第24話 手裏剣の使い方

 ハザルに連れられて、ナナノのベトベトを落としにまた武具屋の方へと移動する。エムモンスターフラワーの粘液は水溶性なので水場が近ければ簡単に落とせるのだが、このまま落とさないとじわじわと固まっていくので、出来るだけ早く落とす必要がある。

 ハザルが


「先ほどの戦闘を見て確信しました。やはりナナノ様には武器は必要ないようですね」


 と、恐らく知っていた風に言った。


「まあ、モータル族には元々長爪があるからなあ」

「確かに、私の父も母も、武器らしい武器は持っていなかったように思います」

「そうよねぇ。武器を装備する必要はない気がするわねえ」

「さっきのナナノちゃんの動きすごかったわ~。あんなにぬめぬめやったのにスパパパーン! って感じで。ナナノちゃんめっちゃ強いやん!!」


 エミだけさっきの戦闘を思い出して興奮気味に感想を言っている。めっちゃ強いのは、エミもだったけど……。

 僕らはまた武具屋の中へと戻ってきた。ハザルに連れられて奥へとナナノは消えていき、手持無沙汰てもちぶさたの僕らはナナノの武器について話し始める。 


「ナナノちゃんがあんな風に戦えるんやったら、武器持たせるのは掌サイズの手裏剣だけでええんちゃうの?」

「それがいいかもしれない。別に武器は絶対に持たなきゃいけないってわけでもないしね」

 

 僕とエミはそれで納得したが、ハザルをよく知るティアは少し様子が違った。

 

「ハザルは分かってたみたいなのに武器を出してきた……。あの準備してあった武器の四つ目の馬鹿でかい手裏剣が、ナナノのあの爪とうまいこと噛み合うってことだと思うのよねぇ。ハザルの性格からして」

「いやいや、あんな手裏剣投げたり背負ってたりしたら、ナナノの強みの機動力が落ちるだろ」

「それはそうだけど……」


「あの武器は、投げて使うものではないんですよ」


 ハザルはどこから話を聞いていたのだろうか。ナナノはタオルで顔や体を拭きながらハザルの後ろから出てきた。

「すみません、足が悪いので失礼しますね」と言いながら椅子に座るハザル。

 

「亜人、ましてや託宣で忍者の職となったナナノ様の持つ機動力は潰したくない。当然です。しかし戦闘職はその職に適した武器以外は使用できない。そこでできたのが、この手裏剣の形をした盾なんですよ」


「「「「盾!?」」」」


 驚く僕らを見て、全て分かっていたように笑うハザルのしてやったりといった顔。ちょっと憎たらしい気がするのは気のせいか。


「ダンジョンの地面は全て土でできていますよね。壁は、ダンジョンボスのいる場所だけ石でできていたように思いますが」


 ハザルもダンジョンに潜ったことがあるような口ぶりだった。

 実際、貴族付きの執事などは、主を守れるだけの力を得る為にダンジョンに潜ることがわりとあるので、不思議ではない。

 

「これは地面に刺して固定して、敵の攻撃を防いだり、自分の逃げ場にしたりするためにあるわけです。盾を装備できない忍者の為の、盾。でも、武器扱いなんですよ一応は。だから、レベルアップによって攻撃力などが相応になれば、当然投げることも可能になりますが、そのように使っている忍者の方は相当レベルが上かと思います」


 聞いてしまえば、なるほどと納得できる。


「さっきみたいなことが起こると嫌なので……私これがいいです」


 悲劇は二度と起こしたくないのであろう、悲しい顔をしたナナノ。

 結局二人は、ハザルのオススメ装備で揃えることになった。あれ、これもしかして……ハザルに仕組まれた? いや、まさかな。

 あとはナナノのサブ武器の方の手裏剣だが、本来ならこれも隣で投げてみる必要があるものだ。しかしナナノは先ほどのぬるぬる事件があり、隣の空間に行くのを嫌がったので、苦肉の策として店内の壁に木の板を設置してその板に投げて感触を確かめることにした。

 置かれている棒手裏剣の中の一本を、ハザルがナナノに握らせる。


「手裏剣は物によって投げ方はいくつかありますが、まずは棒手裏剣の基本の投げ方からいきましょうか。このように、三本と親指で挟みながら支えるように握ります」

「はい」


 ナナノは言われた通りに親指、人差し指、中指、薬指を使い棒手裏剣を包むように握る。エミは僕が思うよりも真剣な眼差しで、それを見ていた。


「投げ方としては、上段からが主流です。投げてみて下さい」


 木の板にズタンッ! と小気味良い音をさせて刺さる棒手裏剣。


「おお~!!」

 

 エミが目をキラキラさせながら嬉しそうに歓声をあげる。その声に、照れたように俯くナナノ。


「いい感じですね。元々棒手裏剣は命中率の高い武器です。忍者職であれば猶更、職による補正もかかりますし。それでは、次はこちらの四方剣。こちらは回転させながら飛ばします。刃の内の一つを人差し指以外の四本で持ち、人差し指は別の刃に添えるように握ってください」


 言われたように握り、ナナノが鋭く投げつける。今度の手裏剣は回転しながら、ガグッと音を立てて木に刺さる。先ほどよりは鈍い音だった。


「はわぁ~」

 

 今度はエミが歓声と言うよりは、うっとりと溜息に近い声を出す。こんな風に見られると、確かに恥ずかしいかもしれない。


「どちらの方が良かったですか? 他の物も試してみますか?」

 

 ナナノは、その問いにこくりと頷いて他の物も同様に投げてみる。

 その度にエミが、「わー!」とか「お~!」とか楽しそうに声をあげるので、つい僕らもナナノの一挙手一投足に力が入る。


「エミさん……恥ずかしいです」

「ご、ごめん。忍者が手裏剣を投げてる姿見るのが初めてで、興奮してしもて……」


 置いてあるほとんどを投げてみて、ナナノは少し迷っていた風だったが、棒手裏剣を選んだ。彼女の投げた先にある木には、前に投げた手裏剣に後で投げた手裏剣が当たることもなく、割と等間隔に刺さっている。

 ……これって結構すごいことなんじゃないだろうか? ナナノはただ他の手裏剣に当てないように投げただけかもしれないが。


 エミが腰にモゥストフェザーを、ナナノは背中に大手裏剣を装備して、僕らの準備はできた。


「じゃあ、これで武器も防具も揃ったし。そろそろダンジョンに行こうか」

「うん!」

「はい!」

「そうねぇ」

「色々ありがとう、ハザル。僕らは行くよ」


 三人と離れて店の奥のカウンターに移動して、僕はハザルに懐の袋から二人の装備のお金を差し出そうとしたが、ハザルはそれを頑なに拒否する。というか、いくらなのか値段を言ってくれない。


「ちょ、ちょっとハザル……、なんで」

「ティアール様のことをお願いするのですし、あの方を立ち直らせてくれたお礼だと思ってください」

「……本当にいいのか?」


 若干ほっとしている自分がいる。

 その後ろでは、三人がかしましくああだこうだと話をしながら、ナナノを弄っているようだ。 


「はい、いいんです」


 エミとナナノにとっては初めてのダンジョンだ。気を引き締めて潜ろう。



「……あ、勇者様の武器と防具、大丈夫だろうか」


 彼らが去った後、ハザルが思い出したようにぽつりと言ったが、それは誰にも届かなかった。

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