第四章

第25話 初めてのダンジョンと飴ちゃん

 ルパーチャからほど近い場所にあるが、エミと出会った湖とは逆方向にたたずんでいるのが僕たちの目的地、レベル5のダンジョン。

 地面から突き上がるように立ちあがった、土と岩が混ざったようなそれは、でこぼことしていて建物というよりは土山だ。他のダンジョンに行けば分かるが、ダンジョンのレベルが上がっていくと、土と岩の割合も変化していき、岩が増えて立派になっていく。ガーディアンと戦う前に、その建造物を見て近づくかどうか判断することも多い。

 本来なら、ダンジョンの前にはレベル相応のガーディアンが出てくるが……。


「僕が前の三人と入ってしまってるから、このダンジョンにガーディアンは出てこない。ダンジョンは、基本的に勇者が基準になってるらしいんだ」

「へえ~!」

「そうなんですねえ」


 ダンジョンの前にある石碑に近付いて手をかざすと、僕らの職で取得できるスキルが浮かび上がってくる。


「ここのダンジョンだと、猛獣使いモンスターテイマーは『猛獣攻撃力上昇モンスターアタックアップ』か『猛獣防御力上昇モンスターディフェンスアップ』、忍者は『つむじ風』か『火炎の術』というスキルを手に入れられるみたいだね」


 僕はここで、『火炎漸』を習得した。 


「私もここへは何度か来たわぁ。魔法使いはここで『回復 小スキュア』か『火炎ファイア』を覚えられるのよぉ」


 僕とティアの言葉に対して、エミは質問を投げかける。 


「どっちも欲しい時はどうするん?」

「一つのダンジョンで取れるスキルは一つ。同じスキルを取得できる別のダンジョンへ行くしかない」

「なるほどなぁ、うまいことできてるわ」


 うんうん、とナナノが同意して頷いた。一つのダンジョンでスキルを切り替えて取れるなら、楽でいいとは僕も思う。しかし、ダンジョン自体が人間、特に勇者やその仲間を殺すために存在するものだから、そうこちらに有利なことはない。


「最後の場所にはこのダンジョンのボスがいる。そのボスを倒すとスキルと宝が手に入るようになってるんだ」

「ダンジョンのボスは、倒して戻ってきても、再度潜ったら出てくるんですよね?」

 

 今度はナナノが僕に尋ねてきた。


「そうだよ。途中に置いてある宝箱なんかは一度開いてしまったらそれまでだけど、最期はボスと宝箱が共にまた出てくる。それから一つ、注意しないといけないのが『グーヴェボス』と呼ばれる、ごく稀に出てくるボスだ。僕は今まで遭ったことはないんだけど」

「『グーヴェボス』……?」

 

 世界中でダンジョンを生み出し続ける、大地の神グーヴェ。

 ダンジョンでは勇者がムルンの加護を受けるように、グーヴェの加護を特別に受けたボスが存在する。普通のダンジョンボスの容姿はダンジョンごとに違い、『蛇型』『虫型』『獣型』などのいくつかのパターンに分類されているが、グーヴェボスの容姿は、一貫してゴーレム。恐らくゴーレムが、最も大地の力を受けやすいからだろう。

 しかし、今までグーヴェボスに遭い戦った者たちの記録によると、その力も魔力も本来出てくるはずのダンジョンボスと比べ物にならず、倒すのには相応の覚悟と力が必要。そしてその割に宝箱の中身が変わるわけではないらしく、出会うだけ損だと、そう書いてあった。

 グーヴェボスに関する研究も、一応はされている。これまでの研究から、出やすくなる法則のようなものがあり、見つかっている内の一つはパーティの平均レベルがそのダンジョンよりもいちじるしく高いということ。恐らくダンジョンとのレベル差が40~50位が一つの目安のようだという話だ。他には神材武器を持ったパーティが出遭いやすいという話もある。だが、高レベルのパーティは大体神材武器を持っているので、こちらは少し信憑性に欠ける気がする。未知数な部分が多い為、とにかく潜る時にはボスに注意する、というのが鉄則だ。

 高レベルの冒険者たちが低レベルのダンジョンに寄りつかないのは、そういうわけだ。

 どのみち、どちらも僕らには当てはまらないが、万が一出会ったとしても、このメンバーでは逃げる以外の選択肢は今のところない。


「ダンジョンの道中の敵に関しては、そういうことはほぼない。高レベルのダンジョンではたまにあるらしいという話を聞いたことがあるくらいだ」

「やっぱりダンジョンって怖い場所なんやねぇ。テン君、ウチのこと守ってね」

 

 テン君は顔を上げて目を細め、低い声でグォルルと喉を鳴らして応えた。

 エミは、テン君ができるだけ傷つかないようにと『猛獣防御力上昇モンスターディフェンスアップ』を、ナナノは『つむじ風』を選択した。

 

 石の扉の前に立つと、僕らをいざなうようにそれはゆっくりときしみながら音を立てて開いていく。


「おお~、自動ドア!」


 ぽっかりと空いたすぐ先には石でできた階段。階段からは、地上やルパーチャとも違う、なにか異様な雰囲気が垂れ流されてくる。

 僕を先頭にゆっくりと進んで地下へと潜っていく。

 エミは土でできた壁にぺたぺたと手を触れたり、きょろきょろ見渡しながら興味深そうにしている。


「この壁と床、なんで光ってるん?」

「なんで……? なんでだろう? そういえば気にしたことなかったな」

 

 ダンジョンの土壁は、確かにぼんやりと僕らを照らす様に光っている。でもなぜ光っているかと問われると、それはなぜなんだろうか?


「ダンジョンの土は、グーヴェの力をふくんでいるからよぉ」

 

 答えられない僕の代わりに、後方を歩いているティアが答えてくれた。 


「私たちが太陽の神を崇めているのを知っているグーヴェは、人をダンジョンに潜らせるには、光が必要だと気づいていたのねぇ。真っ暗な地下に潜るには、装備が色々と必要だけれど、それを持っていなくても潜れるように考えた。その結果がこの光る壁と床なのよぉ」

「大地の神さんも、色々と考えてるんやねえ…」

 

 ナナノはエミとは反対に、恐怖心の方が強いのかキョロキョロとして、びくびくと縮こまりながら進んでいる。

 僕とティアはこのダンジョンのことをよく知っているので、特に注意深く何かを探るということはしない。

 ピクリ、とナナノの大きな耳が動いた。


「下になにかいます」

 

 まだ地下一階までは数十段階段を下りなければならないが、モータル族の聴力なら、もう聞こえるということか。……スライムの土を打ち付けるような、ピッタンモッタンという柔らかな水音が。

 

「低レベルのダンジョンで一番会う確率の高い敵、それはスライムだ」

 

 地下一階に到達し、僕らは戦闘態勢を取る。

 ふるふるとした丸い水の塊のような彼らが、一匹、二匹。

 飛び跳ねながら僕らの方を見ている……。いや見ているのかどうなのかは実はレベル33になっている今でもよく分からないが。あいつら目がないし。多分。


「一匹はナナノ、もう一匹はエミ、頑張ってみて」

「ええっ!? そ、そんな! 手伝ってくれないんですかぁ!?」


 ナナノが情けない声を出してくるが、スライムの攻撃を受けてみるのも訓練だ。モンスターフラワーを倒したのを見た限り、無傷で倒せると思うが。  


「実戦訓練だよ。二人とも、ハザルの店で見た通りなら絶対に大丈夫だから」

「あっ! 折角やし飴ちゃん使う!」


 そう高らかに宣言して、ごそごそと袋の中を探るエミ。


 ――とうとう……、エミの飴ちゃんの力が判明する時が来たか。


 最初の方はエミとナナノのレベルアップの為に、倒させることにして、このダンジョンのどこかのタイミングで、『スキルレベル上限突破』によって僕のスキルがどうなっているのか、使ってみないとなあとぼんやりと考えていた。

 エミが出したのは可愛いいちごの絵が描かれた飴ちゃん。でも、一つしか握られていないようだが……。


「これ、いちごやね。はい、ナナノちゃん、どうぞ」


 出てきた飴ちゃんをナナノに手渡すエミ。


「エミさんは?」

「それが、いくら袋を探っても出てこぉへんのよね…。多分ウチが食べるんやなくてナナノちゃんが食べる用のが出てきたと思うから、とりあえず食べてみて」

「は、はい……」


 可愛らしいいちごの絵のついた包みを開き、パクリと口に放り込んで、ナナノは「んん~」と言いながらとろけるような幸せな顔をした。

 ダンジョンの中では何かを食べるといったら回復の薬か水位だし、そう考えると不思議な光景だ。


「……どう? なにか変化きた?」

「……え、あの……はい……えと……。ううぅ」

 

 ナナノがもじもじと体を揺らしながら、顔を紅くしている。心なしか息も荒く、浅い。ぎゅっと胸の辺りを掴むように押さえていた。

 ――???

 一体なんだっていうんだ?

 事情を聞こうとした瞬間に、ナナノは叫ぶように僕らに告げる。


「すみません、わたし……いきます!!」

「えっ!?」


 ナナノは長い前髪の奥からでも分かるほど眼をギラリと光らせ、爪を伸ばしてスライムに突撃していく。その瞳の残光が筋になって、僕らの前から飛ぶように離れていく。

 上から腕を力任せに振り降ろし、一匹目をあっさりと仕留める。少し離れた場所にいたもう一匹のスライムは、恐らく逃走しようとしたが、それを躊躇ちゅうちょなく切り裂いた。

 その爪音は、まさに轟音。

 メゴリ、グガッといったえぐり取るような響きをさせながら、彼女はスライムを倒した。鋭利な爪痕が、壁と床にまで残るほどの力。ダンジョンの中で、攻撃の跡が残るというのは滅多にないことだ。神の体内に傷を残す様なものだから。


「……あらまぁ」


 ティアがぽかんとした顔でそうつぶやいた。  


「こっ、これが、いちごの飴ちゃんの力……ってこと?」

「とんでもないねぇ」


 ハーッ、ハーッと荒い息を弾ませて、ナナノはゆっくりこちらを振り返る。

 後ずさりしたくなるような、獣のような荒々しい雰囲気を纏いながら、こちらを中腰の状態で見上げるように見てくる……。

 と、彼女はへたりとその場にしゃがみ込んだ。


「エ、エミさん。わたしこの飴ちゃんは……できればもうダンジョンの中で食べたくないです」

 

 まだ収まらない熱い息を吐きながら、ナナノはそうふにゃふにゃの声で言った。

 ああ、良かった……いつものナナノに戻ったようだ。

 

「これ一体どういう効果だったんだ?」

「えぅ……、あの、なんていうか体が熱くなって……とにかく倒したい、攻撃したいって感じで、あの……近くにいると皆さんの事も攻撃しそうで。こ、怖かったです。戦闘が終わると、その状態は解けました」


 エミに引っ張って立たせて貰いながら、ナナノは自分がどういう状態であったかを説明してくれた。 


「うーん、なるほどぉ。『狂暴化バーサーク』っぽいわねぇ。レベル60の魔法使いが掛けてるの見たことあるわぁ。ただ、ここまで力を解放するものじゃなかったと思うんだけどぉ。だって、レベル1の冒険者がダンジョンの壁を抉るなんて聞いたことないわぁ」

 

 ナナノの爪痕をなぞりながら、ティアはそう言う。


「……いちごの飴ちゃんは、ダンジョンでは封印やな」

 

 初めてその特殊効果をった飴ちゃんは、え無く使用不可となった。

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