第32話 神の声

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ゆっくりと街の中を歩いて行き、僕らはまた見慣れた場所へと足を踏み入れる。

 

 クエストカウンターにいるシスターはぎょっとした顔をしながらも、冒険者に手を貸すことは禁じられているので、そのまま僕らを見送った。

 やっぱり上半身裸で動き回るのは……あんまりよくないよな。こういう時の為に、布の一つでもアイテム袋の中に入れておくんだった……。 


「勇者よ、汝はここへどのような用向きで参ったのだ?」

「僕らの傷を治し、体力と魔力の回復をして下さい」

「良かろう。ムルン神の像の前でひざまずくがよい」


 とは言われても、跪くだけの力も入らない。

 仕方ないので、ティアと僕はムルン神の前に死者の様に横になる。

 エミとナナノはその近くで跪いていた。 


「ムルンよ、汝の使徒たるこの者たちに回復を」


 ――そういえば、普段は自然と目をつむるが、瞑らなければどうなるのだろう……。

 

 上を向いているからか、不意にそんな疑問が込み上げてきた。

 今この瞬間、教会には天井があり。どこからも光が漏れる隙等ない。

 いや、よそう。不敬だ。


 目を瞑り、光りが落ちてくるのを待つ。

 

 しかし、落ちてきたのは光りだけではなかった。


『我の加護を持ちし勇者よ、そのまま聞くがよい』

「!!??」

『我はムルン。お主にいくつか話がある』


 ムルン様だって!?

 今までムルン様の声なんて一度も聞こえたことがないのに、これは……。


『お主らは、この世界には『復活』がないと思っているが、それは違う。ダンジョン内でのにのみ、『復活』のスキルは存在し使用できる。ただ、そのレベルのダンジョンに到達し、それを取った者がいないというだけだ』

 

 僕の驚きを完全に無視して、ムルン様は話し始める。

 そうだったのか。確かに教会にある本も、実際にダンジョンに潜り持ち帰ったスキルや物の記録でしかない。その記録に載っていない物は、だ。 

 それに、レベル90以上のダンジョンに入る前に、『復活』スキルを選んだとしても、それを手に入れる前に死んでしまったら、情報はどこにも届かない。証明できないスキルは、本には載らないのだ。

 90前後のダンジョンから、冒険者は一人も帰ってきてはいない。その辺りのダンジョンにそれが存在するということか。 


『『復活』は豊穣を司るメルトの力だ。メルトは豊穣の女神であるとともに、再生を司る神でもある。命の実りはその生と死の循環があるから成り立つのだ。メルトはその、なんだ。このようなことを同じ神として言いたくはないが、少しおっちょこちょいというかドジを踏むことが多々ある……』

「…………」


 それは、エミの話を聞いていてなんとなく思っていた。しかも他の器にエミの魂を入れてみたり、やっていることはほとんど神の職権乱用のような気がする……。


『だが、あれはあれで神なのでもうどうしようもないのだが。まあちょっと頭がふわふわしているというのは、いなめない』


 メルト様のクシャミが聞こえてきそうだ。


『『復活』はまだいい。この世界に誰も持つ者がいないが、存在するスキルだからな。だがメルトが与えた『スキルキャンディバース』の力は、この世界の物ではない。転生者の持つ袋は、この世界にあってはならない道具だ。本来存在しないスキルは、それを使うことはできても読み取ることができない。使う前にあの袋を取り上げられれば良かったが、すでにその力をこの世界の住人……つまりお主が知覚してしまったから、『スキルキャンディバース』は『飴ちゃんインフィニティ』としてこの世界で成り立ってしまっている。そのスキル名を聞いた時はわが耳を疑ったが……』

 

 え、それはつまり、あの『飴ちゃんインフィニティ』というスキルは、僕が名づけてしまったということ……なのか?


『それは少し違う。転生者の意識とお前の意識が混ざり合ってできたスキル名ということだ。いや、話が逸れたな。戻そう。困ったことに、あの転生者の持つ袋は、異世界のスキルを付与した飴すらも出してしまう。もし、転生者の持つ飴が付与するスキルでお前たちに知覚できないものがあるのなら、それはこの世界にないものということだ』

「!!」 

 

 ナナノが食べたいちご味の飴ちゃん……。

 結局あれはやはり『狂暴化バーサーク』とは別の何かだったということか。予想はついていたが、こんな形でそれが証明されるとは思っていなかった。


『そして、お主の疑問に答えよう。なぜ、今我の声が聴こえるようになったのか』


 そうだ、ムルン様の声を聴ける人間は極わずか。教会では司祭以上の位の者ならば聴こえるという話を耳にしたことはあるが、冒険者が神の声を聴いたという話はまず聞いたことがない。

 託宣はもちろん別で、だ。


『我はダンジョンの中で起こったことは分からぬが、お主は死に、死の世界とこの世界の境界に一度立ったのだ。他の者なら魂がそのまま死後の世界に移行するのだが……。加護の力は死を抑えるものだから、その狭間で魂が、神に近付いてしまったのだ。我の声を受け取る下地が、その瞬間に図らずもできたというわけだ。本来なら教会の者が修行で得る力だが、それよりも強力な力だ。教会の司祭たちは、我の言葉をここまで明確に受け取ることはできないからな』


 僕が死んだことで、そんな力が……。 


『規格外の転生者に、我の声が聞こえる勇者……。この世界のバランスが崩れかねない。……だが、なるべくしてなったことなのかもしれない。グーヴェが剣を持ち出して数百年の後に訪れた、この偶然の重なり。恐らく、お主たちは『天地開闢かいびゃくの剣 アズドグリース』に、最も近い。お主たちがあの剣をグーヴェから取り返しさえすれば、あの愚かな弟との争いも終わる。あの剣を取り戻すのがお主達勇者の勤めということは、分かっているだろう?』


 そうだ、勇者の本来の目的はグーヴェ神から『天地開闢かいびゃくの剣 アズドグリース』を取り返し、神殿に戻す事。

 その為に、僕らはムルン神の加護を受けダンジョンに潜っているのだ。

 まだ駆け出しも同然の僕が、それを考えたことは今までなかったが……。


『迷った時には、教会で我を呼ぶがよい。『スキルレベル上限突破』によって体と魔力のバランスが崩れた時も、我なら本来の状態に戻してやることができる』

 

 状態が戻ると聞いて、とりあえずほっとした。

 

 ただ、やはり『スキルレベル上限突破』の付いてしまったスキルは、本当のピンチの時にしか使えないということがダンジョンに潜って判明してしまった。毎回二人に抱えられてダンジョンから帰ってくるのは骨が折れる。

 最初は、神のスキルだと喜んでいたのだが、実際に使ってみて普段使いはできないということに少し落胆さえしている。

 だが、あれだけ強力なものだ……。グーヴェボスがイレギュラーだっただけで、本来のボスならば一撃で消し飛ぶ。

 それを、ティアも合わせれば二人で使える。そしてナナノとエミのスキルと何とかしてあげれば四人で……。

 戦い方さえ考えれば、恐らくムルン様の言うとおり最強のパーティであることは揺るがないのだろう。


『体と魔力のバランスに関しては、思う所があるだろう。その代償に関しては我にもどうすることもできぬ。お主には過酷な道を歩ませることをいるが、この戦いが終われば、転生者と共に家族として歩むこともできるだろう』


 ……そうか、この戦いが終われば、エミと家族に……。

 ――ん? 家族?

 

『お主、転生者のことが好きなのであろう? しかしお主が勇者である以上、彼の者と結婚は出来たとしても、子づくりには励めまい』

 

 なっ、何を言ってるんだこの神は!!


『お主の心の声は聞こえているぞ』


 すみません。


『いや、謝ることはない。我が無粋であったな……。我は神。あの転生者の心の声も今なら聞こえている。――ふむふむふむ? ほう、なるほど……?』


 えっ? エミの声も聞こえているなら……どうか教えて下さい。


『それでは、さらばだ』


 ちょおーい!!! 

 なんだそれ、そんな意味深な口ぶりでなにも教えてくれずにそのまま消えるのか!?

 あっ、またムルン様にタメ口をきいてしまった……。 

 というか、神ってもっと厳粛なものだと思っていたのに、メルト様だけではなく太陽神であるムルン様もこんな感じとは……。神の世界って一体どうなっているのだろうか。


『気持ちというのは自分の言葉で伝え合うことに意味がある。我がここで伝えては甘酸っぱい何かを自ら放棄させてしまうことになるので、それは避けよう』


 ――!!

 まだいた! あとなにそれ、それならさっきの前振りいらなかったんじゃ?


『勇者よ、お主の絶望をあの転生者が救ったように、あの転生者はお主に救われた。それは確かなことだ。これから先に待ち受ける苦難も、パーティの者たちと共に支え合い切り抜けていけるだろう。今度こそ我は去ろう。あと、最後に言っておくが用事のない時に教会で呼ぶなよ』

 

 ……あ、はい。



 光りが引いていく感じがして目を開くと、他の三人はすでに立ちあがっていた。


「うーん、ちゃんと体が動くって素晴らしいわねぇ」

「ムルン神様の力って凄いんですねえ」

「みんな元気になって、良かったぁ……」

 

 隣で横になっていたティアが背筋を伸ばしている。

 エミとナナノも回復薬では直り切らなかった場所もキレイに元通りになっていた。彼女たちの美しい肌に、傷は残ってほしくない。

 僕も起き上がり、軽くなった体を伸ばす。


「汝らの旅に、ムルン神の加護があらんことを」


 いつものように司祭の声を背に受けて、僕らは教会から去った。

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