第26話 浮かび上がる疑問

 初戦からとんでもなかったが、幾分いくぶんナナノの緊張はほぐれたようだ。エミは元々あまり気負いしていなかったようで飄々ひょうひょうとしている。

 そんな様子なので、少し先に進んでは見つけた敵を二人は呼吸を合わせてそれはもう出てくる敵をにしていった。

 スライムの他に、モンスターフラワーやヤミコウモリ、ドミミズなどといった、低レベルの敵たち。モンスターフラワーだけは、どちらかといえばエミとテン君が倒していたが。ナナノにとってぬるぬる事件はトラウマのようだ。

 当然のように傷を負うこともない一方的な戦闘。僕もティアも後ろの方で指導教官よろしくのんびりと眺めながら、分かれ道がきたら進む方向だけは指示をして、二人の後ろをついていった。


 そういった、どう見ても弱い者いじめにしか見えない戦闘を、五、六戦くらいこなしただろうか。

 僕は、ある不思議なことに気づく。


 ――ナナノのレベルは上がっているのに、エミのレベルが


 勇者である僕は、彼女達パーティメンバーのパーソナルカードを見なくても、レベルやその他の数値の上昇などが分かる。

 ナナノのレベルは4まで上がったのに、エミのレベルは1のままだった。僕とティアのレベルは高いので、上がっていないのは分かるが、エミのレベルが上がらないのは異常だ。何でこんなことになってるんだ?


 地下二階に差し掛かって、僕は階段を下りる前に彼女達と話をすることにした。順調に進んでいるところを止めるのは申し訳なかったが。


「ちょっと、止まってくれ。エミのレベルがおかしいんだ。エミとナナノ二人のカード、ちょっと出してほしい」

「ええ?」


 いぶかしげな顔をしながら、二人は腰に付いた鞄の中からゴソゴソとパーソナルカードを出す。それを四人で覗き込んだ。 

 ナナノのレベルは4。最序盤はレベルが上がりやすいのは、僕ら冒険者の中では常識で、このダンジョンではダンジョン初心者二人にレベル7から10位までは上がってもらおうと思っていた。

 そして……、やはりエミのカードはレベル1のまま。


「これって、ウチもナナノちゃんと同じくらい上がってないとおかしいんよね?」

「そのはずなんだ。これって、エミの戦闘職が猛獣使いモンスターテイマーだからっていうのが、もしかして関係あったりするのか? 自分が攻撃しないとだめとか」

「私、猛獣使いモンスターテイマーともパーティを組んだことがあるけど、そんなはずないわよぉ。テイムモンスターの攻撃だけでも他のメンバーと一緒に上がってたわぁ。そもそも経験値の振り分けは潜ってるパーティ全体に平等なんだから、エミにだけ振り分けられないなんてことはないわよぉ」

「そうか……」


 じゃあ一体なんでこんなことになるんだ? 何か原因があるはずなんだが。 


「……エミさんのパーソナルカード初めて見たんですけど、レベル1なのに項目ごとの数値高くないですか?」


 意外に鋭いナナノが、そう言った。意外というのは失礼か。 


「そう言われればそうかもしれない……。でも、エミの元いた世界での数値を引き継いでるとしたら、そんなに不思議でもないかもしれないと思ってたんだ。なにせ転生者に会うのなんて初めてだし。あと特別な飴ちゃんの袋みたいに、転生特典で基本数値が高いとか……」

「ああ、なるほど……」


 そう思っていたから、僕は数値が多少高いことについては特に何も感じなかったが、レベルが上がらないのは明らかにおかしい。


「ウチがおった世界では、マイナンバーカードはあっても、パーソナルカードなんてなかったからなんとも言えへんなぁ。元の世界で強かったかと言われたら、多分そんなことはないんやけどね。……あっ! でも今そう言われて思い出したけど、確かにメルトちゃんがこの体……最強の冒険者仕様って言うてたわ。数値が高いのはそのせいかも」

「最強の冒険者仕様……? うーん……最強って付くと逆に数値低すぎるような……? テン君は流石さすがというべきか、死を招くモンスターらしい数値だけど」

 

 エミのパーソナルカードに記載された数値は筋力35 防御力32 魔力40 スピード30。これは確かに、レベル1の冒険者としてはずば抜けて高いと言える。

 しかし、冒険するにつれて数値はそれぞれ上昇していくし、レベル20後半にでもなればこの程度には割と達する。

 ナナノがレベル4で筋力18 防御力20 魔力15 スピード41。

 テン君にはレベルというものは存在しないが、筋力89 防御力79 魔力76 スピード99と、凄まじい。こちらはまさに、最強と呼ばれるべき数値だろう。

 

「うーん……ウチにはよう分からんわ! メルトちゃんの説明途中で打ち切ってしもたしなあ」

 

 神の言葉を打ち切るとは、なんというか、強い。強いが今はそれがアダとなっているとしか言いようがないが……。

 まず、メルト神をちゃん付けの時点で、僕らには考えられないことだが。呼び捨てや様付で呼ぶことはあっても、ちゃんなんてつけて呼んだことは一度もない。


「もしかして、異世界人ってテイムされたモンスターと一緒で、レベルが上がらない可能性もあるか?」

 

 なにせすべてが規格外だ。色々な可能性を考えてみないと。


「う~ん、そういうことも……ありえなくはない、のかしらぁ?」

「まず、異世界人がどういうくくりになるのかも分かりませんもんね。てっきり私たちと同じようにレベルが上がって強くなっていくと勝手に思ってたんですけど」

「異世界人がテイムモンスター扱いやとしたら、それはそれでヘコむけど……」

「「「………」」」


 僕以外の二人も確かに、と思ってしまったのだろう。押し黙ってしまう僕ら。


「でもまあ、ウチのレベルがもしこの先も上がらんかったとしても、ナナノちゃんのレベルは上がるし。とりあえず進んでいこ! 考えて正解が分かったところでどうにかなるもんちゃうやろ?」


 僕らは顔を見合わせる。

 エミの一言は、がらりとその場の空気を変えてしまう力をもっている。あっけらかんとしたエミに引っ張られて、考えるのがバカらしくなるというか、結局なるようにしかならないなと思わせられるというか。ネガティブな部分を吹き飛ばすのが本当にうまい。

 ああでもないこうでもないと一緒にわーっと悩んでくれるんだが、最期にはすっきりした気分にしてくれる。

 ポジティブ台風エミ。

 まあ、本当に考えないといけないところを一緒に吹き飛ばされるのは難点か。


「まあ、確かにそうか……」

「進んでいったら、もしかしたらエミのレベルがいきなりたくさん上がるかもしれないわよねぇ。そんなこと聞いたことはないけど、エミって異世界人だし……」

「そうですね……」

「じゃあ、地下二階へ出発~!」


 なぜかエミが先頭になって、僕らは階段を降りた。

 しかし、気合を入れて地下二階に降りたところで、一階と変わり映えのしない風景が続く。なにせレベル5の超初心者向けダンジョンだからなあ……。

 レベルの高いダンジョンだと、ダンジョン内の風景も階によって違うとか聞いたことはあるが。とはいえ、僕もレベル10のダンジョンまでしか潜った事がないから、それが本当なのかどうかも分からない。5のダンジョンも10のダンジョンも、あんまり変わらないなと思っていた位だ。

 このダンジョンの二階には隠し通路があり、ボスの部屋へと直行できるが、今回の目的にレベリングもあるので、それは説明だけして先へと進む。


「隠し通路か~。ということは……あ、テン君、右のコウモリお願い。隠し部屋なんかもあるってこと?」

 

 エミの指示が速いか、テン君は鮮やかに壁を使い飛び上がり、壁際にいたヤミコウモリをくわえて噛み砕く。上空にいる敵は遠距離攻撃がないと不利なんだが、テン君の跳躍ちょうやくはそれをものともしない。


「あるわよぉ。このダンジョンにはないけどねぇ」

「へ~!」

「あっ、次の階に降りる階段が見えてきましたよ~! えいっ!」

 

 スライムを爪で切り裂いて、ナナノは進行方向を指差した。僕らはこのダンジョン最後の階段を一歩一歩踏み締めるように降りて行く。


「地下三階に敵はいなくて、少し進んだ先にボス部屋がある。気を引き締めて行こう」

「このダンジョン最後の戦闘ってわけやね!」

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