男は気づいてしまったのだ。


 ――ダンジョンの中では、何をしたとしても、どうやらムルンには見えないのだということに。


 生か死か、極限の状態にいて、男が仲間を盾にしたことは本当に偶然だった。その時盾となった仲間の恨むような瞳を、男は忘れたことはない。

 そして、その行為によって、ムルンの加護は消えるのだと男は思っていた。

 ……しかし消えなかった。

 痣は彼の足首にそのままあった。


 あの行為を、ムルンは許したのか……?

 いや、違う。

 ムルンにはダンジョンの中は、のだ。

 土の中は、グーヴェの領域だから。


 その彼の仮説を裏付けるように、同じ方法で恣意しい的に何人もの犠牲を出し続けても、彼から加護が外れることはなかった。 


 これは、世界で恐らく彼一人が知る、太陽神による加護の

 

 できるだけ冒険者を減らす事、そして自らのレベルを引き上げる事。自分以外の冒険者を使い捨てにする行為は、男の全ての理にかなっていた。

 

 そうして、淡々と冒険者を減らしていく最中に、グーヴェボスに出会った。


 本で読んだのとは違う圧倒的な力に、他の三人は成すすべなく死んだ。

 元より、自分よりも20も30もレベルの低い冒険者だったのだ。仕方のないことだったが。


「お前、面白いやつだなぁ。一度会ってみたいと思って、出てきてやったんだが。なんの躊躇ためらいもなく仲間を盾にできる勇者は、ダンジョンを出し始めてからお前が初めてだ」

「!!」


 喋らないと思っていた敵が喋った時に、男は全てを諦めた。

 言葉を使う高位の敵に出会ったのは初めてだったが、その絶望に少し酔いれていた自分もいた。

 これは、仲間を仲間とも思わず散々見殺しにしてきた報いなのだと。


「お前の計画、俺も乗ってやるよ」


 大地の神は、その絶望からもっともかけ離れた提案をしてきた。

 男は驚いたが、その提案を受け入れない理由がどこにもなかった。

 男の邪悪なたくらみはグーヴェの目に留まり、そしてそれは大地の底で結びついた。


 それから、男は運び屋だった。冒険者を死へと運ぶ運び屋。

 ノルカヒョウとかいうモンスターも、そういえばそんな二つ名を持っていたような気がしたなと思ったが、どうでもいいことだったのですぐに頭から消えた。

 

 確実に、無遠慮に。

 グーヴェは連れてきた者たちを殺し、男は生き残った。

 男はどんどんレベルを上げて行った。


 男の心はすでに麻痺していた。殺しているのが自分ではないというのがあったからかもしれない。

 そして、攻撃を受け、立ち回ることに、男はもう慣れきっていた。

 全ては、『天地開闢の剣 アズドグリース』を手に入れる為。


 大地の神すらも使自分は、全てを自らの手の中で転がせていると思っていた。


  

 街へ戻り、教会へと足を踏み入れ、受付の顔見知りであるシスターに尋ねる。


「脱退届、出されてるか?」

「いいえ、出されていません」

 

 男は溜息を吐いて、クエストカウンターの正面にある通路へきびすを返す。

 その先にある図書館へ向かった。


「あっ、トーヤさん! 今日も本を読みに来たのですか?」

「ああ、少しね。司祭様かお金を預かれる誰かを呼んでもらえるか? 図書室にいるから」

「はい!」


 男を見つけたブラザーは、喜々として人を呼びに行く。

 教会にある図書室へと入り、男は本を探し出した。


『ダンジョン内レベル差におけるグーヴェボスとの戦闘とその回避』


 男は、一冊を手に取り、にやにやと笑いながら読みだす。


「こんなものに、意味はないのに」


 本の端はすり減り、紙は黄ばんでいる。この本があり、多くの冒険者に読まれていること自体が、男にとって滑稽だった。


 全ては大地の神の心一つ。

 レベル差が少なくとも、グーヴェが殺しておかなければと思う人間が一人でも混じっていれば、グーヴェが出て行こうと思えば。

 グーヴェは本来のダンジョンボスとあっさり入れ替わる。

 グーヴェに出会わないのなら、グーヴェを倒せるのなら、それは大地の神にとって取るに足らない存在だという証明にしかならない。

 神は、やはり神なのだ。絶対的な強さを持つ、高位次元存在。

 そして、それと対等に並び立つには、自分も神の力を手に入れるしかない。


 この教会に置かれた本の内、いくつが本当の情報と食い違っているのか。

 それを嘲笑あざわらうために時々図書館に来る。

 とにかく、今は暇なのだ。 

 早くダンジョンに潜ってしまいたいのに、あの三人と組んでいた元勇者はとんでもない愚図グズ野郎なのか、それとも単純に頭が悪くて忘れているのか、一週間経っても脱退届は出されていない。戻る見込みのないパーティメンバーを脱退させない状態に何の意味があるのか。理解に苦しむ。


 男には時間がないわけではないが、スピードは重視しなければならなかった。元々男よりも高レベルの冒険者は何人もおり、誰がどのタイミングであの『アズドグリース』があるダンジョンに気づくか分からない。

 誰かが一人でも手にしてしまえば、自分の野望はそこでついえる。


 とはいえ男自身も、あのダンジョンにそれがあるということを、グーヴェから教えてもらわなければ、気づかなかった位に奥まった場所。

 そう簡単に見つかることはないだろうが……。

 だが、いずれ見つかるかもしれないと思うと、一人で見に行くのをやめられなかった。

 この街から離れられないのは、それが理由だった。


 図書室のドアが開いて、司祭が入ってくる。男は本を閉じて、懐から袋を出し、司祭に手渡した。


「トーヤ、いつもすまないな」

「いえ、育てていただいた恩は、お返ししなければムルン神のばちが当たってしまいますから」

「トーヤのお蔭で、孤児院の者はみな助かっている。『天地開闢の剣 アズドグリース』を、どうかグーヴェの手から一刻も早く取り返して、神殿へと返してくれ」

「はい、必ず」

 

 心にもない言葉だ。

 そう言って、司祭は図書室から出て行った。


 ひとしきり本を読んで笑った後、男が帰ろうと立ち上がりドアに手を掛ける。

 ドアを開いた時目の前にいたのは、男が最も会いたくない存在。


 彼の仲間の前パーティの勇者とそのメンバーたちだった。

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